2021年11月25日

リクエスト関連(「直前記事補足の補足『共同幻想』システム”崩れ”について」)

https://kagewari.seesaa.net/article/484532732.html
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これの続き、補足ね

人によってはわかりやすい、
人によってか何度考えてもよくわからないのが”崩れ”の話かもしれないので、
シンプルなモデルで補足説明しておこう
今回の話はサブカル国家日本と、欧州比較だったのでそこも交えて

■宗教系『共同幻想』で説明するのが簡単なので
「お題は葬式」にしましょうか

●近代以前の葬儀はほぼ全ての段取りを宗教関係者が取り決めており、
(まさか一介の末端信者が「そこは違います」なんて口をはさむことはあり得ない→「だよね?」「絶対そうだよね」)
「こうしなさい、あーしなさい、こういうものですよ、こうなっているのです」と伝達されるものを、所属社会全体が”共有”→神と人とを繋ぐ中間管理職のお言葉として「そういうものなんですね」となって収まる(欧米なら教会権力を頂点として社会全員の道徳などの概念は”共有・共有”)。
※この「そういうものなんですね」と(自分の考えなど挟まずに)無条件に同意する状況のことを【社会適応】と言います。

●世俗化が始まると、坊さんのスキャンダルが報じされたり(実は金の亡者だとか)、
一般庶民も『聖書』や宗教関係の解説本やら知見を持ち、
地域を管轄する坊さんや神父やらの発言を聞いて、
「それは宗教的概念なのかしら?この時のお礼はお幾ら万円とかどこにも書いていませんよ」
などなど(そもそもぶっちゃけた話、「神の意思伝達者」なんて話は”ホラ”なワケで、、)
”権威がネタバレ失墜します”
かといって、葬式をいきなり(習俗的にも)非宗教にもできず(墓をどうするんだなど)
まままそこはお坊さんなり神父さんを呼びましょうと、
気が付いたら、葬儀コーディネーターの民間会社が登場
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「歩留まり」の始まり、
(だいたいの総論は共有されるが、凄く薄いところで、各論か各人独自の意見を持つ。間違っても自称坊さんや神父さんがマジ神と会話できるとか信じているものはおらず、ありがたい説教も半分居眠りしながら華麗にスルーする時代へ)

●これもうちょっと進むとさ(アナーキズムほどではないが)
「海へ散骨しましょ」とか登場するでしょ
(最近は自治体が永代供養の共同墓地を作ればいいのじゃないか?なんてアイデアも出てきた《墓じまいとか考えなくてもいいから》)

■はい、するとね「当然保守派と世俗派が混在する時代にはいろいろ起きるでしょ」?
ゴリゴリ保守な人は、現代社会でも「それは神の言葉だ」と信じてるワケだからさ、
そこに「散骨しようよ」なんて奴が登場するとさ
「この悪魔教徒メーー!!」とかになるの(実際この構図は現代米国でも起きてる)

■欧州の場合はさ、ルターの宗教改革(てかこれ革命に近い)とか経験しているので、
(米国はそれにより派生した新教徒一派により樹立されるんだが、当時はIS並みのテロリスト扱いだったんだよね《プロテスタントって←だってprotest:抗議だぜ?存在がアンチ・ローマカソリックですから》)
表向きはね「実際に神の声を聞けてない現代の宗教権威者では無く、(みなさんも聖書読んでいるワケで)キリスト教神学や哲学的知見から人類の理性によって合理的に考えればよい(ひょっとしてそれは聖書の更に正しい解釈なのかもしれない)」←とかなんだよ
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【道徳、倫理、哲学】の権威性位置づけに実は変更が無い事わかる?
(この状態を”崩れ”と呼ぶワケ:てか見たままそう表現しとるんだが。学名とか正式呼称とかそういうんじゃありません。)
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だから、”崩れ”社会に対しては
「こんにちは、カールマルクスです。私が新しい預言をお伝えしましょう。人類の英知これを”共産主義”と呼びます」←以前ヴァチカンの法王が座っていた権威にマルクスが座って、『聖書』の代わりに『新・聖書ですよ「資本論」』が配置されるってこと。
※米国のリバタリアン思想も『単独者』の概念発見には至らず、アメリカンドリーム担い手の英雄みたいな権威性を残したヘンテコ概念なんだよね(ニーチェで言うとこの超人、宗教で言うとこの大天使かな)。
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●さらにそこに現代では(崩れ社会で空白となる権威の座に)
「こんいちはグレタです、地球の声をお伝えします」って、環境保護政治思想が入り込む
(勿論後ろでシナリオ書いてるのは、共産主義者)
だからヤバいんだわ→「異教徒を殺せーーー!」みたいなノリだから。


■これに対して日本のサブカルってさ、
親鸞って鎌倉時代とかだから、相当昔だよね(日本のルターっていうと違うと思うけど、、)
いきなり世俗派、
ついでに、仏教を支配の道具に使いましょうかなんて理由で導入した時にも、神道を弾圧とかしないんだよね(これ便宜上だから)みたいなことなんで(そら権力闘争で”そこは焼き払え”なんてのはあったけど)、
神道側も「ブッダも神なんだわ」とかワケのわからないご都合主義で、「神仏習合」とか言っちゃうワケ(東映の怪獣大決戦じゃないんだから、、、)←若干現代ハリウッドの『アベンジャーズ』のノリに近い。
民衆も思うよね「え?どっちが偉いの?」→「うーん、おんなじぐらい」「へ、何それ?」

なので葬儀を宗教道徳的に捉えている庶民が「最初からおらず(最初から宗教とゆうよりも慣習で、坊さんは神の代理人では無く”慣習に詳しい人”みたいな感じでさ)ww」

世俗化がどどーんと進んで「散骨とかもあるんだよ」なんて聞くと
「へー今はそういうのもあるのかい」って感情的に反発する人もそれほどおらず、(自分はどうするのかは別だけど)選択肢というか、そういうのがあるんだねって知識としてはなんら抵抗無く入るワケ。

環境ナントカも日本の場合(最初から日本は”実は歩留まり権威社会”なので)
「あー省エネのことでしょ。日本にはね昔から”もったいない”って文化があって」
(聞いた欧州人が)「チガーーウ!この異教徒メー―!!捕鯨禁止!!」
とかなっちゃうワケなんだわ。


●●●もーっと話を単純化すると●●●

現代においても「みんながそうしている」←この概念があたかも正当性(正統性)ある上位概念だと思ってしまう状態
ハイ、この段階で”崩れ”だから。
(※民主主義における多数決なら「その時その時で違う結論もあり得る」んだからさ→崩れは民主的では無く”全体主義”)
現代社会ってのは
(人がどうとか知らないが)「私はこう考える」って時代になってるワケ(『共同幻想』権威がとっくの昔に崩壊してるから)←当然この世俗化には個々人で幅があり「最低でも歩留まり〜MAX『単独者』みたいな」感じになる。

・で、崩れシステムが(場当たり的に支配者なりを座らせて)徒党を組めば、
「保守っぽい『共同幻想』崩れな人」となるんだけど(すっげー同調圧力満載で)
・(軍団形成するでなしに)「みんなそう言ってます、こうにきまってます」とか(何故かそれをひとりで)言っている人は、
「「強迫心理」な人」となります(それですっげー『自意識』抑圧満載で)



posted by kagewari at 15:33 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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