時に、この現代社会で”正義”とか言い出す人達がいる。
確かにトランプ大統領などがあからさまに「平和のために極悪人を退治した」とか平気で言うので、紛らわしいと言えば紛らわしいが、彼がそれを(意図してかどうかわからないが)乱暴な表現で使っていることからも(正義や道徳言えた口では無い)、主観でしかないことが示唆されてると思う。
「正義などと言うものに、私の正義を超えるものは無い(国の正義を語れるのは民主的に選ばれた国家元首だけ=勿論それは”その国だけのの正義”乃至同盟国の正義である)」
時にトランプ大統領はアメリア人の命や憲法を守るためと言及するように、米国のように偉大な国は国益が世界的だから(持続的成功者であることが正当性の証)、これに不当な手段で対抗するものには(米国人にとっての)正義の鉄槌を食らわせるのは慈悲である。←ぐらいの勢いで考えているだろうことは推察できる(私を殺せるのはアメリカ国民《民主主義》だけ)。
リアリズムの世界で言えば、「正義とは武力行使の動機である」訳でさ、
(各国の法執行機関が銃で武装している理由)
個人が「それは何々にとって正義と言えるだろうか?」みたいなナイーブな話では無い。
(アンタの個人的正義があるなら疑問形にならんだろと《正義を信じる米国市民なら武装してますか?》、勿論市民にとって社会的正義の執行は投票な訳だが)
疑問形になるってことは、権威性というか「あたかもこの世に普遍的道徳や正義のような上位概念があるかのような話」になっており、そら理想論と同じだよ(一歩間違わなくても現実否定のユートピア思想《微妙にナルチシズムも感じる》)。
■単純にイラン戦争とは、
「アメリカの正義が勝つか、イランの正義が勝つかの戦い」であって、
トランプに批判的な米国人が「トランプには正義は無い」と断じるのは大いに結構なことだけれど、「そこに正義はあるだろうか?」ってのは無いよね。
元トランプ支持者が、トランプのことがわからなくなったとかなら「トランプは間違っている」で十分だからだ。
(思うに行使される武力に対する罪悪感とかも関係するんだろうけどね。迷ってる人にとって「トランプ応援したいが罪悪感に耐えられない」とかな、これは単なる優柔不断か、最初から無理解だってことでもある。)
昨今ゴリゴリのパワーポリティクスが政治的修辞に隠されること無く披瀝されているから、
あてられるってか、引いちゃう人も多数だと思うけれど、
”これが現実だ”というのが落ちだと思うぞ。
※米ソ冷戦の時の方が安定的だという向きもあるでしょう。そらそうですこの時世界の残酷は共産主義陣営が国内で引き受けており敵役として強烈な力を誇示したから、その力の均衡により強度の高い国際的平和をもたらせていたとも考えることができる。ソ連の崩壊は「パンドラの箱」が開いたようなものだったのだろう(国際政治的にはそのまんま”敵役あってのパックスアメリカーナ”みたいなことさ)
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