2021年04月23日

イーロンマスクが衛星ネットのプロバイダーを始めるんだってさ

Harano Times さん報じる
2/2 スターリンク計画は、Cの過剰な5G投資を財政の負担にしてしまう可能性、世界が感じていたCの5Gでの拡張の局面はこの数年で変わるかもしれない


これさ、日本のADSL回線完全終了と同じぐらいのタイミングだね、
日本での運用開始はどうなってんのかな、

古い報道発見、これか
スペースX、スターリンク通信網を年内に日本でサービス提供へ 3回目の衛星打ち上げ成功
https://news.yahoo.co.jp/byline/akiyamaayano/20200107-00157996/

 ↑
当時から計画が遅れて、今のとこ2022かな?って話のようだ。

衛星を使ったネット通信は、そら20年選手越えのモバイラとしては、
そうだね、15年16年前から思ってたことだけど、
「ようやくか」
これを補助するデカイアンテナの基地局みたいなのがあると便利なのか、
これをバックボーンとして既存のwifiに繋ぐととかもアリなのか、今後の展開はわからないが、
仮に衛星から一発で通信できると、これ自動運転に使えるかもしれない。
 ↓
だ か ら イーロンマスクがやってんだろ

(ちなみに5Gはアンテナ基地局切り替えが4Gより頻繁で、このタイムラグにより自動運転には全く使えないと言われている。←その筋では常識ね、)
最近の”敵か味方かわからない”イーロンマスクの動きの真意はここか、

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posted by kagewari at 16:27 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月21日

マクロ経済とミクロ経済(少子高齢化問題にあてこんでみる)

非婚・晩婚化(不妊治療増)の流れに対してよく聞く話が
「このままいけば人口減で日本が滅びる」ってありますが、
この人口動態ってのは経済でいえば”マクロ”です、
政治家や経済評論家ならいざ知らず(個人でも政治論ならわかりますが)
個人がどうこうする部分で指標になるものではありません。

全く無いってことでは無いが、
喫茶店でも開業しようかって時に「今年度の失業率が何%だから、メニューはこうしよう」なんて話を聞いたことがありませんよね。
少子高齢化でも同じことで(何度も言いますが”国の政策を語ると時は別ですよ”)、
日本の将来がどうこうってところより、
現在社会で進行中の現象のが優位な情報になります。
(参考にすべきは「非婚・晩婚」の状況です←船にたとえれば”風向き”ですよ。現在進行形の航海に必要な情報は地球温暖化の話じゃないでしょ。)

民間世論調査だったと思いますが、
「大学生の6割に現在恋人というような友人はおらず、4割近くが恋愛経験も無い」
(確か東京では男性の4割近くに生涯未婚の可能性だったかな?←ちなみにこれは人口比に大きな問題のあった江戸時代と似たような話です《江戸時代のが結婚は絶望的だったかな?》。)
『共同演奏』崩壊プロセスの中で、社会的インセンティブによらない動機形成を模索する時代に突入しており、
すべからく「東京で暮らす」ということがサブカル上何を意味するのか、今後も派生するものが出てくるのだろうと思います。
少子化対策を否定はしませんが、本質的には”文化勝負”なのだろうと思ってます。

ま、個人レベルで「やれ日本が滅びるからなんだかんだ」なんざ論議は、
(それはフェイクニュースみたいなものだ)
「知ったことでは無いww」って話です。
※事実、海外のリアクション動画で発見しましたが『進撃の巨人』がキッカケで猛烈に日本語の勉強して今年来日予定のドイツ人青年がいましたよ


<<ちなみにですが>>
冒頭の「少子高齢化で国が滅びる」についても書いておきますが、
日本の場合は”あり得ない”です。
(これは中国のような政策上の間違いや、政治状況が絶望的過ぎるK国などとは事情が違い、日本の場合”先進国における素の自然現象”として起きてますから。)
『単独者』ネットワーク社会は、ある意味思想運動やサブカルムーブメントに類似します。
中国の諸子百家だとか、自由と最先端を求め「ウィーン→パリ→NY→TOKYO」と人が集まってくる動態のことです。
●「日本は人口減ですが、東京の人口は増えている」《終わり》
(そんなことを言ったら地方はどうなる?)
はい、そのとおり
■この話を正確に言えば「少子高齢化で地方の過疎化が促進する」って事です
(日本が人口減でどうにかなるって平均的現象ではない:都心の人口は増えてますから)
さらに、最先端都市としてTOKYOには海外からも『単独者』達が自由を求め集まってきます。
(すわ外国人と危惧される保守派もいらっしゃるでしょうが、海外の『単独者』ですからね《政府施策の職業研修生なる「奴隷かっ!」でダメ政策の話ではありません》、=自国の『共同幻想』を持ち込みませんので、日本文化への親和性での移民なので何ら問題ありません。また、某国の浸透国策の話でもありません《こういう話はビザ厳格化でいつでもストップできます》)

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posted by kagewari at 20:04 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月20日

「面白い」とモチベーション

難題ですよ
言葉の選択として正しいのかもよくわかたらないので、試論かな、
これ、どういう説明のが妥当なんスかね、、、俺にもよくわからない。

「面白さが違う」って言葉もありますよね、
「あなた、それの一体何が面白いの?」だとか、
「いやぁ、この面白さは(ほかの人には)わからんだろうな」とか、
 ↑
これが説明できたら解決じゃないのかしら?

■「面白さが違う」って何か?
これまたクソ抽象的表現になりますが、
(「違いのわかる珈琲」とかもアレなんだよな、、)
「想像力を刺激される」ってありますね、
=それは「ははーなるほど、ここがこうなって、こうなっているワケか(キラッ」

●「なんだかわからないこと(漠然とした不安)」が一歩間違えば(ストレスやイライラがそうさせるのか)「強迫心理」形成の原因になることは何度か説明してきました。
(※切れて「〇〇に決まってる、そうに違いない」を噛ませてしまう)
その反対は、”ネタばれ”ですね、
推理小説で一番面白いのは、最後の犯人を特定するどんでん返しなどです。
「何々の面白さを再発見」なんて言葉もありますが、
これ文法的には二重表現なんだと思います。

「新しい理解や発見がある時、人は面白いと感じる」のです。
その反対に、
「なんだかわからないことに、理解が及ばない時、人は「強迫心理」にのまれる」
だとすると?
「面白い」とは(抗う)自由(拡大や進行)に関係しており、
『抗う(あらがう)』ってのは”自由の現在進行形みたいなもの”です」
=「自由を楽しんでいる様こそが”面白い”」のだと、

そのまま逆をあてこんでいくと、
「強迫心理とは(被る)抑圧(内向や退行)に関係しており、
『被る(こうむる)』ってのは”不自由な行為を強要されている様である”」
=「自由な判断を奪われ固定観念に縛られる」のだと、

●だから、面白いが多い人は(=抗うに繋がるので)
無限にモチベーションのカードを切り動機形成が可能である。
(やろうと思っていることが多過ぎて”常に忙しい”)
また、『共同幻想』インセンティブとは”面白いを金で買うようなもの”なので有限的である。
(貧乏なんだよと設定しておいて、金で釣るが正しいかな?)

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posted by kagewari at 12:42 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これは由々しき事態(皇室関係KomuroK問題)


このネタはブログでも躊躇せざるを得ないとこあるので、
アウトラインは篠原氏の動画で確認いただきたい



(どこかの箇所で篠原氏「詐欺にひっかかるなど」言ってちゃってます)
所謂英王室におけるメーガン妃問題と同じことが起きようとしている

動画中で新原氏は「これは止めなければ」的な話に及んでいるが、
あくまで勘ですが、
止められないだろうと思うんだよ(流れ的に)

そして(A宮的には)必殺「家として離脱する」しか手が無いのではないか、
我意を得たりで「結婚!結婚!」と騒いでいる左翼メディアの狙いもそこかな、
(定期的に行われているA宮バッシング的報道も含め「そして女系天皇に道をつけようと」←これが目的だろ)


さて、俺はそんな左翼メディアの思い描くようにならないと思う、
(女性天皇はあり得ると思う、そこからの)
旧宮家復活の皇位継承が模索されるのではないか。

個人的にお前はどうなんだと聞かれると、
俺は「自称保守リベラル・リアリスト」のつもりなので、
皇室に向ける心情は所謂右派の方とは違うんだけれど、
以下のように思っている
「皇室はまさに日本の象徴として、『共同幻想』の崩壊、晩婚からの不妊治療、様々のメンタル問題、引きこもり他、国民が今直面するあらゆる問題を自ら体現され象徴となっておられる、そこに今回の問題も含まれており、その災禍を前に避けること無く対峙され、日本人の在り方というものを行いによりお示しになっておられる」「これからの日本はいかにあるべきかを(自らお示しになると同時に)問いかけている」
 ↑
試されているのは、皇室では無く我々日本人だ、

反天皇を裏の目的とし画策する左翼メディアには厳しく批判の目を向けなければならない
(コイツ等だけは許せん)



posted by kagewari at 09:01 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月10日

『共同幻想』論は映画や音楽などで考えるとわかりやすい(2)

※ちょっと前倒しでアップしたんで論が十分に煮詰まってないのだがご容赦ください(末尾追記)

「本来は、個性化し過ぎて誰にも理解できない」←になってしまうのが自然
ところがこれね、
前回触れたけど、人類普遍のヒト科の可能性限界みたいな話で考えるとさ、

「個性化し過ぎて誰にも理解できない作品が、せめて自分でも理解できていればよいが」なのさ、
自我論でもいいけれど、音楽体験ってのも(ここは保守論)歴史的経緯や文化伝統とのエピソード記憶(この場合レスペクトだとかオマージュ)抜きに自分の創造性は構築できない。
自分に”こいつはいい出来だ”と体感できる理解が無いと「快感代謝に至らない(さっぱり自分で感動も躍動もしない)」=つまらないとなってしまう。

●個性論にはさ、もっと内面のってかメンタル的重層性があるのであって、
「 そ れ が どう 面白い の か」理解の分岐がまた別にあるワケだ、
つまり、
「当たり障りないイージーリスニング楽曲ながら、コンポーザの力の入れようは物凄く」←これも個性化
「何小節目の転調の前に、リードギターが一拍だけ瞬間リード部分を弾いている」←ここに気が付くのは随分音楽詳しい奴だけとかの場合、メロディラインとして意識的に難解な作品でなくても、(にわかには理解されない、俺だけの)個性化を実現可能なのです。

「細部に拘るマニア」っているじゃん、
「誰にもわからないだろうな〜」とか言いながらニヤける奴だよ。

■自己満足との違いは何かって話も出てくるだろうけど、
それ以前に、「自分も満足できない作品に意味あるのかよ」だろ?

見方変えれば、個性化の本質とは(いかにもな外形的な事だけで無く)
一見どこが違うのかわからないような、
「 そ れ が どう 面白い の か」理解の分岐のが本質じゃないだろうかって話。

こんなこと言うと一部JAZZファンの方お怒りだと思うけど、
ピアノの偉人の一人で先日亡くなったチック・コリアを俺はさっぱりいいと思えなくて、
(それはチック・コリア否定でも何でもないのさ、彼が面白いと思っているところを俺が発見できないって事。←はたまた俺の能力がってことでも無い、何故って聴き手としての「それをどう面白いと思うのか?」にも分岐・個性化があるからね。)

ロック界で起きた皮肉のひとつに、
反抗的音楽として生まれた”パンク”があるよね、
(演奏下手なのもプロレタリアートの証とばかりに、ジャンジャンジャンと単調なリズムでしか演奏できない味がジャンルとしてのパンクとなり、今度は演奏技能があるのに”パンクをやりたい”がために、後続のアートストが意図的にジャンジャンジャンと単調なリズムで演奏するというねww)
 ↑
始まりから言えば、
小さなライブハウスで反抗的な(あんまし音楽の譜面的知識の無い)若者達が、
勢いだけで乗る様だった筈がさ、
 ↓
現代日本の音楽シーンにおいて「マキシマム・ホルモン」なんて大メジャーな存在じゃん(笑
(これ本来は矛盾なんだよ→でも”いいんです”)

■サンプルとして当時のパンクを紹介しましょう(流石に現代で聴くと辛いとこありますがw)
The Clash - Rock the Casbah


この曲も(ある意味皮肉のパンクなのに)英国において大ヒットしております
(この当時デビット・ボウイの楽曲もこんな感じだったよね→ここから打込み系やテクノに繋がる部分もあるのかな)

えー前回紹介のツェッペリンとの違いがよーーくわかりますよね(笑
(演奏自体は《ここ意識的なんだと思いますが》大幅にチープになっている)

つまり、商業的ヒット作自体を(60年代のアングラ演劇界のように)
「商業的に成功していることそれ自体が否定理由だ」と考えてしまうのは無理筋で、
これは逆説的に、
個性化をアピールするために、無理して外形的にキテレツなことしなくてもいいんです。
(これってフリーJAZZ失敗論だけでなく、コンテンポラリーダンスなんかにも言えることだと思う)
普通に聴いて理解できる音楽であっても「そこは問題じゃないでしょ」と、
「なんかこう無理に誰もついていけない外形にしなくても」みたいなw

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posted by kagewari at 05:21 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月09日

『共同幻想』論は映画や音楽などで考えるとわかりやすい(1)

※リクエスト記事に『共同幻想』論のがあったのでちょっと前倒しで記事差し替えました

確実に長くなりそうなので(1)としてみたw

有名な話に古代ローマの政治的退廃をたとえた(詩人ユウェナリスの言葉)、
民衆を衆愚政治で治めるには「パンとサーカスがあればよい」なんてのありますが、
(本来の意味は、無償の食い物と娯楽を提供するとプロレタリアートは働かず、所得格差も拡大するみたいな、どこの『民主党』?みたいな話)
●勿論それは逆説で、「そら古代ローマならサーカスや剣闘士などで民衆は大スペクタクルな興奮を」と思いますが、人類ヒト科の生理的に過剰化した進化ってのはそんな甘いものではありません。

『共同幻想』が機能するためには、(ユングへの皮肉じゃないけどさ)”集合的娯楽”ってエンタメがキーになっており(近代以前には酒池肉林のお祭りなんてものもありました)、
「集めてナンボ」なんです、
それは同時に「集合的体験」でなければならないので、
歌で言えば「合唱」になります。
歌詞も譜面も”共有”され、「ハイ、みなさんいっしょに」の掛け声で歌えなければならない。
甲子園の試合後に「校歌はどうしました?」「いやあ校歌とか覚えていないんで」←まずこんな生徒はいないと思いますが、さあこんな時には左翼日教組の「君が代忌避」でも思い出してください(これはこれで全員で拒否する全体主義というオマケ付き)。

「合わせることが大事です」→確かに同調圧力そのものですが、
とはいえ皆さん、同調圧力って言ってもね、
ある合唱会で、ひとりだけリズムもメロディーも全く無視で”合わせる気無し”で歌われたらどうなります?
「同調圧力って言われても、、、」←『共同幻想』の言い分もおわかりいただけると思います。

文化伝統保守権威主義の代表には「オーケストラでお馴染み、クラシック音楽」があります。
確かに解釈は自由ですが、
「お前勝手に譜面書き換えてたらダメだろ」←これを同調圧力とは言いませんよね(笑

●でーー、合唱会や見事なオーケストラの演奏があるように、
識者なりコンポーザーの指示や意思を汲み取って、気持ちを合わせてこそ「感動を呼ぶ名演」のようなエンタメが発生します(まさに”集合的娯楽”)、別次元への進化(昇華)があるワケで、
これを同調圧力とか言われてたら、『共同幻想』なーんもできません。
 ↑
保守系思想家なんかの言い分も似たような感じだと思います(普通に根拠はある)。

ここに『共同幻想』崩壊の狼煙とて、
(独りで) シンガー ソング ライター の登場
はたまた、バンド やろうぜ
(近代以前にも類似した吟遊詩人とか琵琶法師なんてのありますが、この件は置いておくとして)
うーんなんでしょうか、
マルクス的に言えば「それが本当のプロレタリアート革命」
ニーチェ風言えば「ワーグナーが泣いている」
→まね、『共同幻想』が崩壊世俗化するだけで、下手したらビートルズ以降の方がクラシックに親しんだり、ピアノ教室でバイエル弾いてる子の数は増えている筈でww
『共同幻想』崩壊後も世界の中で文化伝統として”再選択されるものは不滅なんです”

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posted by kagewari at 12:39 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月07日

政治判断としては賛成ですが政策的にはTPPに反対な理由

経済学的にはミクロっぽい話になるかもですが、
絵に描いたような「国際的産業別分業・統一市場」とかはまず無理だからです。
そもそも事の始まりが
「第三世界の人件費が安いから」→高くなったら安いところへ移動じゃさ、
単なる焼き畑農業だし、
(※農業にたとえていうと、日本は土地が高いから海外の土地を購入し安いコスでできるので、大規模な焼き畑農業を始めたみたいな話。←ここで何かイノベーション起きてますか?)

第三世界の経済はマクロ的には投資の拡大で増えるかもしれないけど、
低賃金をベースにした投資なのだから、国内市場は是弱で、
投資企業が人件費の高騰で他国に撤退したら一発で終わりです。
●重要なというか、、、誰でも知っていることですが、
本来発展途上国は為替や関税で国内産業を保護し(輸入品はバカ高い高級品)、国内生産の自力成長しか方法が無いので、(民間投資では無く)マクロ単位で(世界開発銀行などから)国が借金して開発独裁的な投資を行い自国産業を育てる事に始まります。
 ↑
TPPなど国内産業保護が場合によっては違反となる段階で、
「親切な植民地不平等条約」みたいなもんです。

また、先進国側も「人件費の高騰と生産年齢の人口減少」が同時に起きますから、
意味の分からない海外投資などせずに、無人化設備投資に全力出せば(資本は余ってますから)イノベーション伴った生産性向上でコスト高を吸収できます。
●何より、このように先進国のイノベーションが止まらないことが、後続の途上国の利益となる。
(何も第三世界だからと、ダイヤル回線から発展を踏襲するワケじゃないのだから《ODAでいきなり原発を建造することもできる》、後発の優位性は先進国のイノベーション度合いに比例する。)

つまり、選択と集中みたいなグローバリズム的国際協定ってのは、
「短期的国際投資政策に過ぎず、主として財務畑の人が考える事」であって、
経済政策や、産業振興というより、財テクに近い発想です。
そもそも大きな市場があれば、生産効率が上昇しって実に基本的な効率論もありますが、
「コモディティ化した廉価商材の一律大量生産」って時点で、いつの時代の話よって、、
むしろ、本当に競争力のある商材は「情報化社会の中で、宣伝しなくても売れる時代が到来します」から、「巨大なグローバル市場で大活躍する商社みたいな絵がいつまで続くのかもわからず」、
また、国内経済のためにも本当に必要な商材に高関税をかけるバカな国も無いでしょう。
(※大EUも突出して得したのはマルクより相場を安く維持できるユーロを手にした独逸)

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posted by kagewari at 14:08 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月05日

思い付き程度の駄文・雑文ですが「『自意識』とは何か」

(最初言っとくけど、俺哲学って一般教養でやっただけの、事実上ズブの素人なんで真顔で反論とかは勘弁してくれw←哲学紹介の部分にはきっと間違いもあると思う。)

『エヴァ』と言えば「形而上学」であり、デカルト哲学
(「コギト・エルゴ・スム cogito ergo sum《ラテン》我思う故に我あり」の人です)
「物質・精神の二元論」やら、「魂の座《脳の松果体》」などなど、エヴァンゲリオン視聴者の方にはへーって話がズラズラ出てきます。

心理学、とりわけ俺が説明している(説明ってかフロイト・岸田心理学を経済学的に要約してるだけなんだけどさ)「『抗(あらがう)』・『被(こうむる)』論や、快・不快原則なんてのも」→まあほとんど同じ話が語られている。ってことは、フロイト先生にも大きな影響を与えた哲学だろと思うワケさ、
(ちなみにエヴァに絡むぐらいなんで、デカルトはカソリック系でありアンチ・プロテスタントらしい)
そんなことはともかく、
■wikiから拾ったんだが、心理学を予見している部分が以下の「心身合一の問題」
<一部引用>
『情念論』において、デカルトは人間を精神と身体とが分かち難く結びついている存在として捉えた。喉が痛いのは体が不調だからである。「痛い」という内部感覚は意識の中での出来事であり、外在としての身体と結びつくことは本来ないはずである。しかし、現実問題としてそれは常識である。デカルトはこの事実に妥協し、これらを繋ぐ結び目は脳の奥の松果腺において顕著であり、その腺を精神が動かす(能動)、もしくは動物精気 (esprits animaux) と呼ばれる血液が希薄化したものによって動かされる(受動)ことによって、精神と身体が相互作用を起こす、と考えた。そして、ただ生理学的説明だけに留まらず、基本的な情念を「驚き」「愛」「憎しみ」「欲望」「喜び」「悲しみ」の6つに分類した後、自由意志の善用による「高邁」の心の獲得を説いた。
デカルトが(能動としての)精神と(受動としての)身体との間に相互作用を認めたことと、一方で精神と身体の区別を立てていることは、論理の上で、矛盾を犯している。後の合理主義哲学者(スピノザ、ライプニッツ)らはこの二元論の難点を理論的に克服することを試みた。

『抗(あらがう)』《自意識系=自己》・『被(こうむる)』(無意識系=記憶・脳)、フロイトでいうとこの「昇華」であったり、『単独者』論におけるオルタナ・サブカル論とかさ、
説明の方法には若干の違いがあれど、理解して説明しようとしているものは同じだよね。

<さ、そんな事はともかくww>

ここんとこ『エヴァ』がらみて原稿に登場した、形而上学であったり(今紹介のデカルトもだが)自己(セルフイメージ)とは何かとかの話になるとさ、
やっぱそこに行き着くと思うのよ「我思う故に我あり」
俺はこれを→こう展開する「自己とは”考える事”から派生している」ではなかろうか?
形而上学を=シミュレーションとは 言 わ な い が 
(現実論ってかさ、先の事を考えてるワケじゃん、先の事=未知だろ?ならば「今日の晩御飯を考える俺」って命題は、「わかりっこないことをあれこれ考える:形而上学」じゃん。)

ちなみにまたデカルト引用
コギト・エルゴ・スムは、方法的懐疑を経て「考える」たびに成立する。そして、「我思う、故に我あり」という命題が明晰かつ判明に知られるものであることから、その条件を真理を判定する一般規則として立てて、「自己の精神に明晰かつ判明に認知されるところのものは真である」と設定する(明晰判明の規則)

シミュレーション(これもwikiから引用)
ラテン語の 「similis シミリス(似ている)」「simulare シミュラーレ(模倣する)」「simulat(真似た、コピーした)」といった用語から生まれた概念である。

ほんとのところは、コンピューターやらプログラムで作動実験するモデルみたいな意味だけど、
「脳内シミュレーション」って言えば、あれこれ《物語のように》考えるって意味だよね、
そして夢ってのは無意識的・機械的・受動形(パッシブ)シミュレーションとも言える、
だとしたら?自意識はその反対だから、
意識的・主体的・能動現在形(アクティブ)シミュレーションする主体が”自己《自分》”ってことじゃね?

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タグ:『自意識』
posted by kagewari at 04:10 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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