2021年10月15日

「欲求と満足(代謝完了)のサイクル」

腹いっぱい食べて→眠くなる
実際の現象は消化するため脳の血流が胃に取られて眠くなるんだが、
脳が血を胃に取られてもOKってとこからしても「動機形成完了でもうやることないから」って判断あると考えることもできる。
 ↑
快感代謝不全で睡眠障害になる件と対称性もある

全部が全部じゃないけれど、
考え事でえらいことになり脳全開な時には、糖分不足を感じることはあっても、運動の後のような空腹感は無かったりする。
ここも脳が血流を必要としているからだろうし(ちなみに脳バリバリ全開だとジョギング程度のカロリーを消費する)、
●複数回、あまりの睡眠不足で歩きながら気を失った経験のある私としてはww
考えるネタに尽きない場合(深海へのダイビングとかの時のように)脳の血流最優先で、寝るのと食うの忘れることがあるってのは”事実”だから、
 ↓
やっぱり
「腹いっぱい食べて→眠くなる」←この原則はあってると思うんだよね

欲求があり(エネルギー)→実行の企画して(動機形成)→事の顛末確認し《終わり》
法則性としては、
「高カロリーの食品を美味しいと錯覚させる脳内物質により、強いフラグ【また食べたい】が発生する」ように(甘いものや、酒、肉などがこれに相当する)、
快感代謝獲得期待値の高い動機形成は(事の顛末に関係無く:失敗例でも)
【またやりたい】フラグが付いて記憶される

なので「快と不快が混在しても、トータルの期待値を達成すればOK」で、
●「霜降り肉は美味かったけど(快6)、値段は高かったな〜(不快7)」←これに対し
●「霜降り肉を譲ってもらった美味かった(快6)」←これね、なんか前者に負けるワケ
もう少しあからさまにしてみますか、
●「国語は100点(快6)、物理は0点(不快6)」←これに対し
●「国語のテストだけでよかった100点(快6)」←エピソード記憶に残るのは前者なんだわ


■にわかに説明の難しいことなんだが
「PTSD級の不快経験が忘れられないのも同じ構造」で、
(流石に「またやりたい」とはならないが)
【きっとまた起きる】とフラッシュバックする”流れは(快の期待値フラグと)同じ”になる。
(ビギナーズラックにおける「あの成功体験が忘れられない」も同じである)

●いやいや「大事なことだから忘れられないんでしょ」というご意見はあると思うんだけど、
同じことなんだわ、
脳が何を大事なこととして判断しているのかと言えば(ホラー映画を怖がってるのか楽しんでいるのか自分でもわからないのに脳が快・不快を判断できる筈も無く)『興奮値』なワケで(これ表現変えると「快の場合感動値、不快の場合屈辱値」、アラモ砦《真珠湾》を忘れるなってね、)、
 ↑↓
それが当人にとってどうなのか?を決定付けるのは
「自分で企画して自分で選択したことならOK」(体感は結果が不快でも満足)
「無意識に、強迫的にやることに追い込まれた場合”最悪”」(体感も被害)
 ↑
これに尽きるんだわね、後者に付け加えると、
「無意識に、強迫的にやることに追い込まれた場合”最悪”」【体感は結果が快でも被害】
ここですここ→【体感は結果が快でも被害】になると思うのさ、
●たとえば
当人全くやる気はなかったのに、何かの事情で格闘技大会に出ることとなり、
優勝してしまった時、周囲が称賛する中でチャンピオンとして立ち振る舞うことになった。
この状況を『自意識』は「快と認定するだろうか?」

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posted by kagewari at 14:38 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月08日

「強迫心理」構成のシンプルな解釈(なぜ無意識にそれができあがってしまうのか)

ここのとこ、フロイト心理学の”超自我”の話もするようになってきてるけど、
(本来は『共同幻想』論でここ包含しようと思ってはいるんだが)
単純に言えば”超自我”ってのは、幼児期に神格化されている親やそれに類する(昭和以前は長兄とかの場合もあった)保護者とのやりとりで発生する「エピソード記憶」が格納される記憶エリアのことで、中間テストの勉強が記憶される場所と”違い”
「エピソードフラグを解除しないと忘れられない領域」を指し、
主として宗教的戒律や、道徳や、厳しい躾(家訓)など、個人的利益代表である『自意識』より上位の(超越的な)admin権限を持つ領域であるため→”超自我”と呼んでるものです。

「豚肉が食べたい、しかし、、どうしても食べことができない!(by.イスラム教徒)」
 ↑
これのこと(極端に言えば”カタカタ震え出すほど食べたくでもできない”みたいな)


●はい、そういうワケで
幼児期に権威者(幼児期ならではのデフォルメで神格化されたり、ヒーローイメージ化されたり、聖母イメージ化されたりするため)との関係で獲得される”極端に目立つ記憶”は(驚いたとか『興奮』伴ったとか)、自動的に「エピソード記憶」として、”超自我”に格納されるので、
・たとえばね
「子供時代に権威者と訪れた地元で有名な観光地などの記憶は?」
ガチ、ノスタルジーのシーンで鮮明に思い出される郷愁の一枚になります

 ↑
大人になっても仕事関係で手ひどい失敗などして、『退行化』すると速攻イメージが再現され、
「田舎に帰ろうかな」なんて思ったりするわけ(笑

読者の方はもうわかると思いますが、
「田舎のローカル『共同幻想』保守志向」ってのはこのようなエピソード記憶の獲得と、半ばフラッシュバックするような”仕組み”(ノスタルジー)により構成されることがわかると思う。
∴故に、ガッツリとローカル『共同幻想』に適応した自我は、決して田舎を離れません
(BOROのヒット曲「大阪で生まれた女」)


<<<ちょっと小ネタですが>>>
社会適応の”適応”って何?って、配慮に欠く表現すると、、「洗脳」です。
(本人の間接的同意の元入れ替えるので、正式にはオマージュとか”認識に対する影響”
自 我 の 一 部 を 社会 に 適応 さ せ る
=「入れ替えるとか、接続させる」って意味ですから、
自我の社会化=個人としての一部を社会的自我という”テンプレート”に置き換える
置き換えるためには、個人としての一部を「上書きする」ことになるので、
=『抑圧』と構造は一緒です
 ↑
何も恐ろしい話ではありません、
・ボール遊びをしている少年がいるとします(蹴ろうが持って歩こうが投げようが自由)
・公園でサッカーで大興奮している子供達を見ました
(自分の遊びよりより高い値の興奮を獲得している:快感代謝)
・「僕もそれやりたい」
・「サッカーって言うんだよ、手を使っちゃダメ、それからオフサイドって言ってさ、、、」
(僕のボール遊びは、サッカーに上書きされそのルールを守ることにも同意)
・自由なボール遊びとか忘れ、ルール遵守に道徳的認識すらある→ズルする奴に激しく怒るなど
「サッカーやろうよ!」
(●重要なポイントは、以降僕は「サッカーを知らず、ボールでマヌケなひとり遊びする子供を見つけるとバカにしたり、軽蔑するようにすらなる」ところで、『共同幻想』論や、イジメの論理などにも繋がる話でしょ?)
 ↑
これがスポーツという社会的概念への”適応”ね、

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posted by kagewari at 12:52 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月06日

快・不快原則の「奇怪な図解」(長い補足)

その事案の快感値MAXがいくつなのかってのは”見えない”からアレなんだけど

参考となる指標は以下
<<お金を貸してもいい金額の上限(反対なら借りられる期待値)>>
「友人関係」「知人関係」「会社同僚」「大学時代動機」「血縁関係」「恋人関係」「親友同士」「遊び友達」「会社の付き合い」「取引相手」「恩人」「事前に貸し借りのある関係」「趣味の同志」、、
 ↑
個々人で違うと思うけど、個々人なりにさその金額上限の相場感ってあるでしょ、
これが「その快感代謝の上限値」ですよ。
(どういう規模感のゲーム性エンタメなのかという評価)
成功時に得られる快感値と、得られない時の残念値は一定である
■あくまで概念であって、脳科学的に計測や実験するような無粋なものだと思わないけど
考え方としては
「得られるアドレナリンやドーパミンの快感報酬値は、可の場合でも不可の場合でもほぼ同じになる」
=結果論には意味は無く、
甲子園決勝の、勝者も敗者も報酬は同じ=不快感『興奮』でも脳はOK

考えるまでもなくさ、
「面白そうなこと思いついた段階で勝ったも同然」なんですよ、
(キテレツな料理を思いつき、それがすげー美味くても、スゲーまずくても得られる『興奮』値は同じ)
全てを決するのは、結果では無く、
「快感代謝上限値の高いゲーム性エンタメそのものである」
 ↑
随分不謹慎に思われるかもだけど(自分で言っててそう思うけどw)
『共同幻想』論で言えばさ、
「結婚というイベントが快感代謝の本体」であり、
「それが成功しても、失敗に終わっても後悔しないように頑張れ」とか言うじゃん、
その真意は「成功しても失敗しても等価」だからだよ。
→だからコーチは「思い切っていけ!」と言うのさ(勝っても負けても同じなんですもの)、
●本体は「そのイベントの中に、どこまで高いレベルの快感代謝の期待を見いだせたのか?」
(簡単に言えば「これは凄いことだ」と思えたか、)

経済学で言うところの、貸し方借り方、投資と債務、←この辺の話と同じなんだと思う


<<<だんだん自分で書いてて、この話はヤバいよねww>>>
いいのかなと、思うところはあるんだが、、、心理学のサイトだから遠慮はいらんだろ、
ちょっと恐ろしくなってきましたが、、ままよで続けます、、

■前回記事で、「これが強迫心理で困ったことになる」っつーのを書いたけど、
ちょっと補足する、
まず原理原則は以下ね、
<食べた<「プリンの値1」>食べられなかった>
<食べた1「プリン」>=<「プリン」食べられなかった1>←脳はどちらでもよい
 ↑
注)「脳の言うどちらでもよい」とは、動機形成の興奮獲得成功を意味しているので、
「またやろうと思う」←これが等価で成功している証明なの
 ↓
「また食べたい」=「今度こそ食べたい」と、「プリンの値1」ってネタが期待値の興奮を”いずれかの結果により”獲得させ、→「もう一回」と反復しようってんだから、動機形成としては成功したってこと。

●さて、話を「強迫心理」に焦点あてると
「強迫心理」とは、複数のコンプレックスが連想する結果派生する「なになにだから、なになにで、だからなんとかになるに決まっている!!」という不快『興奮』を煽る(不安など)パッシブな論理構造でしょ。パッシブな=『被る(こうむる)』=事象に対する”リアクション”だよね。
 ↑
でーコンプレックスとは権威との関係性で発生するので=関連エピソード記憶は超自我(神棚)に道徳などと並ぶ位置に格納されるので、→頻繁にフラッシュバックもする。
=【重要事項】だ
 ↓
ハイ、この段階で自動的に以下となる
<可<<<<<<<<<<「”大事な”プリンの値10」>>>>>>>>>>不可>
「強迫心理」の目論見は?勿論以下↓
<「”大事な”プリン」>>>>>>>>>>食べられないに決まっている10
→「許せない→「あの大事なプリンこそがっ!」
 ↑
この循環を延々に繰り返すのが鬱構造
不快10を積み重ねて大獲得者になるみたいな、、、)

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posted by kagewari at 18:54 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月03日

快・不快原則の「奇怪な図解」(2chのAAみたいなの苦手だからさ、、)

●人類ヒト科の代謝ノルマは(不足すると「退屈したら死ぬ病ストレス発現」)一定とする

1<代謝ノルマ4/ 快感代謝1<:<<<日常性基礎代謝3>
2<代謝ノルマ4/ 快感代謝3<<<:<日常性基礎代謝1>

 ↑
上記のように、代謝ノルマ全体の中で、「快感代謝と日常性基礎代謝の比率は前後する」
日常性基礎代謝とは、生活労働や食事などのルーチンワークのこと
故に、産業革命以降の文明化により(家事労働も大幅に軽減するなど)日常性基礎代謝が後退すると、「より以上の快感代謝によるノルマの達成」が求められる。

快感代謝とは、所謂エンタメ性(喜怒哀楽)動機形成で行われる活動のこと
(心理的には動機形成までが大半で、行為の完遂が絶対では無い:結果論には意味が無い《結果は度外視》法則)

ということで、心理学が主として語っているのは「快感代謝」のことであり、
『快・不快原則』がメインテーマになります。
(また「行動療法の意味合い」も前述の図でご理解いただけるでしょう→「日常性基礎代謝比率を意思的に上げることで、トラブってる快感代謝総量自体を縮小できる」ってこと)
 ↑↓
●その反対に依存症や鬱になると快感代謝量が突出してしまい日常性基礎代謝の分まで食ってしまう→日常生活の活動量を維持できなくなる
(更に困ったとこに、代謝ノルマ総量が一定では無いため《単純に体力やカロリー差でも発生する個体差》、仮説になるけど、「快感代謝などの拡張で代謝ノルマが上昇した状態が習慣化すると《メタボじゃないけど》総量が上昇しっぱなしになる可能性があり」、人類ヒト科の場合”その上限も不明”《脳科学も詳しいことまでわからない》:腹八分目の健康法ってこの意味じゃないか?)


<<<そこで『快・不快原則』をさらに細かく見ていくと>>>
■ギャンブルの法則
ギャンブルに行くという行為は(腹積もりはともかく)勝つか負けるかわからなくて”よい”のであり(賭けですから)「負けることもあるからギャンブルだ」とも言えますね。
〇〇のカレーを食べに行くという行為も(腹積もりはともかく)それが美味いか不味いかわからなくて”よい”のであり「新しい店にいってみるってそういうことだ」とも言えますね。
恋愛という行為は(腹積もりはともかく)告白なり求愛なりその成否は”実はどうでもよい”のであり(恋愛幻想というテーマ設定において既にアドレナリン規定値が獲得されている)「ふられることもあるから恋愛だ」とも言えますね。
 ↑
言うならば、『快・不快原則』とは、
その結論が期待する快(勝)の反対(負)でもよいのであり(不快は快に準ずる結論)

 ↓
この表現はどうかと思うけど
「負け戦だとわかっているからこその志願」ってあるじゃないですか。
「ダメで元々」なんて言葉もあるでしょ、
 ↓
「〇〇カレー食べてみたらさ、それがすっげー不味くて」←英雄譚みたいな話じゃん
同じ欲求が反復する(またやろう快でも・不快フラッシュバックでも)、有効性が証明される(その後も途切れない)←という現象により「快・不快が脳にとって等価(その後の動機形成期待値が同じ:繰り返したい)」であることが確認できる。


※重要なのはスポーツにおける「悔いのない敗戦」に代表されるように、
快に相当する同等の『興奮物質』の分泌(アドレナリンやドーパミン)に至る大立ち回りをしたのか?ということなんですよ、「やる気の無い敗北主義の負では代謝目標を達成できない」のです。
●ある意味これは恐ろしい話で、テーマとなる勝利の美酒が凄いことになる勝負に挑む場合、取り返しのつかないほどの大敗北じゃないと「釣り合わない」んです。
 ↑
この意味わかります?

<そこで行為の満足度を図にしてみる>

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posted by kagewari at 10:02 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月29日

「反動形成」にはまったく意味が無い残念なところ

「リベラリズム世俗化が許せん、ここは原理主義だ!(聖戦)」
「教会権力が許せん、ここは共産主義だ!(革命)」
 ↑
残念なことにクソほどの意味も無いんだわ

 反動だから

反動って”振り子”のことね、
レバレッジとか言うのは、勢い付ているからグィーン!!と振れちゃう(過激化する)って話
なんだけど、方向がさ、、、真逆にしかいけないんだわ。
そして振り子だから、必ず戻ってくる、、、(それを因果律というのはどうかと思うけど)
ここんとこシリーズで展開した「不良の法則」もそのままで、
”いかにも悪い事”しかできないんだわ、←これを【選択肢が増えたとは言わない】
(誰もが想像もしなかった悪←というか既に”いかにも悪い事ですら無い”それを突破したユニークな動機形成に【決してなれない】とこがポイント:サブカル・オルタナ広義展開”できない”)

何も教科書的なこと言うつもりは無いけど、
初歩的なとこだから、古い哲学も間違ってないと思うんだよね(簡単過ぎて)
アリストテレスからヘーゲルからキルケゴールの『弁証法』
(マルクスのは違うぞ、マルクスってのは「ユングがフロイト心理学を諸般の事情で理解できなかったのと同じ仕組みで、ヘーゲルの『弁証法』を理解できなかった残念な人」だから→唯物論なんてカッコいいこといってるけど今年の工場の稼働率の話がどうして哲学なのかさっぱりわからない。)
 ↑
■『弁証法』はなにも難しいことでは無く「誰でもやってること」です
(※欧米におけるディベート《弁論術》の授業も、所謂巷の”裁判”《検事と弁護士》も同じ)

「それは何よ」を認識する時に、
ま〜初見あるよね(イヌかな?だとか)→しかし初見ってのは”考え無しのものじゃん”
そこで思考のプロセスを走らせましょうと(ちったーマシな認識になる筈だ)
そこで、反対意見を「こうかもしれない」と提示する、「それはネコかもしれない」
するとさ「イヌでも無いネコでも無いと論争をへて」→「あれタヌキじゃん」とちったーマシな認識になる
 ↑
”緑のタヌキこと小池東京知事”ですっかり広まった
「アウフヘーベン」

それが全てサブカル・オルタナ広義展開は 言 わ な い が
大事なのはこれ→「しかし初見ってのは”考え無しのポンコツじゃん”」
 ↑
その批判もごもっともだと思う、
「第一印象を大事にして感覚でさばけ、あれこれ考えるな身体の反応を信じろ」by長嶋茂雄
 ↑
それはあなたが反論含む無数の知見を言語化した記憶じゃなくて、小脳化した”動作の印象”で蓄積しているからでしょ(笑
そんなトンチンカンな記憶法もってるのは”天才だけですから”
(つまりやってることは同じなの)→「しかし初見ってのは”考え無しのポンコツじゃん”」

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posted by kagewari at 19:50 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月25日

「抑圧」の図式(どこに本音は隠されるのか?)

フォーカスするとか焦点を当てる(同じことだけど、、)
=集中力を発言するじゃん←「これは何だ」ってお題だと思うんだ

松尾芭蕉先生が庭のお池を見て感嘆するのは、庭が凄いから?
いやいや違うだろ、、普通はスルーしちゃうんでしょ。
「よっぽどエンタメ性が無いと」←「これは何だ」
エンタメ性が先なのか、気を取られる(集中力が発動する)のが本体なのか?
=どちらがどうという話では無くて、

それこそ量子論みたいな話なんだと思う
「注意力を持って観察しなかったものは、存在しないも同然なんだと」
(記憶の雑音フォルダにパラパラ漫画程度に劣化した情報がゴミみたいに放り込まれるだけ)
同じ情報でも、「おっここが”面白いんだよ”」←このように自らの知見で”エンタメ性を付与できる個人は”→「全く別ものを視聴したのだよ」
その記憶は”見どころ”部分をデフォルメ強調され劇画調で登録される。

●つまり松尾芭蕉先生の現実がカラフルで凄いものだったのではなくて、
芭蕉先生は素のなんでもない環境の中に”面白いとこ”や”見どころ”を発見できる人なんだわ。
 ↑
それは外形的事実に依存せず、知見として主体的に発現できる。
(※どんなクソ音楽にも聴きどころがあるの意では【無い】からね、”その端緒”を発見できる人にはスゲー楽しい音楽ってのが別にあるわけ《最後までクソなのはやっぱりクソだからww》)

 て こ と は さ

フォーカスするとか焦点を当て”させなければ”、何も存在しなかったことになる、
松尾芭蕉先生に何かこう、不当な圧力をかけてストレスで「それどころじゃない」状態に置いたとする。流石の芭蕉先生も、「同じ庭を見ても、なんにも感じずにスルーするだろう」
 ↑
これが「抑圧」の図式だよ、
●重要な事は、その都度「これが本音!」って確認されてから→無かったことに押し込む(それじゃ抑圧ではなく我慢だ)のでは”無く”、→「本音など無かったことにする」のが「抑圧」だから。
本来ならそこで起動する筈の感情を無かったことにするワケさ、
この段階で、本音ってものをこの世から消滅させることができる。
(本来ならあった筈の表情や感情を、表現・体感される前段階でごみ箱送りにできる)

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posted by kagewari at 16:38 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月23日

「個人的快感代謝欲求が悪徳となる」心理【これトンデモ発見かも】(2)

>●単純な話<話をわかりやす(大袈裟な概念に)はめ込んでいくと>

個人的快感代謝欲求(典型例:性欲)の行使の自由を獲得する行為は、
「神への反抗であり、悪徳として認知される」
故に思春期『反抗期』に展開される”理論武装”は「悪だくみや屁理屈」のように認知されやすく(その罪悪感から逃れるために”クラスのみんなガー”だとか”欧米ガー”《横文字》などを連発してみたり)、反抗する側が何故か荒れる(冷静に考えれば理詰めの反抗期があってもいいじゃないか)。

過去用例と連想から、
”権威が認める快感代謝イベント”は善
”個人的快感代謝欲求動機形成(自由行動)”は潜在悪みたいなことなるんですよ、


(本来人類ヒト科などに”悪い事”を発明する能力も無いってことなら:『単独者』の芸術的想像は別よ)
●映画に出てくるような「サイコパス犯罪」は何ですか?
「お芝居デスッ!」(『単独者』脚本家の想像)→人類ヒト科の動機形成として(確かに幼児性サディズムへの『退行化』などはあり得ますが)悪をクリエイトできるなら、それは悪魔(天使)で人間では無い超人ってことなってしまいます。
「そんなこと言い出したら、左翼リベラルが好きそうな、悪人や犯罪者は教育で更生できるってことなりませんか?」→NO【”教育”がなんたるかって話に及ぶ、少なくとも『共同幻想』のお勉強は無関係】だし、なんといっても「大人の論理のつもりで、職業としての犯罪者の選択をやらかすのは自覚的である」
 ↓
映画『マグノリア』じゃないけど、賢くならなければが意図しているものは?
●心理学の「バカか俺」の先にあるものでしょうよ、
それこそ「善悪の彼岸」だ


<話は戻るが>
●「不良の法則」はある種のコンプレックス論なのだろうか?→”微妙”
何故って、子供の頭がよくても親がマヌケすぎる場合(或いはコンプレックスの塊だとか)、論理的な話が(どれほど頭がよくても)通じないってケースもあり得る。
勿論この場合、冷静に親世代の権威幻想をネタバレ崩壊させればいんだけど、
(何かの事情で:「余計なエピソード記憶など」)そっちに手が回らない時、結果論として「バカだから不良になる」現象は起こり得る。
”複合”という意味では、コンプレックスかもしれないが「かなり広義のコンプレックス」になる。

■<<根本的な話になりますが、人類ヒト科に善も悪もわからなければ>>
「本能のしっぽがあるじゃない(笑」
脳が『興奮』を感知する(高カロリーなど)旨そうなものが食いたいとか、身の安全を確保したいとか、性欲を満足させたいとか、ノルマの快感代謝をそつなくクリアするとか、
・秩序が乱れた戦乱で得する事など無い
・対人関係を殊更悪化させる意味も無い
・公衆衛生など所謂現代人の社会性は得になることあっても損にはならない
 ↑
つまり”合理的判断”は誰でも可能だ
(まあ、近代思想家が言ってた「倫理道徳を踏破しても理性があるじゃない」って話)

●善悪云々の葛藤は『共同幻想』案件なのか?→YES
そして、完全無欠の思春期『反抗期』を過ごす人間なんてのも少数と思われるってことならば、
(通常は、不都合ない範囲の「強迫性」はフェチシズムなど個性の範囲で受容もされる)
「どうなる?」
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posted by kagewari at 08:02 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月22日

「個人的快感代謝欲求が悪徳となる」心理【これトンデモ発見かも】(1)

何個か前に書いたネタなんだが、
子供の心理として「親《権威》が企画する《認定する》公的《周囲に話してもよい・むしろ話すべき》イベントは「エピソード記憶」化され”超自我《道徳などが収まる場所》”に格納される(ノスタルジー記憶)」 ↓↑
相対論で「親に内緒の《或いは隠すため嘘をついて》個人的快感代謝ネタは《子供ならこっそり集めているナントカカードだとかおしゃれアイテムだとか》自動的に悪徳《”ソドムとゴモラ”フォルダ》に保存される」
※類似例に「中二病的記憶が《=周囲に内緒のプライベートな趣向》”黒歴史”と認識される」ってのもある
あー今回はR20指定とします(青少年は退場するように)

●単純な話<話をわかりやす(大袈裟な概念に)はめ込んでいくと>

個人的快感代謝欲求(典型例:性欲)の行使の自由を獲得する行為は、
「神(言えば道徳)への反抗であり、無意識に悪徳として認知される」

故に思春期『反抗期』に展開される”理論武装”は「悪だくみや屁理屈」のように認知されやすく(その罪悪感から逃れるために”クラスのみんなガー”だとか”欧米ガー”《横文字》などを連発してみたり)、反抗する側が何故か荒れる(冷静に考えれば理詰めの反抗期があってもいいじゃないか)。


■ちょっとさ歴史的経緯(『共同幻想』合理性が高い時代)から振り返ろうか
”権威が認める快感代謝イベント”は=”権威が支持する労役などのインセンティブ”です、
実は後者が本体なので、
個人的快感代謝を優先する行為は?【悪】です、
(種まきなど夏至の夜とか決まってる作業が、そいつの勝手な行動でズレちゃったりする)
上記は基本的な”権威が定める善悪”になりますが、
●仮に自由時間であっても、上記概念は自我に刷り込まれてるワケで、
過去用例と連想から、
”権威が認める快感代謝イベント”は善
”個人的快感代謝欲求動機形成(自由行動)”は潜在悪みたいなことなるんですよ、

 え え 無意識 に な

はい、話は戻ってさ
思春期反抗期とは(特に「歩留まり時代の現代は『共同幻想』にすら反抗するため」)高等教育普及を背景とした文明化も込みの”理論武装”により戦われます。
親に反抗する際に、昭和みたいに暴言吐く黒歴史のようなものだけでは無く、理詰めで(民主主義と政治信条の自由を語るように)「ここからは俺の勝手にさせてもらう宣言」をすることになる。
 ↑
ここに気が付いてさ、、俺ひっくりがえりそうになったのさ、、
何って、
「不良の法則」だよ、
●やっぱその原型は、仮に勉強についていけず(別に学校の勉強なんかできなくてもいんだけど)理論武装が不十分だとどうなる?(罪悪感から逃れるため)荒れるに留まらず”悪を自称するしか手が無くなる”(無意識下ではこれに失敗すると性交権を失うの連想で生きてる意味の喪失不安を発生させる)、逆切れとは違うんだよ、論理的に悪を自称するしか抵抗する手段がないんだわ。
逆に勉強もしっかりできる子でも”親が教授だ権威職だ”で、青少年にはおおよそ論駁するとが不可能だとかさ(相対的に理論武装の努力も無駄というか)、こっちのパターンもあり得ると思う。

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posted by kagewari at 17:40 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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