2026年02月14日

心理学テキスト:「好感」とは気分では無く場面の演出である(空気の話だよ)

「好感」が自然な個人の意思である時にそれは気分になるが、
基本的に「好感」そのものは場面描写のことであり、自由に選ぶことができる。
(つまり俗に言う空気ってのは決定された演出の方向性であり、「空気が読めない」ってのは「お前は台本読んでないのか」って意味なんだよ。)
 ↑
仕組みは簡単だ
ボノボに限らず、新入りが群れに参加する時の疑似性交ポーズ、或いは犬達が闘争の後に降参ポーズでそれ以上争わないことが本能に規定されているように、はたまたニホンザルのグルーミングにしろその目的は生存本能の一時停止だ(他の個体と生存を巡って争う事の休戦)。
勿論生存本能の目的は遺伝子を残すことにあるのだから、群れの形成など生物における主としての生存本能という上位概念が場面展開すると、個体個の生存競争は上書きされる。
それが「好感」の場面ってことですよ。
(これは意図して選択可能な場面《空気》である)

個の基本原則(他の個体と生存を巡って争う)、これを「好感」へ場面転換してんです。
「好感」の場面展開とは、種としての生存競争は優先されてますよーって遺伝子に刻まれたわかりやすい条件設定のことで、こんなんですね映画やドラマ小説に限らず「誰もが知ってること」なんです。
笑顔で「どうも〜」って人の振る舞いは(好感を示した)、
「なんかいい人じゃないですか」←こうなる場面なんですよ。
古くは『共同幻想』バリバリの時代にしても、どれほど”挨拶”の重要性が強調徹底されていたか。
(言えば、これですね本能忘れた犬に、困った時には降参ポーズを取れば死ぬまで続く闘争は終わるからと教えてあげてることなんですよ。)

誤解を招きやすい説明になっちゃいますが、
個人レベルで言えば、「誰もが他人は敵で死んでもいい、死ねばいいのに」と思ってるワケ、
野性じゃないからそのまんま自覚されることは無いけれど、混雑する車両にしろ、受験競争でもなんでもしいけど(そら究極は恋敵ってのがあるじゃん)、他者とは生存(自らの命)をめぐる競争相手なワケで、スポーツなどで勝者を決めるトーナメントやってるのと同じです。
(個人的に好きとか嫌いとかと別に)「戦うべき敵」に違いは無い。
で、そのスポーツで最も大事なルールは?
試合終了後に握手してノーサイドでしょ?
(個人的に嫌いだから戦ってるのでは無いから)
 ↑
さて、これを人種間や国家間の生存競争(戦争)に置き換えてみ?
(個人的に嫌いだから戦ってるのでは無く)「生物なんだからそういう仕組みになってんの」
●極論、戦争行為においては個人的に嫌いだから殺意があるのでは無い
(いや殺意すら無い)
しかし→「白旗かかげて降参し投降する兵士」に対しては撃ち方止めで敬礼で迎えるんだっての

●「「白旗かかげて降参し投降する兵士」に対しては撃ち方止めで敬礼で迎えている様は」、個人的に「好感」があるからでは無いってこと。
それは「好意」で迎える場面なんだってば。
(白旗の演出で、その場面設定が定義されてるワケ)

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2026年02月11日

無意識領域が全部トラブルメーカーな筈が無い


そもそも”勘”ってのは無意識からくる。
でなきゃそれはアイデアと呼ばれてるでしょ?

 「何かある」

勘と言えば有名な長嶋茂雄の勘は何と呼ばれたかと言えば「野生の勘」
それが『自意識』の筈も無く、ロジック化(テキストや数式化)されることなく無意識のフラグだけで重要事項としてイメージだけなどで記憶されていることはあるのであって、全ての重要事項を『自意識』だけが掌握していることは無い。そこは分業なワケであって、よくある典型例はJRの声出し確認だ。
言うならばこれは、無意識領域と『自意識』を連携(関連付け)させようということかのかな?と思う。
きっとスポーツなどの声出しにも類するものあるのだろう。

『自意識』の弱点は前述そのまんまで、『自意識』はテキストや数式化されるロジカルな事象しか取り扱えない。「なんとなく」という事項は無意識領域のフラグに任せるしかない。
そら努力して「なんとなく」な部分を「それは何なのか」分析すれば『自意識』管轄に取り込むことができるけれど、どうしても解釈可能な事項にまとめられるというかそこに情報の欠落があるだろうことは誰もが思うことかなと。
かといって「勘に頼り過ぎるな」の言葉があるように、勘ってものは明解なエビデンスを持っていないのだから、それを受け取り『自意識』が動く時にまあ”あり得ない方向によれちゃう”ことも頻繁かなと。

『自意識』が勘を完璧に使いこなすことは不可能だし、頭から無視してしまうと大事な情報を無視することにもなってしまう。
(※この辺の構造は多重人格とかと全く違うので勘違いされぬように)
時に、人類ヒト科の人格などというものが複雑だと言われる所以だ。

■『心理学』の話題には無意識領域が「強迫心理」を構成しとかさ、何か厄介者のように説明されることが多いが、これが何故かって幼児の記憶は当人の言語能力や知能の発達状況などにより、『自意識』マターではなく無意識的になることが多いためで、
誰しもというか人類ヒト科全員にとって幼児の記憶とは「大人の今から考えればこうだったよな」という話なのね。しかしさ、なんせ昔のことなので現在の論理性で何から何まで幼児や子供時代の記憶を思い出すだけで再解釈することはできない(直観像などの超能力ある人は違うかもだけど)。
『心理学』ってのは、自我構造の仕組みを知ることで覚えていない背景などを保管することで(言えばそれが分析っての)、かなり広範囲に再解釈を可能にするものだ。

無意識領域の本分は何も幼児や子供時代の記憶をなんとなくイメージとしてフラグ付けることではなくて、大人になって以降も「それは何なのか明解に定義や論理化されていない記憶の整理を担当しるのが本業」、厄介者どころか大事な相棒のような存在である。

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タグ:無意識
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2026年01月29日

記事リクで問題提起があったので「『共同幻想』崩壊時代の今と”家庭空間”」

限りなく幻想を排して、家庭空間なり家族社会なるものの基本構造、或いは骨組みみたいな論議になると、「基本家族集団とは他人の集まりである」となるんですよ。
理由は簡単で、
家族を法人に見立てた場合、代表取締役は「他人同士の夫婦契約者の共同経営」であるからです。子供の存在は(血縁の有無に関わらず)成人するまでの極端に限定的期間の事を指すからです。←後継者の同居や関係の継続を前提にするには「大家族主義などの『共同幻想』」であるとか(この場合も嫁は血縁者ではないのであり…)、家業の相続などの別事業の存在抜きに語れないことなので、近代以降のサラリーマン社会における核家族社会となった段階で、その筋は切れているんです。
 ↓
ということで、最初に戻すと
「基本家族集団とは他人の集まりである(家督《何々家の屋号》を名乗る法人)」
理由は、子供の存在は(血縁の有無に関わらず)成人するまでの極端に限定的期間の事を指すからです。
言い換えると→『共同幻想』崩壊時代の家族社会の基本形は「他人同士の夫婦契約者の共同生活の事」←となるんです。
(極端なこと言えば、「歩留り」時代の”家族の概念”は家庭から外れた縁故関係などの属性のことで《いい意味の腐れ縁》、家族社会という形態自体も子供が成人するまでの限定的なほんの一時期のことになり、「家族社会を長い年月で見た場合=ほとんどの期間は夫婦の共同生活のことだった」に帰結するということです。)

子供の自立を優先する米国などの場合、赤ん坊時代から”自分の部屋”を設計するのが一般的で(夫婦の寝室で養育するイメージは無い)、これはある意味で”自立するまでのゲスト”のような存在で(多分これは家族で日曜に教会にいく宗教『共同幻想』系社会であるため《家族との関係より各人の教会との関係が上位である:カソリックの場合における神父が名を付けるゴッドファザーじゃないけどプロテスタントにはプロテスタントなりの類似の概念があるんだと思う》:人物の属性として家族である前に信徒である)、日本の場合家督相続(長男総取り相続)が家族の上位概念だったことと様相は違うが、家督相続の場合も本来の姿は「息子である前に後継者」なんだよね(家族より屋号が上位である《ex.「家名を汚す行為は許さない」など》)。

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2026年01月17日

『幻想論』(無謀にも一から考えてみるか、、、)

注)以下記事が前提となっているので参照マスト
https://kagewari.seesaa.net/article/519733279.html

最初に言うけどさ「自信ない」
俺は単に在野の『心理学』サイト運営者で研究者だとかアカデミズムとかじゃないから、
こうなったらこうなるってわかってはいるが(計算は出来ても円周率の意味とかわからんじゃん)、幻想の概念と実存の違いとかいきなり質問されてもにわかに答えられない。

うーん、そこで足りない頭であれこれ考えてみようってことなんだけどさ
文章として説明できるところまでいけるんだろうか…。
■とっかかりは前回記事に出てきたここだ
「幻想というのは実存のフリをするリアリティーの無いエピソード記憶の事なのか?」
そして「実存(普遍)と、エピソード記憶の関係(或いはトラウマ論)」
 ↑
!あっそうか→幻想って実存のフリをする”記憶”だから”幻”って呼んでるのか?

(だから、”幻想”特有のフレーズは「こうに違いない」「こうと決まってる」なのかしら《リアリズムが無いの強行に言い張るしかないのである》)

■トラウマ論でもそうなんだけど、
前回の「食欲とチョコや肉」が大事になってくる。
高カロリー食を美味いと感じるのは(美食家は例外よ《その人なりのエビデンスのある趣味だから実存してる》)、脳のプログラムに「飢え死にするのが茶飯事の生き物なんだから、滅多に食する事の無い高カロリー食を決して忘れるな」と脳内物質(快感物質)を出すことで強く欲求フラグを付与する結果である。
 ↑
言語など無いのが当たり前の無知蒙昧な生物に「教えてもわからないんだから、脳が状況を盛って”演出されたエピソード記憶”をでっち上げてやらないと」←って意味ですよ。
※つまり「チョコや肉」を嗜好品として特別に美味いと感じる現象は、トラウマ現象と極めて類似している(勿論性行為の勘感も然りです《こちらは若干嗜好というより中毒的な領域かと思うけど》←本能としては「哺乳類には薬物で強制的に動機形成させないと無理だから」って解釈だよね)。
 ↑
総じてこれらは”幻想”であり「実存のフリをする(当事者に実存なのだと錯覚させる)」
※その証拠として(この表現どうかと思うけど)「頑張ればネタバレ可能」(ex.禅寺の坊主やカソリックの聖職者《実像はダメダメケースのが多いのだと思うけどww》)

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posted by kagewari at 16:10 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月30日

”鬱心理”のバックグラウンド解説(2)

快・不快原則で最も大事な”結果”とは
「最終的に動機形成して実行すること」であり、実際企画の成功の是非ではありません。
その行動に、モチベーション化したリビドーを消費できればそれでOKなんです。
言い換えりゃ、(失敗だろうとなんだろうと)動機形成された行為によって、哺乳類として過剰なリビドーを燃やして代謝できればそれでOKなんです。
(極論成功するとか失敗するとか、心理的健康に関しては”全く無関係”である)

だったら何でこんな自分にとって不利益でしかないことをやらかしてしまうのか?
(ちなみに”鬱構造”は誰にだって少なからず起きているし起きることです)
■「自分自身を監獄に収監すること」
典型例は
「どうせ僕なんか何をしても無駄だ」
(根拠となるのは認知の正確性の怪しい《現実認知のデッサン能力の事》”コンプレックス”である)
前回説明のとおりで、
「監獄の心理」に陥ると、身近な”いいこと”を何も考えられなくなります。
(そりゃ独房生活でも「明日の食事にプリンは出るかな?」みたいなプチ幸福はあるでしょう、しかしこのスケールでは膨大に行く場を失うリビドーを代謝できない《これを虚しいと呼びます》)
しかし、脳は何が何でもこれを代謝しなければならない、
同時に”一時的欲求が断念されるため”、この裏返しの欲求は「反動形成」によってエスカレートします(復讐倍返しの法則)。
「極端によからぬことばかり想像してしまう」(これが鬱心理)

どうしてこんな心理に陥ってしまうのか?
冒頭括弧に書いたように、
「根拠となるのは認知の正確性の怪しい(現実認知のデッサン能力の事)”コンプレックス”」
これは”根拠”に過ぎません。
コンプレックス(複合心理)ってのは直接の原因では無い(キッカケに近いかな)。
原因の典型例は「トラウマ」でしょう(鬱現象の始まりは”イップス”)。
 ↑
しかし上記は原則と決定的に矛盾してしまうんです
(失敗だろうとなんだろうと)動機形成された行為によって、哺乳類として過剰なリビドーを燃やして代謝できればそれでOKなんです。
(極論成功するとか失敗するとか、心理的健康に関しては”全く無関係”である)

人類ヒト科の心理経済としては、「《心的外傷はともかく》失敗などで落ち込むことは前提に含まれていない」んです。

動機形成の前に行われる”適当な想像”ってのは、目標はありませんから(想像だもの)。
「それができないといけないんだ」と思い込んでしまうことが根本的な原因なのかも知れない。
(それが俗に言うような責任感だとか義務感とは違うような気がするんですよ)
それは子供時代の大人に対する恐怖(原初的なエディプスコンプレックスとも言えるけど)、
幼児という圧倒的無力な存在時代の記憶(人類は普遍的に赤ん坊時代という不自由な体験を持っている)、
●この辺の話を俯瞰で見るとどうなるのかって
思春期『反抗期』の葛藤や「不安」などに行きつくのかなと、
自分が(何を想定してるのかはともあれ)「まあ大人だな」という実感があれば、「行為の結果が成功でも失敗でも、そんなことはどっちでもいいか」な原則に近づくんだと思うんです。
つまり「結果とは、それが動機形成から実行されたことであり、意図した事が成功したり失敗することではない」という心象は大人特有のことなんでしょう。
 ↑
これまとめていえば→「まあこれでもいっか」というようなアバウトさかなと

「どうせ僕なんか何をしても無駄だ」←の対立概念ですよね
「まあこれでもいっか」(実行された結果は案外どうでもいいものだ)

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2025年11月29日

”鬱心理”のバックグラウンド解説(1)

(それが全てとかの話ではないので誤解のないように「その一断面」ぐらいの話かな)

ベースにあるのは「監獄の心理」です
(細かく言えば無期懲役や終身刑の心理)
対立概念は「独房で筋トレするシーンが有名な、映画『パピヨン』のマックイーン」
(このシーンは多数の映画でオマージュされている《ターミネーター2他》、更に『大脱走』の監獄でのキャッチボールもその元ネタだったのかも知れない)

■「監獄の中で想像できることは何でしょう?」
もっとも身近に希望する想像は「明日釈放されるかもしれない」ですよね。
しかし、これ監獄の中では「最もあり得ない想像」になります。
不思議なことに想像することと実現性には何ら関係が無いにもかかわらず、
収監されている長期刑の囚人心理にとって、「明日釈放されるかもしれない」という想像は”できない”のですよ(それは「最もあり得ないこと」だからです)。
 ↓
では、監獄の中でも余裕で想像できることは何か?
「明日世界が終わってしまえばいいのに」だとか「悪い病気にでもかかって俺は一生出られないのではないか」などになります。
不思議な事に、悪い想像は実際の可能性とは別に”実に自由に想像することが可能”です。
(病気単体ならあり得るのかも知れませんが《てか無料で診療を受けられる》、確率から言えば同じように「あり得なこと」なのにです)

《もうおわかりいただけただろうか》
悪い事の想像ってのはそのまま”鬱ネタ”のことです。
つまり”鬱構造”ってのは一面において「自分自身を監獄に収監すること」なんですよ。
これらは様々な無意識的設定によって可能となります。
典型例は
「どうせ僕なんか何をしても無駄だ」
(根拠となるのは認知の正確性の怪しい《現実認知のデッサン能力の事》”コンプレックス”である)一度、この鬱の牢獄にぶち込むことに成功すると、
”いいこと”を一切想像できなくなります。
そして「(ホラームービー的な)不快感エンタメ」に想像力は全振りされる。
=日常茶飯事”悪い事ばかり”想像してしまうんです。
 ↑
この原理原則は「快・不快原則」です(詳しくはサイドバーコンテンツ参照)
言い換えると「人類ヒト科の宿命”退屈したら死ぬ病”」
※この仕組みを簡単におさらいすると、人類ヒト科は哺乳類としてあり得ない性欲衝動の肥大化という進化をしていますが(365日繁殖期なのは人類だけ)、この性欲は”狭義の性欲”のための性衝動ではありません。→最初から(25キロもマンモス追跡するような)モチベーションに代えて動機形成によって、その辺の哺乳類には絶対不可能な”広義の性欲”展開を目的としたものです。
(フロイトのリビドー論をまんま性欲と考えるのは誤り《広義の生への欲望》)
大都会の摩天楼も、異常に進化した人類の肥大化した性衝動を広義展開(オルタナティブ展開)した結果です。
●その反証として人類ヒト科の”狭義の性欲”(性行動)には本能に規定された、動物の習性のような均一性が無い(”狭義の性欲”すら曖昧である)。

勝手に噴き出してくる衝動や欲求を「動機形成して何でもいいから実行しないと、人類ヒト科は(ストレス過多で)発狂してしまうんです」。
じゃあ何をしようかと、その前段階が想像(次なる行動のイメージ)になります。

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posted by kagewari at 19:27 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月28日

「不安」の正体

「不安」→安心することができない状態
(安心を”予測”と置き換えるのはアレかもですが、)
「不測の事態をあれこれ考えることに囚われて安心できない状態」←こんな感じでどうでしょう
でわ、
「不測の事態をあれこれ考えることに囚われる」って何でしょう。
第三者から見れば「それ考えちゃってるの自分だよね」に違い無い。

<<何故考えちゃうんでしょう>>
いつものようにプロ野球のシーンで考えてみると
(変化球がまだ苦手な1軍半の選手が)
「苦手がバレていて初球スライダーだったらどうしよう?」

 ↑
まず、この矛盾は相手捕手や投手の気持ちを全く考えていないですよね。
(本来なら点差やイニング数、打順、投手の疲労、捕手の組み立てを予測して)
 ↑
「あっ」と気が付きました?
「予測する方向を間違えているだけではないか」←ビンゴだと思うんです。
■予測する方向っていうか、今やるべき予測をしていないのではなかろうか?

ちょっと冷静になってみましょう
(変化球がまだ苦手な1軍半の選手が)
「苦手がバレていて初球スライダーだったらどうしよう?」と考えるのは、今この打席でやらなくてもいいことですよね?→そう思うなら試合前に変化球打ちの練習する動機付けにすればいいことで、
(その練習後に)
いざ打席を迎えて、「苦手がバレていて初球スライダーだったらどうしよう?」と考える選手がいるでしょうか?
●ここで実際に起きたワールドシリーズ第7戦のロハスの打席を振り返ってみます
ロハスは守備型のベテラン選手で、ベンチからも打棒を期待されてる選手ではありません。
控え要員でもあり、今年本塁打は1本だか2本で右投手からは1本も打っていない。
9回のドジャーズ絶体絶命で1点差、相手の投手は抑えの切り札ホフマン。次代者は大谷であり、ホフマンは「間違えてもロハスを塁に出してはいけなかった(仮に大谷に本塁打を打たれたら逆転されてしまう=歩かせる=逆転のランナー置いてスミスになってしまう)」、
解説の往年の名投手スモルツは「絶対塁に出してはいけない(→カウントが3&2に)四球はダメ、ここは勝負球だ」(ホフマンの勝負球はスライダーです)
ホフマンは(歩かせるワケにはいかないので)ロハスが何を待っているのか知らないが、決め球のスライダーをド真ん中に当時してしまい→これを起死回生の本塁打にされてしまいます(ドジャーズは同店にその後延長で逆転勝利)。
 ↑
この時ロハスがどういう心理だったかと言うと、彼がインタビューに答えてるんですが、
「追い込まれる過程で直球をファールした時、これならついていける。タイミングがあってきた」と考えていたそうです。ロハスが注意していたのは直球に押し込まれることだった。
つまり、打てるのが直球ぐらいしか無いのに控え選手のロハスとしては、抑えの切り札のホフマンの直球に遅れることだけを考えていた。
「そうです彼の狙い球は直球です」
しかしプロ野球界あるあるで、「直球狙いの時にスライダーの失投が浮き球でくるといい感じに打てる」という説、それがそのまんま起きます。
ロハスはついていけると思っていたのですが、やはり直球には振り遅れておりついていくのがやっと。
(これは捕手のカークにもバレていたと思います)
そんな時にド真ん中のスライダーが浮いてきたので、反射的にロハスはバット一閃でこれを本塁打にしたのです。
※捕手のカークとしては、スライダー投げるなら(出場機会の少ないロハスだから)外角ボール気味でも振ってくれる筈だと思ったのでしょう。→しかし投手のホフマンは(解説のスモルツ同様に)絶対歩かせてはいけないと思った。→大谷君がホフマンを不安にしたのです。
 ↓
「ボールを見られて四球になったらどうしよう」

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タグ:不安
posted by kagewari at 12:49 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月24日

民度の問題から類推される個人の限界っつーか”ネタバレ個人差”の話(2)

前回の話でここの意味わからない人いるかもなので、まず補足から
以下の部分な
俗に言うメンタル問題が絶対解決不能な自我があるとかそういう話では無い(メンタルをテーマにする話は簡単いに言えば自己矛盾や葛藤なので自立的に方向が解決を示唆してるのは変わらないからだ)。

 ↑
逆説的に言えば、メンタル問題が発言している時点でその人の素養は「歩留り」以上なんだわ
異論でも反論でも(拗らせた「反動形成」でも)自分の意見を一度自覚している場合『自意識』としてそれを”後から無意識に抑圧することはできない”(できるとするなら意識的に我慢するだろ?=その段階で”偽装適応”だ)=その人の素養は「歩留り」以上なんだわ
そう説明すると、後から『共同幻想』”適応者”になることは不可能なのかって、勿論そうです。
がしかし、”偽装適応”は可能だから「そう望むであれば」”適応者”の世界に帰る事は不可能ではない(『心理学』的には必ずしもお勧めしないが)。

現代的メンタル問題をマクロ分析するならさ、社会進化論的に毀損の『共同幻想』のロジックに現実との乖離と言う破綻があちこちに発生しており、こんなものを一家族が”家族幻想”でカバーできる筈が無いから、あちこちで「歩留り」新世代が台頭することになる。
その時に何かの事情で(それを”コンプレックス”《複合》と呼ぶんだが)、「歩留り」にテイクオフできない時に、無理でも何でも”適応者”を意識する無意識設定と『自意識』の間で利益相反の矛盾が起きるって現象が「メンタル問題」だものさ。
乱暴に言えば「歩留り」化のルートに不都合があったという話になると思う。
■だものだから必然的にフロイト『心理学』っつーのは(プロテスタントやリベラル思想じゃないけども)前衛的なものと誤解される(『心理学』はそのトラブルに対応してるだけで推奨してるワケでは無い)。流れの方向性を論じてるのはむしろ社会学で『心理学』ではない。

話をわかりやすくする上で再びミクロからマクロの話にする場合
●中国が先進国になると「共産主義が世俗化して民主主義になるのか?」というテーマで考えりゃいいのさ。
現状のままなら「無理じゃね?(このままだと中国は近代『共同幻想』適応社会から逃れられない)」となるじゃん。→じゃあどうしたらそれが可能になるのかって、まず全体主義無しでも『共同幻想』の無理のない同質性はどの程度の人口規模で可能か?←ここ考えないと先進国化や世俗化など論じることができない。現行モデルで言うとさ「MAX1億人前後」が経験的数字だと思う。
だとすると、中国が社会進化論的に自然に民主主義になるには、まず14億の人口が、14か国に独立分離することが条件になる(案外当たってると思う)。
 ↑
さて、今度はこの分析モデルをミクロに落とし込んでみよう。
<<<欧州知の巨人、人口動態学者のエマニュエル・トッドの登場だよ>>>
「なるほど、そういうことだとトッドの人口動態分析で社会の今後を予測するモデルって思考はあり得るなと」
wikiに面白い記述があったよ
トッドは家族構造と人口統計に基づいて世界を認識している。このため、サミュエル・P・ハンティントンの『文明の衝突』を全くの妄想と見なしている。

ハンティントンは同書で世界を 8 文明に分け、カトリックおよびプロテスタントからなる西欧文明が、イスラム文明および中華文明と対峙しているとした。これに対しトッドは、イスラム圏で着実に識字率が上がり、出産率が下がっていることを示し、イスラム圏はむしろ西欧に近付きつつあることを指摘した。この近代化の過程では必ず伝統の崩壊による混乱が生じるのであって、イスラム圏は現在この移行期危機を経験しているに過ぎず、他の地域と本質的な違いは無いと述べた。また、世界の歴史は主に先進国で形作られるのであって、イスラム圏はそもそも最重要の地域ではないとした。

 ↑
ここ、同意できるとこあるんだよね。
(俺もモスリムに世俗化が無理とか思ったことはない《世俗化で有名なトルコや、バース党、各国の国軍や、イランの実像など》)
俗に言う田舎にこの時代になってもなお『共同幻想』”適応者”が残存している理由のひとつは、一部の農業において家族構成や血縁関係などが近代モデルからあまり変化していない場合があるとか、そういった系譜の『共同幻想』がコミュニティにも残りやすいと考えれば理屈は通る。

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2025年11月23日

民度の問題から類推される個人の限界っつーか”ネタバレ個人差”の話(1)

この論議は『心理学』的には禁忌かも知れない。
(そっち方面からの批判と無数の異論前提のヤバイ話だと思ってくれ)

「ふと思った」

過去記事に書いた移民問題の本質
先進国へ世俗化した『共同幻想』崩壊後社会に、第三世界で『共同幻想』が崩壊していない国からの経済移民や難民は(彼らにとって宗教系『共同幻想』を世俗化させることは倫理的に許されないのだから)、必ず軋轢を生むし、先進国にとって過去の『共同幻想』系の慣習はブラックやハラスメントなど違法とされているのだから、法による支配さえ怪しくなるだけでは無く、経済的事情で移民を選択する第三世界の住民に世俗化を迫ることは”現代の奴隷扱い”に他ならない。
(なので、よほど行先国へのリスペクトのある外語大卒や、高学歴階層で留学経験があるような限定的な階層じゃ無いと成功しない《或いは先進国同士の”移民ではなく移住”》)
 ↑
この民族の社会進化上の差を”民度”とした場合、
西側世界が大きく錯覚した「中国が経済的に豊かになれば(先進国化が発生し)民主化するだろう(共産主義の世俗化)」という目論見が、大外れした件をどう理解したらいいのか?
社会学者テンニースの社会進化論は「どの近代『共同幻想』を母体としても同じように起きると言い切れるのだろうか?」
●「世俗化を容認できない『共同幻想』も存在するのではないか?」
<<<もちろんこれは民族差別でも無いし、民族に優劣をつける話では無い>>>
鍵となるのは、その『共同幻想』の性質だからだ。

ここまではすんなり読めた人も多いと思うんだけどさ、
民族の差ってミクロに言えば当該民族の”家族社会”の差だろ?
民族の『共同幻想』の差は、当該民族の”家族幻想”の差だ。

 だ と す る と

その人、個人の『共同幻想』崩壊可能性(歩留まり率)そこに避けようの無い個人差があるのかもって事にならないか?
これは場合によると”再選択者”ってのは予定されてる場合もあるかもねって話になるかも知れない。最初に言明しておくけど、俗に言うメンタル問題が絶対解決不能な自我があるとかそういう話では無い(メンタルをテーマにする話は簡単いに言えば自己矛盾や葛藤なので自立的に方向が解決を示唆してるのは変わらないからだ)。

 む し ろ
ここで考えるべきは、現代社会においても『共同幻想』”適応者”としてしか生きられない残念なパターンがあるのかも知れないって話になると思う。
現代でマイナーな落伍者かって立ち位置になる”適応者”であり続けるってのは「あたかも生涯情報弱者の烙印を押されるような悲劇」にも見える。
「ここさ、どうなんだろうね、、、」解釈が必要な話なのだろうか。


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2025年11月10日

リクエスト関連(生活保護の発達障害さん「ちょっと考えられないですね」)

生活保護の発達障害さん
>3600円が適正価格だと生活厳しいです。燃料費などもかかってるのだから燃料費を下げて米の値段をもう少し下げて欲しいです。大根、じゃがいも、玉葱など野菜も上がり続けてます。その上維新が生活保護の医療費の負担や引き下げなどの悪化を求めていて、生活保護引き下げに加担してた高市氏も同じ考えだし、物価高騰の中での引き下げや医療費負担されたら本当に生活できないです。私も持病持ちで病院行かないわけにもいきません。電気代などは国がまだ補助金を出さないと引き下げにならないのですね。

「報道確認してます?」
ガソリン賦課金廃止はもう決定してますから
(ガソリン税の暫定税率廃止は誰でも知ってることでしょう?)
googlAIの概算だと
単純計算で1リットルあたり170円が140円台へと下がる試算となる。 年間600リットルを使用する家庭では、およそ1万6000円以上の節約効果が見込まれる計算である。
という感じです、

何の話をされているのかわからないのですが、
私は7万もあれば”家賃込み”で余裕で生活できます。
(”家賃込み”ですよ?家賃補助のある生活保護とか夢のようだと思ってるんだけど)
で、実際フリーランスなんで、月額そんな感じの所得とか余裕であって、「あー風呂無しアパートの家賃3万以下でよかった」なんて思ったり、貧乏大学生みたいに「そうだ台所風呂しよう」とか面白おかしくやってますが、
あのですね、どんな贅沢な暮らしをベースにしているのか皆目わからないのですが(私が貧乏スキル持ちの自称エコノミストである理由のひとつは、忙しいのでめんどくさい料理に関心が無いからってのもあります《雑穀米スーパーフーズで”いいね”とかもその感覚が大きい》)、野菜なんてものは栄養価的にそれほど大量に必要としていません(必須栄養素的にはサプリだってありますし)、しかもじゃがいもは炭水化物だし大根はほどんと水分だし(市中の単価が高いと思ったことも無く)、玉ねぎは私の地元が産地ですが(3個入りで100円ぐらいだぜ)元からかなり安い食材ですよ?
「ほんとうに料理されてます?」
※基本植物には自己防衛のため毒素があり(食べられるものは品種改良されていたり許容範囲だったり)、俗に言うサラダが健康食品と言う発想は誤り。

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posted by kagewari at 20:08 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月06日

『心理学』や精神分析の説明や解釈は「経済政策」のようなものである

前回記事の続きとなります
https://kagewari.seesaa.net/article/518806794.html
ここからね
※これ実際の話さ、鬱下にある人に『認知行動療法』の参考に「筋トレやっても効果あります」説明すると、「まったく効果がありません」なる超自然現象みたいな反論が返ってくることがあります。
それ何故かって”都合が悪い”んですよ(幾分かでも鬱が止まってしまうからね)。
鬱構造は「意味が無いでも効果が無いでも理由はなんでもいいから突っぱねたい」のだよ。
これに何故『自意識』が”我ながら変だ”と気が付かないのか?

実際経済政策でも、常に”抵抗勢力”ってありますよね。
減税に対する”財務省”や、公共投資見直しに対する”土木業界”であるとか、福祉政策見直しに対する”左翼業界”であるとか、教育行政改革に対する”各団体や文教業界”だとか、防衛予算増額に対する”左翼活動家”だとか、、、、、。
【彼らが抵抗する動機は何ですか?】→利権体質でしょ
ここですね、個人心理における(アンナ・フロイト曰く)自我防衛や抵抗も同じです。
「何の利権」って、快・不快原則の”代謝利権”ですよ。
(ベタにわかりやすく言えば、「毎週バトミントンで汗を流すことが楽しみで生活している人にとって、バトミントンを取り上げることは、強い抵抗を受けるのが自然でしょ」)
 ↑
個人心理でこれが難しくなるのは(国の経済でも同じなんだけど)
『自意識』が無意識世界の”欲求代謝利権”に負けてしまう事だ。
近いようで外れてるのが”欲望に負ける”ってのかな(男性のやらかしでよく聞く”下半身に負けた”だとか女性によく聞く”魔性の女”じゃないけど恋愛志向《両方とも差別表現だけど”わかりやすくするために”あえてそのまま記述しました》)、この欲望の原理も”欲求代謝利権”なんだけど、
●それだけではないのだよ
『心理学』が登場する場面ってのはエディプスコンプレックスに代表されるメンタルのテーマだろ?
エディプスコンプレックスをあたかも親子関係みたいに勘違いする人がいるけど、エディプスコンプレックスの発見の本来の意味は”その論理構造の時制”であって(無意識下にその構造が”何時”成立したのか?)、親子関係が現在進行形の場面=子供自我ってことです。
■言うならば、『心理学』が登場するようなメンタルのテーマってのは、
個人の自我における”大人の自分”と”子供時代の自分”の葛藤や矛盾だってことです。

ちょっと心理学テキストっぽい話をすると
フロイトの言う”超自我”ってのは、日本の古来からある「三つ子の魂百まで」に強く関連する。
”超自我”が何故”超”なのかって、主として合理性を重視して選択肢を判断する『自意識』に超越的権限を有する構造だからだよね?要約すると「『自意識』すら律する倫理道徳野」のことさ。
本来「三つ子の魂百まで」なんてのは間違いなんだが(これは近代までの『共同幻想』”適応系”自我に限った話)、子供時代の躾と親子関係が自我の倫理道徳の基礎モデルとなるのは誰にでも、或いは経験的にもわかることだと思う。
●理由は簡単で「幼児はそろって愚か者だからさ」(3歳児が裁判官とかありますか?)
幼児にとって、大人達は全員が”超越的論理の代表”であり、一部の研究者は”神のイメージとは赤ん坊時代の親の記憶じゃ無いか?”って説があるぐらいだ。
 ↑
つまり、子供自我ほど「感情的であるだけでなく、倫理や道徳的な(合理性を超越する)強弁を振るう」←さてみなさん話の通じない興奮状態のガキと喧嘩したことる方なら誰でもわかると思いますが、そのガキを十分に納得させて「なるほど」と手を叩くように収めることができますか?
まー「あーもう仕方ない」だとか、体罰発動ギリギリにイライラしたりしますよね?
<<<<それと全く同じ葛藤が個人の自我内部で起きるってことです>>>>
しかも子供自我は”超自我”に距離が近いので感情的であると同時に倫理や道徳的に『自意識』を従わせようとします(或いは逆らえない)。
※たとえばね、鬱構造の背景ネタバレに「どうせ僕が悪いんでしょ!!!」(え?)みたいな不快”代謝利権”あったとした場合(これがロジカルにモジュール化して自我構造として残留し続けた時)←考えればそれが大人自我(主として『自意識』)にどう干渉し影響与えるかわかりますよね?
※ここの事務所の利用規定に「”いい悪い論”持ち込み禁止」って仕掛けがある理由でもある

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posted by kagewari at 15:49 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月03日

時にさ『心理学』や精神分析の説明や解釈を難解だとか、厄介なことだとか思っていませんか? (あの、それは映画の見過ぎですから…)

「実際は機械的」っていうと表現アレだけど、
本当に経済学における金融政策みたいなもので、サイコアナリスト(心理分析)ってのは中小企業診断士などと”ほぼほぼ全く同じ職業”でありまして(証券アナリストも同じ)、何か私小説的な要素みたいなものはありません。統計や需給バランスやら経済指標を重要視してる作業も同じ。
(そんなことを言うと「人の情けというものが無いとか」言う方いらっしゃるかもですが《はたまた「人のこころは経済じゃない」とか》)
 ↓
言い換えれば「自然の摂理や自然法則」の話ですから、そら同じですよ。
(経済や市場分析だってそうでしょ?→川の流れがどうしてこうなのか?だとかね)
自然を(神秘的だとか)情緒的に捉えたりするのは、趣味性なのでいかように考えていただいていも構わないのですが、「いい金融政策や、悪い金融政策」とか無いから。
「これは悪い川だ」←とか無いからw
(どの状態に対して何がどういった方向へ効果的かってだけで、たとえば状況によって金融引き締めが”いい場合”と”悪い場合”があるように、「こういう金融政策は最初から悪い」とかそういうの無いから《だから規約に「いい悪い論の持ち込み禁止」になってんの》)
※合理的指標となっているのは”安定状態”になるけど(均衡やバランス)、それさえ指標に過ぎない

「躁鬱は、インフレデフレと同じ現象だ」ってのはそういう意味。
(鬱などに対する『認知行動療法』とは、デフレ経済における給付金需要政策みたいなものだよ)もうちょっと身近にたとえるなら「筋トレと栄養学」みたいなものだ、
(「この栄養は悪い」とかそういう日本語は無いだろ?)
※これ実際の話さ、鬱下にある人に『認知行動療法』の参考に「筋トレやっても効果あります」説明すると、「まったく効果がありません」なる超自然現象みたいな反論が返ってくることがあります。
(なんとどれだけ鍛えても身体的変化が一切起きない特異体質ということらしいww「寝たきりになっても筋肉が衰えることも無いのだろうか?」)
 ↓
それ何故かって”都合が悪い”んですよ(幾分かでも鬱が止まってしまうからね)。
鬱構造は「意味が無いでも効果が無いでも理由はなんでもいいから突っぱねたい」のだよ。
これに何故『自意識』が”我ながら変だ”と気が付かないのか?
<この辺は、また回を改めて説明しよう>



posted by kagewari at 22:28 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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