2022年11月30日

【”盛られる”欲求】(ちょっとしたまとめ)

前回の論議が「何のこと言ってるのかイマイチわからない人のために」別角度からまとめてみる

モデルとして戦前の軍国主義時代の日本で考えてみる。
(話をわかりやすくするために、少し脚色してます《イメージ強調》)
■当時なぜ軍国教育などと知られるものが存在したかと言えば、
近代は、国が生き残るためには列強との戦争が避けられない時代でしたので、
一丸となるため(八紘一宇)、
「軍事国家を肯定する人格に無理でも多数を同化適応させるため」です。
でなければ日本の軍事力は弱体化し、欧米列強の植民地となる可能性すらあった時代。
(この場合同化適応の反対は”世俗化”→つまり”世俗化”を禁じる事になります)
・女性の身だしなみなど厳しく管理されていたし(戦後ミニスカブームの真逆)
・教育現場では「男女七歳にして席を同じうせず」男女同席無し
・流行歌はまだ大丈夫でしたが《検閲はあった》、欧米の文化には規制が入る
・勿論若者の不純異性交遊は厳しく規制
・婚姻はその7割以上が『縁談』であり、「自由恋愛」の概念は「小説の話」的なるもの
(ここはどうGHQが関与したのかわかりませんが、皇室における戦後も関係してきます)
 ↑
広義展開の禁止によって、
『共同幻想』の定めた”狭義の性欲世界観”への人格の同化適応を進めます。
(勿論当時は国も貧しく、国家的敗北はダイレクトに《当時は個人的にも運命共同体であった》自分の郷里や家族の命運にも直接関わっていたので、「お国のために」と「家族のために」は重なっており、明快な自己決定による選択も多くあったと思います。←【権威の正統性も強かった】)
 ↑
しかし、仮に「それで本当に日本の国体保持が確実なら、多数派も安泰で心配ありませんが(無いってことはないと思うが理論的にはそうなる)」、戦争に勝てる保証はどこにもありません。
敗戦という少数派に転じる「不安(弱点)」を伴ったものになります。
※教育現場における厳しい体罰や、軍における「極端な体育会系の組織論」他、末端でそれがエスカレートしたのは(内閣もそこまで求めていなかったと思います)、そういう不安が招いたものでは無いでしょうか。同時に軍部における「戦域の無謀な拡大路線」にも繋がっていたように思います(共産主義者の工作はありましたが「それにレスポンスする素地があって」成功したものでしょう)。

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2022年11月29日

【”盛られる”欲求】(「反動形成」のような係数倍では無いが)

「5千万のマンションなんて本当に必要なの?(30年以上もローン組んで)」
 ↑
わかりやすい例だと、この話です。
エスタブリッシュメントにとっての理想の消費者【悪く言えば奴隷消費者】
大手マスコミのコロナ危機煽りに乗ってしまう心理も同じです、
(マスク警察とか:プロパガンダに対する”ノリが良すぎ”)

■平たく言えば『共同幻想』固有の強迫性です、
「あれ?そんなこと言えば、自称”健常者”の『共同幻想』社会適応者は強迫神経症ってことになってしまいませんか?」←【そうですよ】

本来100人いれば100人違う個性を「抑圧」して、
意図して”何らかのモデル人格に適応させる”のですから(言葉変えれば準洗脳です)、
自動的に「抑圧あるところ強迫アリ」←説明不要と、
但し(この辺は岸田心理学ですが)、
周囲の多くが同じ強迫性を共有している場合、それは社会的に『常識』と呼ばれます。
更に、自我構造でも(エピソード記憶の集合体とも言うべき)上部構造にこれが格納されていれば(フロイト的には”超自我”:道徳野ですよ)、「自分を律する上位権威(善きこと)」ってことなので、滅多に人格は破綻しません。←しかし弱点があります【少数派に転じた場合】です(『新興宗教』に社会適応してる人は全員この弱点《不安》を抱える→だから猛烈に布教活動がしたくなる)。

●つまり時代が穏やかに流れていて、文化伝統というアンカーがしっかり機能している保守系社会が300年も続きますよって時には『共同幻想』適応系人格の強迫性も”民族性”なんて言われますから、殊更その強迫性が問題視されることはありません【少数派に転じることが当面無いため】。

■で、戦後から現代にかけて発生したことってのは、
急速な時代の変化(親子世代でも世代間対立が発生し《同時代が50年ともたない》)、文明の進歩、社会福祉の充実による高学歴化(権威性認知を教えられるのでは無く、各人”自分の考え”として会得し改変していく)、『共同幻想』崩壊時代の到来です。
旧世代の社会適応者人格が、次の世代から見ると「単なる強迫神経症に見える」社会現象です。
(※大事なことなので繰り返しますが、”適応人格”が構造的に強迫系であるのは心理学的には「最初からそのとおり」)
●敗戦時などは、それ以前の権威者が突如全員「悪の軍国主義者」となり、
それ以前の「反戦売国奴が、善の平和主義者」に急転直下で変貌した。
(※主にメディアと、保守系教授がGHQに公職追放された大学において)
戦後アプレゲールから見れば戦前の軍国主義者は半ばキ〇ガイ扱いとなります。
しかし、東京裁判の戦犯達が後に国会決議”全会一致”で全員名誉回復したのは「サイレントマジョリティーがどこにあったのか」を示唆していて、ある意味戦後なんてものは『共同幻想』の正統性をめぐる覇権争いが展開していたようなものです。

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2022年11月24日

「退屈したら死ぬ病」を軽く考えている方へ(めんどくさいほどの長文です)

長いです(ほぼ論文)読む人は是非最後までw

着想は米国の大学だったかがやった実験です
(これ規模や精度がどうこうでは無く合理的にはにわかに考えられない結果が限られた母数でも統計的に観測されたってだけでデカイ話)
ネタ元は、都市伝説系youtuberのナオキ氏の動画じゃなかったかなww
●「何もできず椅子に拘束された状態で(目隠しもするんだったかは忘れました)、とにかく極度に退屈な状態にどれだけ耐えられるか」みたいな実験、
ただひとつ操作可能なスイッチがあります、
「痛みを伴う不快な電気ショックを発生させるスイッチ」です。
 ↑
半数を超える被験者が「我慢できずに、この電気ショックのスイッチを押してしまう」

※更にここには(ブログでは詳細書けませんが)ある猟奇的殺人事件の動機を構成する要件も合わせて考えると(性的欲求不満で殺人へと追い詰められていく背景)、
そしてまた更に、フロイト心理学におけるリビドー充当とその代謝不全がある場合、近代などではヒステリーなどの症例がみられていた件(言い換えるとエディプスコンプレックス要因で主体的な「動機形成」が阻害抑圧されるというものです)。
※生物学者ローレンツの説によると、人類ヒト科は霊長類として異例の進化により(繁殖期が24時間365日化に無限拡大)哺乳類が繁殖期に生死をかけるほど大暴れする状態が”常態化”した生物であることが示唆されており(求愛行動などのトンデモモチベーションが文明化のトリガーとなった)、
この辺踏まえて以下に展開。

■「退屈したら死ぬ病」の定義とは、
・人類ヒト科は通常の生物の「年一で異常な行動力を発揮する繁殖期同様の日常をノルマとして科されており」
・確かに生物学的に、原始時代の狩りにおいてこれほど長距離追う捕食獣はいないと言われるほどであり(20キロなど平気で追えた)←このモチベーションは通常の哺乳類には不可能
・仮に「快感代謝(所謂リビドー開放、欲求の代謝のこと)」が滞ると(散歩を禁じられ監禁された犬で想像してください)→発狂する
・そして『快・不快原則』:脳はそれが快なのか不快なのかを特定できず(ジェットコースターやホラー映画や激辛料理は不快なのか喜んでるのか脳にはわからない)脳に特定できるのは『興奮』値だけである(『興奮』を獲得可能な動機形成に成功さえすれば「快感代謝」は完了)
【極端に言えば『興奮』を伴えば、快でも不快でもどっちでもよい】
 ↓
だから「失業などで(日常的な快感代謝のルーチンを失うと)」→「鬱になるんです(とりあえず不快『興奮』で代謝しようとする)」←【言えばこれが電気ショックです】

■更に心理学的発見ってことでもないけどさ(誰でも体感していること)
「大事に冷蔵庫にとっておいたプリンを食べられた時の恨みは10倍返し」の法則が関係します。
「反動形成」です(もっと正確に言えば民事訴訟における精神的苦痛って奴)、
 ↑
原理は簡単で、「一次欲求の企画が断念か、失敗などに外的要因によって追い込まれた時、一次欲求を構成していた欲求が、反動係数倍化する」ってものです。
ただでさえ哺乳類として異常な欲求代謝ノルマを負っている人類ヒト科に、更にその欲求総量が係数倍化するんですよ?(しかもその代謝に失敗すると発狂するというゲーム)

※これを生物学者(動物行動学者)のローレンツは、移転とか移動とかで魚のグッピーの繁殖期行動などで証明するんですが、「怒りにまかせて個体同士で喧嘩するのはナンセンスなので、ガツンと水槽にブツかって怒りを逸らしたりする」のです。
ええ「(選手を毎日殴るわけにもいかないので)星野監督がベンチをガーンと蹴り上げる奴」
(八つ当たりも似たような現象のひとつ)
 ↑
心理学用語にも移転や移動や象徴化などありますが、そういう意味ではありません。
【そもそも”その欲求”は脳的には最初から色がついておらず(快でも不快でも何でもいいぐらいなので)、一次欲求の全く無関係な方向に切り替えると、(関連事項ではないので:以降は二次にならない《その都度新規の一次欲求になる》)反動形成の影響を受けない(オルタナ企画が殊更の阻害を受けない場合そこで代謝して終わる)】というものです。
●「え?わかりません?」→一次がダメで二次になる時に「反動形成」って起きるわけで、仕切り直しで「次なる一次」に切り返ると構造的に永久に「反動形成」の影響を受けないでしょって話。


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2022年11月19日

ミクロ視点とマクロ視点(極端に近視眼的って現象のことです)

量子論などの論議によく出てくる話です
そら始まりが経済学用語なのか知らんのですが(ミクロ分析とマクロ分析)
戦略とか戦術論の話になりますから、戦争にたとえて説明しましょう。
ミクロ「自分の銃の残り弾倉数が2本(60発しかない)」
マクロ「我が軍の兵站補給において弾薬食糧の供給ルートは〇〇攻防戦にかかっている」
 ↑
同じ戦場の場面ですが、ミクロの話はマクロの全体像に直接関係ありませんね?
また、逆も同じです。

しかし、これが個人の立ち振る舞いにおける戦略や戦術論になれば「マクロの勝利が最優先ですよね」(野球の試合で言えば、誰か特定の選手がホームラン打ってもチームが負ければ無価値である)
このミクロの論議が心理学というかとりわけこのサイトが重要視している「個別各論には意味が無い」(岸田心理学的には”結果論には意味が無い”→暴論で言えば”どうでもよくないことなどこの世に無い”)←そこをカバーするため利用規約に【知人の話はNG】としているところです。

あれれ?結果論ってことなるとさっきの野球のたとえはどうなるの?
答えは簡単です、
野球の一試合もまた「シーズン全体の優勝」から見ればミクロであり(その試合に勝ったがリリーフ投手を酷使して故障したのでは意味が無い)、
人類ヒト科の人生を考える場合、「命ある間どう生きるか」ってまあ長期戦ですし(何段階かに区切る人もいるだろけど)、
●逆にコアな話をするなら、
「勝った負けたは時の運」←「人事を尽くして天命を待つ」しかできないからです(人としての関りはこれがMAX)。=自我論的に自我がやれることは、戦略を立て戦術を立案し実行するまでであり(そこが本番)実際どうだったのかは「時の運なので考えても仕方がない(どうだっていい)」からです。
 ↑
この行動選択が、「戦術論は戦略に合致しその戦略は戦況判断として大局に対し合理的だ」であるか否かってのが、自我の実存率を高めます。
(簡単に言えば、バカみたいなことばかりしてると自分の存在証明もできない《そのバカがユニークとかサブカル・オルタナって意味だと違うけど》)←自分が生きていることを自覚できなくなるってこと

<<<心理系のテーマで言えばさ>>>

「個別の誰それとの関係性が思うようにいかない(相互に誤解が連発する)」としましょうか、
この時、真っ先に考えるべきことは、
その関係性の場が特定社会であれば、社会との関係性はどうなのか?(自分はどういうつもりで当該社会と関係しようという戦略があるのか?)そこから考えないと意味が無い。
 ↓
「スライダーはどう打てばいいですか?」←これだけだと質問になってない
(チームが試合に勝つって大局をまずあなたはどう考えていて《あなたの打順は求められてる戦術は?》、どういう状況のスライダーで、その時のボールカウントは?、更に言えばあなたは右打者左打者?配球としてインサイド直球の後のスライダー?それともカウント取ってくる外スラ?打点のある状況?それとも出塁を求められている状況?)
 ↑
■上記括弧のマクロ視点(全体像を見たときの判断)抜きにして、個別各論を考えることに1mmの意味も無いんです。
「そもそも、なにがしたいのか?」すら明示されていないのですから。
(スライダーが打てますか?だけだと自我全体を関連付ける意味《自分の事である意味》を失う《単なるマニュアル》)

すると「技術論なんです」言うご意見もあるでしょう、
しかしそれは「打撃練習で打てればいいってこと?」になってしまう、
試合でとなれば、状況が全然違うので前述の括弧書きの全体像抜きに説明ができない。
 ↓
■元のテーマに戻してさ、
「個別の誰それとの関係性が思うようにいかない(相互に誤解が連発する)」を仮に個別の技術論で解決したとしても、その場が社会を構成している場合相手の出方は常に状況に応じて変化するのだから「単純な技術論で対応できるのは何日何時何分の何々を言ってる時の誰への対応」だけに終わってしまい、継続性が皆無だってことだよ。

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タグ:強迫心理
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2022年11月15日

言語だけでなく、概念や認識の構造(数式読める人と読めない人)

各所で書いてきたように、俺は病的に数字が苦手でド文系である。
物理の授業にはまったくついていけなかったのを記憶している、
まーそんな俺が言うのだからなかなかリアリズムのある説明になってるかもしらんぜ(笑

さて、一部は前シリーズ記事の「LD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)」を紐解く鍵にもなるかもと思っている。
■言葉のやりとりであったり、自我を構成したりする論理構造は「概念や認識の水準である程度『自意識』にどこまで任されているのかが(或いは操作可能性)わかる」
 ↑
難しいこと言ってるみたいだけど、ゲームのキャラで考えてくれ(簡単な事だから)
ゲームで自分が操作しているキャラの中身を知ってる場合と、知らない場合で、操作性が全然違うよね?「知らないというかゲームキャラそのものを理解できていないと、頻繁にどうしてそうなるんだよとか激怒することになるでしょ」。
「あーそういえば、バイオハザードのナントカってキャラでプレイする時にはあれが使えないんだっけ」
通常は上記のような(シナリオ上の『枷』:人物設定のこと)キャラの中身を知った上でプレイするよね(なので、他の人に生まれ変わったら幸せになれるとか無関係なんだわ「ゲームではどのキャラでプレイしても違う面白さがあるからね」)。

さてこの時に、ゲームってものがキャラ選択してプレイしていることさえ自覚できていないとどうなる?
「あたかも自分以外の(事情知って楽しそうにプレイしている他の人が)ゲーマーがチートしているとか、特別なキャラを操作しているだとか、攻略法を知っているからだ」など”思ってしまう”(そうとしか思えないとも言う)。
 ↑
●なんかさーメンタルの局面で、どこかで見た風景だと思わないかね?
”そうとしか思えない”=「詳しい事が理解できない」


■数学ではさ、数式で(そのまま言語化せず音楽の譜面を読むように)直接その概念を理解できる理系の人がいます。この人はある意味ゲームキャラがどうしてそういう設定なのかもわかっている。
しかし、数式の読めない人は「πは3.14でいんだよね?」究極結果だけ知って最後の一小節だけパクって実用してます。
【これはゲームキャラを理解せずにゲームしているようなものです】
文系の人が理系の人の考えについていけないって”こういうこと”で(音楽に関して譜面を読める人と読めない人の違いも同じ)、
俺だって、物理に関してだけなら「限定的LD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)だ」ってことになるのさ。

あのさ、こういう状態が文章や言語の深度や重層性(あれがこうしてどうなったの深度)
(本来なら英文法を理解していれば後は単語覚えるだけで英語が話せないといけない《でもさ簡単じゃないよな?→これを「日本人には英語の習得に関して限定的なLD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)傾向がある」って言うのさ》→実はこれ面白い命題で特に英会話となると”末端ミクロ領域の単語の発音にド緊張するあまり何も話せなくなる”←こういうのさ、まさにLD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)傾向に類似するじゃん。)
どうしても、この段階までしか辿れないって差異があるんだろうと思う(設定とか言われるともうわからないだとか)。
するとどうなる?授業全般で「教師が何言ってるのかわからない」となるだろ(ハイ、この瞬間「退屈したら死ぬ病」ストレスも発現)「LD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)」のことであり、これを文科省に利用されると→【DQN階層に落とされる】

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2022年11月14日

DQNとかヤンキーとかの保守的人格について(揶揄する意図は無い)(3)

■勿論、誰しもが所謂一般教養的な科目に興味がある訳でも無く(少なくとも理系・文系の分岐はかなり早期からある)、体育スポーツも知的教育ジャンルです。極端な画一性には意味ありませんから中学校から「一般教養枠と選択枠」を切り分ける手もあるでしょう。
「教師の負担が大変?」→だから大学のような講義のオープン化とクラス(階級)編成の廃止をやれと言っとんのです(担任教師制も自動的に廃止《代わりにカウンセラーを集中配置せよ》)。
 ↑
「ひとりも子供が学校こなくなったらどうする?」→なら地域社会にも開放しなさいよ(学区の大人は全年齢参加可能《警備会社でもいいが、変態の侵入を抑止するため警察の巡回を条件にせよ》)
「子供の教育の権利が云々?」→「人を年齢で差別するなよ、それから子供時代行かずに失敗したと思えばその子も、大人になってから社会人枠で参加できるだろが」
※単位制にして10年かけて3年課程卒業なんてコースがあってもいい

●点差が無くて優秀な人材をどう判断するのか?
これはさ、前述の「関心がどこまであるのか」で判別つくじゃん。
(最先端まで行きたい奴はいかせたらいい《本当に能力無ければついていけず辞めるでしょ》)
「暗記能力だけは凄いが、専門性に関心があるワケではない」←これをエリートと定義するのも同じぐらい危険だと思うぞ(今、霞が関界隈ではそうなってる)。

以前にも書いたけどさ(これ道庁の話な)、
人事課ではキャリア官僚の4分の1は使えない人材だと割り切ってる(予め飛ばし先の枠を用意するほど)正直なところ「通常の職員より意味の分からない人材が多い」と困惑するのにも”もう慣れた”ってな具合で(その筋からの直接の情報)、戦力化率的には現状でも相当にヤバイことになってるのは事実だ。


■個人的意見ですが「DQN階層への(”できない子”の捏造や)追い込みは、
地方経済のなんとやら」とかに及ぶほどの大問題だと思ってます。
※《一部推論ですが》地域に対するアイデンティティーを持つことはおかしくないどころか、”再選択保守”なんて話になれば根幹となる伝統文化の鍵で(リベラル保守でもまず日本語日本人とかって動かないところだし)、なんとなく保守であれば地方に残ることは合理的であって(有力大学人材を背景とする都市と違う)特有の個性を発揮する可能性がある。

DQNだから地方がダメなのでは無くて、「都市文明を優先させる中”地方を置き去りに”する流れで、”できない子”のレッテルを貼って地方全体をDQN化に追い込んだ」ようにも見える(高度成長期、都市建設の多くが地方の出稼ぎによるものだったのにだ)。
(最後はメディアの思惑どおりKポップや韓流ファンにされちゃってさ、、《こっちが憂鬱になるが、このモデルは「GHQとジャニーズと芸能界と広告会社とメディア」プロパガンダ戦術だから、昔からやってんだよね「韓国はそれを模倣し得意の整形しただけで」》)

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2022年11月13日

DQNとかヤンキーとかの保守的人格について(揶揄する意図は無い)(2)

<<<ここまでの話しでも”いじめ加害者”擁護だって異論もあると思う>>>

突然性善説みたいな事を言うつもりはないが、
俺にはちょっとした根拠があるんだよ。

■俺にも「これってイジメかな」な体験があるが、
これが実に奇妙な経験で、
転校族だった俺は浦島太郎的経験があってだな、
小学校の頃(当時は学級委員長だったりした)「ちゃんとしてくれよ」「スマンスマン」なんて会話していた(学校運営的には友達関係が成立していたといえる《実際遊びに来てたりしてたしさ》)、その相手が数年後中学生として出戻りした時に広域不良グループの幹部となっており(昔を知る俺が彼の黒歴史だったのか?)「過去は存在していないように俺に命令口調であたってくる」ワケさ(笑
えーとですねこの現象は彼だけでなく(目立つところで10人近くに及び)、

 【性の目覚めはわかるけど、オイオイ何が起きたんだ】←口ぽっかんになったワケ

■確実に”表向き”別人になっている(しかも子供時代の面影が消えたのではないぜ)
えー明らかなDQN化です。
何かですね特定の人格に(所謂不良)同化しとんのです。
中には(かすかに目の端で)スマン事情があってと目くばせした奴もいた(彼とは随分仲良しだったのだが”身分違い”ということで最後まで口をきいてくれることも無かった)。

俗に言うさ「本当はそんな子じゃないのに」なんて半端な話では無くてだな、
意図しなければ「彼がどうしてそうなる?」な(元からそんなアイデア持ってないだろ?)、人格の偏向が起きてんです。
(この変遷の中間を知らないからこそ、この印象は鮮明だったのだと思う。)
時代は「校内暴力期」だったので、言えばそのトレンドでDQN人格同化が進行した。

●更にだな広域不良グループの幹部(こいつは子供時代を知らない奴)に卒業間際に弱音吐かれたり(ちょっと付き合いがあってだな)、逆に小学校時代明らかな不良格だった奴が(勢力争いに負けたんですかねこの時にはグループの下位順位にいて)弱気になって親し気に話しかけてきたりするという(オイオイどうしたんだねと)、よくわからない現象も併発。
 ↑
勿論当時の俺には心理学の知識は無かったが(『共同幻想』人格のヒントは知っていたけど)、
「何かよからぬ不条理なことが起きてるんだね」って事だけはわかった。
”表向き”DQN化しているんだが、
「(もう後戻りはできないのだとしても)”中の人”生きてるね」と


所謂さ、悪いことして面白いってイベント性があるのは認めるよ(今度は性悪説じゃ無いけど)
しかし、その動機形成に矛盾がある。
(バカでもわかることだが)将来への展望が皆無じゃん。
中にはその後マジ犯罪のボーダー超える輩もいるのだろうけれど、
カタギに戻れないことがそんなに面白いか?
戻れなくなっちまってんじゃないのかね?(そらそうだ「精神分析」の知見は無いのだし)
で、気が付いたらスゲーストレス溜め込む粗暴人格囲っており(知見も無しに人格変えるとかできんしさ)、トンデモな極端なことでも(犯罪や暴走)やらネーといられない(退屈したら死ぬ病)。

なんつーの「圧縮率上げすぎて、不完全燃焼やバックファイヤを繰り返す不調な車みたいに」
(意識的にそう改造したんだって言われると余計に話が被るところも出てくると思うが)

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2022年11月11日

DQNとかヤンキーとかの保守的人格について(揶揄する意図は無い)(1)

「言葉がもう揶揄してるだろ」というご意見もごもっともだと思うんだけれど、阪神タイガースファンを”トラキチ”と呼んだり、過去記事で米国人などがリアクション動画などで(黒人社会の同調圧力で意図的にバカなフリしないといけないなど)愛称としてmy niggerとか(黒人以外は言ってはいけない)、パンクなネエチャンがお気に入りの女子キャラ登場にmy bitchとか言うでしょ、
現代用語的には悪い表現が(たぶんこれ単純にいいというと偏差値認知的な表面だけ褒めてる意味になるからだと思う)褒め言葉になるパターンが日米ともにある。
実際『単独者』を持ち上げる意味で「バカだから」とかさ、

あーこういうことだ
「綺麗ごと言ってても仕方がネーだろ」(こういう意味ね)
揶揄する表現だけど、ワザとこの言葉使ってます
今回の話は「彼らはそう追い込まれているのじゃないか」って話だからね
(かといってイジメ問題などの加害者を擁護しているのでも無いので誤解の無いように)
又、多く推論を含むので今後考えが微妙に変わることもあると思うよ。

■さて本題だけれど、
DQNやヤンキーってのは成人式にキテレツな格好で暴れるなど、
(ご丁寧に成人式を大事なイベントと勘違いし続ける)極めて保守的な階層になります(昔校内暴力問題で揉めた時なら卒業式に大暴れみたいなニュアンスかな)。のような冠婚葬礼を大事にする人達ね。
そこに現れているように、彼らの特徴は個性化では無く「いかにもいそうな不良の類型」に適応しており、ガチの”社会適応人格”です。
※ちなみに暴走族が何故改造車で暴走するのかというと、「(同化してるので)つまらん仲間達と集まるストレスに耐えられないから」です(このストレス分と反動形成によりトンデモなイベントでもやらないと釣り合わない:心理学の原則「退屈したら死ぬ病」)。

しかしその社会ってのは(上部構造から切り離され)末端の仲間内だけで通用する類型人格になります(俺達ナントカだよな人格に同調適応している)。
 ↑
この様子が、上部構造瓦解後の現代『共同幻想』崩壊時代の「取り残された末端の同調圧力組織」そのままなので、通称『共同幻想』”崩れ”社会を表す記号として、DQNやヤンキー階層として定義してるんです。←時代が時代なら”軍隊崩れ”と呼んだかもしれません。
(あーそうそう自分のガキにバカみたいな当て字の名前つけるキラキラネームも”ド・崩れ”時代特有の現象ね:ガキの名前をバーコードで申請しようとする猛者の登場を待ってんだけどさ《さっぱりだね》)


●(保守系なので)地域のお祭りや町おこし新興祭りにもよく登場します。2chの黎明期にはいませんでしたが、SNSなど『共同幻想』系サイトの台頭により(スマホの普及もあって)参画。ママ友など社会迷惑な問題を引き起こしつつ、依然として”同調圧力話法による群れの形成”を継続活動中です。

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posted by kagewari at 23:15 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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