2021年06月24日

リクエスト関連(かなでさん「親友」)

かなでさん
>アスペルガーの診断を受けてる者です。幼馴染だった親友に話したら「何があってもあんたの味方だからね」と言ってくれました。実際に私が学校で孤立してた時も彼女だけは私に普通に接してくれたり、困った時には助け合ったりしてました。しかし親友の旦那さんが「アスペは犯罪者予備軍だ。そうでなくても人間的におかしな奴が多い」との考えで親友には私と関わらない言い、疎遠になりました。親友だと思ってたのは私だけだったのでしょうか?私には前科はないけど親友が離れるだけの原因があったのでしょうか?

<これあえて(わかりやすくする意味で)乱暴な表現使いますが>
 ↓
今時何の疑問も無く結婚などするような人は、少なからずと言うか『共同幻想』適応人格を選択した人物です。
●どういう意味かって個人の一存では人生を選べないんです。
(自我を他者と共有してますから:「個人で存在しておらず、共有自我に接続している端末」)
(彼女の場合、亭主と私の二人で一人《家族法人人格》ですから、この段階で自由に個人の意見を行ける立場にありません。)

すっごくベタな事例で言えば、
「金に困っているから助けてくれ」って時に、会社の金にまで手を付けて助けてくれるかってまずありませんよね(この状況で「会社と私とどちらが大事」ってパラドックスみたいなこと言うのはズルいんです)。
 ↓
だって、無職の世捨て人”犯罪上等”の友人がいるとして
彼は躊躇なく盗みに入ってでも(上がりが幾らになるかわからんけど)頑張ってくれるでしょう。
しかし、後者こそ親友で前者は偽物だってことになりますか?

■確かに原則論で言えば(これも強調表現説明になりますが)
『共同幻想』適応人格(所謂一般人的人格)には、親友って無理です。
(誰に対しても、→『共同幻想』適応の”共有し体現するべき立場があるため”→上位となる公的自分と、それ以下の《風呂とトイレの中だけの》私的自分を使い分ける人格のこと。)

『共同幻想』適応人格(所謂一般人的人格)にとっての親友とは「括弧付の親友」であり、
何の括弧かって、
「同じ『共同幻想』構成員同士の関係であること」です、
(※間違っても非適応個性派とは親友は無理です。←その個性は私の所属する組織の論理と矛盾してしまう局面が必ず起きるからです。)
 ↑
この状態で「裏切りだ」って話になれば続かないでしょ?

ある意味(ある意味ですよ→そうすべきとか、そうあるべきって話では無く)
かなでさんが彼女の親友なら
「お前の立場もわかる」って言ってあげればよいのです。

何かよいって、彼女を親友としてあなたが守ってあげることができるからです。

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posted by kagewari at 20:01 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月01日

リクエスト関連(ももちさん「歩留まり」適応とは?)

ももちさん
(最新記事読んでいただけないかしら?)
リクエストから面白い『お題』が出たので「社交性」について分析しておこう
https://kagewari.seesaa.net/article/481279741.html

(これ読むとわかる筈なんだけどな、、そのつもりで書いたんだけど)
>>「普段隠している個性を一部開放した」=類は類を呼ぶでパーソナルな友人を発見しやすくなるワケです。
(コミュニケーション苦手な人が強迫心理持ちならまだ理解できますが)疑問なのがこのケースも(付き合いで嫌々表面的に)適応してる人達同士で交流してることが多く、コミュケーション苦手な人がいないのは何故でしょうか?(付き合いの為に嫌々表面的でも)適応してる人達とコミュニケーション苦手な人同士が交流してる姿があってもおかしくないと思うのですが、そういうケースは一例しか見なかったので



■「強迫心理」ケースは、
「予断というか現実設定にズレがあんだよ」
 ↑
この場合、目先の社会では「パンクロックの演奏してるのに」
何故か「津軽三味線名演奏だと認知してしまい(強迫フィルター)」
パンクロックやってるとこに、(名人とか絶対無理と”コンプレックス”も併発中で)三味線もってきて気弱にじゃーんとかやっちゃう状態を→「コミュニケーション障害」というのさ。
(まさか和楽器バンドのべにさんみたいに演奏できたら別の意味の奇跡だ)

■「歩留まり」はさ、
(本人本音はJAZZバンドやりたいんだけど、それを諦めて)
その場で鳴ってる音聞けば「思い切りパンクロックですよーーー!!」って演奏してんだからさ、
(あー”ジャンジャンジャン”って和音鳴らせばいいのね)
得物はアコギだったりするんだけど、
パンクロックに合わせるのはワケ無いのさ。


●つまり「強迫心理」があると、
「しょっぱいパンクロック」が、
「(めくるめく幸福を暗示する)津軽三味線の名演奏」だと思っているワケ、
(子供から見たら、《時代も昔だし》『共同幻想』に合わせる大人の張り切ってる様子が、戦隊ヒーローもののようにデフォルメされてってから→子供の目からみたら大人の恋愛なんて”ド級のめくるめく”ことになるじゃん。「きっとあれは凄い演奏会なんだ」)
認知が現実から乖離してるのさ、
(と、無意識領域から「強迫心理」が『自意識』に《フラッシュバック的手法で》自己暗示をかましてるワケだ)


●「歩留まり」には何らそういう余談が無いので(エピソード記憶で現実見るレンズに謎のフィルターがかかったりしない)、
「歩留まり」は、反抗期に子供時代のほとんどをネタバレ崩壊で幻滅してっから、
(サンタ信じてたこととか黒歴史になるだろ?)
見たまま(あーパンクとか嫌いなんだけど、、とか思いつつ)、
「パンクのリズムでハイッ!!」とやれるワケ、
(しかも『共同幻想』社会に《所得などを目的に》偽装し欺瞞的に適応する擬態が商売なので)
目先の社会で、何演奏してんのとかの「観察眼が命がけで凄い」ワケ
(本職諜報員みたいなものだから→これを「空気を読むとか」「調子《拍子》を合わせる」と呼ぶ)
生半可な集中力では無い(オフビートも見逃さない)
(だけど、本当はJAZZやりたい本心は隠してるワケ→パンクのコネで入った会社だから、カミングアウトしたらいずらくなるじゃんww)
 ↑
だものだから総理府調査だったかな?
新卒入社の3割が3年以内に辞職するワケ(「歩留まりの憂鬱」限界きて)


<あーそれから「歩留まり」が擬態する理由>
勿論所得などのインセンティブ獲得の打算もあるけれど、
『共同幻想』の正体も薄々わかってんの、
異教徒が中世ヨーロッパでどうなるのかって説明しなくてもわかるよね?
(命が惜しければ、擬態しておこって思うじゃん。←「歩留まり」の視野には”もう自分達のが多数派なんだ”ってなかなかそこまで思えないのね《なんてかやましいところあるからじゃないけどw》、彼らは「世界の趨勢はまだ『共同幻想』じゃん、ヤバッ!」とか思ってんの。)



posted by kagewari at 19:20 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月29日

リクエスト関連(ももちさん”一拍置いて”《即レスはNGです》)

ももちさん
(一拍置けば必ず自分でも”あれか”と考えることもあるので、即聞き返すのは得策ではありません。基本的に同日連発はNGです)
>自他の区別が曖昧になるのは(一緒にいるのが自然)「共同幻想」の場合ですか?「歩留まり」の場合ですか?見てると大抵は「適応層」同士で友人関係となり、コミュ障の人は一人あぶれるか同じ者同士で固まってます。よく「一人で良いやと思って群れから離れたら別に気が合う人ができた」と歩留まりらしき人からの話を聞きますが、そこでも同じ現象が起きてます。同じ趣味の集まりでも適応層とコミュ障層とが友人になってるのは数えるくらいです。歩留まりが大半だといっても結局は適応層とコミュ障層は最初の時点で分かれちゃうんだなと。

基本的に友人関係とは『共同幻想』社会構成員のことであり、
(友人ではなく”組員”に置き換えればわかりやすい)
【極論】ですが、『単独者』には”そもそも友人の概念がありません”
(正確な表現ではありませんが『共同幻想』系の人からは「一匹狼」と呼ばれますから)
 ↓
さて、「歩留まり」達は(現代特有の欺瞞的合理主義者)アリバイとして友人的なるものの関係性も大事にしてますが、(以下が常に親友を意味するわけではありませんが)所謂通俗的な意味の友人と(実はその関係は口には出さないが”付き合いであり嫌々”)、パーソナルな友人(多くても2人前後)をかなり明快に分けていると考えていいでしょう。
この場合のパーソナルな友人ってのは、『共同幻想』保守論でお馴染みの「盃交わした義兄弟」のことであり、実は内面個性化している「歩留まり」の場合、よっぽど最初から合う人じゃないと「大幅に自分の個性を捨てなければならない」ため、義兄弟にはなりません。
実は個性化している=可能な限り(隠し持っている)自分の個性は温存したい。

他記事でも書いていることですが、
昨今の大学生は6割程度に恋人関係は無く、4割が恋愛体験も無いと言われています。
現代「歩留まり」達にとって、「実は付き合い程度の嫌々通俗的友人しかいない」というケースはかなり多いだろうと(晩婚・非婚率を当て込むとそのまま4割〜5割がそうかなと)、
 ↓
外から見れば「仲のいい友人同士」に見えますが、内面は嫌々です。

ですから「歩留まり」系の人が
>「一人で良いやと思って群れから離れたら別に気が合う人ができた」
というのは”当たり前”の話で、
「普段隠している個性を一部開放した」=類は類を呼ぶで(なんだお前そういう奴だったのかと発見され)、パーソナルな友人を発見しやすくなるワケです。←つまりこれって【瞬間『単独者』作戦】ですからw
(「歩留まり」達にとって、『共同幻想』適応偽装スキルは”諸刃の刃”であり、上手過ぎると『共同幻想』に取り込まれてしまい、想定超えるストレスでヤバいことになりますので、なんていうかほどほどに偽装がへたくそな方が《普段から付き合い悪いとこあるなど》当人は楽な筈です。)

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posted by kagewari at 19:13 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(ももちさん”それは友人か?”)

ももちさん
>>少数精鋭じゃないですが、「気の合う仲間」のような言葉に代表される関係を前提とします
ゲームや趣味を通じて友人ができた人達などは「同じ趣味通じて知り合ったけど自然と気が合う者同士で交流するようになった。長い付き合いだから気心も知れてる(おかしな人は自然と遠のく)」と言ってましたが、それが「気が合う仲間」だということなんですか?
>強迫では無く、切迫したガチ欲求なら」現在まっしぐらに突撃中の筈なんです
だから色々行動してたのですが友達できません。他の人はガチ欲求だから友人ができるんですか?


「、、それが気の合う仲間なんですか?」のところからいきますか、
気が合う=自他の区別が曖昧になる(一緒にいるのがむしろ自然)
逆に言えば、特別に他者がいる感じもしない。
 ↑
ま、こういうことでしょうか。
この場合ある意味「他人ではない、この人は友人」みたいな属性が違ってくるのであり、
「友人がいるのでは無く、他人ではない」←このニュアンスわかりますかね、
=殊更に他者として友人がいる感覚では無い
(いることも特別ではない)

前述の”できた人達”のセリフってのは
「おかしな人は」←ココ
個性化していて、自分と一歩間違えたら同一人物では無い=他人って意味です
 ↑
●つまり『共同幻想』の結成(2人3人あつまりゃもう『共同幻想』です)ってのは、
自分という個性を捨てることでもあります(口語の主語が一人称から複数形に変わる)。
個性を捨てて、winっていう汎用OSをインストールする、
すると?ご近所は勝手にホームネットワークにPC名が表示されるでしょ。
(OS違うと、表示されないこともあるし、ファイル形式からして違う←これを”きた人達”は”おかしなシステム”と呼んでるワケ)

ですから「お前は何者なんだ」の前提をクリアしないとどうにもならんのです、
(家幻想汎用機端末から、システムの上書きしないといけないんですが、オープンソースのフリーOSにするのか、win入れるのか、意識高い系「歩留まり」ですからってマックにするのか、時代はクロームブックって廉価にするとか、、【そもそも自分をどこまで上書きして捨ててもいいのか】)

外で起きてる現象をあれこれ尋ねてもほとんど意味ありません

■それから
「だから色々行動してたのですが友達できません。」←これはあり得ないんだよ、
(切迫したガチ欲求があるなら=飛び込み営業の熱血セールスマン)
よくいるでしょ、
第三者から見たらどうにも言うほど親しそうに無いのに、
「何々と俺はマブダチだから」
あるいは
(お前ストーカーじゃねと勘違いされることもしばしばながら)
「彼とはラブラブだから」(え?一発やっただけじゃね?)
 ↑
なんて言えばいいかな、(切迫したガチ欲求があるなら)あなたは「誰それが友達なんでスゥ〜」って(たいして親しくない関係性でも)自慢げに浮かれている筈なんです。
(いろいろ行動してるんでしょ?少なくとも声かけたって事ですよね→その人は堂々友人ですよ)

だからー、自信満々に「友達がいます」って”盛り上がらない”のは、
あなた自身が自分が個性化していて、「そういうノリじゃない」からなんですってば。
この人は友達じゃないですとか、お前が言うかって話さ



posted by kagewari at 14:35 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(うみなみさん「健常者とか」)

<末尾に追記、また(いつものことですが、、)後から思いつきました>
<ゴメンなさい中段にもいっこ追記>

うみなみさん
>こだわりが強い人や自己中な発達障害者もいる。でも健常者だって間違ってることもあるし、自分の非を認めないことも多いわけです。それを数の力で発達障害が間違ってるとしてることもあるんです。発達障害だって人の痛みが分かる人だって多い。何か腑に落ちない。そして健常者の夫から私は何回も同じ失敗を繰り返して分かるまで説明しなきゃならなくて疲れる、察しろ、何でこんなこともわからないのかと言われます。理解に時間がかかったり、できるように頑張ってもできないのはどうしたら良いの…。健常者の基準が正しいわけじゃない。

まず心理学には『健常者』なんてカテゴリありません、
人類ヒト科は(原則として)「退屈したら死ぬ病の狂ったサルである」という位置づけにあります。
ですから、臨床みたいに「ナントカ障害」とか言われても(厳密に言えば)病気と捉えません。
(この場合、あらゆる症例において悪性良性を決定付けるのは自覚的にそれを認識した時の話だとか、そもそも両方腫瘍でしょとか、若干哲学的意味もありますが)

臨床系が自慢げに分類する「ナントカ障害」は、
心理学が”彼らの概念”をそのまま援用すると「ナントカ障害とか意味不明な診断されている人格のすべては(ジャンルとしては)全員『健常者』です」
むしろ、人類ヒト科の原則から言えば、
”あなたの言う”(それこそ俗に言う)『健常者』の方が重度の病気ということになります。
確か、アスペルガーの学会が(まあ彼らの意図はヒューマニズムなんだと思いますが)自分達のことを「健常者という病人」と呼んだりしますが、
心理学的には、そういう冗談抜きで『健常者』はかなり重度の病気です。
(勿論この話は冒頭の哲学的病気とは何かなどの命題にかかっている意味でもありますが)
 ↓
うみなみさんがあげた症例は全て「集団心理に自我が乗っ取られる、あるいは自己暗示状態に誘導される」症状ですよね?
(※そうですね、流行歌を間違えて国家だと思い込んでしまう狂人に近い状態→というか”本当の国家はどれか?”を個々人の判断で認識することができない《集団心理抜きに事象の認識ができない》のですから、かなり重度です。)

<中段追記>
これも臨床系の用語ですが『サイコパス』
ここの説明に「政治家や社長、医師や弁護士にも多い」なんてのがあります。
心理学的に皮肉で言えば「いやいや、サイコパスだから政治家や社長とかなってんでしょ」のような意味ね
(前述の『健常者』は病気だからって話の補足)

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posted by kagewari at 12:03 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(うみなみさん「カサンドラとか」)

うみなみさん
>アスペルガーと一緒に暮らしてカサンドラになる?【ASD】【発達障害・結婚生活】というyoutube動画で、当事者の方が自分の間違った考えで離婚し、反省なさってるのですが、コメント欄にはカサンドラの人の書き込みで一杯です。別のブログでもカサンドラの人達が「(健常者)がまとも」「発達障害は人のしての心や優しさに欠けてる」「自分の非を認めない」と非難し合ってるのを見ます。健常者の言うことが全て正しくて、発達障害は人としての心に欠けてて間違ってる(そのくせ自分が正しいと言い張る)のでしょうか?

まず心理学と臨床系は全く別の学問で、
心理学サイドから言わせてもらうと「臨床はなんでも名前つけるの好きなんだね」って感じで
メサイヤなんとかの話の方がまだわかるかな、
しかし確かカサンドラとかは、臨床系でも一部学派は認めてないとこもあった気がする
(臨床系は専門外なんで間違えたらゴメンですけど)

■基本的にこれ「共依存で」、心理的問題は最初から双方に同程度の水準で存在しており、

暴論で言えば「”どっちもどっち”」
双方同じぐらい最初から「強迫系」の問題を抱えていた」ってこと
カサンドラとか言われてる方が(彼らの分類根拠はよくわかんないんだが)より重度のアスペルガーであっても驚きません。

●でね(笑っちゃいけないんだけどさ)双方言い合いの喧嘩になるのは自明、
だって、自分の「強迫心理」のネタバレしたくないんだもの(平たく言えば自己分析ってこと)
ネタバレすれば「もうナントカガーって『興奮』できなくなるから」、
自我防衛で(このブログでも再三登場する「無限反論」と同じ
「 問 題 が 外 部 の 個別 各論 なんです 」←双方自我防衛上このデマ(或いはプロパガンダ)をとにかく飛ばさないといかんワケ
(間違っても「ひょっとしてバカか俺じゃね?」なんてことに気が付くと、ネタバレ崩壊で「強迫心理」は討伐されてしまうからね。←なぜこんなものに防衛反応が出るのかってさ、エピソード記憶だから、構造上は”大事な思ひで”みたたいなノスタルジーのフラグ立ってるので、「強迫心理」ってのは意識的に捕まえないと自動的に保守項目になるのさ)

で、この話がナンセンスなのは、
双方そもそも人間関係とか続ける必要無いんで、
(町内会の役員とか興味無いでしょ?まさか60年代でもあるまいし「自宅が歌声喫茶でどうしようもないんです」ってこともないだろうさ)、
(結婚してるなら、とっとと離婚して、家族なら各人独立するべし)
「お前ら、まずひとりになれ」ってこと、
『共依存』ってのはさ、結果として双方が双方を”取り巻き”として利用してるワケ、
(”取り巻き”の事わかんない時にはサイドバーの専門用語のとこに記事ある筈)
しかも強烈に自我防衛がかかってる同士なので、
炎上に利用するにも最強なんだわ。
(そう狙ってスカウティングしてんだもの)

これを関係性の話だと思うと「強迫心理の思うつぼ」だから間違っちゃいけない、
(強迫心理は「そう思わせたいの」)

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posted by kagewari at 06:22 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月28日

リクエスト関連(ももちさん”友人”)

ももちさん
>一つお訊きしたいのですが、友達できる人とできない人って何がちがうのでしょうか?例えばゲーム好きな知人はオンラインゲームで同じ趣味の何人かの人と意気投合して遊ぶこともあるようです。10年来の付きあいだから気心も知れてるようです。他の人も釣りやツーリングに行った先で友達ができたり、漫画などのイベントで友達ができたと言ってました。結婚した人もいます。しかし私はそういった趣味やイベントに行っても全く友人はできないのは何故なんでしょうか?

そもそも言葉通りの意味の友人なんてものは、誰でも生涯数人で会えるかって代物です
(それは友人なのか、付き合いなのかって厳密な線引きは《相手もあることなので》当事者に明快に認識されることはない。←第三者にはある程度判断できるでしょうけど、)
 ↑
理由は簡単です、個性差がありますから。
(※『単独者』論としては「そもそも友人など必要が無い」ってことなんで、友人云々を気にすること自体「強迫心理じゃね」って話です。漫画家の蛭子さんじゃないけども、)


■逆に(それが付き合いなのかはともかく)巷で言うところの”友人関係”は何を所以に成立しているのか?を考えるとき、
ガチ『共同幻想』適応の場合は、厳密に言うと友人関係ではありません(同族関係のようなもの)。そもそも個として実存しておらず、自我の一部を互換性のある共有概念に置き換えますので(わかりやすく言えば”義兄弟”)既に他者では無いのです(自他の区別が曖昧)。
群体として”ひとつの法人格(同族)”のような実存をしていますから、
「君も同族かね」ってことになれば、即日(この概念における)友人になります。
この場合、個として活動することはできず(集団としてしか活動できない)、
食事をするにも”同一の仲間”を必要とします(その承認無しに生きられない)、
故に、この社会には”孤独”という概念がある(=死を意味する)。
(※古代の軍隊)

●それが近代以降世俗化し(昨今未開民族のようなガチ『共同幻想』も珍しいので)
友人関係は、主として”社会的インセンティブ”として機能します、
(ベタに言えば、ひとりではカラオケも焼肉にも”いけない”のです→”連れ”がいる承認が必要)
友人が欲しいからでは無く、友人無しにできないことが”やりたい”ワケで、
その欲求のための必要条件なんです、
ですから俄然是非とも”連れ”をゲットしたい能動的欲求が成立します。
獲得できなければ、人類普遍の「退屈したら死ぬ病」で〇狂するのですから尋常な危機感ではありません。
また、「あー友達がいてよかった」なる彼らの言葉には(前述事情の)本音が隠れており、
”別の意味で実感の伴った言葉”となります。
(※同盟関係)

●更に現代、「おひとり様」時代、
ぶっちゃけ中途半端な友人は邪魔でしかありません(個人的専門性と関連性の無い対人関係は、出席したくない会議に呼ばれている時間と同じですから)。
少数精鋭じゃないですが、「気の合う仲間」のような言葉に代表される関係を前提とします。
(※言えば安全保障)
 ↑
しかし既に上記に予兆されているように、個人の自由MAXは”少数ならより少数の方が強い”となりますので、最強は”自分ひとり”であり、→『単独者』に繋がります。


<<友人といることを固有に楽しい事項は何かと考えたとき、>>
”ネタを盛り上げる”『興奮』獲得を利益とする関係になります、
(他者とワザワザ盛り上げる必要性の無い個人には最初から必要が無い→詩人のひとり旅じゃないけども)
典型例は「ヤクルトスワローズファンが、他人同士だけど肩を並べて応援する」って奴です
(ファンとしての方向性が近しいほうがより盛り上がりますね→友人であれば更に利得が増す)
 ↑
のような、固有の趣向性や期待値があれば、
これをインセンティブに(性的欲求で考えてみましょう)俄然強烈にアプローチもして、期待する快感をゲットしたいと思う。
 ↑
前述括弧の詩人じゃないですけど、必要無い人には必要が無いんです。
(動機が明白なら「放っておいてもあなたは友人をゲットするために俄然強烈にアプローチすること自体にも興奮し、今《エロ本目指して顔真っ赤にしてる中学生のように》現在まっしぐらに突撃中の筈なんです」→その目的として最強のものは”性的欲求”になる)

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posted by kagewari at 18:37 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月19日

リクエスト関連(ももちさん「気遣い」)

<いつもスイマセン、誤変換を後から一部修正でス、ちょっと追記もした>

ももちさん
>共同幻想のことを「マスゲーム」と言ったのが悪かったですね。皆様の仰るように友人や恋人と一緒に過ごしたり、遊んだりするのは純粋に楽しいと思ってるからですよね。私も友達や恋人と遊んだり、職場で戦力になりたいと思いながらも叶わない僻みから「マスゲーム」と無意識に揶揄しちゃったのかもしれませんね。不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。仲間と共に仕事したり、大切な友達や好きな人と一緒に過ごせるのが羨ましいです。どうしたらそうやってなれるのでしょうか?と言っても無理だから皆様の幸せを陰から祈ってます。

「ほら見ろ、”ももち”さんに気を遣わせてしまったじゃないか」
同一人物なのか知りませんが、
あこれこれ”落伍者だなんだ”言ってた人「これで満足ですか?」
(だとしたらはーたいした根性だわ)


■てか”ももち”さんね
私はフリーター時代にバイト長をやってましたが(一部権限は正社員より上位)、
私の部隊は「俗にいうコミュ障人材の集まり」みたいなもので(好んでスカウトした)、
まあ、いい意味で掃き溜めみたいな部分もあったが、
(シン・ゴジラなどでご想像いただきたい、あるいは「野村再生工場」)
社内の収益率・額は断トツのトップだったと言っておきますよ(2倍3倍のレベルでは無いトップ)
最後には私も不当なレッテルで事実上解雇される”落ち”もついているというね(笑
(ん〜就業時間も一切無視する《上に課長に向かって偉そうに意見する》バイトだったので、不当では無いとも言えるが、、)

それから、
(元”そういう部隊”の上司みたいなのやってた立場で言わせてもらえばだけど)
「戦力になるならないはお前が決めることじゃないから、調子に乗るな」
野村監督もよく言ったでしょ
リリーフピッチャーに「打たれたらそれは使った俺の責任だ」って、


●まったく、”ももち”さんのが何倍も大人じゃないですか、
(普通にいい人だろ?)
わかったかね誰だか知らない「落伍者ガー」な人
ブログ読者の大勢には十分以上にわかっていただけたかと思います。
やれやれだよ、ホントに、、



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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 06:00 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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