2022年09月24日

「ちょっとした保守論(それほどたいした話では無い)」

先日の記事リク補完になるのかもしれないが、
そもそも近代以降の左翼リベラルが夢見た人類の英知や理性って概念は、フランス革命時の「キリスト教(とりわけカソリックの)教会権力」或いは宗教戒律をベースにした『共同幻想』との対置にあったのであり(それに代わるものを目指したって言えばいいかな)、後のマルクスが提唱した共産主義ってのが、よくよく考えればアブラハムの宗教4番目の兄弟みたいなことになってるののはそれが理由だが(共産主義の着想にはユダヤ教の影響がある)、

<何も難しい話をするつもりはないので気軽に聞いて欲しいのだが>

文明開化でも科学主義でもなんでもいんだけど、
(様々あったよね、奴隷解放、労働三法、男女同権、人権主義、国連主義、プライバシー保護法、環境保護運動、フェミニズム、感染症とロックダウン、、)
●根本的な矛盾を抱えるんですよ
それ何かって、欧米で言えば『キリスト教』、日本にはこれっての無いが(岸田教授的に言えば)「天皇と世間様」、これらは伝統という点で(普遍では無いが)”非常に変化率が低い”←ひと世代の視点なら”全くかわらないこともある”(普遍っぽいってことで”普遍性”があると言えるよね)
 ↓
これに対して人類の英知や理性で「その時思いついた概念」ってこれ相当クルクル変わるワケ、
(Co2が悪魔だって話も20年先どうなってるのかなんて誰にもわからない)
それは「現行世代の英知に過ぎないからだよ」
(そんなうつろいゆくものをだな)あたかも伝統宗教『共同幻想』のように「公的な正義」のように語ると、これさ構造的に嘘になるんだわ。→「今はそれがトレンドかもしれないけど」までの話なのね、

■そこで政治の世界では(最大公約数とか安全策優先だから)歴史や伝統のように長く続いたものは”その一世代の考えで”覆すべきでは無いって考えが成り立つ。←これが保守主義、
(仮にさ、現行世代の考えで《2600年続いてる》皇統を途絶えさせたとします、或いは欧米がバチカンを廃滅させて『聖書』を全て燃やしたとする。→100年後の世代が「やつぱりあった方がいいね」となってからでは”もう遅い”からです。)
 ↓
勿論文明の進歩を否定するものではないから「改革は時間をかけてゆっくり(複数世代の投票結果でプルーフされるように)」進めるべきだって考えが、保守リベラル(自由主義だが保守的だってことかな:個人的には前衛でも社会にはそこまで求めない《後から広がればいいなと》)。

様々なところで『共同幻想』の崩壊と、『単独者』時代を語る俺がそれいうことに違和感あるかもしれないが、社会進化論的に「止められない動き」もあるワケさ(特に”付属する”というか”その周辺の”慣習などから変化は先行していくからね《日本で言えば「気が付いたら非婚・晩婚」など》)、


<話を左翼的思想の矛盾に戻すけど>
かといってマルクスの共産主義革命のように「普遍性が到底あり得ない概念をあたかも伝統保守『共同幻想』に代わるものだとして、革命として文化伝統を破壊すると取り返しのつかないことになる」ってのはソ連崩壊や中国の毛沢東主義やら他例を出さなくても結果は出ており、
”全体主義”ってのはさ「現行世代だけの考えで社会正義を語ること」そのものなんだわ。
 ↓
※「最近思いついた考え」って言えば極端なんだけど(よく聞くじゃん「最近よく聞くSDGsですが」とかのフレーズ)、それが社会正義や社会道徳である筈無いのだよ。
うんとさ、現代思想的に「最近思いついた考え」による社会正義や社会道徳ってのは(明日は別の考え出てくるかもしれない時点で)確実に普遍性が無いのだから、社会的に論議したらその段階で(元ネタが『聖書』に対する反動なのだから)”瞬間神様芸”になってしまう。

■現代思想的なことを語るなって話では”全然無い”からね。
「マニアックな考えとして、こういう概念もあるよ(さあどうかしらね)」←この域に収めておく方が構造的矛盾を引き起こさない。
時間経過で理解者が増えれば自然に民主主義で議決されるんだから、それで十分でしょ?
※結果として構造的矛盾(全体主義)に陥った典型は、過剰な嫌煙運動だったり、マスク警察だったり、特に欧米の謎の環境運動グレタ主義だったり、捕鯨船追いかけ回す反捕鯨運動だったりするワケです。

勿論、俗にいう右翼(いつの時代への復古をどうして君が決められるんだね?って人)
彼らの論理矛盾も同じところにある。

「いつの時代に戻ればいいの?戦時中の昭和?明治?大正?江戸時代?はたまた鎌倉?君の心酔する武士道っていつの時代の武士道?」
右翼思想ってのはさ「選択的ノスタルジー」みたいなものでド・幻想だから。

保守の本質は「連綿と続いている今までのこと」であり、
(そういえば最近聞いたような話”それ以外”って感じかなww)
逆説的に
自分を進歩的改革派だと自認している場合、「ほどほどにしておいた方がいいとは言わないが」基本的にはさ(元は少数派《最近出てきた話なんだから》)「こういう考え方もある」って踏みとどまり方がある方が収まりがいい(構造的矛盾に落ちない)。
自分の意見として、自分の領域って表現はあれだけど(個人的にとか専門性の中でとかマニアックなとかの意味)そこでガンガンやるのはいいのさ、しかしカタギの素人さん相手に同じ論調でやれば行き過ぎなんだよ。
 ↑
ここもだな”行き過ぎ”ってのは自分のためのことな(うっかり構造的矛盾に落ちないように)

■俺も心理学は自称アングラ専門職だが、
何も困ることの無い『共同幻想』適応者を捕まえていきなり語り出すとかやらないから(笑
(そういう人のいる場では基本的に心理学の話はしない)



posted by kagewari at 07:31 | TrackBack(0) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



この記事へのトラックバック
comments他

・コメント欄は『公開掲示板』同様に原則削除禁止です
(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

・SPAM対策として一部キャリアからの投稿がIP規制の対象となってます
(同規制キャリアから登録抜けによる投稿がある場合、投稿は自動削除されると同時に規制IPに追加登録されます)



現在コメント欄閉鎖中 (2014.7.26〜)




kagewari01
タグクラウド
RDF Site Summary
RSS 2.0