2021年08月05日

普通あり得ないスポーツ界における「”快感代謝”広義展開」(前回続き)

前から米国で主流でもある臨床系心理学には懐疑的なのだが、
(ナンチャラ障害などというものを病気扱いするのは理解として間違いだと思っている)
これもその証拠とも言える話じゃないかと思う。
田中君繋がりでMLBネタだ、

<<<Zack Greinke>>>
大谷君のある動画にアップ主さんの秀逸な解説があり全文引用しようと思う
動画はこちら
大谷翔平がグレインキーに懐かれる【知る人ぞ知る名場面】
https://youtu.be/BLlXmXtBrAw

<説明文引用>
大谷翔平がアストロズのエース ザック・グレインキーからタイムリーツーベースを打った
グレインキーは通算で200勝以上をマークし3000奪三振も視野に入りサイヤング賞も獲得、ゴールドグラブ賞も6年連続受賞とMLB殿堂入りも視野にある名投手だ
また投手メインながらバッターとしては通算9本塁打9盗塁と打っており二刀流の顔もある

だが今回最も注目すべきなのは二人の対戦ではなくその後だ
その後の打席で打ち取られベンチに引き下がるタイミングでグレインキーが大谷に話しかけにいったのだ
気恥ずかしそうにグローブで口元を隠しながら話しかけるグレインキーといつものハニカミスマイルでサンキューとでも言ってるかのように答える大谷
敵チームでも仲のいい選手ならスキンシップをとるのは当たり前の光景だがグレインキーとなると話は大きく変わる

グレインキーと言えば奇人変人キャラとしてMLB珍プレーの常連として有名である
人によっては彼を萌えキャラとして奉るなど色んな意味で人気者だ
しかしグレインキーは過去に社交不安障害、鬱病などと闘病していた
このまま引退したいとさえ思っていたそう
後遺症は残っており契約の際に優勝争いで注目されるような球団には行かない条項が盛り込まれ(今はない)とにかく人と話すことに消極的、とどのつまりコミュ障になってしまった
先輩投手からサインをお願いされても疲れるからと拒否
ノーヒットノーランは注目されるからやりたくないと言い
無観客試合はファンサービスしなくていいから気楽だと言い
今目指してるのはワールドシリーズ優勝ではなく投手として10本塁打10盗塁を達成することだ等
完全に個人の世界にハマっている
その最たるものがキャッチャーのサインに全く従えず遂には今からカーブを投げると言ってホームランを打たれのだ
マスコミ嫌いでも有名でインタビューも必ず一言二言返すだけ
同じマスコミ嫌いで有名なイチローとはまた違った対応をしている

とにかく歴代のチームメイトともまともに話そうとしない彼がよりによって敵チームの大谷翔平に自発的に話に行ったことは実は大事件なのである
大谷に何を言ったのかと質問されるといつもの仏頂面で今日は良いバッティングだったねと言っただけだと返答
二刀流として急成長を遂げた大谷に何か惹かれるものがあったのだろう
そして大谷翔平は我が道を往くグレインキーに心を開かせたという記録に残らない大記録を打ち立てたのだ

●グレインキーで検索すると説明文に出てくるエピソードなどの動画が出てくる
想像するに難くないと思うけど
俺はグレインキーは「非の打ち所の無い(臨床用語を使えば)健常者」だと思っている。
自らも鬱病だった『唯幻論』岸田教授の解説がもっともわかりやすいと思うけど、
『共同幻想』社会を構成する”お題目”は何でも良く(間違いでも無問題「共有される中身はぶっちゃけ何でもいい」)構成員がそれを「だよね、そうだよね」と共有することで成立する、
 ↑
不運なことにここに非適応者(非洗脳者と言い換えてもいい)個性派の自由人が(仲間と勘違いされる方向で)巻き込まれると、頭おかしくなるワケ(俺が何かオカシイのかと追い込まれる)←これをキッカケに二次災害的に鬱病に至るケースがあり、
おおよそグレインキーに起きたことは、
●偶然野球に類まれなる才能があったので、自らもプレイしたいだろうと周囲も仲間に引き込もうと必死だっただろう。結果的に「事情を知らない自由人が狭義展開の『共同幻想』組織に巻き込まれる」状況が発生する(言うまでも無くグレインキーは楽しい野球をプレイしたいだけだ)

事実奇行などと揶揄されているグレインキーの言動は「自由にしているだけ」であり、
(気でも違ったようにビーンボール投げるで無し、カウントもわからずフォアボール出しまくるでなし、彼は《臨床用語でいうところの》健常者そのものである)
どこで彼が何を悟ったのかわからないが(合わせる必要何も無いなを知ったのは間違いないと思う)、
そして現在に至ると、

→続きを読む

posted by kagewari at 14:25 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月04日

こういう時なのでスポーツの「スランプ(競技鬱)」を分析する

ずっとウオッチしていたワケでは無いので具体的な成績などに間違いあるかもしれないが、ま〜そこは生暖かく見守っていただきたい。
サンプルに挙げるのは「日本に復帰したにしてはさっぱりの田中マー君の投球」だ、
国内戦の様子は観たこと無いのだが、五輪の投球だけは確認できた。
●全盛期の田中君と言えば、ランナーが出た時には”ギアを上げ”得点を許さない投球で有名で(この勝負強さが野手に”勝てるという快『興奮』を刺激”)、野手陣の援護が多いことでも知られていた。ところが、メジャー帰りの田中君の様子はまったく違っていた。

■大きな違いはMLBに行って以降、ダルビッシュ他対談などでことあるごとに彼が「僕の真っ直ぐは通用しないですから」を連発していたことだ。
説明するまでも無く、高校時代から150キロ以上の直球を投げる彼の特徴はそのストレートであり(そら玄人はスライダーピッチャーだというだろうが、だったら松坂だってそうだって話になる)、ノムさんの教えもあって、「困った時の外角低めの直球(特に左バッターの外角一杯153キロ)」日本では使っていた。
まだ記憶にあるけれど、メジャー1年目にもこの配球使ってました。

ところが(どの対戦の誰に打たれた状況からそうなったのかわからないが)
何年目あたりかから、彼は直球を見せ球にすることはあっても勝負球に使う事は無くなった。
同時にDATAオタクのMLBでは投球の回転数まで計測している、
代表的には速度は遅くてもキレのある球投げる投球は回転数として数値化されている。
(確かに田中君の直球は、江川のような回転数は無く、ドーンと重い直球タイプである。)
 ↑
ハイ、野球詳しい人もう気が付いたね?
江川と言えば→一発病
打者の打法にもよるんだが、切れのいい(回転のいい)直球は逆回転もかかりやすいんだったかな、当たり所によってはホームランになりやすんですよ。

●思うに(田中君が投球に悩みだしたのはMLBが飛ぶボールとフライボール革命でやたらめったらホームランが出るようになったシーズンから)ホームランの恐怖だと思うんだな、
でもさ、
ほらな?回転数多い切れのある直球の方がホームランになりやすいのさ(当たればだけど)
むしろ回転数のそれほど多くないドーンとした直球が重いと称されるのは”飛ばないから”。

不可思議だろ?田中君ともあろうものがどうしてそんな矛盾した発想に至るのか、
(むしろ田中君の直球は重くホームランになり難いタイプなので《そら少々打たれるだろうけど》どんどん直球で攻めていんだよ。)
 ↑
てか、投球スタイルを変えるとするなら「ランナー出てからギア上げるのをやめる」ってことかな(飛ぶボールとフライボール革命で時々打たれる一発は防ぎようがないからだ)、反面無駄球減らして(常時直球は150キロ超えとし)直球は確実にストライクコースに投げるなどへのスタイルの調整だ。
※また、後から判明したが一部教団がサイン盗みしていたことも直球が痛打された理由だろう

■<ま、事情はわからないんだが>
どうやら田中君は、直球を勝負球に使うことをやめた。
(ホームランを打たれるかもしれないという恐怖から)
一番ホームランになり難い球種だったのにだ、
で、コーナーギリギリに変化球を投げまくる投手になった。

●五輪の米国チームのタイミングの取り方見てたけど「全員変化球待ってんだもの」
これじゃ、なーんにも怖くない。
むしろ(変化球でしか勝負しないなら)ナックルボーラーみたいなふざけた投球フォームでタイミングとり難くする方がいい。ところが田中君は(直球で勝負しないくせに)速球力投型のフォームだからさ←変化球の制球抜群とか無理にきまってんじゃん(豪送球投げる投球フォームなんだもの)。
ノムさんが言ってたのは、全部の球種をコントロールできなくてもいい、ただ一球「困った時の外角低め直球だけはどんな時にもコントロールできるようにしておけ」ってものだ。
(その背景には、フォームが小さくなって直球の威力が落ちては意味が無いからだ)

●米国チームの監督は元LAエンジェルス監督のソーシア、
田中攻略法は百も承知だったろう
「勝負球は全部変化球、直球も見せ球なのでぶっちゃけ全部変化球狙いでOK」

→続きを読む

posted by kagewari at 16:45 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月02日

「徒弟制度」別の意味の限界(『共同幻想』崩壊論)

保守系徒弟制度はある条件を必要としていて
これが崩れると「構造的劣化や腐敗を誘発する特徴」がある。
●とても分かりやすい話なので”その仕組み”から説明しよう
「師匠を立てる」=師匠を超えることは許されていない(或いは超えそうな挑戦する時には師匠の許可が必要:失敗した時泥を塗ることになるからだ)
表向き一子相伝的に、代替わり時に弟子は師匠と同技能を獲得することが期待されるが、
 ↓
滅多なことで師匠が引退しなかったら?
(某アマチュア監督は車いす状態でもドンの地位を降りなかったとかあるよね)
「親方に遠慮する分、世代を経るにしたがって技能は劣化してしまいます」
保守系徒弟制度の成立条件は「50代前後で師匠が引退すること」を条件としている

そうです「寿命が延びて高齢化したことで師匠引退のキッカケを失う」と、この制度はヤバくなるんです(劣化フラグとなってしまう)。
若干意味が分からない人へ、微妙にニュアンスは違うんだけど「誰の目にも数字でわかる構造的に似たもの」を紹介すると、
王監督選手時代のホームラン記録(56本だっけ?)
これを外国人助っ人が破りそうになった時大変な論議になりました
「超えていいのか」と、
言外にこの記録を破ることは「王監督も認める日本人選手にだけ許される行為だ」ってのが流れていたのね。
”許可がいる”=上下関係が成立している

※コーチングってのはこの徒弟制度の弱点を補う形で台頭したものだと思う
同時に「名選手名コーチ(監督)ならず」の一員は「師匠を超えてはいけない徒弟制度的雰囲気」が自然発生する部分もあるのではないか。


とかなんとか、話は戻って
■まだプロスポーツの世界は”現役引退”という避けようの無いタイミングがあるけどさ、
業界団体だとか、相撲協会などの院政のような影響力を残す権威組織まで成立しちゃうと、「自由に組織の論理(『共同幻想』)からはみ出すことすらNGになってしまいます」
結果として、以下のパイオニア達は事実上の”反逆者”でした
「中田英寿、野茂英雄、鈴木イチロー」
そして、彼らは偉い監督や先輩と戦っただけではありません、
全員マスコミとの間でも揉めてます。
(メディアも権威側の権力であることがよくわかる)

先陣を切るパイオニア達がいてくれたおかげで、
以降のサブカル世代は(どことどう戦うのかもよく知ってるし)伸び伸び台頭している気がします
サッカー日本代表はほとんど欧州組ですし(たぶんこれが次の周回でJリーグが欧州リーグに匹敵するレベルに到達しUターンって流れになる)、プロ野球界には大谷君、
テニスの錦織君もその流れの中にいると思います。

●オリンピックでもスケボーやヨットなど(一部は活動拠点からして海外ってパターンもあるようですが)サブカル競技にやたら強いと(一時無敵だった女子ジャンプのあの子もそうじゃないかな)、

→続きを読む

posted by kagewari at 02:08 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月31日

殊更意味があるという「ネタ振り」(権威性の設定とか映画シナリオの『枷』かな)

●話を単純化してみよう「戦う価値」や「守るべきもの」←ハイ、この設定の裏は?
 「自己犠牲」だよね
何を失ったとしてもやり遂げてみせるみたいなストーリー展開がワンセットになる
 ↑
この構造はある意味「不快『興奮』代謝」に代表されるような『自意識』抑圧のシンプルなモデルなんだと思う。
悪く言えば?→「だから言われた通りにしろ」ってことになるからね。
(映画ではこの辺を「自ら選んだ道だから」的に”再選択性”を重視する、確信犯的選択性だ)
(反対に理不尽な親権乱用子供の追い込みドラマの場合、「これが大事な事なんだから」力説する親の言説が異様に強調されることになるのさ。←エンタメ的にそこわかりやすくしてる)

だ と す れ ば

確信犯的選択性(或いは『自意識』による再選択性)←ここが甘いと「被害認知の苦労自慢」に過ぎないことになる。
そんな話を聞いたとしても「誰も頼んでネーよ」とかさ、
うーんと、よくある派生が
サラリーマンの仕事が過酷な労務環境を聞いてもないのにアピールしたり、体調悪いとか睡眠時間の短さを自慢げに(実際は自嘲気味にって感じかな)語る様で有名な”アレ”だ。
「こんなにも大変なことをやっているのだから、俺は称賛されるべきだ(故にこの苦行が”権威設定”されているのは明らかだよね)」

●つまり、殊更意味のありかのような「ネタ振り」に成功すると、どんな「不快『興奮』代謝」も正当化可能である。
 ↑
誤解しないで欲しいのだけれど、シューシュポスの神話に代表されるように『単独者』系の認識のキモは「どうでもいい」「どうでもよくなことなどない」「どうでもいいことでも命をかけてOK」という自由選択における”不条理性”の肯定なので、あたかも自己の利益に離反する選択をNGだと言っているのでは無い。
(そんなこと言い出したら「こんどはしょっぱい「歩留まり」論になっちゃう」だけだろww)

今回の話で重要なのは、
殊更意味のありかのような「ネタ振り」←これがデマでも「不快『興奮』遣り甲斐ストーリー」が書けることだ(その筋で自分を強迫可能)
うんで、こういう中途半端な(って言うと語弊あるかもしれないが)、
「どこかから聞いてきたようなしょっぱいネタ」は「強迫心理」が最も得意とする煽りじゃん。←ある意味プロパガンダやメディアのフェイクニュースは個人自我論における「強迫心理」を参考にしとんのかねって思う事すらある(これはミクロ経済学とマクロ経済学にもあるとこと思うけどさ)。
 ↓
●翻って、俺は「強迫心理」のネタ振りを→「それはデマだから、フェイクニュースだから」と説明する事があるんだが、なんてのかな360度ぐるっと回って(プロパガンダやデマゴーグは)個人心理学にも使える話になっている。

→続きを読む

タグ:強迫心理
posted by kagewari at 13:01 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月23日

「拘り狭義展開の反対」→オルタナ・サブカル広義展開との対比

(前回記事の”確信犯的再選択者”の例外事項は”今回も例外事項”です)
「拘り」(或いは偏向)と言う名の動機形成「あえて狭義展開」の場合
https://kagewari.seesaa.net/article/482546809.html

●さて前回論議で(極端に言えばですが)
「オルタナ・サブカル広義展開はどちらか言えば楽」
(勿論その主体は「最低でも歩留まり以上」タイプ人格)
「拘りの狭義展開は”めんどくさいことになりがちで不快『興奮』”」と結合する可能性もある」
(その主体は『共同幻想』適応系、及び「強迫心理」系)
 ↑
ざっとこんな話になっていたと思いますが、
更にこの先を分解していくと「トラウマ論」との関係も見えてきます

■「拘りの狭義展開」は、象徴化などで”それは凄いことなんだ”と別の意味を持たせる
或いは、動機形成におけるハードルを上げ(コンプレックスにも似ているでしょ?)、
当人に(めんどくさい派生含め)”大仕事(大きな”快感代謝”)”を目論むものです。
 ↑
なんかわかり難くなってますが、シンプルな「オンザレール『共同幻想』適応保守選択」で言えば
「我が家の団子屋は15代続く老舗で、跡を継ぐことは”大変なことだぞ”」
(やりがいを盛るってのかな)
”不快『興奮』《苦労予測》でもアリ”の快感代謝総量をふかして”インセンティブ”を明確化できるんです。
・東大行くとか凄いことだぞ
・宝塚ってところは
・結婚し男子を産むというのは
・この辺で言えば公務員ぅてとっても立派な
・父さんも若い頃は米国留学で鍛えてきたから
(前記事で言えば)→マランツCD34って凄いプレーヤーがあって、、、
 ↑
そしてね、
自我にこの辺の概念をインストールすると、
「事あるごとにやらくっちゃ」と思い出すことになるんです。
 ↑
●ほら似ていると思いませんか?「PTSDトラウマ論のフラッシュバック」です
(で、PTSDの対処と言えば、ストレス与えない配慮しつつも、その事実に向き合い《リアリズムを回復し》終わったことだと再定義することです。)


■この辺は、思春期『反抗期』において、最低でも歩留まり以上の発生経路の説明にもなるんですが、「狭義の凄いぞネタを(トラウマ論解消プロセス同様に)」→ことごとく”ネタバレ幻滅した場合”
 ↑
こんな風に考えることができます、
そこからわかることは
(好き好んでなら止はしませんが)「強迫心理案件で、当人どうにかならないかと心理現象なりに問題意識を持っている場合の対処も同じ」ってことです

<つまり>
「その事実に向き合い《リアリズムを回復し》終わったことだと再定義することです。」
(ベタに言えば「終わったことだし、どうでもいいじゃん《その状況がエピソード記憶を盛って、とんでもない大事として刷り込まれている:リアリズムを回復し事象を現実に還元すれば”終わったことだ”》」)

→続きを読む

posted by kagewari at 21:42 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月20日

「拘り」(或いは偏向)と言う名の動機形成「あえて狭義展開」の場合

●反対のサブカル展開とは?
「いやあ手ごろなCDプレーヤーが無いなら、余ってるPCをオーディオマシンにすりゃいい。USBから外付けDACを使えば音質も悪くない。」

●あえて狭義展開とは?
「マランツCD34じゃないと意味がないんだってば、CDM-1とTDA-1540の力感あってこそのCDプレーヤーだ。」


<<<上記両者の選択と自我の関係から「あえて狭義展開」とは何なのかを考えてみる>>>

前者はわかりやすくいえば合理主義だから『自意識』マターであることがわかる、
(勿論後者も”再選択保守”としての”あえての選択”な部分もあるけどね)
これに対して後者は”なんらかの投影なり象徴化が認められる”、「CDM-1とTDA-1540」に固有の意味が派生しているからだ。
音の良さだけを求めているのでは無い”合理性を超えた何か別の意味”がある。

どちらが”快感代謝”が容易かと尋ねられれば考えるまでも無く前者となる。
 ↓
■よくある社会的状況に置き換えれば
「腹いっぱい食えればいんだから、早く帰れる平社員最高」
「最低でも課長以上になって、帰りには”あの店で一杯やる”のが目標なんだ」
前者の方が楽だよねww

つまり簡単に言い換えると
前者
「サブカル・オルタナ広義展開は合理的で楽」
後者
「あえて狭義展開は、何が面白いのかわからないが苦行の道」

<<更にその中身を追及していけば、>>
前者
「インチキCh製のUSBDACもチップがクリエイティブメディアだとか1万以上のDACに使われてるチップのとかもあるんだよ、流石にマニアじゃないのでコンデンサーは交換しないけど」
「そうなんだ、それはちょっと面白い話だな」
後者
「DACもフィリップスに拘ることもないさ、1bit系のが嫌いならバーブランもある」
「そういう問題じゃない、何回言えばわかるのかCDM-1のダイキャストのスイングアームメカがあってのTDA-1540なんであって単純にDACの変換性能の話をしてるんじゃない」

前者は肩の凝らない気ままで楽しい会話になるが、
後者はなにやらめんどくさいことになってきたぞって会話です

前時代の『共同幻想』社会では、「周囲に合わせるだけの人」と「めんどくさい人」ぐらいの比較になっていたので、後者は「拘りの」とか「頑固者」とかで片付けられもしていたと思うんだが、
●素で考えても、後者は苦労が続くことになるし、、
 ↑
【ハイ、今回の結論はココだよココ】
シューシュポスの神話じゃないけど(はたまたストイシズムとも違うと思うが)、
ド・M的なエンタメが付加されてるのが”本体”なのだと思う。
”それが困難だから”執着できるんです。

ベタな言い方になっちゃうけども、
「無意識に不快感『興奮』を志向している」のだよ。
こんな事言うと、拘りのな人に怒られちゃうと思うけど、
「今時マランツのCD34なんて骨董品が滅多に手に入らないから惹きつけられるネタになるんだわ」
 ↑
そんなことが?って人には、
→「命を落とすからもしれないから最も難しいアイガー北壁からアプローチすんじゃん」
(類似例としては前人未踏だから人は北極圏を目指したワケで)
事実、トライアスロンなんかやってる人は「ド・Mとしか思えない」
映画の世界でも「とにかく大変なこと」「それは絶対に不可能」などのテーマを背景にするものが少なくない。

→続きを読む

タグ:快感代謝
posted by kagewari at 11:24 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月09日

まとめになるけど「切れる」とか「思ってしまう」

昔の言葉に「よからぬことを思ってしまった」ってあるじゃん。
時にそれは”何かに惑わされた”なんて言われかたもする。
怒った後で「どうかしていた」もよく聞く台詞だ、
(※魔が差したは今回違うかもだが同類みたいなものだろ)

●曰くさ「本音じゃないから」ってことじゃんか
『自意識』と矛盾する余計なものが干渉し自分をそう仕向けたみたいなことでしょ
そらノー文句で「強迫心理」ってことになるんだけども、
流石に潜伏中は『自意識』にもその存在を知られない「強迫心理」だが、
そこを起点にする行動がドーンと自分の目の前に展開するのだから、ある意味バレバレです。
しかし、全部が全部そう気づけるワケでは無い

極端な場合「記憶に残っていない」なんてあるよね、
(魔が差したケースは、「どうして自分がそんなことをしでかしたのかわからない」がワンセットだったりするでしょ)
 ↑
なので仕組みを知っていたり、ネタバレしておくことが大事なんだわ。

■むしろ(覚えていないより)やっかいなのが、
『自意識』共犯って奴で、
これは「強迫心理」のしでかした”やらかし”を、弁護人のように全力で『自意識』が正当化しようと、これがあることないこと立て板に水で「あーだから、こーだから」と始まるパターン。
無理でも何でも「正当な理由があった」の一点張りとなる、
 ↑
この場合、少なくとも周囲は全く打つ手無し、
正攻法は、その弁護人をコテンパンに論駁することなんだけど(それも弁護人が猛烈な剣幕だったりするため容易では無い)、この場合の弁護人『自意識』は「有罪だろうが無罪だろうが争点が違おうがズレていようが、一切主張を撤回しないことが目的化しており」、いくら矛盾点を説明しても容易に覆ることが無い(不可能とは言わないがかなりの経験を必要とする)。

できるできないは横においておくとして、
対峙するときの鍵は、本人の動機分析では無い。
弁護人『自意識』が、あーだからこーだからと弁論する時に登場する”関係者の動機”さ、←絶対詰めが甘いから。
(いやいや、この登場人物がそんなことして一体何の得があるのかね?君に激怒されて困ってるぐらいじゃんよ。「その人は困りたいド・Mってこと?」)
弁護人『自意識』が語る弁論の”前提条件の方を崩す”ってこと。
(※とはいえ、繰り返しになるけど「論駁ってのはすごくハードル高い」、場合によると数年かかったりする。→もうこうなってくると「暴言漫才」みたいなww:いちおう禅問答って仏教の修行はそこ意図したものだろうと思うけど。)


■そして冒頭の話に戻るけど大事なとこは
【曰くさ「本音じゃないから」ってことじゃんか】←ここを忘れたらいかん
まーわかりやすく言えば、本人引っ込みつかなくなっているワケで、
こころのどこかに「本音じゃないから」残ってるから(認めようとしないだけ←なんかね、認めると負けたような気がするので認めたくないのだわ)
 ↑
「本音じゃないでしょ」を忘れてやりとりしてたら、
本人戻りたくなっても戻る場所(本音脳の領域)すら失うだろ。


即ち(主として男性諸君においては)自己分析する場合もそこに注意かな
「勝ち負けの話と全然違うぞ」って、
(負けたらエディプス沼に堕ちるとか思っているのだとしたら、「そら完全なデマだ」)
男子はよく「自分に勝つ」とか口走るが(シンジ君の「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、」)、時に間違えて本音の『自意識』に勝つ(まんま『抑圧』じゃん)方向に迷わされていることがある。
「世の中には負けて勝つって言葉もあるじゃないか」
(うーん、自分でも何言ってるかわからないがw)
 よ く 見 極 め ろ ってことだよ
勝ち負けじゃないと考えすぎて、『退行化』フラグ踏まされてもかなわんからな、
ここ突っ込むと別の話になるので、改めて書こう



タグ:強迫心理
posted by kagewari at 15:16 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月07日

前回記事の続きみたいな、「思ってしまう」のは何かのチャンス

短信の相談事例によくあるのが(だいたいは相談メインテーマが返信でネタバレ幻滅してしまい、しばらく使えそうに無い状況にある時起きる)

「ふと、自分がガンになったらどうしよと思ってしまうのですが」←【よくあるケースです】

●わかりやすく言えば『被る(こうむる)』ネタ切れ
(※類似例に「唐突に凄い昔の『被る(こうむる)』事例を再び持ち出す」がある)
勿論、上記現象は全て”無意識”であり、
同時に、自我に「不快『興奮』や、不安『興奮』を煽り、快感代謝しようとする悪癖」が定着していることを意味します。
言いかえれば「強迫心理」にとって(米国『民主党』のように”本当に問題解決されると困る”)暗に「不快『興奮』や、不安『興奮』とは、《人類ヒト科にとって死の恐怖にも等しい》欲求不満を逃れ、快だろうと不快だろうと”快感代謝”を実行する有力な選択肢」であり、

『自意識』がリードする、欲求のサブカル・オルタナ広義展開(ベタで言えば”何か面白いこと思いつく”)に遅れがあると、「やおら仕方がないと、意地でも無理でも不快『興奮』ネタを持ち出そうとする」ものなんです。←論理的にそういう仕組みになってんの、
 ↓
昔のTVワイドショーのコンテンツで考えてみてください、
ここんとこ連日報道していたホットなネタが収束してしまい、「ヤバい、何もネタが無い」な時に(実はTV局はそれ用のVTRをいくつか常に準備している)
「何か唐突な特集だとか、昔話の再燃”あれはなんだったのかその後”とか」必死にテンションを繋ごうとするでしょ?
●まったく同じことが脳内で起きていると考えていただいてOKです
「何も放送するものが無い放送事故は、死を意味するほど”あってはならないこと”」
なのです(一種の日常性の崩壊)。

■何も「強迫心理」マターが特別なのではありません、
構造的はほぼ同じ『共同幻想』適応事例の場合も、
(困った時に上映するネタ的に)「あーそういえば、庭の掃除をやっておかないと」などと、実に都合よくやること決まっていたりしますが、こういう”動機形成のストック”は、それこそ無意識に”仕込んでいる”のであり、「テンションが途切れないようにしよう」という目的を実行しているワケです。
(※人類ヒト科の「退屈したら死ぬ病」を甘く考えている方は→刑務所における囚人虐待とも言うべき刑「独房への監禁」を思い出してください。映画『パピヨン』などでもおなじみですが、主人公が発狂から逃れるため筋力トレーニングなどのストイシズム作戦で必死に抵抗するアレです)

極論すれば、人は何かすることを次々途切れること無く思いつかないと発狂します。
(勿論その中に”昼寝でもするか”も含まれますが、満腹であるなどそれを補完する代謝の前段設定が無いと難しい。→ネコがそれを可能にしているのは、そういう脳内物質を出せる性能を固有に持つため。)

ですからね(笑
手持無沙汰な時に出る台詞は「どっしよっかな」なんですよ。
(無意識に何かすることが前提になっている)


一般社会においては、通勤労働などでまー自分で考えなくともやること決まってるという状況に契約してますからあまり気が付きませんが、
古くは昭和の専業主婦のみなさんなどは”さぞ動機形成のストック造りの名人”だっただろうと思います。(遊んでいたら姑に何を言われるかもわかりませんからね)
「誰それのボタンが外れそう」だとか「冬までに手編みセーターを」だとか「新しいナントカって料理を会得しよう」だとか「野菜を育て始める」だとか、、、
サラリーマンも「休みになったら読もうと思っている本」をストックしていたりしますね。
 ↑
勿論、同じ原理で「強迫心理」稼働中の自我でも”動機形成のストック”を持っていたいところですが、あからさまに『自意識』共犯に持ち込むのもリスクです(「強迫心理」の存在が自分にネタバレする可能性がある)、結果グダグダになる傾向があるんですね。

「自分がガンになったらどうしよと思って」←【今回はまた随分唐突だな・・・】的に


■時に「強迫心理」傾向を帯びた自我は、何故か決まって「フラフラ『共同幻想』社会に近づいていってしまう(第三者から見ればあたかも狙って「不快紛争を獲得せん」とするかのように)」現象ありますが、
ほとんどのケースが”やるべきことだと思って”←だと思います。
自我にとっての通常業務というか、そういう仕組みになっとんのです、
ここ怠けると、おめおめと発狂するだけですから。
(『共同幻想』社会へフラフラに関して、どうしてなのかの理由を思いつく事に関してはノーリスクで『自意識』強迫フル稼働できますので、「やれだーだからこーだからと、体のいい理由が立て板に水で並ぶんですが」←勿論全てフェイクです《「国会における野党の言いがかり」で想像してみてください》)

HPのコンテンツにもありますが、
<<<そこでかの有名な以下のトンデモパラドックスが発明されたんです>>>

→続きを読む

タグ:強迫心理
posted by kagewari at 21:20 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




comments他

・コメント欄は『公開掲示板』同様に原則削除禁止です
(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

・SPAM対策として一部キャリアからの投稿がIP規制の対象となってます
(同規制キャリアから登録抜けによる投稿がある場合、投稿は自動削除されると同時に規制IPに追加登録されます)



現在コメント欄閉鎖中 (2014.7.26〜)



LINK
□ダークサイドオブkagewari(ミラー)
■retour&Retour
□etc;;Blog

kagewari01
タグクラウド
RDF Site Summary
RSS 2.0