2023年03月02日

『単独者』の雑感「妙な流儀に”流れにまかせる”ってのもある(だから”流”儀言うのかな?)」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


ここのとこ割と続いているのだが、どういうことかっていうとさ
ヤフオクなんかで、出品者から「実は壊れてました代用品でいかがですか」みたいなことが連発してさ、(喫茶のウエイトレス聞き間違いを面白がる俺としては)「勿論それでOKです」みたいな事になるのだが(amazonの中古品も表示とスペックが違っていても”まあOK”とか)こういうのって連鎖反応のように荷物の受取日が他の予定と被ってしまったりなど、
この前も「宅急便がロストしました」とかにわかに信じ難い話もあってだな、
どうにもスムースにいってないなと思うのは事実なんだが、

どこかで「きっとそれでよかったんんだろう」とか思っていたりするのね。
(どうしても困るって事柄ではなかったところだからだと思うけどさ)
天気の話に似てると考えてるんだよね。
漁師さんにしてもさ、登山家にしても「天気には叶わない」ってあるじゃん。
あー何か”(ムスリムなら”アッラー”が)自然が”こうした方がいいよと言ってるのだろうみたいな、
「じたばたしてどうにかなるものがどこまであるのか?」ということなのかもしれないけども、
■「『反動形成』避けるが吉」みたいなんがあるからさ、
即効でサブカル・オルタナ式に逸らそうってのが癖になってるというのかな、(ベタに言えば一次欲求にあまり執着しない《諦めが早いのとはちと違う》)→ああ、そうそう「それは別の意味のメッセージなのではないか」と考えることで、もう次の展開を考えていると言えばいいか。

まあね、それで得することばかりでは無いがw
言うほど悪い気もしない。
(そういうとこにも心理学は使えますよってほどでもないけどさ)
「計算通りになった」←これが言うほど大事だろうかって、
”想定通りの快感代謝”は言っても日常だし、
賭け率込みの「思った通りになった」ってのは代謝獲得値も高いだろうと思うけれど、
「計算通り」はどうだろう。全てを計算できるワケでもなし、計算違いは自分のミスだし(計算が正しければ「そうなっていた」って事だろ?)→「間違いました、ありがとうございます」と考えることもできる。
※後から考えりゃ(俺のやることなので)リスクのある玄人志向みたいな選択ばかりだったりするので、「そういうこともある」←この起点から見れば「よくそこで収まった」のだ


■なので、流れにまかせるってか「運がよかった」と思うことにしている。
(個人的な格言「モノが壊れるといいことがある」ってのもそういうとこからきてるかな)

「風の向くまま気の向くまま」なんて、よく言うじゃないですかw
(同類表現:「運任せ風まかせ」、ブログテーマのひとつである「気まま」もそういう意味です)



posted by kagewari at 23:22 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月22日

『単独者』の雑感「ここんとこ近現代の哲学も調べているんだが(方向性はだいたい同じかな)」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


実は高校大学時代に「うーん哲学ではだいたいのところまでしかワカラン」と勝手に残念に思っていた時代があったもので(これが後に岸田心理学で全部繋がるのだが)、以降はあまり関心無かったのね。しかしありがたい時代でyoutubeなんかにまとめ要約動画あるからさ、「その後どうなったとか、あれはどういうことだったの?とか」唐突に面白くなってきたのさ(いつもの量子論とかの観てるとサイドバーにお勧めであがってくんのな)。そこで、今回のお話です。

●(いろいろ観た感じで)ひとつ残念なのは哲学の言語学系構造主義(実存主義を批判したことになってるけど《サルトル限定な》、言わんとしてるのは『共同幻想』構造のことなんだよね)、この分析は正しいんだけどさ、
『共同幻想』には大事な特徴があって、
適応するピラミッド型社会”頂点から下層こそが本体”なんだよね(群体としての存在だから)。
 ↓
■これさ過去にも何回も説明しているけど、『共同幻想』論で一番大事なところなんだわ
食うにも困る近代以前に、文字も読めない民衆を束ね(農耕でも戦争でもだが)社会を形成する上で、知見を持つ権力者乃至社会的権威が「とにかく俺の言うとおりにしたまへ」と(余計なこと考えたりせずそのまま適応したまへ)、「どうしてそうなのかとか知らなくてもいいから」(3.14の結論だけ知ってることは合理的だろ?)という話であって、「どうして社会の秩序がそう決まってるのか誰も知らなくてもいいから」という部分がその本質なんだよ。

だから中世などは教会権力が聖書を独占し(場合によっては民衆の識字率の低さを歓迎もした)
これに対抗するべきルターの宗教改革プロテストってのは、印刷技術の発達により『聖書』印刷して配るぞ、俺も読んで自分で考えるから(当時の判断は教会権力は勝手な解釈してネーか?という疑義)、なる”ネタバレ”に触れるとこから始まるのさ(学生が赤本入手するようなことだ)。
それが(ユグノー戦争など交えつつ)リベラル主義「フランス革命」に至るのであり、

哲学における構造主義者がさ、未開民族の数学的分析などから高度な知性を(彼らは別の角度から科学的知見を持っているなどという)などネタバレ的な理解から、
「ほうら社会はこういう権力構造というだな、、、」←いやいやそれ”再選択”するなら別だけど、「どうしてなのか”謎を解き明かした時点でネタバレ崩壊する”から」って話にあることね。
 ↑
てか構造主義の人も「そんなこと言って無い」っての本音だと思うんだわ、
(いつもの風物詩で、それを読んだ『共同幻想』適応者があられもない誤読してるだろって)


■これがさ、その後の構造主義とやらが(原始共産制みたいなんを解析したが)近代を説明できないとかになるんだが、「いやいや、、最初から何か違ってるぞ」と、、
※またフーコー辺りもだったかな?この構造論と権力の構造の理解の上で「軍隊を見よ」みたいなんでてくるんだけどさ、→どーして気が付かないかな、軍隊出てきたら戦争したらどっちが強いって話がそこの理解に及ばないといかんじゃん(子供の論議じゃないんだから)。

→続きを読む

posted by kagewari at 20:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月07日

『単独者』の雑感「”適応”系人格にはわからないかもしれないが、”自分の時間”が無いと死んでしまうんです」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


『単独者』には孤独の概念がそもそも成立しないと説明してきてますが(そもそも草食動物以外の哺乳類で普段単独行動では無いケースを探す方が難しいと思うんだが)、
●(ノーベルに意味があるかの論議はともかく)動物行動学者のローレンツが研究していた「攻撃衝動」の有名な話のひとつに「鳩の本能は攻撃されたら逃げることになってるので、本能にも攻撃するにも加減ってものがあるだろうという定義が無いため、自然界にはあり得ない”檻に閉じ込める環境に限って他の個体を殺害するケースがある”《それをローレンツは自然環境と本能の関連性で説いていて、人類の攻撃性の歯止めがたいして存在しないのは自然界的には、まさかサルが刃物や銃を発明すると思って無いからそれ抑制する本能の設定が無いとか展開してくんだけどさ》」
 ↑
この話をつら〜っと読んでいくと「なるほど自然界に無い環境にうんぬんかんぬん」な話になっていくと思うんだけどさ、今回の話のポイントはそこじゃないのだよ(笑
前述の観察記でローレンツは、一撃必殺の牙を持つ種は(同種間で殺し合っても何も得しないので)必ず降参のポーズが本能に規定され、そのポーズ取られると本能レベルで攻撃衝動が停止する(犬の喧嘩における倒れて腹を見せる降参ポーズの話)とかの方に着眼していくんだけど(人類には一劇必殺の爪も牙も無いので「即時攻撃停止」の本能が最初から無い)、
 「ちょっと待ってくれローレンツ先生」
その前に話があんだよ(心理学的には)
 ↓
何の話ってよ(これ有名な某学者のやったネズミの楽園絶滅実験にも被るんだが)
「食うに困らず、雨風しのげる平和な空間にいて鳩が猛烈に怒ってる理由は何だ?」
 チケーんだよ!!←これだよね、
懲役刑って刑罰があるのも、自由を奪われ閉鎖空間に監禁されることが動物にとって辛いストレスをどうしたって発生させるからだろ?(これさ実際の話不快『興奮』のがマシなのかもしれない)

なんのことかわからない人に、「些細な選択であっても干渉されることが耐え難いストレスとなるケース」の事例を出してみよう。
●たとえば、今将棋を指しているとするよ(まだまだ前哨戦でどってことない状況)
この時さ、後ろに誰かピッタリくっついてあーだこーだ指図とまで言わないが、指し手にグダグダ言ってるとするよ、→まー誰だって「ウルサイからお前どっか行け!」言うだろ?
ここで重要なのはさ、大事な場面だとかどうでもいい状況とか無関係だから、
自由な意思決定に干渉される状況が可能性として存在するだけで耐え難いストレスなワケ。

(しかも特に『単独者』の場合、しょもない日常の自由選択に十分な”快感代謝”があるので、何ができないとかじゃなくて”独りの自由時間が足りない”それ自体が高いレベルのストレスにもなる。)


※”適応者”の場合は「仲間認定した相手に限り例外となる(自分と同一人物設定だから)」
逆に「仲間認定できない相手が近くに存在すると同様のストレスが発生する《イジメ原因のひとつ》」
(赤の他人が苦手じゃない生物は自然界に存在しないと言ってもいい)
ネズミの楽園実験同様に、イジメってのは「閉鎖されたクラス運営」ってトンデモがなんといっても強烈な要因だから(強制的に仲間にする戦前までは有効だっかかもしれないが、「最低でも歩留まり以上」の個性化社会の場合、そういったクラス運営は100%破綻します《毎年イジメ認知件数過去最大とかなっとるからね→このまま続けてるとあっという間に100万件超すぜ》)。
●同時に”適応者”はひとりでは動機形成が捗らないので欲求不満になる(つまらない)←この”適応者”特有の現象を『孤独』と呼ぶ

■だから『単独者』の多くは(個人の特殊な趣味まで予測はできないので全員とは言わない)
「行列のできる店には決していきません、何故なら(店がどうこう以前に)”行列が耐えられないから”です」←勿論さ、緊急事態は別だぜ(災害など)自動的に『共同幻想』合理性が浮上するからだ。俺が言ってるのは、日常生活の話しよ(『単独者』に独身が多いのもそれが理由)。
『単独者』の店選び基準のひとつは「まず、空いているか」です。
自身のプライバシーエリア確保無しに、どうやって『単独者』の日常が成立するのかって話で(『自意識』解放している『単独者』の場合、常に自分の将棋を指し続けている状態に近い暮らしをしてるんです)、「独りの自由な時間が無いと、極端な話ストレスで死んでしまうんです」
(自我構造が全く違う”適応者”にはここが理解できない)
そういう日常を「孤独が好きなんですね」とか言われると、もう何を言ってるのかワカランのだよ。
※現代の「最低でも歩留まり以上」階層が、「ひとりのキャンプ」とかいうアウトドアを発明したのも同じ線上の話。

→続きを読む

posted by kagewari at 14:49 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月28日

しょっぱいブログ書きだけどさ、それでもいちおうライターだからw(いい感じのキーボード手に入れると上機嫌になるんだわ)

昔はメンブレンでも好きなのがあったのだが、カチカチ音の関係でたまに実家に帰省した時などわざわざ別室いかないと使えないとかがあったもので(最近は中国製の安いメカニカルもあるってんで)、一度チェリー軸の安いの買ったんだが、78キーだっけあのコンパクトでもノートPC使いには大きく感じちゃう上に、たいして使って無かったのに速攻壊れやがって、製造は同じ中国ながらドイツのメーカのものをヤフオクで爆安ゲットできたのね(これ専用スイッチなのかな)音も静か目の奴が手に入った。
カチカチでは無くカタカタいう奴、すこぶるいい感じで上機嫌です。

有料相談なんかだと、徹夜で1万文字超えるとか珍しくなかったりするので、使いやすいキーボードは必須なんだわさ(過去に右も左も一度腱鞘炎になった経験がある)。
(自宅アパートではカチカチ上等なので”IBMのモデルM”バックスプリング使ってるのが自慢です。)
若い人が器用にスマホでメールとか打ってるのを電車なんかで見るにつけ「よくできるものだと感心します」。

■そういえば、そんな若い人の超進化かって話になると、
先日「早口動画」の記事書いたじゃんよ、
思ったんだよね、『共同幻想』の崩壊によって多数の慣用句の意図する背景が共有されなくなってると思うのさ、「あーあーあーだから、あんなにラノベのタイトルは長いのか」と、
先日紹介の動画のようにどうしても早口になるのは、慣用句を避けてラノベの長いタイトルみたいな説明をマシンガンのように繋げないと現代の論議にならないんだと思う。
(※これは主として平成の”女子会”などの『共同幻想』崩れの話だけど、トンチキな短縮現代用語が流行ったりしたじゃないですか《その慣用句でも無い短縮横文字語の意味を共有していることで仲間感を得ようって『共同幻想』ゴッコなんだけどさ》←これももう現代では通用しないと思うわ)

●推測だけどさ(そんな調査してる言語学者いるのか知らないので)
『共同幻想』が崩壊するってことはさ(俺らの昭和末期には「普通普通って、その普通って何?」なんてそういう解体のハシリがあったが)、背景の概念を共有していない人にも具体的に説明しないといけない。
メタファーなんとかじゃないが「それはあたかの関ヶ原の決戦である」っつっても関ヶ原って何?だとさ(どこの地名ですか?とかよ《史実とは知っていても含意が共有されてないとか》)、話にならんのだ。
「日本の戦国時代を終える最後の戦い、秀吉無き後の大阪方(西軍)と徳川率いる東軍が雌雄を決する戦いを演じた、そんな”関ヶ原”の決戦のようなものだ」←こう説明しないといけないのさ(な?現代のラノベの長いタイトルみたいになるだろ《そしてこの説明を句読点無しの猛烈早口でしゃべらないといけない》←ここでは句読点使ってるけど、現代若い人的には「句読点無し改行無しダダダダダダっと書くべし」なんだと思うぜ)

※実は(篠原のニュース番組で知ったのだが)最近国会に上がる法案の名前もラノベのタイトルみたいになっているのだ。

だからもの書く生業してるとよ、どうしても日々文字数が増えていく、
(最近もじわ〜っと腱鞘炎リスクが出ていたので)
「気持ちよく打てるキーボードが無いと身体が壊れちゃうんです」ってな。



posted by kagewari at 00:26 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月28日

『単独者』の雑感「保守論を観念的に語るのは個人的に趣味ではない」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


保守を学ぶって表現もどうかと思う。
左翼がいるんだから右翼を否定派しないがいずれも『共同幻想』を頼りにしている時点で個として実存しておらず(この実存と個人主義を混同されても困る《サッカーにおける個の強さは”個人プレーのことでは無い”》)、何を言っても発言そのものに強さを感じないからだ(エキセントリックな行動の強さはあったとしてもだから何だってんだ)。

言論人の一部もここ誤解してると思うんだよね、
『単独者』論にしても、当時の言い出しっぺの間ではまだ仮説だったのだから(なんかよれてくサルトルやらニーチェやらアインランドやらが典型とか言われれば違うわけでさ)、それが情報化社会の中で市井の体現するところとなって「こういうもんかな」と見えてきたもので、サッカーにたとえるのが一番わかりいいかもしれない。個人プレーだ王様だ皇帝だなんて時代もあったのは事実だが、それは随分昔の話で、現代のサッカーに求められてる個の強さは高度な戦術理解の上での話しであり(そこが合理的保守性って話で理性がどうこうって話と違う《チーム戦術は個人が勝手に考えていいことでは無いからだ》)、スポーツと違って個人プレーに終始する言論界特有の錯覚では無いかと思う。

これはサッカーに限らず、プロ野球でも言えてることで、
『単独者』の登場は、サッカーより古い。
当然その概念を理解してのものでは無くてナチュボーンだから試行錯誤の中にあるが、代表例である野村監督ってのはその名のとおり、チームとしての戦術家であってだな、
監督単体の目立ちたがり屋では無い(んなワケが無いでしょ)、
落合などもそうだが、プロスポーツにおける『単独者』は部類の勉強家であり、DATA重視であることに共通点があり、そのいずれも現実を踏まえるってことで個人プレーの否定にある(高度な戦術理解があった上での個の決断があるという構造だ)。
 ↓
かといって、ナンチャラ野球部の伝統などという『共同幻想』に依存するのでは無く、そのスポーツを誰よりも好きであるってところを愛国心に置き換えれば、保守系『単独者』(確信犯的再選択者)であることがわかると思う。

■保守論を観念的に語るってのは、
内藤ギャオスに満塁で4級連続フォークボールを要求することを邪道であるかのような話になり兼ねず(常に野村が配給に根拠を求めるってのはそういう意味だよ)、一時期某野球人の間で野村野球がやれ汚いだ不正だみたいな言われ方をしたが、負け惜しみにしか聞こえなかった。
そういう発言を耳にした側は、「弱音であり負け犬の遠吠え」でしかないのであって、
保守論ってそこじゃないだろと思うワケだよ。
(少なくとも、野村ヤクルトと対峙していた当時の長嶋巨人はそんなことを言わなかった《ミスターには野村に対するリスペクトもありその強さの意味もわかっていたのだと思う》)

→続きを読む

posted by kagewari at 13:23 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月17日

『単独者』の雑感「『夢の又夢』であるとか、出来過ぎたVRは夢とどう違うのかなど」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


果たして夢に拡張性があるのか知らんけど、
(過去にも《人格シミュレーションやり過ぎと思われる》俺の異常な夢の件など《筋立てがキャリーオーバーされシリーズもので年を超えSeason6とかになってる始末だとか》あれこれ書いてきたが)
夢の中で夢を見て、夢の中で一度起きてから「まいったな続きをどうしたものかと考えてから」夢の中でもう一度寝て夢の続きに戻るってのを体験するに至った(もう一度寝て夢の続きに戻るってのは”割と可能な方だ”→それが夢の中でも可能になったというバカ話《第一次夢を現実だと取り違えていた》)。

思ったんだが、近未来に人格そのものでダイブするVRができた場合(本体は意識喪失するんだから)、戻ってきた時の感覚は「夢とどう違うのかね、、、」
そういうVRって、見る夢を自分で決めるなり操作できるだけだよね。
だったら俺は身体機能で割とそれに近いことが時々起きるんだが、、、(夢は選べないけどね)
【というか意識をダイブできるなら《本体殺して二度と戻らなければ》、不老不死の実現です】

■感覚的にはパラレルワールドなんだよね(続きものの夢って)
量子論ネタの動画なんか観ていて、「割とあるかもね」と思えるっての体験的な話も合ってなのかも知れない。二重スリット実験話で観測することで量子の振る舞いが変わる件が過去にも遡及する実験の話を聞いた時、シュレディンガーの猫における重なり合い(量子論の重ね合わせの中波動関数の中で揺らいでいるって奴)ってのが現実の可能性だけでは無く、過去未来の可能性も重なってることになるじゃんと思ったのだが、


そのSFみたいな近未来で自我そのものをVRにダイブできるのだとしたら、
帰ってきた時の体感が単なる夢と同じなら、そら帰ってこない選択を考える奴も出てくるだろう。
(てか、それ以前に不老不死の選択があるワケで)
なんていうの?誰でも体験あると思うんだよ、
偶然いい夢見た後で現実世界に目か覚めた時のガッカリ感、
特に北海道など寒冷地の人間には、寒い冬にうっかり起きると暖かい寝床に寝ていたいという強い欲求体験があったりする。
「この場合、どちらが現実なんだ?」
「はたまた《肉体も意識をダイブさせる生体マシンってことだよな》どっちが本物なのか?」

●「シミュレーション仮説」ってのがある以上、
VR技術の革新ってのはもうその段階でヤバいものであって、
これを随分な妄想話と思う人いるかもだが、
RCサクセションの清志郎の”あの歌”思い出して欲しい
「昼間のパパは少し違う」
清水建設 企業CM 忌野清志郎 1990
https://youtu.be/qMxWCEMTYGk


「専用のスーツを着てVR会社空間にダイブする」←と、考えることできないか?

→続きを読む

posted by kagewari at 17:24 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月07日

『単独者』の雑感「ネトウヨ論(本稿は住まいの方にちょっと書いたんだけどね)」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


「最低でも歩留まり」適応って考えた時にさ、
(仮想普遍的『共同幻想』に国籍とか言語とか貨幣とかあるでしょ)
社会性や公共性をどう考えるのかって、
人の考えることには限界あるワケで(どうでもいいマクロなことほど確率が収束する)
ガッツリ『単独者』になってから再選択保守になるのではなくて、
「最低でも歩留まり」適応の領域の中で、その公共性のところを(実は偽装適応の一貫なんだけれど)”保守系再選択者”のアイデアをパクるってことが起きます。
だって、表向き保守系アイデアってのは公共性そのままだし、それを導入しておけば十分に”適応感”も出ます。
 ↑
私は、これが「ネトウヨ」なんだと思うのね。
その概念が全部わかっているのではないけれど、「だいたいそういうことか」と理解している。
うんで、旧『共同幻想』社会性(全体主義だよね)との軋轢の中で、この不快感が左翼陰謀論に投射され、アンチ『共同幻想』が反左翼的に醸成されているって感じかな。
(だから時に、ド右翼な概念に自己陶酔しちゃう場合も無いじゃないけれど、右翼では無いよ。《各人個人の領域(話せる部分)は十分以上に持ってますから》)

ある意味「最低でも歩留まり」世代の台頭が、ネトウヨの本質で、
端的に言えばさ、現代常識人の多数派ですよ(安倍政権の8年)。

それをネトウヨなんて蔑称つけて怖れているのは、旧『共同幻想』系のエスタブリッシュメント達であり(知識人や左翼アカデミズムや大手メディアなど)自分達のよって立つ『共同幻想』権威が壊れるのが不安なので、「ネトウヨー」とか絶叫してるんです(アベガーも同じ)。

■『単独者』にしたってさ、母国語言語話しているし(笑
俺は無国籍だーなんて(それじゃアナーキストだ)言いませんし、
フリーJAZZのジレンマ同様に、ランダムやカオス化することが個性だなんて思いませんて、
『即興演奏』はその即興性に意味があるんであって、ぶっちゃけ演奏の中身はどうだっていんです。
「どうでもいいマクロなことほど確率が収束する」のは『単独者』も同じ。
違いは、だいたいの理解で導入適応するのではなくて、『単独者』は突っ込んでどういうことか考えつくすってことでさ(でないと自分の考えがまとまらない)、
違うっちゃ違うけど、たいした違いでは無いと言えばたいした違いでは無いのかもしれない。
(案外そんな風に社会の『単独者』化《個性化》は進むのかもね)


※参考記事『住まいの心理学』
よくいう欧米の”分断”の本質(どうしたって心理学になりますが)
https://kagewari-retour.seesaa.net/article/493197773.html


posted by kagewari at 17:15 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月13日

『単独者』の雑感「女子スポーツ界にあるに違いない性差別ハラスメント」(憶測と暴論)

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


(以降の文章で登場する「カワイイ」とか「美人さん」というのは個別具体の事では無く、印象や当事者の演出意図という理解でお願いしますね《俺が外見差別しているなど言われちゃかなわない》)
『単独者』の雑感なので「暴論上等でまいります」
【この話はフィクションであり事実とことなる表現があります】
(※最初に謝っておきます「事実と異なる部分に対し大変申し訳ありませんでした」)
 ↓
●みなさん不思議に思ったことありませんか?
「卓球女子日本代表や、水泳女子や、女子陸上、カーリングや、勿論体操競技など個人ベースのものはカワイイ選手や美人さん見かけますね《レスリングの一部もかな:とりわけプロレスは興行的にそうでしょ》」
 ↓
サッカー女子日本代表ナデシコJAPANはどうしてあーなのかって話だよ
表沙汰にはなってネーけどさ、絶対あると思うんだよ。
先輩の持ち物チェックでさ「おま、メイク道具とか持ってきてんじゅねーよ没収!」
「髪を伸ばすとか10年早エーんだよ、レギュラーでエースストライカーになって初めて許されることじゃん」「「新入生?まずおまえらなスポーツ部にお洒落とかいらないから(そんな暇あったら練習しろし)明日床屋で”小学生男子カット”な。それ出来ない奴は退部届もってこい」
 ↑
こういう世界でもなけりゃあーはならなんだろ、、

すべからく、
スポーツ好きなカワイイとか美人さんは全員が「卓球か水泳じゃないと無理だよね」となり、

■全く報道もされないので、この辺の体育会慣習はタブーになってんじゃないかと思う
事の始まりは男子野球部の丸坊主だと思うけど、
これも完全な軍隊の模倣であって、スポーツとしての根拠がまるで皆無である。
(え?走るから?あのさ陸上部の長距離走が科学的に丸坊主とかネーし、最もスタミナがあると思われる水泳において水泳帽の下が丸坊主ってどこの世界で一般的になってるよ、、)
所謂近代のナンチャッテ軍国主義『共同幻想』コスプレの名残だよね。

男子競技でも「そろそろいい加減に」って話があるのにさ、
表沙汰になってないだけで、女子スポーツにおいてリンチまがいのバリカンで小学生男子ヘアとかの慣習がもし残っているのだとしたら(或いはジェンダーがなんやら以外は即退部とかさ)、スポーツの自由に対する人権侵害じゃん。
こういう話をさ、どうして誰も言わないんだ?

『単独者』の雑感につき「大暴論でした」
(あーそれから俺は女性が「カワイイだとか美人さん」などの印象や演出を行うことが普通だとかそういう意見はもっておりません、そういう選択の自由が保証されてますかって話をしとんのです。)
【この話はフィクションであり事実とことなる表現があります】
(※最後にも謝っておきます「事実と異なる部分に対し大変申し訳ありませんでした」)



posted by kagewari at 16:56 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月10日

『単独者』の雑感「TV病とか新聞病(不幸な話が大事なトピックと錯覚する同調圧力洗脳)」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


「メディアのフェイクニュースやデマに煽られる心理」と同じちゃ〜同じなんだけどさ、
(サラリーマンの残業徹夜自慢や病気自慢にも通じるものがある)
なかなか面白い話なので、ちょいと進めさせてくれ。

●鍵は「エピソードフラグ」です
個人的な関心事項であれば、専門性の高さ(いわばマニアック)こそが重要事項になりますが、不特定多数の関係性における”共有情報におけるエピソードフラグ”はどうなります?
個別専門性が使えないとするならば、エキセントリックな事項ですよね。
 ↓
だからブレイキングニュースのトップは「殺人事件や災害や政変や戦争」なんです。
(最大公約数でもエピソードフラグが発生するから)

意味わからないですかね?
「音楽ファンならBABYMETALの復元が99%だってよ、聴いた?」
バリバリにエピソードフラグ立った話になりますね。
しかし、これを会社の同僚相手に素で言ったらどうなります?
「何それ」って(笑

■つまり適応者の世界では(社交性)話のテーマ設定として
TVのワイドショーや新聞の三面記事に出てくるような話こそ、社会的重要事項(エピソードフラグが立っている)と思っちゃいます。というか実際そうなる、
(※TVのニュースで「今年はなんとか地方の果物が豊作です」とか「今日の大漁はなんとか漁協です」などの報道を聞いたことありますか?)
うんでだ、
TVや新聞を情報源に20年30年40年と暮すとだね、
人と話す時の「掴みのネタ」が全て「事件の話や不幸の話や病気の話や芸能人の不倫」とかになっちまう。←【単純な野次馬なんとかとは微妙に違うことがポイント】
 ↑
「いやー俺も悪だね、災害報道が楽しみで仕方がない」みたいにうそぶいてるなら”いんです”(いんですって何がいいのか知らないが:ドスグロ欲求論的にOK)、
本気で人に伝えるに足る大事な社会的事項は「事件の話や不幸の話や病気の話や芸能人の不倫」と思い込んでしまうことは問題だろと(これさほとんどTVや新聞の情報工作で洗脳されているに近い)、

するとどうなるって
(「最低でも歩留まり以上」なら個人的関心事項が重要事項なので心配は無いが)
”適応系”や”強迫系”の場合、
個人的な時間の関心事項もそっち(事件の話や不幸の話や病気の話や芸能人の不倫)に流れていってしまう、「不幸を煽るネタにやたらレスポンスする方向性」だぜ?

→続きを読む

posted by kagewari at 15:38 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月30日

『単独者』の雑感「LGBT周辺で語られる話への素朴な疑問」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


これ心理学的見解で書くべきなのかもしれないが、
この辺の論議はあまり盛んではないというか(フロイトもこれという言及無いと思う)
勝手なこと言って誤解を招いてもいけないので、雑感の方で書くことにした。
実は、何年か前にも一度触れてるんだよね、
今回は米国で問題となってるWoke的リベラル世論への批判的部分もあるかな、

ギリシャ時代しかり、日本の戦国時代しかり(古くはインドの神話にも及ぶ)、
近代以前には「バイセクシャルが日常」な時代がありました。
文化人類学的には(紫式部じゃないけれど)日本の近代以前は殊更の女性差別は無かったと言う意見もある。
これが顕著となるのは、明治維新以降の軍国主義下の日本だよね(男女席を同じくせずとかなんとかの登場)、その軍国主義の中で産めよ増やせよで家族主義的な『共同幻想』が後からデッチ上げられた側面もある。
殊更に明治維新を批判するつもりもないが(スーツ着てちょんまげもオカシイだろ)、
現代の左翼リベラルの「LGBTガー」って矛先も”近代世界に目立った家族封建主義的な一面”ばかりに敵対していないだろうか?って話(ここで三島の話を出すと右派の方がア”−とかなりそうなのでやめておく)。

そもそもが「バイセクシャルが公然となっていた時代があったんだからさ」
(しかも一時期とかいうレベルでは無く、古代を含めるとかなりの長期間と思われる)
 ↑
●勘のいい人は気が付いていると思うんだわ
やれジェンダーガーってさ、「実は私は女です!」とか、、、やけにLGBTの論議も性別に拘るよね?あれれ?なんかその着想は近代前後の家族封建主義のデッチ上げを前提とした論議になってないか?(近代のやたらと男らしく、女らしくを前提にした上での→「やっぱり私は男です!」とか)。
※ここは保守派も一部勘違いしてると思うんだわ
 ↓
戸籍上の性別に拘るなんて「完璧に保守派の論理」だよね(リベラル派なら”戸籍など無意味だ”とか言いそうなところなのに)、←そら保守派も勘違いするよ、LGBT運動の周辺は”保守系マチズモ《男性誇示》”や”保守系「私は女性ですから女らしくする権利が」”な話がてんこ盛りでさ、「戸籍は大事です、私は男の中の男です」とか、論法の根拠が右翼的保守なんだよな、、、
(たぶん、だから余計に保守系が”伝統保守”を破壊するのかってレスポンスしちゃうのさ)

→続きを読む

posted by kagewari at 22:52 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月26日

自分で組み立ててる話が無意識によれる(考えが散漫になる時は上位概念ガー)

こんなこと書くとヤクルト梅野投手に怒られそうですが、
8月25日の広島戦で、彼は延長負け投手になります。
この時、ほとんど私は展開が予想できました。
梅野投手は時々ニヤケ顔になるので誤解も多いと思うんですが、一生懸命投げていないのではありませんよ。しかし軽率としか思えない投球も多い選手でもあります(特にカウント取る時)、

少しこの時の配給を説明すると、
(いつもの結果オーライの併殺打の後、ツーダウンから)
打率の低い広島下位打線に対して
初球のチェンジアップが内角に外れてボール
【中村捕手の思惑は簡単です、直球待ちの多い選手なのでタイミングを外して楽に初球ストライクを取りたかった】→ところがなんとはなしにボールを投げ、
(私はこの瞬間、あーヒット打たれると思いました《この日の直球は”いつものように”高めに浮いていたからです》)
カウント取りに行った直球(甘め真ん中付近)でヒット
【中村捕手的には、まったく意味がわかりませんよねww】
そして代打の切り札、ベテラン松山選手へ力勝負の直球がまた高めに浮いて2ベースで1点
(これで負けました)
動画を観ていないので(一球速報で観ていた)、中村捕手の構えがどこだったかわからないのですが、ストライクである必要の無い1球目であったのかなと思います。
 ↑
どうしてこういうことになってしまうのか、
(梅野選手ゴメンなさいね)「だってバカみたいでしょ」

●高い集中力で、2ダウン後の初球チェンジアップで確実にカウント稼いでいれば、この回得点を取られることもなかったでしょう。←注意するとするならココだけです。
(或いはボールとなっても、意識付けとして次の直球で安易にストライクを取りにいかない筈です。)

思うに梅野投手は「初球チェンジアップ外れたので、二球目も変化球かもしれないと思って見逃すかもしれない」ぐらいの感覚だったのでは無いでしょうか。
【それはあり得ないのです】
(絶対ではありませんが、球界には緩い変化球を続けるなのセオリーがある)
むしろ広島の選手は「カウント取りたかったチェンジアップがボールになったのだから、次はストライク欲しさに直球が甘めにくる」と、普通に考えていただけです。
 ↑
どうでしょう、この時グランドにいた選手全員がそう思っていたかもしれません。
(梅野投手以外は)

■非常に伸びのいいストレートを持っていて、先発でも期待もある梅野投手が、
どうして伸び悩んでいるのかって、
「ほぼほぼ考え方」だと思います。
この時、梅野投手が何故トンチンカンな都合のいい発想に至ったのかと言えば、
「ちゃっちゃと、早くこの回を終わらせたかったから」に他なりません。
投球テンポの話しでは無くて、
初球チェンジアップがボールになった瞬間、(そのミスの意味は)次の直球でファールを取れなかった場合、2ボールになることを覚悟せにゃいかんのです。
※力的には、全力で対処すれば梅野投手はこのバッターに打たれることはありません
 ↑
つまり、2ボールからの組み立て考えるのが嫌だったんですよ、
(てかそうなるといつもの梅野投手は四球を出してしまうことが多く)
凄くめんどくさいことに思えたのでしょう。
結果が「二球目も変化球かもしれないと思って見逃すかもしれない」←と【思うことにした】のだと思います。

→続きを読む

posted by kagewari at 02:35 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月06日

『単独者』の雑感「自我の謎、それは言葉なのだろうか」(2)

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


■今回の話は極めて実験的なもので書いてて当人もあまり自信がありません
試論というか、現段階での論考的なものだとご理解ください
(それが心理学的何かであるのかも”わかりません”)

前回の続き
■子供が時々やる「空想上の友人と語る」ってありますよね
それを語るだけでも”快感代謝”の一部は達成されるからです
(※たとえば、”いい友人”とは言いたいことがほとんど《相手が特別配慮することもなく》スムーズに言える相手であり、同時に”言う事のアイデア”を調子よく提供してくれる人物ですね)
 ↑
一時、局アナや女子アナなどと言われる人達が人気だった時代がありました
それは(当時)ブラウン管を通じて毎日語りかけてくれる人だったからでしょう
(※構造的に”いい友人”の錯誤行為が起きる。youtuberもその係累でしょう)

「いやいや、俺は食道楽で、、」言う人もそりゃいるでしょうけど、
”無言のパーティー”とか、「禅寺の修行ですか」言われますよそりゃ。
『単独者』の食道楽が自宅で舌鼓って、そこに至るまでの過程で脳内でどれだけ語っているのかって評論家ができるぐらいなんだから、、、

Charles Mingusが同じように思っていたか知りませんが(笑
日本語訳アルバムタイトル『直立猿人』(売ってなければ今でもアナログレコード持ってる)
ピテカントロクス・エレクトス(Pithecanthropus Erectus)
(俺が調子こいて【人類ヒト科】言ってるのも似たようなもんです)
"Pithecanthropus Erectus" by Charles Mingus(1956年)
https://youtu.be/p0H2G_W-O0I


聴けばCharles Mingusやろうとしてることわかるよね?ww

■さて、問題です→高倉の明言は?「不器用(無口)ですから」
高倉より無口なのは?→「猫(あーみえて結構話すけどね)」
CMにおける高倉のあのセリフの意図は?→「ストイック(禁欲的)に見えるから」
(当時のカッコいい男のイメージは「ストイックでタフ」だったのです:おしゃべりな奴は「口ばっかり」言われ軽蔑されていた)

→続きを読む

posted by kagewari at 01:21 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




comments他

・コメント欄は『公開掲示板』同様に原則削除禁止です
(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

・SPAM対策として一部キャリアからの投稿がIP規制の対象となってます
(同規制キャリアから登録抜けによる投稿がある場合、投稿は自動削除されると同時に規制IPに追加登録されます)



現在コメント欄閉鎖中 (2014.7.26〜)



LINK
タグクラウド