2022年09月30日

『単独者』の雑感「LGBT周辺で語られる話への素朴な疑問」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


これ心理学的見解で書くべきなのかもしれないが、
この辺の論議はあまり盛んではないというか(フロイトもこれという言及無いと思う)
勝手なこと言って誤解を招いてもいけないので、雑感の方で書くことにした。
実は、何年か前にも一度触れてるんだよね、
今回は米国で問題となってるWoke的リベラル世論への批判的部分もあるかな、

ギリシャ時代しかり、日本の戦国時代しかり(古くはインドの神話にも及ぶ)、
近代以前には「バイセクシャルが日常」な時代がありました。
文化人類学的には(紫式部じゃないけれど)日本の近代以前は殊更の女性差別は無かったと言う意見もある。
これが顕著となるのは、明治維新以降の軍国主義下の日本だよね(男女席を同じくせずとかなんとかの登場)、その軍国主義の中で産めよ増やせよで家族主義的な『共同幻想』が後からデッチ上げられた側面もある。
殊更に明治維新を批判するつもりもないが(スーツ着てちょんまげもオカシイだろ)、
現代の左翼リベラルの「LGBTガー」って矛先も”近代世界に目立った家族封建主義的な一面”ばかりに敵対していないだろうか?って話(ここで三島の話を出すと右派の方がア”−とかなりそうなのでやめておく)。

そもそもが「バイセクシャルが公然となっていた時代があったんだからさ」
(しかも一時期とかいうレベルでは無く、古代を含めるとかなりの長期間と思われる)
 ↑
●勘のいい人は気が付いていると思うんだわ
やれジェンダーガーってさ、「実は私は女です!」とか、、、やけにLGBTの論議も性別に拘るよね?あれれ?なんかその着想は近代前後の家族封建主義のデッチ上げを前提とした論議になってないか?(近代のやたらと男らしく、女らしくを前提にした上での→「やっぱり私は男です!」とか)。
※ここは保守派も一部勘違いしてると思うんだわ
 ↓
戸籍上の性別に拘るなんて「完璧に保守派の論理」だよね(リベラル派なら”戸籍など無意味だ”とか言いそうなところなのに)、←そら保守派も勘違いするよ、LGBT運動の周辺は”保守系マチズモ《男性誇示》”や”保守系「私は女性ですから女らしくする権利が」”な話がてんこ盛りでさ、「戸籍は大事です、私は男の中の男です」とか、論法の根拠が右翼的保守なんだよな、、、
(たぶん、だから余計に保守系が”伝統保守”を破壊するのかってレスポンスしちゃうのさ)


なんてか知的エリートのリベラル派なら(さっきの戸籍の話もそうだけど)、
「性別とかそもそも曖昧なものだべ」って言う方が自然じゃね?
と、思うんだよね、、、
軍国主義者じゃあるまいし、何をムキになって「俺は男ダー」とか「アタシは女ウオー」とか言ってるのかよくわからないんだよ。
(※素朴にシナリオ書いた人、間違ったんだと思う《リベラル派は何か早合点してないか?》)
※心理学的に言えることは→話がやたらと「反動形成」っぽいじゃん(コンプレックスにも等しい『共同幻想』保守への対抗意識抜きに語れない)、”それがどこからどこまで”とは専門じゃないから言い切れないけれど「メンタルによるケースも結構存在しているのではないか」と思うぞ(性《SEX》への嫌悪が関係している場合もありそうだ)。



posted by kagewari at 22:52 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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