2021年07月26日

あまり真面目に読まないで欲しいのだが(DEATHについて)

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


何かを勘違いしてフラグになる人いても困るので表題は横文字にしたのだが、
自分で言うのもなんだが”それ”をあまり怖いことだとは思っていない。
(楽しみと言うのは不謹慎だし語弊もあると思うけれど、自我ってものが果たして脳のニューロン回路上だけに展開しているものなのかって考える上での貴重な情報が得られるのではないかと、少し思ったりする。←オカルト上の興味ではありませんから誤解のないように、)
 ↑
生を軽視しているのではないので誤解しないでくれたまへ(むしろその逆です)
●DEATHがあーだこーだって話に現在進行形の実存は影響を受けない(棄損されない)という趣旨の話になります。


■過去の自分は消滅したと言えるのだろうか?
(現在の自分は間違っても当時の自分とは違うのだが、あの時の自分はどこにいったのだろう)
寿命でも事故でもNK国やC国の核兵器でもいんだが、
それで終わりって時に、過去の自分と違いがあるとするなら
「それは、これで消えてなくなるんだぜって自覚があるか無いかの差だけじゃないか?」
これは他者の話でもそうで、
 ↓
思い入れのある映画や小説やラノベでもアニメでも漫画でもいいけど
「あーこんな時、フィリップマーロウはどう考えるんだ?(ロッキーはどう戦う?、シーモアグラースは?伊達邦彦は?)」←おいおい実在の人物ですら無いぞ、
或いは、強く影響受けた人物が既に亡くなったことを後から知ったとする、
「今どうしているのかわからない状態と、既に亡くなっていたことにどんな違いがある?」
(だからこそ、「それは映画の登場人物だけど」って話が通用するワケで)


●自分の存在も同じだろと思うんだよね、
数年後に自分が亡くなっているかもしれないことと、数年後の自分が何をしているのかわかりっこないことに大きな違いがあるのだろうかって、
なんだかんだとバカみたいなことを考えているのは自分に違いないのだが、
それと亡くなる可能性に言うほどの関連性を感じないんだわ。
だって考えても仕方の無いことだろ、
(たとえばさ、今ナントカってUSB-DACを購入しようと悪戦苦闘しているときに、「お前10年後はもっといいDACが出てるだろ」とか言われても←絶妙にリアリズムから乖離してるよね?)




posted by kagewari at 16:43 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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