(概念としての神ね《唯一神設定の場合だけど》、なので”神現象””神状態”と呼んでもいい)
比較対象含めて、何かがないとそれを確認できない(不可能とは言って無い難しいのさ)。
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■わかりやすい例として「格闘家」をあげてみよう
我流で何かの格闘術を会得したつもりの人物が、自分が最強なのかをひとりだけで確認できるだろうか?
(つか何かが足りない時の修行をどういうモチベーションで進めるのか)
難しいわよね、
ボクシングなど既に存在し競争相手がいて試合によってそれを確認できる方が楽というか、動機形成もスムーズである。唯我独尊で「あー俺が最強」とか疑問無く思える格闘家は「概念として神であることを疑っていない状態に等しい」ってな話。
JAZZミュージシャンの多くは、自分のやってることを理解できる視聴者が極めて限られる中で(即興演奏が前提である以上”商業音楽では無い”からね)。「これでいいのか、聴いてるファンはわかってるのか」みたいな孤独の中でドラッグに手を出すとかも頻発していた。不安から逃れられず(また前衛にいけばいくほど食えなくなるジレンマもあって)続かない人も多かった。
これを牽引していたのが神格化されていたマイルスで(この天才はやってることを理解できない聴衆にも凄さがわかる表現力をもっていたものだから)、60年代70年代からのJAZZの巨人の多くは元マイルスバンド出身者という奇怪な世界だったのだけれど、マイルス亡き後JAZZも終わったみたいな形で、今は”音楽ジャンルのひとつ”みたいな立ち位置にあると思う(これはブルースとかにも言えることだけど)。
■これが「孤独などという概念が成立しない現代の『単独者』の時代」であったなら違っていたと思うんだよね(先進国化の中で無限の視聴者の存在が本当に個性的実存のあるものはどこかで誰かかが必ず評価する時代《というかそれを演者が想像できる時代》)。
JAZZもマイルスに依存することもなく、「面白いこと」を着想により気楽な広がりを持っていたのだろうと思うよね。
モダンJAZZの台頭の流れと、現代のDJという(DJはミュージシャンと言えるのかという論議は脇に置くとして)スタイルは非常に類似していて、DJ音楽って呼ぶのはアレかなと思うけど、現代では必ずしも少数派でも無く、音楽性が認められていたりする(楽し気な広がりもありつつプロの存在も併存できている)。現代に勃興していればJAZZも(食うにも困らず)そんな風になっていたのかもしれない。
現代はプログレッシブなことがとてもやりやすいんだよ。
「プログレッシブもサブカルの一種だよね」みたいな(軽いとまで言わないけど)安心感がある。
そこに実存する個性があれば、必ずどこかに”それを理解する”反響や批評があるからね。
90年代2000年代は食うに困っていたかもしれない『人間椅子』が、今や海外からも注目を集める姿は、60年代モダンJAZZにもあり得たであろうものだったのでは無いだろうか。
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