2021年05月23日

『共同幻想』崩壊プロセスをわかりやすく説明してみる

■歴史的にも『共同幻想』崩壊は説明のしやすい話で
古代文明の栄枯盛衰にも関係していると思われる。
そもそも”何々王時代”だとか”何々家による統治”など、栄華を誇る文明には必ず『共同幻想』社会が形成されます(これないと”何々人”だとか”何々族”などとして語られるキャラクターが無いことになりますから)。

何故って『共同幻想』の始まりは”安全保障”であるとか”豊かな土地や港湾の覇権”にあるのであって、軍隊を組織する上でも旗頭となる『共同幻想』無しにまとまりようがありません。
古代から近代において(現代的な民主制や代議員制が発見されるまで)『共同幻想』抜きに社会などというものは成立しません(そもそも公用語が定まらないと言葉が通じないww)。

<見方を変えれば、現代の民主政治とは「歩留まり」合理性を担保とする「時限的『共同幻想』を”政治と呼んでいる”(最初から時限性なので幻想性は無く、自分で”今はそういう都合だから”とネタバレした上で)社会契約的なもの」:そういう意味では社会契約説も『共同幻想』が一部崩壊したことによる世俗化(歩留まり化)した状態と言うこともできるでしょう。>

●勿論、大帝国や王国とまでいかずに、衛星国や植民地として独自性を残す集落もあったでしょう(前人未踏のへき地の少数民族がその典型)、この場合は宗族的な『共同幻想』になります(このたとえはどうかと思うけど、昔のヤクザの”ナントカ一家”の『共同幻想』みたいなもの)。

そんなこんなで「偉大ななんとか王」やら「宗教指導者」やらこれを周知徹底する階級制度から、職業事のギルドまで、様々な方法で「質的にも権威正統性敵にも」オリジナルが最強となる。
第二世代、第三世代、、、代20世代、
●どこの小学生が考えても威光も話の筋立ても「コピーを繰り返し続けて画像劣化を始めるように」劣化するよね?
(初代なんてさ、アレキサンダー大王イスカンダルとか、織田信長とか、イエス・キリストとかブッダや日蓮とかモノホン見てんだぜ?←この意味で劣化を防ぐため生まれ変われを選ぶチベット仏教のダライ・ラマはアイデアだよね。)

ルターの宗教改革の時初めて出版された『新約聖書』読んだ人とさ、
どこぞのホテルに据え置きされてる聖書を手に取る現代人の心境が”同じとかあり得るか?”

■同時に、この『共同幻想』伝言ゲームは主として各世帯家父長の中間管理職により相伝されることになるが、オリジナルの時代は「12使徒」のようにかなり均一というか(解釈の違いこそあれ)雰囲気の”共同性・共通性”は高いレベルを維持している。
これがさ、十何代目とかになって(当初12単位が)何万、何十万世帯となり、
かつ、そこで伝言ゲームが十何代目だよ、
「答え合わせしたら、バラバラになるに決まってんじゃん」(笑
 ↑
こういうのを『共同幻想』”崩れ”って呼ぶわけさ


■この、社会適応のルートを使い”共同の自我を上書きコピーする仕組み”は(『共同幻想』適応社会)、必ず劣化する。
古代においては、文明の衰退などにも影響していると思う。
時に、反動勢力が台頭し(時代のネジを巻きもどそうと)「共産主義を全体主義で”均一”に半ば強制的にオリジナル第一世代化しようみたいなさ(文化大革命)」、
ある意味、時代の捏造でもあった明治の富国強兵、天皇陛下を独裁者かのように利用して(日本の歴史とは著しく違う)、数世代で「敗戦革命」みたいなことになった国もある。

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posted by kagewari at 15:15 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月22日

先読みシミュレーションと(事象の広義化拡張機能)「幸福論」

<中段折り返しにちょっとだけ追記補足>

楽観主義ってあるよね《終わり》

しかし楽観主義にもさ、バカじゃね扱いされる願望のような楽観主義ってか”希望的観測?”
これに対して「既に勝ったのは俺だ」と確信される”読み切った”戦略的思考はだいぶ違う、
困ったことにそれを明快に分ける言葉もあるのかないのか、ちょっとピンとこない。

「聴く人を選ぶ音楽」ってものが無いでは無いことを皆さんご存じだと思う。
「へっ?そんな曲聴くの?」とかさ、
(ちょい前に音楽の趣向で『共同幻想』適応系やら「歩留まり」やら人格志向もわかるみたいなん書いたとこだけど、)

別にクラシックが音楽として絶対高尚とかそういう意図は無いんだが、
交響楽なり聴く人は、かなり広いシミュレーショ領域持つことになるよね。
(最初から最後までいちおう頭に入っていて、サビがくるの40分後とかなんだから)
トータルで言えば、それだけ我慢できるからこそドカーンとスペクタクルな『興奮』ゲットして悦に入るわけでさ、
しかるにその「幸福(或いは至福)」って、シミュレーション領域の尺に比例とまで言わないが、関連していることになる。
●なんか学の無いがらっぱちを馬鹿にしとんのかいって誤解されそうなので補足しますが、
学歴はどうか知らないスポーツ好きなプロ野球ファンのオッサンだってたいしたもんなんだよ、
序盤の展開から、今日の継投がどうなるのか先読みし、
どこでクローザーが出てきて「最高球速見るのは何時ぐらいかな」とかわかってんじゃん、
そして、ちんたら続く代打攻勢なんかで気持ち切らすことも無く、
1時間半後に「おーしまってました」と、”幸福のピーク”がくると、
(大変広いシミュレーション領域持ってます)
サスペンス劇場好きな昭和のオバチャンだって、冒頭15分で結末まで読んでるのにw
退屈なCMにも気持ち切らすことなく、45分後の犯人逮捕に涙するんです。

<この流れでつらつら考えてみよう>
するってぇとさ、こういうことにならネーか?

「幸福にもビギナーズラックみたいな外形的事実に依存するハプニング的なもの」と、
「(自己完結型で)獲りにいく蓋然的幸福」←種類が違う「幸福」があるんでしょうよ。
(ここは冒頭説明の”楽観主義にも種類の違うものがある”って話と同じ)
スポーツ好きのオッサン事例にあるように、
これは『共同幻想』や「歩留まり」など人格タイプに依存しない。
(そら個性差とか趣味性ってのは違うんだろうけど。またそのコンテンツの選択は人格タイプに依存する部分はあると思う。)


随分昔(どうだろ20年ばかし前の話)に考えたネタにこんなんがあるんだけど
 ↓
●「幸せの近い人と、遠い人の違いは何か?」
(引き寄せのなんとかみたいなふざけたオカルト話じゃないからねww)
やっぱどれだけ「自覚的に動機形成が行われるのか」だと思うんだよね、
”先読みシミュレーション領域”を意識的に使って「エンタメとして大スペクタクルなどのスケールのデカイ(盛られた)幸福を日常習慣の中に織り込んでいる人」って、
人類ヒト科特有の”無限の欲求”ってのを、「文化として消化・実生活で消化」みたいに意識的に分けることで”安定化”させられるでしょ。
 ↓
「ホニャララしてみたい」→「それは”わかるけど”、漫画の世界だな」
(※マッドサイエンティストは上記を”切り分けない人”なので、「強迫上等系人格」となります)

一見すると、
時代遅れで豪邸不動産を紹介するプロパガンダ番組見て
「あら素敵なお家ねぇ」に対し(昭和だとそのまま”欲望無限大に点火した”)
「TV向けのバカ素材ってことでしょ。あんな家、落ち着いて暮らせないよww」←この人物を”夢を諦めている”なんて誤解する人いるかもですが、
この人物は、既に脳内シミュレーションでVR体験的に同規模の住居を自由に展開可能で、実際に自分が暮らしてみたイメージを元にこたえているので、本音なんです。
そして、同時に、同様エンタメは「脳内シミュレーションでVR体験」で、5秒後いはいつでもどこでも実行可能(住んでいると同等の”快感代謝は既に自由自在”『夢は夢として』既に手にしてるんです)。

まんまと煽りに乗せられて”欲望無限大に点火しちゃった”『被る(こうむる)』人ほど、
「身の丈に合った」なんて言葉を、「夢が無い」みたいに言っちゃうのかもしれないけれど、
「カレーライス作る時に牛肉10キロ買ってくるとか、お前は自衛隊の炊き出し部隊かっ」
 ↑
(極端に言えばの話ね。適量を「夢が無い」とか言っても始まらないだろって、「よく知っているカレーライスの肉」だから気が付くが、対象が「よく知らない事象《不安定要素=不安》」である場合、煽らればどこまでも行ってしまうワケさ、「よく知らないから」)

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posted by kagewari at 03:14 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月21日

なんてことでしょうか『ベルセルク』未完(三浦健太郎先生死去)

不謹慎ながら、その後の展開をあえて(推測的分析で)書いてみます、
(何故って理由は特に無いけど)
登場人物達のその後を付けないと三浦先生も心残りだと思ってさ、
追悼として
(※「ベルセルク」読者以外の方、またはあえて続きとか考えたくない方もご退場ください)

意図的に行間空けます





■妖精島でガイゼリック王の秘密を知ったガッツ(ベルセルクの鎧の使い方を知る)
(グリフィスがその後大天使になる儀式を行うことを知る「昔の王都が滅んだ理由」)
キャスカとシールケを残し花吹雪く王ダナンに託し、島を出る(髑髏の騎士が空間を切り裂く)
後を追うとするファルネーゼだが、ロデリック達が足手まといになるだけであることを説得、
ガッツの向かった理由から考えて、国に戻って大戦力を整えてから援軍に向かう事にする。
生意気な魔女モルダとイシドロ、パックは、ガッツの後を追う(人魚族が送ってくれる)、

大陸に戻ったガッツが目にしたものは、
戦魔兵の大遠征の様子、
向かった先に「リッケルト率いる反乱軍」があると聞く、
(リッケルトは、新たに開発した戦車の他、シラット《だっけ?》他中東トルコ・インド系軍団と戦う準備を整えている「難民の話だと王都ファルコニアでは行方不明となる人間が増えているとのこと」)
ガッツはリッケルトの援軍に向かう

■その時王都ファルコニアでは
王となったグリフィスが、全ての人間も魔物とし魔都の完成を進めていた、
(ベヘリットによらず、謎の儀式で一度殺害し魔物として復活させる儀式)
ボイドの話だと、魔都完成の時に奇跡が起きるとの話、
腕組みをして何かを考えるゾッド
(あの世の渦が現世に顕現)
よからぬ噂も飛ぶが、占い師のソーニャは「何がいけないの?」
元ミッドランドの貴族ミュールは「大量の避難民脱走を試みる」
脱走する避難民のしんがりにはゾッドが、

リッケルト反乱軍は無名の戦魔兵は倒せるレベルになっているが、
グンベルト、アーヴァインには敵わず追い詰められる、
そこに登場するガッツ、
(ようやくモルダ魔女の箒に乗ったイシドロ、パックがそこに到着)
【大変な騒ぎになるww】(グンベルト、アーヴァイン撤退)

ゾッドは言う「グリフィスの儀式が行われれば俺はもう戦えない」
ロクス率いるファルコニア騎兵団に追い詰められる中、
髑髏の騎士登場、ゾッドと並び戦う。(ロクス撤退)
ミュールは「どこぞの森にリッケルト反乱軍”鷹の団”がある、そこに合流する」と語る

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posted by kagewari at 02:00 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月20日

『不安心理の構造』(まとめ)

■「不安心理」とはある意味「反動形成」に呼応する(によって顕在化する)
ひとつの結果であり、能動的・主体的心理では無い、
極論すれば『被る(こうむる)』認知によりパッシブに「生成された感情」である。
この話を考える重要な鍵は(物理学でテーマとなる時間の概念と類似した)
【脳内では結果と因果関係の時系列が同時に存在してるだろうって推定が鍵】←ココです

過去の記憶とは、「何に始まり結果こうなった」というパラパラ漫画のような仕組みに”なっておらず”、発端から結果まで同時にそこにあるかのように認識される(すべての行為は過去用例として完結とまで言わないが、タラレバ論が入りこめない)。あたかも「なになにだから、絶対こうなる」かのような強調が結果論だが2次派生するのが”記憶”の特徴だ。
 ↓
たとえばさ、
「一味を入れ過ぎた原因は、そもそも味が薄かったから(実は塩が足りない)」なのにも関わらず、
「一味を入れ過ぎ辛かった事件」の記憶では、
「あの時兄ちゃんが一味を入れ過ぎたからあんなことになったんでしょ!!!」←みたいな(偏向とまで言わないが)強調認知が起きるワケさ(お兄ちゃんの印象が凄く悪くなっている)。
 ↑
で、「一味事件の顛末を”どこからどこのシーンで切っているのか”」にも大きく依存するよね、
メディアの切り取り偏向報道を思い出して欲しい。
(※その記憶の少し前の時間に、実は「あーなんか味うす〜い」とか当人が発言しており、兄の行動はそれに応じたものだが、「一味事件」の記憶として、その部分が《印象に残っていなかったため》編集で落とされていたら?←記憶に残っていないの意)

【脳内では結果と因果関係の時系列が同時に存在してるだろうって推定が鍵】←すごく重要

さて、
●単純な「不安心理を煽る構造」のモデルは「ガスの元栓煽り」である
・もう駅の直前まできているのに「あっ、ガスの元栓閉め忘れたかも」←誰も抵抗できない
(勿論、不安心理に強い人《=安定的な人》は、ままよで動じないこともあるけどさ)
その理由は簡単です、
個人的に”小脳化”とも呼んでいる、無意識的なオートマチック行為だからです、
家を出る時のルーチンであり、ガスの元栓閉める一連の行動にいちいち『自意識』出てきませんから。
車の運転で右折するときにいちいちウインカー出すのにガチの『自意識』マター発動する人いません。
=「ぼけっとしててもできること」
=100%「確実にガスの元栓閉めたなんて記憶ある人はいない」
 ↑
で〜、不安をいじりたい「強迫心理」なぞがだね(だいたいその外出目的がめんどくさい時などに)
「あら、ガスの元栓閉めたかしら」言うワケだよ(笑

※故に、JRやLALや原発職員は「声出し指差し安全確認」するんです。
いちいち記憶に残すように『自意識』立ち上げて(ハイ、覚えておけよと)確認を行う。


つまり
■『自意識』マター寝ているときの行為は
「あいまいで、よく知らず、覚えてもいない、未知の、おぼろげな」←事象そのものも”不安定”
こういうジャンルの行為は、煽ろうと思えば全部「不安」のネタになります。
(※論理構造上、知らないこと未知の体験が多い子供ほど”煽られやすい”=「強迫心理」下にある場合、強烈に煽られます)
(※ひょっとしてだけど『夢』では《曖昧世界なので》物語が”煽られまくって展開しているのかも”しれない)
 ↓
「オイッ!お前、帰る時お客さんに挨拶してなかったぞ!!」→「えっ!!(本当ですか?!)」

さて、この原理原則から考えた場合
普段の動機形成において、『自意識』がよく出張る人と、抑制・抑圧無意識オートモード系な人において「不安ネタの総量が大きく変化する」ことになりますね?
言うまでも無く、
「『自意識』がよく出張る(『抗う(あらがう)』認知系)=『単独者』や「歩留まり」な人」
「抑制・抑圧無意識オートモード系な人(『被る(こうむる)』認知系)=『共同幻想』や「強迫心理」系」
 ↑
上記の違いは、不安ネタの総量だけでは無く、不安のレスポンスにも同じ傾向を持ちます
 ↓
「『単独者』や「歩留まり」な人は【不安レスポンスが小さい】」
「『共同幻想』や「強迫心理」系の人は【不安レスポンスが大きい】」
何故なら、
不安総量も少ない=常日頃から『自意識』マターが”先読みシミュレーション”として起動している
不安総量が多い=常日頃から”先読みシミュレーション”すら滅多に起動しない

●たとえば前述の「挨拶したか?」の行為も、前者は「一連の行動を戦術的に考えている」ので、「僕が忘れるとかあり得ない」などの検証ができる(忘れる場合の特定条件があれば別)。後者は一連の行動を社会適応の範囲(無意識的オートモード)で行っているので、自立的な検証ができない。

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posted by kagewari at 16:52 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月19日

第4ラウンド(Make America Great Again)「ソ連と比べて中国は豊かだろ」の無理筋

中国の発展は基本パクリだからね、
海外の投資と、海外の需要で伸びたワケで、AI開発など今は国内でも最先端だろって話はあるが、そんなことが可能なら、日本の経産省や文科省の大学研究費の配分でこんな揉め事起きてないわけで(役に立つ研究を研究段階で予言できる役人が要る筈も無く:ブレイクスルーな研究は自由な環境でしか発現しない)、
中国の話は「大本営発表でしかない」
ごり押しで米国を共産主義にしようとしてみたり(そんなことすれば米国経済が終わるだけで)、
■そもそも米ソ冷戦時代以来の西側諸国は数十年に渡って自由で民主的な世界で成功した実績がある。←よっぽどこちらの方が(論議の必要も無く)歴史的な証明

元をただせば中国の経済成長は戦後日本をモデルにしているのだから、
当時の日本が米国依存だった点は現在の中国においてなにも変わらない。
(現在の中国は、当時の日本で言えば「ジャパン・アズ・No1時代」)
2024年にはまたトランプ政権が登場しそうな雲行きを「今度はどんな不正で止めるのさ?」
(どっから見ても袋小路じゃん)


■過去記事で「多分習近平も中国経済が既に破綻しており、強気に出られるのもあと数年とわかっているだろう」と書いたけど、
そこに2024年の米大統領選を合わせると、
「やるなら今しかしない」ってタイミングも自ずとわかるだろう。
(北京五輪までは大人しくしているとして、)
中間選挙の2022〜2024大統領選の間が危ない、
 ↑
この時までに自衛隊にF35が何機配備できているのかわからないけど、
急ぎたいところだよね(その頃はギリF35Bも何機かきてるかな)
【重要な事だけどこれは中国のためでもある←バカな行為を思い留まらせるため】
F15の近代化は予算で揉めていてさ、
「その予算ならF35買おうかってぐらいの話」
かといってF3にはまだ早いし、
●防衛省は何か中間的な措置を考えると思うよ
(今、日本が自由にいじれるのはF2ぐらいだから)



posted by kagewari at 12:43 | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月18日

小さな欲求不満を端緒とするワケのわからない欲求の拡大

原則としては「反動形成」なんですよ、
(「反動形成」と言えば「冷蔵庫のプリンを食べられた時の賠償は10場返し」の法則)
最近連載した『不安心理の法則』も関係していなくもない、
(「あれのことじゃない?」と不安定・未確定な欲求を煽られると「なぜかそうかと思い込む」)
言うまでも無く、その大前代は人類ヒト科特有の「退屈したら死ぬ病」という、
哺乳類としては特殊な欲求爆発が派生する繁殖期が年中無休という異例の進化を遂げた”過剰リビドー”とでもいうべき特性である(代謝の遅滞により〇狂する場合もある)、
※だいたいこの辺までの論議は読者の方もささっと理解されてるでしょう

■しかし、この現象を
「人類ヒト科の種としての合理性で考えるとどうなるか」
何か別の側面を発見できるかもしれないって企画です

事の始まりは「通常の類人猿の規模を超える食料獲得などをしなければ(異常に未熟児として生まれ成長が圧倒的に遅い進化を対価にド・デカイ脳をゲットし”過剰リビドーの器”として進化した)」、種として滅んでしまいます。
(ブッダはこれを煩悩だとかカルマと呼び、アブラハムの宗教だと原罪とか言われ、ブッダあたりが「煩悩もカルマも落としたろって」「いえいえ、そうなると人では無くなりますがな」→「じゃ仏ってことで」みたいなこと考えた奴もいる。)
 ↑
よくあるダーウィニズム的思考としては、
滅ぶことを自覚できたとかでは無く、滅ばない行動を選択した種だけ生き残ったって考え方ね。
(現世で、次から次と仏になると種として滅びますがなってww)

●自分ひとりの、今食うものだけって話では済まない訳で(これ必ず子供の分って意味では無い、食い物の貯蔵庫でもあった森を追われ2足歩行することになった=何らかの方法で備蓄が必要なのであり)モチベーションは過剰なぐらいで丁度いい。
この状況は、ネコがライオン級の獲物を追うようになったと考えればわかりやすい。
”サル食い”で有名なチンパンジーに近い霊長類である人類が、バッファロー級を追うようになった。

(人類ヒト科の場合)
元々「今現在の欲求×数倍が=生物として必要な実欲求」なワケだ、
時に、「金、金、金」って強欲も人類ヒト科としては「ま〜そういうのあるよね」って話で、
(ひとつの原理で言えば、ちょっとした金銭欲が→実行レベルで数倍になるみたいな)
文明を手にして、社会システムとして強大な金融資産を背景に福祉や労働法制などで
「今現在の欲求だけで大丈夫でーす」という環境の変化は→【も、一段進化しろ】級かもしんない


<<<厳密に言うと違うんだろけど、実に韻が踏まれている的な話になれば>>>
 ↓
「草食男子」(ブッダが現世にいたら「いんじゃね」言うかもしんないw)
「欧米におけるヴィーガン」(これは何か間違ってる気がする、、)
「現代、ミニマリスト」(気持ちはわからんでも無い)

厳密に言えば違うんだろうけど、無意識に韻を踏もうとしているんじゃなかろうかって気もするんだよね。流石にSDGsは”違うだろ”と思うんだけど、
無意識に「欲求を1倍に還元してみたらどうなるのか?」ってことの興味はあるのじゃないだろうか。
(※別に上記に登場する話を支持しているワケじゃないので勘違いしないでくれたまえ、勿論ブッダの支持者でもありません。《面白い奴だなとは思うけどさ》)
 ↑
あーもちろん結果はNGですよ(1倍では足りない:後半参照)
但し、現代社会には”エンタメ”がありますでしょ、他趣味のスポーツとかも、
1日に必須の快感代謝は「全てが実際の行為である必要性【ありません】」
極論”面白いこと思いつくの得意な人は”それだけでも十分な快感代謝を達成します。
(代謝が十分か不足なのかの差はどこに出るかって、一概には言えませんが「寝つきの良さ」でしょうか。或いは「今日のコーヒーやビールが”やたらと美味い”」みたいなことです。)

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posted by kagewari at 00:24 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月17日

もぎせか(歴史家茂木氏)は随分悲観しているようだけど「民主主義は負けんぜ」

もぎせかが「もう米国が全体主義となり、トランプ的なおのが完全排除されるかもしれない」って(警告の意味で言ってんだろうけど)悲観的なこと言ってますが、
「いやいや、そんなこと起きません」て、
●まず中間選挙でトランプ率いる『共和党』が勝つから心配するなってww

そんなことはともかく、
これって数量経済学者でもある高杯洋一氏の説なんだけど、
「民主化と経済成長には相関性がある」のだよ。
(民主化してないと成長はどこかで必ず止まる)

そして、ほとんどの米国市民も肌身で感じていることだと思うよ。
「自由の旗を失ったら、もうアメリカじゃないじゃん」
現在進行形の『民主党』「中国共産党」「左翼偏向メディア」のやっていることを、米国市民は絶対に許さない。
茂木氏あたりには現状が歯がゆく見えるのかもしれないけれど、
「どうやって反撃したらいいのかわからない」だけで、
同時に(日本から見れば個人主義でフランクに何でも言える”雰囲気”の米国だけど)米国の『共同幻想』ってのは存外に脆弱で(そら歴史浅いんだもの)、米国における『共同幻想』適応系市民(旧保守)の脆弱性は半端ないのさ(依存系とも言える”ナイーブ、ビビりなんだよ”)。
だから、米国では日本以上に『単独者』がブチ切れして、リバタリアンの聖書とも呼ばれるアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』が攻撃的な内容となり、英雄と愚民みたいな勘違いにもなった。


●なものだから「Make America Great Again記事」では、
トランプ陣営の狙いは「左翼陣営にいる「歩留まり」達の切り離し」だと読んだワケ、
そして、トランプは”何らかの媒体を手に”大手メディアそのものに対峙するだろうと、
「戦い方があるんだ、俺達も戦える」となった時のアメリカ人は半端ないと思う。

個人的意見だが、
許せない気持ち強すぎて、これほんとうに中国と一戦交える可能性すらあると読む。
その時がきたら、米艦隊はあからさまに圧力かけるから、
そこに民度の低い中国海軍なりミサイル媚態が調子こいて「レーザー照射ロックオン」からの、がっつり迎撃されると思う。
ビビッて、無抵抗状態のままガンガン詰められるって事が起きても驚かない。
米国市民は言うと思うよ、
「中国の核が怖いだって?核兵器すら持たない日本が堂々としてる様子を見てみろ」と、

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posted by kagewari at 00:56 | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月16日

ディアスポラと『共同幻想』、そして地政学(なぜグローバリズムに至るのか)

今回はアバウトな雑感なんでめんどくさい突っ込みは無しでお願いします

もぎせかチャンネルにおいて非常に興味深い討論があり
https://www.youtube.com/user/MAOMAO96363/videos
(上記から「(ユダヤ教徒)吉岡さんと雑談」シリーズ)
この討論番組を参考に、
■現代にいたるユダヤの歴史と『共同幻想』論、そこに地政学が関係しグローバリズムに至る点を考えてみたい。
 ↑
単にユダヤ陰謀論的な話では「まったくありません」
日本における江戸・上方文化に代表される「次男坊以降のストレンジャー・サブカル文化」を理解することに至るからです
(ある意味ユダヤ人とは民族として次男坊以下追放となり流浪したと考えることもできる)

とてもわかりやすい構造になってます

■古代から近代に至る『共同幻想』成立の背景は、農耕文明です。
(狩猟民族でも主食は農耕であり、対立する文明は「遊牧民グローバリズム」)
貴族王族が地主の場合もありますが、
いずれにしても農民は農地が無いことには農業ができませんから、定住を原則とし、
安全保障上土地を守ることが生命線になります。
代表的なお祭りインセンティブは「収穫祭」です。

■これに全く対立する文明は「遊牧民」となりますが
この場合も守護する土地が「草を求め遊牧する”地域”」に拡大するだけで、同じグローバリズムでも現代のような帝国主義・全体主義とは真逆で、ネオリベラリズム的な自由主義を前提とします。
実際、チンギスハーンが世界征服まであと一歩の大侵略を行いますが(覇権国家であるのは事実)、宗教含め殊更イデオロギーや支配構造を確立しようとしたワケではありません。
「行先に喧嘩弱い奴がいたので、どんどん先にいっちゃった」みたいな話です(笑
 ↑
安全保障論的には「極端な軍事バランスを欠いた状態」が招いた侵攻とも言えるでしょう。
(古代は事実上の騎馬隊を有する遊牧民が軍事的に最強過ぎた)
ちなみにモンゴル他遊牧民の『共同幻想』はわかりやすい”軍隊式”と考えて間違いないかと。
ただし、各部隊(氏族)の独立性が強いですから、通常巨大な勢力にはなりません。
チンギスハーンというトンデモなカリスマがいた”あの時だけ”一致結束した形です。

<<<話は戻りますが>>>

そんな農耕文明における『共同幻想』社会は、
地主を無条件な特権階級としてその権威とし、農地を離れることのできない農民たちは都度その土地で展開される『共同幻想』に与し適応することになります。
(でなきゃ死ぬワケで)

●あれ?民族そのもの全てが土地を追われた(ディスポラ)ユダヤ人は?
はい、この瞬間から「全員サブカル系「歩留まり」階層です」
(何らかの形でエルサレム近辺に残れた人を例外に)
まず、守るべき「我々の土地」ってものが”ありません”ので、
土地支配者が有する権威ってもの”ありません”、
しかし、激しい差別もあったため(アブラハムの宗教のオリジナルって事情もあったでしょう)
生き残るため民族で助け合う「掟」は他民族より強くなります。
旧約聖書ユダヤ教の物語としても「いつかみんなで約束の地に帰る」という、←一見神話に見えますが、これほとんど理念ですよ。→政治的スローガンによる『共同幻想』だけが残った、
政党型『共同幻想』とでも呼びましょうか、
 ↑
権威が存在しませんから、ピラミッド型の『共同幻想』にもなりません。
権威的なものがあるとしたら「政治的目標(イスラエルの樹立)」この一点です。

古代、近代以前にこのような世俗派「歩留まり」階層が民族単位で発現したワケで、
それは強烈なインパクトですよ、
(放っておいても頭良くなるでしょ、、認知リミッターが無いから←:金融に抵抗無いのもここに関係していたのでしょう)

●しかも(エルサレム奪還までは)流浪の民なので
土地に根付くこともありません。
その都度、どこぞの王家に仕える場合は一部商売や金融で大成功したビッグショットが黒幕やスポンサーのように君臨するだけで(なものだから余計嫌われる)、
その王国なりの情勢が怪しくなれば→速攻別の王国へ
幸か不幸か「グローバルに生きている民族」なワケで、
【大航海時代であれば港湾など地政学的要所に登場することになる】

※勿論大半のユダヤ人は貧しいですから、街の使用人であったり、錬金術の知識を駆使した医師や薬剤師であるとか(ちなみに古代は医師は権威職では無く下層職の場合もあります)、
サブカル文化を持ってますから「芸能、演芸、楽団」”旅芸人”として暮らしています。
(これが「屋根の上のバイオリン弾き」ね)
 ↓
だからその後米国において、
「東のブロードウェー」と「西のハリウッド」をユダヤ人が支配することになるのです。
(日本に置き換えれば、漫画アニメの文化においてはどの国の追随を許さない圧倒的な力を持っている点と似ている)

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posted by kagewari at 01:57 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月15日

「人の持ち物が欲しくなる心理」単体論

『不安心理の構造』で随分あれこれ書いたけど、
”曖昧な事項や欲求において不安定”な時、取り急ぎ安定させる簡単な方法は
「自分も”同じようにする”」となり、
人類普遍の原則である「退屈したら死ぬ病」を前提に、
”さも大幸福や大快感が達成さているのかもしれない”となれば(更に不安定を煽る形となるため)、(コロナ煽り報道で地方がパニックとなるように)「どうしてもそれが欲しい」かのような錯覚に支配される場合がある。
 ↑
【重要なポイント】は、上記がフェイクニュースに不安を煽られたパニックであることで、
これといった根拠も無ければ、
(受動系『被る(こうむる)』)レスポンスに過ぎず、
主体的判断ですらない(本音ですらない)ことだ。

洗脳とまで言わないが、心理を外から操作されている状況に近い
(メディアがコロナ・フェイク報道で集団心理を操作する←と同じ)

■自分も同じようにしたい
 ↑
こまったことにこの心理は、相手もそのまま同じという平和的なものでは【無い】
全く同じブランドの衣類や装飾品を買うなら可愛いもので、
他人の女房奪ってみたり(後先考えず)、(形式も知らずに)他人の車を乗り回してみたり、(好きでもないのに)友人の恋人奪ってみたり、(なんの仕事をするのか知りもせずに)学級委員長の地位を奪ってみたり、(飼い方も知らないのに)流行りのペットを購入したり、
 ↓
自分を同じにするためなら、
結果他人(やペット)がどうなろうが知ったことでは無い系の心理なのね。
(これを『共同幻想』社会では「競争原理」と呼んだりする)
どうしてそこまで貪欲になるのかって、
ネタバレすれば”不安心理を煽ってんだからさ”、
「もし、手に入らなければ、私は不幸のズンドコだ」と思わされちゃってるワケでw
生きるか死ぬかじゃないけども、
その希求性は”手段を択ばす”級のモチベーションに化けちゃう
(そういう仕組みだから)


●で、『単独者』の独り言「バカじゃん?」に繋がるのは
冒頭記載のとおりで、
前述心理が、(受動系『被る(こうむる)』)レスポンスに過ぎず、
主体的判断ですらない(本音ですらない)ことです。
「本当に必要なのか、それは自分と言うユニークな個体にとって使い道あるのか」←考えてないんです(いざ手に入れてから”何これ”とか無数に発生)。
 ↑
しかし、ここも手が打たれてる
(ニワトリか卵の話)
そもそも『共同幻想』論ってのは個性を抑圧して同質・共有人格にしましょうねって話だから(笑
「私の場合本当にそれが必要か?」って発想自体が、『共同幻想』適応系自我には馴染まない。
「あなたは全然違うタイプでしょ」とか言おうものなら
「私だけ仲間外れの失格者だと言いたいんですか!!」みたいなことも起きます
(いやいやいやいや、何言ってんのって話なんだけど、、)

ま〜ネタバレするとさ、
「人の持ち物が欲しくなる心理」ってのは、
「自分がそれを持っていないから」であり、
主体的に「それが本当に欲しいのかとか、そんなこと知らん」って話です。
(極論、結果それを手にすることで自分がド・不幸になるとしても)「是非とも欲しくなる」(笑

※ネタバレするとナンセンスだし、「バカか俺」も言いたくなるが
人類が文明を発展させる局面において『共同幻想』システムの「競争原理」が有効だったのは事実で、先進国住民である我々の生活は、この原理に流転の人生を捧げた先人の屍の上に成り立っているのだから、保守論としては「国が生きるか死ぬかって時に手段を選んでいる余裕などない」時代があったのだと理解するべきだし(これが無いと先祖へのリスペクトが失われる)、
現代社会において、作動原理だけが一人歩きしているなら(手段と目的もさかさまに)、必要も無いのに(その合理性も失われたのに)「自分には競争原理がまだ効いている」的な自意識過剰にも思えることだから、翻って先祖を馬鹿にしているのも同じになる(そういうつもりで俺達始めたワケじゃないぞって)。
 ↓
だから(先人への感謝も込めて)「バカか”俺”」技なんです

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posted by kagewari at 04:06 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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