いずれ訪れる個性化時代の対人関係ってのは
対人関係と呼ばれないかもしれない。
どこぞの原稿で、「対人関係に社会性がもれなくくっついてくる時代が終わる」と書いたが、
それは=で「対人関係がシンプルな1対1を原則として社会性と無関係となる」ことであり、
1対1個人間の関係ってのは(サッカーで言うところの《組織では無く》個の強さだとか、ハリルが言ってたデュエル)=個人の実存ありきの話なのね。
論議の中心が個性化だから”そのまんま”です。
個の強さが=1対1の関係性を可能とするので、【個性化=1対1の構造】ってこと。
つまり、個人に社会性を求めない時代(反対に個の強さ《個性のこと》が求められる)。
■どうしてそうなるのかってのも案外簡単な話で
社会性を優先するってのは常に100分の1になるとかの概念で、
(公的権威性100を構成する1である)
1対1を前提としていないので(なので昭和の核家族時代から『共同幻想』崩壊は始まってている)その場に100をバックにした1で参加しようとするのだけれど、やってることは「君も100の一員になろうよ」と同調圧力をかけてくることで(サッカーの話では無いけど)それ組織プレーでしょ。
※だから『共同幻想』適応論では親友の概念が(裏でこっそりみたいに)秘密の関係だったりするのね。
1対1の関係性を前提として(秘密会でもなく)堂々対峙するには、1として自己完結性のある強度が個性としてあることが条件なので、
【はい、大事なことですが、その強度がある時点で別に対人関係は無くてもいいんです(単独行動ベースでもいける)】→極論すると「対人関係無くてもいい単独行動ベースの個人が初めて、1対1の関係性も構築できる」ことになります。
同時にその人は「そのまま単独行動でも別にOK」なので、
(対人関係の発生しない状況は無問題につきノーカウントになりますから)
メタファー的に言えば
「個性化時代の対人関係とは、対人関係に依存することのない単独構造ベースの個性化のことである」←ってなるよって話です。
●構造論的には(それを予定する訳では無いが)
個性の強度が高い人ほど、1対1対人関係成立の確率も高くなる
(昔、不良アウトロー系の一部に「殴り合いの喧嘩しても、自分が怪我して相手を困らせないように体を鍛えておくのが友情だ」なんて話もあってだな、《ここは1対1の参考になると思う》)
念のため繰り返し書いておきますが、
個性とは何も極端なことをするトンデモな人のことでは無く(むしろ「反動形成」が無いので極端な動機は無い)、多くの自由選択分岐を繰り返すことで組み合わせ確率上限りなく唯一固有(ユニーク)になることです。
(高校野球のトーナメントなどで100回戦まであると参加何校になる?って話さ)
同じように見えるかもしれないけど、「必ずどこか違う」
そしてその違いは些細な違いに見えるかもしれないけど「本人にとっては自らの実存を賭けるほど《譲歩することなどあり得ない》大事な違いである」←こういう状態
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