2021年08月03日

『単独者』の雑感「夢と現実の境界(ちょっと珍しいことが起きたので)」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


俺の夢機能がトンデモだって話は過去にも書いてますが(笑
(シミュレーション領域がデカ過ぎて夢の空間に”数年に渡る連続性”のある異世界が展開してしまう)
また面白いことが起きました、
過労続きで途切れない睡魔状態が背景にあったのだろうと思いますが、
さあ、どんなマヌケな事がおきたのかと言いますと、
 ↓
「夢世界の俺が、現実世界の俺を使い情報を夢世界に持ち帰る」というバカ事件ですw

ネタはこんな感じ
大谷君出場のMLB動画を定期的に観るようになり、これほとんどの視聴者が似たようなことなっているらしいのですが、大谷君の前を打つ1番バッターのセカンド・フレッチャーのファンになってしまうという現象。
で、セカンドのフレッチャーがどんな選手かと言えば、
フライボール革命などで打ち上げる強打者ばかりのMLBにおいて異例の「上から叩く単打打法」の持ち主で、日本古来の打撃指導の鏡みたいな打者なんですよ。
そこで、僕は夢の中でこのフレッチャーをどんな打者だか説明しようとしておりまして、
「日本で言えば、セカンド土橋、セカンド高須でしょう」と、
(得点圏打率など無類の強さを誇るクラッチヒッター)
フレッチャーの場合は1番なので、大谷・トラウトなどホームランバッターの前に常に出塁することがある意味彼の勝負強さとなります(或いは意地でも大谷まで打順を回す強さ)。

で、夢の中で「そういえば楽天の高須はどうしうたの?」
(田中マー君亡き後ほとんど日本のプロ野球への関心失っておりまして、且つ夢の中の俺はどうやら数年前の世界にいるようで、、、)
で、夢の中でググるのですが、なんせ雲をつかむような夢の世界ですガッツリ調べられないのですよ、
「とっとっと調べろよ何やってんの」ということで、どうなったのか?
 ↓
●覚醒し、起きて枕元のPCで高須のその後を検索
「あー引退してこうなったんだ」
 ↓
夢の世界に情報を持ち帰る
<再開>
「そうか引退したのね、しかも感染症の影響でTV解説の仕事飛ぶとか大丈夫か高須殿下」
えーとですね、夢の世界の俺に、現実世界の俺が使われるという(笑
(俺の主体はどっちだ?)

後で完全に目が覚めてから「いやいや何をやってんだろ」と
ブラウザ見て、検索残っているかと思いきや、
ご丁寧にタブ閉じてました。

オイラは自我の主体性は(或いは『自意識』論として)記憶の回路に依存しているのだろうか?というテーマを延々考えてきてもいるんだけど、
「やっぱ違う気がするんだよね」記憶が自我を造っている主体だと思えない。
(マシンにしてもさ、DドライブのDATAが主体とかあり得ないじゃん)
自我OSの基幹となっているものはどこにあって何なのか?
(或いはどういう論理構成になっているのか)
自分の夢ネタのトンデモなどを振り返り考えるのであった。
※ちなみに現在の見解は「自我の主体は記憶では無く”概念じゃないか”論に寄ってる」


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posted by kagewari at 06:18 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月27日

『単独者』の雑感「与太話としての『単独者』論」

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(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


■実存主義哲学の用語である『単独者』であるとか「反抗的に生きる」などの概念を、心理学の社会進化論的な説明にパクってるだけなんで(そこは岸田教授の『共同幻想』論の真似事)、マジ哲学やっている人の突っ込みは勘弁していただきたい(笑
「そんなアイデアの方向性になるよね」程度の意味合いで便利な言葉として使ってる。
どちらか言うと「面白い概念だね」ってのが先で「実存主義哲学なんだね」はメインでは無いのね。
この点哲学の人がどう思っているのかわからないけど、いうほど趣旨は外れていないと思う。

さて、実存と言えば「real existence」
(BAND-MAIDの楽曲のことじゃないぞ)
existenceの語彙的には、現実、実在ってことで実存(real existence)ってのは「実際にに存在する」てなとこの訳なんかなと思う。
で、existenceの語源はexceptやexitなどの(ex:外へ)と、
sist立つ(立つことを表すラテン語sistere)なので、
real existenceを意訳すると、個別に全体の構造の外へ立っている(存在している)みたいなことかなと、故にexistentialism哲学(実存主義哲学)の概念に『単独者』が登場するのは「はいはいそういうことね」って話

(俺は単独者の概念を説明する時に、メインフレームの大型汎用システムやイントラネットとの対比で、スタンドアローンな端末を想定するような《スタンドアローンな場合本来はネット接続もしないんだけどさ》インターネット社会《都度必要に応じて自主的判断で接続する的な》イメージで考えている:←これはまさに”外側に自立的に存在している”だよね。)


■話を『共同幻想』論に戻せばさ、
そもそもが、コミュニケーションってのが「合意形成」のことだろ、
(コミュニケが共同声明だから)
一般的にはコミュニケーションを意思疎通のことだと思っている人いると思うんだけど
英語訳そのままなら通信って意味になってるけどさ、
(commonなどと同じ由来の共有とか公共とかが語源だから、→commonセンスが常識で、commonローなら慣習法だろ)

だから、本質的意味は合意形成であってると思う。
意思疎通ならさ、「通り抜ける」意味を持つ、negotiation(交渉)のが近いと思う。

そこで、俺は別の意味でも「コミュニケーション障害」なる言葉を”オカシイ”と思ってるのさ
だって、意訳的な語源的な意味におけるコミュニケーションってのはさ、
『共同幻想』論における「だよね、そうだよね」の事なんだわさ。
『共同幻想』崩壊社会において、多数派が非適応個性派「最低でも歩留まり」な社会変遷にあるなかでさ、『共同幻想』を構成しない人を病気扱いしていたらトンデモだろ?
(中国で言えば、「共産党支持できない奴は人にあらず的全体主義」と変わらん発想だ)
 ↑
commonってことなら『共同幻想』主義の反動カルト最強系が「communism(共産主義)」なんだもの、巷で言うところのコミュニケーションスキルの高い人ってのは「有能な共産党員のことですか?」って、まあこれは冗談だけど。←本来のcommonが意図したものは保守伝統共同体集落をさしているんだろうから。
(冗談では無い話となれば、中国で起きた文化大革命ってのは「最低でも歩留まり以上」な階層を”左翼全体主義に仇名す『単独者』予備軍”として、皆殺しにしたんだからさ。)

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posted by kagewari at 15:21 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月26日

あまり真面目に読まないで欲しいのだが(DEATHについて)

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何かを勘違いしてフラグになる人いても困るので表題は横文字にしたのだが、
自分で言うのもなんだが”それ”をあまり怖いことだとは思っていない。
(楽しみと言うのは不謹慎だし語弊もあると思うけれど、自我ってものが果たして脳のニューロン回路上だけに展開しているものなのかって考える上での貴重な情報が得られるのではないかと、少し思ったりする。←オカルト上の興味ではありませんから誤解のないように、)
 ↑
生を軽視しているのではないので誤解しないでくれたまへ(むしろその逆です)
●DEATHがあーだこーだって話に現在進行形の実存は影響を受けない(棄損されない)という趣旨の話になります。


■過去の自分は消滅したと言えるのだろうか?
(現在の自分は間違っても当時の自分とは違うのだが、あの時の自分はどこにいったのだろう)
寿命でも事故でもNK国やC国の核兵器でもいんだが、
それで終わりって時に、過去の自分と違いがあるとするなら
「それは、これで消えてなくなるんだぜって自覚があるか無いかの差だけじゃないか?」
これは他者の話でもそうで、
 ↓
思い入れのある映画や小説やラノベでもアニメでも漫画でもいいけど
「あーこんな時、フィリップマーロウはどう考えるんだ?(ロッキーはどう戦う?、シーモアグラースは?伊達邦彦は?)」←おいおい実在の人物ですら無いぞ、
或いは、強く影響受けた人物が既に亡くなったことを後から知ったとする、
「今どうしているのかわからない状態と、既に亡くなっていたことにどんな違いがある?」
(だからこそ、「それは映画の登場人物だけど」って話が通用するワケで)


●自分の存在も同じだろと思うんだよね、
数年後に自分が亡くなっているかもしれないことと、数年後の自分が何をしているのかわかりっこないことに大きな違いがあるのだろうかって、
なんだかんだとバカみたいなことを考えているのは自分に違いないのだが、
それと亡くなる可能性に言うほどの関連性を感じないんだわ。
だって考えても仕方の無いことだろ、
(たとえばさ、今ナントカってUSB-DACを購入しようと悪戦苦闘しているときに、「お前10年後はもっといいDACが出てるだろ」とか言われても←絶妙にリアリズムから乖離してるよね?)




posted by kagewari at 16:43 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月25日

あくまでも推論ですよ「多重人格に対する私見」(カテゴリもこっちにしておきました)

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そもそも「この事例こそ多重人格の実例」というものがあるのか?←自体が疑わしいと思ってます
■映画などでそれ系の話がお好きな方はがっかりするかもしれませんが、
これね、OSで言えば「同じマシンだけどユーザ違う」ってことなワケです。
違っても?管理者権限は同じでしょ《終わり》

実際の話、仮の話だけど
複数ユーザをマシンで使い分けていた場合、
いちいちフォルダ構成の詳細まで覚えてられないでしょ。
だから複数人格で記憶がどうこうって現象は特別なものでは無いし、役者さんなどにおける「このお芝居のこの役はこういう設定」的に、演じている時にはスラスラ思い出せても別役の時には(そちらに感情移入しているので)記憶を共有するとか無いって話は普通にあり得ることだから。
一般的な『共同幻想』系人格であっても
「職場のパパはちょっと違う」←みたいに複数人格を使い分けるのはむしろ一般的だ。

なので、
複数人格の切り替えが(『自意識』リードでは無く)何らかの外的フラグをトリガーにして強迫的に切り替わる場合、その筋で知られている多重人格的な様相になりゃせんかと、
あくまで個人的意見だが、俺はそう考えている。
●更に言えば、
なんて言えばいいのかな、クルクル人格が変わって話が通じないみたいな不都合があるだろうかって部分においても、いろんな形態模写をやっても物まねタレントさんの実存は同じでしょ。
だから、根本的に人格が違うことはあり得ない。

(人格の構造と言うか”そういう概念の理解”が無いと、その人物になりきることもできない)
なので、別人を名乗ってみたり、クルクル人格が変わる様とかを「何とも思わない」ってのが一番無難な対応になるのではないかと思う。
無理に同一人物扱いすることも無いと思うけど、相手がクルクル変わっても心理学的な見解は変化すること無いから、【極論だけど】→「何も困らない筈」なんだよ。

更に言えば人格をクルクル回しても殊更得になったり、自我防衛上有利なことも無いと思う。
(関連で何か面白いことがあるとするなら、複数人格のひとりが「完全に強迫心理から離脱している『単独者』だったら」←こういう状況は相当のものかもしれないが、想定する上で”いかにもマトモなことを言う人格が登場するとするなら『共同幻想』適応系一般人的人格”が模倣されるだろう。)




posted by kagewari at 13:07 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月27日

『単独者』の雑感「心底どうでもいい話”polymer cartridge”米軍正式採用か」

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ポリマーカートリッジって言えば「プラスチックの薬莢です」
時期米軍自動小銃コンペにおいて採用が噂されている6.8mm弾の”polymer cartridge”
ハイ、このようなものです
True Velocity Ammo: 6.8 TVCM Composite-Cased Ammo
https://youtu.be/UvjbeSum2nU


特徴は現在の真鍮薬莢に比べ25%軽量であること、
どうしてそうなるのか未だにピンとこないのですが、
(熱伝導の関係だと思います)
使用後の薬莢自体も熱くならず、銃の温度上昇を抑えてくれることです。
(フルオートでの使用も多くなる軍用の場合これは凄くデカイ意味を持ちます)

勿論大量生産に至っていませんから、現在は大変高価らしいのですが、
この商品が一般化するかと言うと、まだなんともですね。
米国人のガンマニア達は通常ファクトリーロードを撃ちません。
値段が高いってことだけでなく、銃が痛まないようにパウダー少なめの弱装弾を自分でリロードして撃つものなんです。
(シューティングレンジで、新品の箱開けて装弾する人が決して多数派でも無い。←廉価な22LRとかは別ですけど、)
でね、このプラスチックカートリッジって、簡単にリロードできるんだろうか?と、
(再利用は可能と聞きますが、どういう工程の再利用の事なのか不明)

ま、そんなことはともかく(笑
軍用という意味でもコンシューマー用でも携行重量は少しでも軽い方が負担も少なく、
なんといってもこれまで以上の弾数を持てます。
更に(M16系のような手元の振動が気になる)軽量自動小銃の場合、排莢による慣性の影響もバカにならなかったと思うんです。
これひょっとして「リコイルも軽くなるのかな」ってとこが最大の関心事項ですね。

●前述括弧の「22LRは例外」ってどういう意味かって、
リロードするとかぶっちゃけめんどくさいじゃないですか、
特にオートなんてパウダー減らし過ぎるとジャムするし、
だものだからプリンカーは(気軽に射撃を楽しむ人)、22口径買ってパンパン撃つとかあるんです。
妙な大口径で自慢げとか、案外軽蔑されており(何をカッコつけてんだみたいに)、
しかも44Mgなんて音が半端ないからイヤーマフしてるレンジ内でも近所迷惑なんです(笑
(どんな感じって、近所にカミナリ落ちた時にそっくり)

そしてプラスチックカートリッジ、、、
合わせ技で考えると、「ますます日本の玩具であるエアーソフトガンに近づいてる」
(パカパカ撃つのが楽ってなら、22LRよりBB弾だろ)
事実、確か米国では日本のエアーソフトガンは銃砲店で販売しており、
感覚実銃みたいなものなんですよね。
軍が演習時に使用することもあるみたいで、
(だってパワーに差があるだけで、弾打てるなら銃には違いが無い)

法的縛りがあるから、限界の中で苦労を重ね辿り着いた技術ですが、
だからこそガンコントロールの中でも入手できる(誰も殺さぬ)銃となったのであり、
日本文化らしい”オカシナ商品”なのだと思います。
この制限の中で(使用する素材の強度に制限がある)”異様に玩具のリアリズムに拘る”って、勿論世界に日本人だけで(海外から見ればド・変態)、
あまり知られていませんが、日本のモデルガンやエアーソフトガンはとっても優れもので、
「やっぱサブカル大国だわ」としみじみ思うのだった。





posted by kagewari at 16:29 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月26日

『単独者』の雑感「どこにでもいる『BAND-MAID』ファンの雑文です」

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(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


俺はJAZZ語るにしても言うほど詳しいということはなく(せいぜいが17年間毎日のようにJAZZ喫茶に通ったことがある程度)あくまでファンの1意見ってことだけど、
JAZZの醍醐味はインプロバイゼーション(ソロパート即興演奏)にあると同時に、
その意外性はテーマパート(ロックで言えばメインリフ)にいかに戻れるのか(着陸できるのか)でもある。「着陸できずにどこまーでもコードを外れていくならバカでもできる」っつか、それは終わりの無いフリーJAZZパートが始まっただけになってしまいます。
※決して嫌いでは無いが界隈で相当有名どころのJAZZピアニストに対して「戻らなかったら凄いと言えないじゃん(=ソロパートから別のフリーJAZZ曲が始まっただけになってしまう)」と思うこともある。

でだ、
ロック界隈と言えば、日本の転調を繰り返すポップスを”プログレだ”と気にいって日本に移住してしまった「元メガデスのギタリスト、マーティ・フリードマン氏がいるが」、
ざっとポップス、ロックの楽曲構造は
「イントロ、Aメロ(1番)、Bメロ(2番)、Cメロ(サビや間奏乃至3番)、Dメロ(3番乃至大サビ)」
 ↑
だと思うけど、フルコーラス聴いてさ典型的に(あー手抜きだねと)ガッカリするのが、
Cパートで伴奏コードがそのままカラオケみたいに流れボーカル部分をギターなり主力楽器で演奏しただけって奴、
(CMや主題歌に使うのはAメロまでが通常なので、全曲聴かれる前提で作って無い)

●逆にこれは!ってなるのはCパートのサビで予想外の展開し(主として大スケール化)、
Aメロと同じ流れをベースにスケール大きくしたDメロに見事な着陸する楽曲となる。
 ↑
そう、日本では(ちょっとJAZZの楽しみ方と似ていることに注目)
あてずっぽうの解釈だけどさ、マーティーが驚いたのはそこだと思うのね。
欧米のロックだと、日本のダサいCパートみたいな短めのリフレインを入れ(ブレイクダウン)主力楽器ギターなどのソロかボーカルの意味不明絶叫を挟んだ後に、Aメロとほぼ同じDメロで終わっちゃうパターンが多い。
Cパートで「なんじゃこの転調ー」ってのはあんましやらないのだよ。
(これを俺は勝手にJAZZっぽさと定義しよう)

『BAND-MAID』の楽曲構造が異色なのは、
(全部が全部じゃないが)
イントロを分離しない「イントロを含むAメロがひとつのパートとなる」
「Aメロ、Bメロ、締めのDメロが全部微妙に違う」「ボーカルパートを無視し(後述末尾のベースと被せると同じ原理)ボーカルに被せてリードギターが別のメロディを弾いている(なのでBAND-MAID楽曲はボーカル抜きのインストでも完結するように作られている)」
特に顕著なのは「ボーカルメロディは同じなのに、バックの演奏がAメロとBメロで”全く違う”」と言う芸当であり(別の曲かというほど変化させるケースもある「これで歌唱できるSAIKI嬢も凄い」)、
トンデモ展開のCパートに突入(変調だけでなくリズムも変える、AメロBメロの違いにもリズムまで変化させることがある)、
どうやってDメロに着陸できるのはわからないほど大展開し、
ハラハラドキドキするなかで、「その手があったのか」なフィルインから、バッチリC展開を踏まえ大スケール化したDメロに戻る「こう戻るんかい!」
(実にJAZZっぽいワケだ、逆説的に言うと日本ロックだからできる芸当である)


ウエストコーストJAZZになるけど、
いってもどってくる感の強い曲の典型として「Dave Brubeck - Take Five」
(肝心のピアノ、ブルーベックは《トテットテッと繰り返すだけで》何もしてないじゃんって曲で、作曲もサックスのユダヤ人ポール・デスモンドです。あくまで個人的意見だが本場イーストコーストJAZZ勃興の背景にもNYのユダヤ人が関係していたのだろうと思っている)
Dave Brubeck - Take Five
https://youtu.be/vmDDOFXSgAs


聴衆に聴きなれたメインテーマに戻るのを”今か今かと待たせて”からの、
待ってましたと、戻ってきましたよーと展開する楽曲です。
気持ち大サビでドラムのシンバルがAメロより華やかになっている
(リズム隊などのフリーパートは典型を意識してワザと単調なのではないかと思う)
「JAZZの聴きどころはフリーの即興だろ」←勿論なんだけど、今回はそこの話じゃないからw
(しかしそこへの耽溺が過ぎると誰もついてこれないか、、、←いやいやこの話じゃない)

●ネタバレすると、コンポーザーのギターKANAMI氏は
子供時代のカルロスサンタナの影響を受けているって話は周知の事実だが、
先日、JAZZピアニストの雄チック・コリアが亡くなった時に(追悼文では無いが)
Twitterにコメントを残しているんだよね(コイツJAZZ聴いてる、しかもラテンJAZZ、、、ちなみに俺はチック・コリア先生はあんまり、、)、

ちなみにカルロスサンタナといえばブラック・マジック・ウーマン
(更にちなみに言うとこの曲作ったの「フリートウッド・マックのピーター・グリーンなんだよ」俺はフリートウッド・マックが大好きでさ、、、そんなことはともかく)
Santana - Black Magic Woman - 8/18/1970 - Tanglewood (Official)
https://youtu.be/axbtig7w7a8


こちらが本家Fleetwood Mac
Fleetwood Mac Peter Green - Black Magic Woman (Live Boston Tea Party) 1970
https://youtu.be/hRu7Pt42x6Y


でさ、JAZZと抒情的なラテンってのは最強であり(キース・ジャレット)
『BAND-MAID』の楽曲が時にファンキーと呼ばれるのは、リズム隊のMISA氏が頻繁にスラップ奏法するだけでなく、
「ギターとベースが同時に別のフレーズを演奏してひとつのメロディに聞こえる」というキワモノのような作曲を特徴としており(ベースパート作曲は完全にMISA氏に任せている)
フリーにやってるワケじゃないけど、あかたも各パートのソロを織り込むJAZZの構造似ている。
更にリズム隊で忘れてはいけない【重要なポイント】があって(これも全部が全部では無いが)
ボーカルがパンチを効かせるインパクトのある歌詞の1音に、AKANE氏がキックドラム(バスドラ)を重ねており、その1音だけ声の爆発音を強調するんだが、これは発音が1音づつ切れる日本語歌詞だからやれる曲芸なのではないか(この手法は海外のミュージシャンリアクターも気がついていない)。
 ↑
末尾のこれは、JAZZなどにおける管楽器のパッパパーの最後のパーの(シンコペーション強調)とこにバスドラ合わせてドーンってあるでしょ、アレですアレ、
(ロックにおけるボーカルはJAZZだと管楽器パートだからね)

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posted by kagewari at 19:47 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月14日

『単独者』の雑感「実にどうでもいい話(それでそのKOSSがさ)」

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最近ヘッドフォンマニアとして知られ始めている俺なんだが、
評判は知ってましたよKOSS「音がいいって」
50o超えるドライバのセミオープンのテクニカをリファレンスにしていたので、
わかっていても30oだろとたかをくくっていたのだが、、、
ちょっとオンボロな奴を非常に廉価に手に入れまして、

癖があるのは事実(パワー足りないと解像度落ちる)
しかし、フルパワーで鳴らした時のゴリゴリの低域とアタック感は
、、、まいったこれは確かに凄い
米国なら20ドル前後かな?まあ結構な安物なんだけど「どうしてくれるのこれはww」
困っちゃうよね、、しかもセンスのかけらも無いおもちゃみたいな外観しやがって、、

<話は逸れますが>
JAZZも聴く人間としては、金管鳴らすのにツィーターはホーン一択という王道ありまして、
苦心惨憺(あーたJBLなんて言ったらひっくり返るほど高価だから)インチキ臭いPA用ツィーターを入手してなどやるワケだよ。
最近はyoutubeのリアクション動画などの関係でロック系を多く聴いているので(諸般の事情で現在はヘッドフォン)ワイドレンジは必要無いが高域のスピード感が必要な点は同じなんだよね。
ほぼフルレンジ一発となるヘッドフォンのダイナミック型のドライバの場合、
「低域重視で口径でかくなるほど高域が弱点になる」のも事実。

ところがさ、メーカーとしても「高いフラッグシップはドライバもデカイ」って調子じゃないと売りずらい。
(カナル型のイヤホンは、小型の特殊なドライバが評判だから別だけど)
結果、おもちゃみたいな米国では廉価なKOSSの30oが鳴るもんだから困ると言う(笑
うーんお金持ち的にはAKGとかあるけどさ、、
思い起こせば故長岡鉄の名作も10p一発のBHだったな、、、

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posted by kagewari at 00:35 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月10日

『単独者』の雑感「言語論的解釈の続き」

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●思いつき段階の話なので「話半分」に読んでくれw
ぶっちゃけ自信は無い、

「なんちゃって言語論」で書いたネタの発展形かな?
人類ヒト科の基礎的習性を素朴に(じゃないな言語学的に)考えてみる
https://kagewari.seesaa.net/article/481679774.html

元をただせばだ(Weblio 辞書より)、
『被る(こうむる)』:passive(受動的、言いなりになる)
『抗う(あらがう)』:active(活動的、能動的)
 ↓
語源までいくと(ちなみに後ろの、接尾辞-iveは、それが継続するとか性質の意)
passive(名詞:受動的な人[物])
印欧語根:傷つけ苦しむ、ラテン語:苦しむ
active(形容詞:活発、元気な、積極的、)
印欧語根:動かすこと、ラテン語:〜する、活動、運転する、作る、測る

の関連で過去記事紹介の
転じて、
『被る(こうむる)』=受け>守>デイフェンス(defense)、、、「反動形成(賠償目的)」
『抗う(あらがう)』=攻め>攻>オフェンス(Offense)、、、「先行投資(見込み収益)
offense:違反、反則、(軽微な)犯罪、気を悪くすること、立腹、人の感情を害すること、無礼、侮辱、気を悪くさせるもの、不愉快なもの
語源:印欧語根→打ったり殴ること、または殺すことを表す。
語源:語幹→(fence, fense)防ぐこと、かわすことを表すラテン語-fendere、印欧語根gwhen-から。
defense:防衛、防御、守備、守備(の方法)、ディフェンス、守備側、防御物、防御施設、弁護、答弁
Defense (military)防御 (戦術論)、防御(ぼうぎょ、英: defense)とは脅威となる敵の接近または攻撃を拒否するための戦闘行動をいう。
語源:印欧語根→接頭辞de-(逆転)と、打ったり殴ること、または殺すことを表す(gwhen)
語源:語幹→(fence, fense)防ぐこと、かわすことを表すラテン語-fendere、印欧語根gwhen-から。
途中遷移語:de^fendere(ラテン語)避ける、よける、かわす

■【passiveとdefenseはかなり違うし、】
■【activeとoffenseも結構違う、】
 ↑
これは(設定)各論と(運用)状況論などの「場面や局面の違い」かなと、
論点が矛盾しているようで、同じ人物やモノに起きうる事や状態を指してているのじゃないか。

形容詞となるともっとはっきりするんだわ、
defensive:防御的な、自衛上の、守勢の、受身の、(…に)自分を守ろうとむきになって
offensive:いやな、不快な、(…に)いやで、不快で、感情を害するような、無礼な、侮辱的な、攻撃的な、攻撃側の

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posted by kagewari at 22:57 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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