にわかにご理解いただけない言語のひとつが”自由”です。
今より自由度が高くなる事は(倒錯的欲求でも無い限り)”かなり普遍的”に幸福度に関連するロジックです(心理学には絶対は無いのであくまでも有力なって水準の話ですが)。
時に、
●大きな誤解を招くのが『被(こうむる)』系の願望です。
心理学においては「本当にそれが実現したら『自意識』は素で嬉しいだろうか」←肝心要のこれがプルーフされていないって話が出てきます。
「ちょっと待てよ、この妄想が本当のホントに実現したら俺は嬉しいのだろうか?」
「あー、うーん、だよな〜、考えてみたらナイナイナイだなこれ」←自我の活動にはこれ系のナンセンス願望がすっごく多いのです。
その大半は『被(こうむる)』系の願望であると。
そもそも『被(こうむる)』って受動系の概念において主体的意思である願望がくっつくのからして論理矛盾になりますが(表現に無理ありますが→「ある意味鬱状態に陥るのが正しい」みたいな)、
思考の流れとしては、あくまでも起点が『被(こうむる)』であって、そこから願望が形成されるプロセスはルサンチマンのような(典型例は復讐心の形成)反動形成によるものです。
「なになにされたのだから、こうならないと我慢がならない」のような流れです。
↑
さて、ここまでの説明でバレバレとなっているように、
起点は受け身ですからその願望全体が最初から主体的なものでは”無い”事がわかります。
可能であれば「なになにされた」以前の”素の常態”の自我が思う事が本題となるべきですから。
■故に
『被(こうむる)』系の願望心理形成にはほぼ100%反動形成が関わりますから(冷蔵庫に大事にしまっていたプリンを食べられた時、同じプリンを弁済されただけでは許せなくなる倍増係数)、心理的にそうなってちゃうだけで(復讐心理で言えば「八つ裂きにしてやる」など)、素の自我がそうなったら幸福感を感じるような自由度論議とは全く別物です。
たとえば、
「八つ裂きにもこのようなメニューがありますが」のような具体論を真剣に提示されたりしても、そこにはには興味ないワケです(逆に白けてしまったり)。
その実現を「”素”の自我は望んでいない」証明です。
●誤解を招きそうなので補完しておきますが、
何も私は復讐という概念には全て反動形成が関与するから論理矛盾があるみたいな(人権派死刑反対論に出てきそうな)話をしているのではありません。
「主体的な復讐」という概念も”別途”成立するからです。
主体的な復讐とは、因果応報じゃありませんが「なになにの損失や損害があった以上、自分の主体的選択として(素で敵の命を奪う事に関心は無いが)ケジメを取る意味でこの復讐をやり遂げなければならない」のような(限りなく責任感のような)意思決定です。
もっともわかりやすいのは、
「この敗戦があったからこそ、僕は次の大会の優勝を誓った」みたいな奴。
重要なのは、主体的復讐というのは内心報復すべき相手がどうなるのかには関心が無く(それは織り込み済みで)自分が何を成して(勿論それは仇討でもいんですが)「どんなハードルを越えて自由度を拡大させたか(自分の意思を実現させたか)」となることです。
注:上記論議にも心理学の原則「結果論には意味が無い」が成立してますね。
さて、
反対に『被(こうむる)』系の願望と言うのは「あーなったらいいのに、こーなったらいいのに、死んでしまえばいいのに」的に、報復相手の結果に強い関心があり、、
妙ですよね?
芸能人のファンクラブでもあるまいし、(自分の事はそっちのけで)他人の結末に強い関心があるのですから(しかも悪感情のある相手に対して何故に自分の自我リソースをそれほど無償で提供しようとするのやら)、自我機能としてそんな欲求が素で起こりえる筈も無く、、
ほとんどの上記願望は
「ちょっと待てよ、この妄想が本当のホントに実現したら俺は嬉しいのだろうか?」
「あー、うーん、だよな〜、考えてみたらナイナイナイだなこれ」←となるのです。
(そこは強迫心理への対抗策の一つ『一拍置く』って奴です。)
■そんなこんなで
「ほんとはどうしたいワケ?」なんて言葉も生まれたのであり、
言外に「強迫的願望じゃないの?」な意味で”これ”使用されてます。
前述のファン心理を更に補完すると、
芸能人ファンクラブの心理って奴も、
「私の気持ちを全て奪い去られる衝撃」みたいな(これある意味被害なのですよ→『被(こうむる)』なワケです)、トラウマ論にもよく似た経験を発端に「(本当に実現するとかどーでもいいから)あーだったら、こーだったら」なるファン心理特有の願望が膨らむって話ですから、構造は同じです。
(そもそもファン心理的に、芸能人に抱いているイメージと、芸能人を演じている素の当該人物が実際は違っていることさえ、内々にわかっている。→故に演じ役の当該人物が不倫やら恋人発覚すると「芸能人誰々のイメージを壊す裏切り行為だ」とばかりに、芸能人を演じてきた当の本人にやんややんやの批判が炎上したりもする。)
「初めてビートルズを見た時の衝撃」なんて言うじゃないですか。
(その時、僕の何かが破壊されたみたいにね)
てなわけで、
ベテランの大人のファンは何があっても案外冷静だが(それは現実との乖離込みとか流石に場数踏んでわかってくる)、
にわかファンに限って、ささいなことでも妙に感情的になるだとか、そこはストーカー心理にも関係しており、「抱く幻想と現実の乖離度はストーカーの災害レベルに比例します」
トンでもをやらかすストーカーが抱くイメージは「もうこの世のどこにも存在していない何か」なのです。
●この場合は「本当にそれが実現したら?」を超え、
「この世に存在しない話をあてこんでるよね?」の域に達し、
「ナイナイナイナイ、ないって”根本的にあり得ない”」まで行く。
(反動形成係数レッドゾーン振り切っているみたいな)
この場合、どう転んでも実体を伴った幸福の可能性は”0”になります。
この先にはもう道路は無く、破綻のわかっている一本道をアクセル全開で崖から落ちるまで走り続けるような心理に陥っている事になります。
こうなると、もう相手が誰だかもわからずに暴走していることになり(ストーカーとはそういうものです)、
”暴走”にカーレーサーの抗い攻める走りと関連が”ある筈も無く”、いわば自殺行為的な倒錯的カタルシスドラマが展開している事になります。
この倒錯的カタルシスドラマは、私小説的な妄想の中にあり(或は渦中にあり)、
事情の分からない第三が見れば狂人にしか見えないでしょう。
たかがタレントや会社の同僚や、ちょっと恋人関係だった人物が(僕のハートが壊れたじゃないが)、そんな破壊力を発現する事実関係を持つ筈も”無く”(世の中にはそんな都合のいい運命など無い)、
フロイト心理学の真骨頂ですが、
「生命の危機にも及ぶ強烈な快感代謝事項は、著しく自分の生存が脆弱な幼児期や子供時代の事情による相対的な”大人社会”に感じる誇大性抜きに説明できない」ワケです。
(モチーフとなる投影元の原体験は別にあるのだろう)
ビートルズがその辺に100万人もいるとかあり得ないからです。
予定外に話がよれてしまったので、
次回に<つづく>
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