2022年11月28日

メタファーなどの「比喩的表現やたとえ話が理解できない」って症状もある

まず「症状がある」は「病気という意味では無い」ので勘違いしないでいただきたい。

「たとえばさ、太陽が西から昇ったとする」
「え!!太陽が西から昇ったのか!!」←こういう奴のこと

「彼はさ時に狼みたいな時がある」
「え!!〇〇って狼だったのか!!」←こういう奴のこと

言うまでも無く先日記事に書いたこれのことだとわかりますね
ミクロ視点とマクロ視点(極端に近視眼的って現象のことです)
https://kagewari.seesaa.net/article/493651960.html
見方変えりゃ一種の「LD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)」です。
しかし、そんな人やそんなことってどこにでもありますよね、
(うっかり”たとえばさ”を聞き逃していたとか)

■あくまで一般論や推論の域を出ない話なんですが、
親子関係などのエディプスコンプレックスがらみで構成される「強迫心理」などにおいて、
子供の側が(そら成長段階だから多感だし、その時のメンタル状況ってのもあるでしょう)
頻繁に、「比喩的表現やたとえ話が理解できない」状況にある時(新しく習い事教室はじめて緊張が抜けていない日もあるでしょう)、
※俺は児童心理学専門じゃないので類推だが、ほとんどのガキは初期的に全員「LD (学習障害)やADHD (注意欠陥多動性障害)」であり、これを親側が何らかの(場合によれば家訓や文化伝統など)教育的アプローチでこれの鎮静化に成功したケースが「賢しい(さかしい)子」になるんじゃないかと思う(フロイトの定義した「潜伏期」ってのも半ば親の恣意的関与による可能性も捨てきれない可能性あると思うんだわ)。

自分に向けられた話では無く、
親が近所迷惑なママ友などとのめんどくさい会話をうっかり聞いたなどの状況で
(あー、勘の鋭い人ならもうわかっちゃいましたね)
「、、、ララララ、、ホニャララ>>だった時があってさ、〇〇《聞き取れない》だとするじゃない、本当にそういうの嫌よね死ねばいいのにとか思っちゃう(笑」
なんてのを聞いて(エディプスあるので後から聞き返して確認されることもなく)
心の中で「アタシが○○できなくて○○してつのを、死ねばいいのにってほど嫌ってるんだ」と受け取ったとする。
その後、トンデモナイ「強迫心理」構成されるよね?

偏向報道のメディアが嫌いな政治家揶揄する時の常とう手段「切り取り編集」ってあるけどさ、
これの無意識バージョンさ(だいたいが人の聴覚それほど正確か?)

●でさー、これ「案外よくある話」なんだと思うんだよね、、、



タグ:強迫心理
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2022年11月25日

前回記事関連「ビギナーズラックの恐怖」(ハニートラップの恐怖も同じです)

延々と「反動形成」の話と、「退屈したら死ぬ病」の話を書いてきましたが、
結果が手段を目的化してしまう場合もあります。
それが「ビギナーズラックの恐怖」であり「ハニートラップ」です。

人類ヒト科の脳はそもそも原始時代の環境を前提としておりますので、
一歩間違えば飢えに苦しみ命を失うことを織り込んでいます。
ですから、「肉や甘いものなど高カロリー食品を食べた時」ドドーンと脳内快感物質が出て(美味しいという感情は本当に美味しいと認識しているだけの感覚ではありません)、強烈なフラグを造ります(ほとんどエピソード記憶「あの時食べたプリンはうまかったな〜、一生忘れない」)。
 ↑
何故こんな機能があるのでしょう、
「いつ食えなくなるのかわからない」からです。
冷蔵庫も乾物や燻製製造法もまだ知らない時代、食料は基本(一部の食材を例外に)備蓄できないものです(腐ってしまうため)。
しかし?過剰にカロリー摂取さえすれば「一生腐ることのない脂肪として備蓄できます」。
さてこの場合「過剰にも思える快感体験(脳としては『興奮』)」←脳はこれを決して忘れてはいけないエピソード記憶として格納します。
そして「機会があれば、また是非求めたい」(再現可能性を希求し続ける)

■もうわかりますよね?
「反動形成」かましてなくても、
うっかり「ビギナーズラックのように超快感体験すると」→実質欲求は恒常的に過剰化します
(ベタに言えば、一度いい暮らしをしたら元には戻れないって奴ですよ)
「ハニートラック」も同じです、
政略や謀略で(本当はそんなことある筈無いのに)めくるめく快感体験を一度したとする。
それを再現したとして「インチキでそれを獲得できていることには違いはなく」、決して本当の意味でそれが自分の手にしたものになることはありません。
しかし?
どーーーしても脳は「機会があれば、また是非求めたい」とフラグを立てちゃうんです。

前回記事で悪い例として「覚せい剤やドラッグの話」をしましたが
こちらも同じです、
そんなつもりはなくて、友人の勧めなどで軽い気持ちで使用しても、
うっかり一度それを使ってしまえば、どーーーしても脳は「機会があれば、また是非求めたい」とフラグを立てちゃうんです。
 ↑
「話はわかるが、そんな事日常的に滅多にないだろう」と思う方いるかもですが、
●一般的な飲酒習慣はだいたいこれです(とても一般的によくある話)
『共同幻想』論的にも頻繁に使用されます(祭事など権威側が”飲んでもいい”許諾権を握り、飲む機会を与える権利を独占することがインセンティブにもなり権力となる《だから近代まで酒類製造販売は国家の独占なんです》)。

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2022年11月22日

日本の政治も、意外と楽観視できる要素もあるんです

トランプ大統領や安倍首相みたいにメディアと真っ向対立してもやれるなんてことが異例中の異例で、
(違う意味でメディアに文句言えるのは河野太郎ぐらい《良し悪しはともかく事実です》、プーチンなんか気に入らないジャーナリスト逮捕しちゃうぐらい嫌いますから《正面から対立できない》、習近平も同じ)
岸田首相がワイドショー日和見政治なんて言われてますが、
ほとんどの現代政治家が今後もそうだと思います。
つまり人の問題では無く、世論の側が政治家に対する”情報戦”として「いかに大手メディアを倒すか」にかかっているのですから、
「これ選挙による政権交代より10倍楽です」
(※米国でイーロンマスクが援護してくれたのは大変大きい)

大手メディアの凋落傾向は明らかで、
どうのようにこれが観測されているのかと言えば、
「岸田官邸の違和感」です。
ワイドショーの気に入るように都度政策調整しているのに全く支持率があがらない
(その現象たびに、TV新聞に叩かれ続けているのに支持率下がらなかった安倍政権を思い出す)
朝〇新聞の発行部数下落もナイアガラの滝みたいだし、
NHKについては、「N国党」の批判が強烈に効いてます、
(世論の3%程度の支持でも巨大メディアNHKを追い詰めることができる)
勿論その背景は、ガチで抗議の電話やSNS他批判を情報発信する世論があってこそです。

●仮に、この大手メディがネット世論に日和るようになれば、
政治に関心のある世論の動向が、メディアを意識する政治家を間接的に動かすことになりますね。
それを双方向民主主義とは言いませんけど(笑
勝負ってことで言えば、
「明日から政治家目指します」なんてことに比べたら1万倍も楽じゃないですか?
【言うならば草の根世論による政治ロビー活動です】
トランプ大統領を支持する世論の”勝算”ってのかな、「リアルタイムに自分もプレーヤーとして戦ってる感」が醸成されている背景もそれだと思います。

なんとか有力な総理候補が出てくれないかしらと思い願う心配しなくてもいんです。
それよりはるかに実現可能性が高い方法がある。
(既に20代の若い人の半数以上が日常的にTVを観る習慣がありません)
大手メディアの報道姿勢に、世論の側が圧力かける構造を機能させればいいのです。
(残念ながら参政党はそこの着眼が無く、なんか喧嘩してるN国党のが明快にそこを意識している《しかしN国はNHK以外はさっぱりですからね、、、》)

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2022年11月21日

ひさびさに「イジメの構造論」(イジメを受ける側が実は相対強者であることをユ〇ヤ民族差別から紐解く)

youtubeみたいな規制は無いが、別の意味でおっかないので全て伏字使います(ユ〇ヤってユ〇ヤ人のことです)
歴史的民族的イジメと言えば?欧州中心にした世界的「ユ〇ヤ差別」ですね。
しかし?世界の経済を実質牛耳ってるのは?「ユ〇ヤ人である(ある意味最強)」
 ↑
読み替えると?「ユ〇ヤ人は能力的に最強なので差別を受けた」になります。
これはイジメの構造論的に間違いではありません。
そもそもイジメとは『共同幻想』社会の組織防衛であり「異端や異教徒狩りのことです」

でね、関連をこの前紹介した”もぎせか”と宇山さんの対談で出てくるんだわ
以下動画です(動画前半特に4分付近から)
ロマ、バスク、女真、朝鮮/宇山卓栄さんに聞く03
https://youtu.be/eOmg6PPzLa0


ロマ人は脅威判定(相対強度)がユ〇ヤよりはるかに低かったので、(苛烈な差別があるのは事実だが)ユ〇ヤ差別程に酷くは無いのだろうという推定。
話の鍵にロマ人の伝統に”世俗性”(言えば融通無碍《ゆうずうむげ》なサブカル性だよ)が挙げられているのが特徴だと思う(現地『共同幻想』と言うほど対立しない)。

歴史的経緯は「モンゴルとペルシャ人」にも似ていて(欧州には古くから偽ユ〇ヤ人伝説なんてのがありましてひょっとしてペルシャ人の末裔か?とか考えるのは理屈としてはよくわかる話)、
モンゴル帝国下で(モンゴルには文字がなかったせいもある)首相とか閣僚クラスが支配下にあるペルシャ人(現イラン人)であり、行政文書が全部ペルシャ語だったりするのね。
これと似た現用が「ローマ帝国とユ〇ヤ人にありまして」古代から商人とし財をなすものが多く(そらあの方面で昔ソロモン王国とかあったからだと思うけど)、パレスチナ方面の行政でユ〇ヤ人を現地の徴税官にするんですよ(現地民から言えばローマの手先)、

でー、そこでヒッピーみたいなことしていたイエスから「蓄財するものや徴税官は最低」とか言われちゃって(欧米人が銀行業とかできないのもそれが理由)、後のユ〇ヤ陰謀論などの元ネタなんだよね。
※現代独逸人の文化的背景に「ルターの罪悪感」とかあるんだけどさ(憲法で赤字国債禁止しちゃったりさ)、そこにも関係していると思う(米国の自由はこれに対する同じプロテスタントのカルヴァン派の新解釈が関係するんだが、、)。

これがまた、十字軍の遠征なんて時に、かの有名なテンプル騎士団に(独逸の薔薇十字団なんかもそうじゃないかな《ローゼンクロイツ》)、ユ〇ヤ人が遠征費用の融資をしたのが欧州における銀行行の始まりとも言われてる。
事実、以降ナポレオンから日本の日露戦争の戦費まで融資してくれたのはユ〇ヤ人金融資本であり、後の陰謀論で戦争の黒幕みたいな言われ方しちゃうのはそのため。

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2022年11月18日

日本人向け「BAND-MAID論の続き」(3)

いきなりだけれど、俺は元々日本のポップスロックファンでは無い(そんな詳しくないからね)、
そちら系では洋楽ファンであり(映画繋がりでドアーズやREMが好きだった)、音楽ということで言えば元JAZZファンだから(リー・モーガンやウェイン・ショーター)、きっかけはよくある映画音楽からで(最初は洋画ファン)、マックイーン『ゲッタウェイ』のクインシー・ジョーンズや、何と言ってもデニーロ『タクシードライバー』のなんちゃってJAZZ(バーナード・ハーマンだからユダヤ人だね)由来、映画音楽的にはなんといってもエンニオ・モリコーネやミシェル・ルグラン、『ザ・ドライバー』1978の音楽(調べたらマイケル・スモールって人だって)、レッドフォード『コンドル』のデイヴ・グルーシンなどなど、スティーリーダンの言うナンチャッテJAZZ映画音楽が始まりです。
代表として:Immortal Movie Music 『 コンドル(Three Days of the Condor) 』 original sound track 1975.
https://youtu.be/1tlv6nMcEjs


70年代や80年代当時は、マイルスが『死刑台のエレベーター』吹いたり、B級映画だった『ジェラシー』にジャレットのケルンコンサートが挿入されたり、勿論本格JAZZが使用されることもあった(死刑台のエレベーターは50年代だったねスマン《仏フィルムノワールの時代だわ》)。

■JAZZってのは、当初白人向けダンスホールにおいて奴隷階級だった黒人ミュージシャンがホールの楽団として演奏していたに始まると思う(後にデューク・エリントンに代表されるオリジナル作曲家スタイルへと変遷)、この時(まあ昼間は食うためで望んで演奏してるのではない)ミュージシャンたちが三々五々帰り道の飲み屋で「昼演奏してた楽曲のコード進行だけパクって(それを逆にする場合もあった筈)”お題(テーマ)として”フリーの即興演奏を楽しんだ」のがJAZZの始まりだ。
※ロックが大事するリフはJAZZではテーマに相当するんだけど、どちらかといえばJAZZにおけるテーマとは”前フリ”の意味でしかない(落語家などの大喜利や謎かけのお題と同じ《価値が無いってか聴き所はそこじゃない》)

■JAZZの代名詞ともなってる不協和音のブルーコードは、昼間の白人向けの演奏に対する皮肉な一面もあったのかもしれない。
(ちなみにそこが白人労働者階級の琴線にも触れカントリーと融合するキッカケにあったのかもしれない→ロカビリー→ビートルズ→ロック)
そうういう成り立ちだからさ、JAZZには名曲とか代表曲にこういうのあるけどさ
「JAZZの世界ではこれらをカバー曲と”呼ばない”」
 ↓
Bill Evans "Alfie"
https://youtu.be/BlgFezYX528


テーマ(ロックならリフ)終了2分30秒からが本当の演奏となる
(アルフィーは確かブロードウェイミュージカルの挿入歌でバカラックの作曲)
ビルエバンスは白人だけど例外ってか異能(キースジャレットにも影響与えた人だから)

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2022年11月17日

日本人向け「BAND-MAID論の続き」(2)

だってさ、メイドカフェのフレンチメイドの衣装が全然日本の伝統では無く、
西洋コスプレ(パロディ)なワケじゃん。
(だから彼女達は、そんな自分達もパロディの対象にして「BAND-MAIKO」なるふざけたことやって、オリジナル曲まで書いてしまった。)
しかも秋葉原のメイドカフェのアイデアは”バカなHENTAI日本人ならではオリジナルなワケだ”
実質『BAND-MAID』創始者である、小鳩ミクは高校生の頃からメイドカフェの衣装に憧れていたんだったかな?「メイドさんになりたい」的な。
うんで、彼女は地方のローカルアイドルを皮切りにしょっぱいアイドル業界に入り、
東京で食えない時代に、念願叶ったのか知らないがメイドカフェのアルバイトをする。
後に、事務所で「カワイイ女子がハードロック企画」が登場し、「それは面白そうだ」と、ついでにメイドの衣装でやってみることを発案し、メンバーたちをスカウトする。
 ↑
悪く言えばさ、可憐な少女のデュエットでカーペンターズ歌ってスター誕生勝者となったのに、
「どうしてピンクレディなんだ」なんてな罰ゲームがどうなんだろうって話と同じに聞こえるかもしれないが、俺は違うと思ってんだよね。
(BAND-MAIDは、楽曲『After Life』のMVで実際に小鳩ミクが働いたメイドカフェのあったビルでロケをしている。彼女にとってこれは本当の聖地なのであり、)

■メイドのコスプレをすること(音楽における羞恥心の壁突破とバカである宣言)と、ハードロックをやることには特に関連性が無く(メイド風音楽を求められたのでは無くむしろ逆)、後にほとんどの曲を作曲するKANAMI氏は「はたしてBAND-MAID以前のフェミニンな女の子バンドを好きでやっていたのか?」と聞かれれば、それは女子会的な乗りと『共同幻想』でそう思っていただけなのじゃないかと思う。
メタルやハードロックと言えば特定の音楽を連想される方いるかもだが、
モダンJAZZにおいてハードにブロウするなんて”状況によっては普通のこと”です(ガンガンやってるだけ)、大人しくやるのばっかりって方が特定キャラ音楽だとも言える(室内楽?)、

勿論当初(事務所におけるコンセプトもあるのだから)
「いやいやそういうのじゃないでしょ」と自分達で作曲したものはダメを出され、
アルバム全曲自作となるのは数年の後になるんだが、
●俺はさ、これ事務所が「こういう曲調でと押し付けたものと思っていない」のですよ、
(メンバー達はこの時に関わった作曲者などに今でも感謝しており)
「女子っぽいメロウな曲を本当に書きたくて書いてるか?」
こういう女子会『共同幻想』ネタバレ崩壊からの限定解除のプロセスだったと思うのね。
(ハードロックやるってのは、曲を作る時にクラシックで言えば幅として「フルオーケストラスのオペラ楽曲ケールの大迫力もアリで」の意だから《バラード書いたらNGでも無いのだし》)

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2022年11月16日

日本人向け「BAND-MAID論の続き」(1)

最初はどこかで使うかもしれないので(過去にyoutubeで欧米人と《機械翻訳で》言い争いになりなんて顛末書きましたが)英語訳も機械翻訳で《便利な時代になったもんだ》付けようかしらとも思ったのだが(バカみたいってか)欧米人もそこまで関心ネーだろってことで(笑
日本のポップスロックシーンと、現在の亜種台頭(サブカル展開から本家越え)まで『共同幻想』論を交えて、心理学の記事にまとめてみようと思う。

■日本のポップスロックの始まりが戦後歌謡曲にあったのはみなさんご存じの通りで
これは「WW2敗戦象徴のひとつです」
(演歌などもあったため)メインストリームとはなりませんでしたが、その創成期淡谷のり子先生や青江三奈先生、江利チエミ(明らかに米国ポップスをカバーなど)、一部は明快に横浜ブルース的色彩もあったのであり(これは米兵相手のパンパン《売春婦》含む文化の中で米兵向けのクラブとその歌手などの存在による)、その後大手メジャーレーベルと数人の作詞家作曲家達が無数の歌謡曲を造るんですが(米モータウンもバート・バカラックだらけなのでそれは問題では無い)、彼らは米国音楽通であり勿論米国の音楽へのオマージュだとかレスペクトとしてそれを行っていたのだから
「パクリ以前に似ていて当たり前」なんです、
(最初っから”英米国ポップスロックシーンみたいなこと”がやりたかったんだから)

ガチのパクリもありますが(日本レコード大賞寺尾聡の『ルビーの指輪』は明快なビリー・ジョエル『ストレンジャー』のパクリです)、西城秀樹にビレッジピープルのカバー曲『YMCA』を歌わせて(実はこれゲイが発展場においでよってトンデモな歌なんだが)大ヒットしているところに(これとシンメトリーな関係にあったのがひろみ郷の『JAPAN』だと思う)、
●戦後日本ってものが米国のフェイクとして生き延びようとした様がそのまま表れており
全ての発端は敗戦です
<別の意味で戦後の日米安保肯定時代を表しているところに、本来は有数の民謡歌手である細川たかしにポップスを歌わせ大ヒットするという現象もあったと思う>

さて、そんな中で(ビートルズはともあれ)ボブ・ディラン的なイーストコーストの反体制的在り方が(今でいう左翼リベラル)「反抗的なロックのイメージでカッコいい」と(ロックの本場は勿論英国ですが)、パンク含めて、全国に多数のバンドが登場しますが、
日本を代表するロックバンドがRCサクセションであったことは(その評価の是非は横に置いておいて)象徴的であり(誰が見てもローリング・ストーンズのオマージュなワケで、RCサクセションは『共同幻想』論の始祖吉本隆明氏も好きだったんだよね)、
以外に知られていませんが、中嶋みゆきは後期においてのNYのパンクの女王パティ・スマイスの影響が大きく(エビデンスがあるのではないけどね)、

なんてかね、日本のポップスシーンが総じて「金髪に染めようとした」とか「外人バンドみたいになろうとした」、
そんな歴史的経緯が敗戦と戦後って流れの中にあったんですよ。

●だから、歌詞のサビが視聴者理解できない英語(しかも文法や用法間違えているなど)というトンデモが横行し(英語じゃなくて横文字歌詞ってことでいいじゃないな乗りで)なんだかそれが当たり前のことのように進行します(これ日常会話でも「横文字を会話に挟んで偉そうにする《どうして英語はさむと偉そうな感じになるのかってそれは敗戦国だから》」サブカルがそこかしこにあるでしょ)。

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2022年11月09日

言語と個性化分岐の話(交差するの意味もそこにあるかな)

「調子に乗って『単独者』言うても日本語話してるやんけ」
まず、ここからですが(笑
ちょいとJAZZの話です
事実上モダンJAZZとは(音楽の父バッハじゃないけど)=マイルス・デイビスのことで
彼が最初にカチンときたのが「コード進行のお約束」です、
「何を聴いても(予定調和じゃ)同じに聞こえるだろーが!(どこが不協和音のJAZZなんだ)」というお怒りですね。
コード進行とは和音の進行のことで、その和音を構成している音階を使えばどんな風に混ぜてもマッチするという奏法(ギターにおけるアルペジオ奏法みたいなものです)。
 ↑
マイルス先生はですね「同じに聴こえたらダメだろ」と(どこがオリジナルだ)、
かといって、適当にランダムなド・フリーJAZZは単なる滅茶苦茶で音楽では無いと否定、
そこで発見したのが、スケール展開です、
スケールはどこからドレミファ始めるのか?みたいな方式でいくつもドレミファソラシドを定義するみたいなことらしく(俺音楽専門外だから間違えていたらゴメンね)、
このスケールを展開させることを編み出します、これをマイルスはモード(旋法)展開と呼んで(モードスケールというのもあるようなんですがそのことではありません)、
各人が自由な発想で、コードでは無くモードを展開させて(極端に言えば違うメロディを弾け)フリーパートを個性化(想定外化)させることに成功します。

まあ何やってんのかよくわからない部分も多いので(誰にでもできることでは無い)、マイルスの衰えとともにJAZZもフェードアウトしてしまうんですが(モードJAZZが答えって意味では無いでしょうし)

●これは選択肢の分岐のことですよ
みなさんもアンケートに答えたことあると思います。
その結論は設問数や選択肢の倍数で増えますよね(確率計算上)、
それぞれは意外とシンプルな選択で(珈琲は好きですか?など)、
分岐の先へ、更にその分岐の先へと言う形で、これ無限に可能です。
極論最後の選択肢を億単位にすることも難しくないでしょう。
【これが個性化の本質】で、
その最中の126個目のアンケートの設問「猫は好きですか」←これがね、別ルートから同じ設問に辿り着く人もいるじゃん(末端より最初の頃の奴のが遭遇率も高い)、これを「確率が交差する」と私は考えているの(それが『単独者』における対人関係の接点、一種の社会性)。

「あ、そこは(予定されていないの意)偶然同じですね(最後は当然別々だけど)」

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タグ:『単独者』
posted by kagewari at 19:22 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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