2016年07月12日

国際政治というか安全保障の原則論

法治国家として法の縛りが機能するのは”国内”だけであり、
確かに”目安”としての国際法や国際ルールはありますが(時にこれが国を超えた拘束力を持たせる条約もあるけれど)、基本それが憲法なり国内法によりその遵守を定義されない限り「全く拘束力はありません」。
努力目標だったり、多国間調停する時などの目安です。
(安保理による制裁議決についても基本的には集団的安全保障の延長上にあるもので、実際の運用も関係国のコンセンサスで可能となっており、国連決議が努力目標を超えることはありません。)

そりゃそうです、国連だとか国際機関のその担当者の権限なりは世界が投票したものでもないのであり、それ系の組織に顔の効く官僚だったり名誉職だったりに過ぎないワケですからね、
まさかそんな国際機関に各国の主権を超える司法権限があったら大変です。
基本的には大国相手に「話をすることができる調整役」を超えることは無く、何を実行するにも加盟国(とりわけ加盟大国の)賛同なしには進みませんから実態は「集団的安全保障の応用」です。


■国際関係とは原則「無法地帯」という認識が正しい。
各国の憲法にはおおよそ「国民の生命と資産の安全を守る」云々の記載があると思います。
ぶっちゃけ「その大前提を守るため、国民に選ばれた権力者は躊躇無く他国民の生命の存否に関する判断を躊躇しない」つーのが国際関係の原則です。
 ↑
なんだか随分ひどい話に思えますが、
たとえば、
国民が飢餓で苦しむに至るまで他国に食糧援助してはいかんのです(憲法違反)。
他国が飢餓で苦しんでるとしても自国民の生命の危険に及ぶほど大規模な援助をしてもいけない。
どの国にも自然権として自衛権が存在するように、所謂正当防衛として他国の軍隊を攻撃して(仮にそれで他国軍人に)死人が出ても、憲法により権力者は防衛行動の選択に躊躇してはいけません(外交関係も国益なのでそこの兼ね合いは別途ありますが)。
下世話な表現で言えば「自国の憲法の規定により権力者は躊躇無く他人を殺害する判断ができなければならない」のがリアルな国際政治の姿です。

■これまたそんな無茶なみたいに思われる方もいらっしゃるかもですが、
国内法においても、ハイジャックなどの現行犯である場合半ば超法規的に「射殺命令」を出せますわね(時々死刑廃止国家はどういう根拠でテロ実行犯を射殺しているのかわからないのですが)。
権力に従事している側の責任としては上記と前述には大きな違いはありません。

ですから、某国が自国民の生命や資産保全のために(或いは当該国が無政府状態の大混乱とならないため目先を逸らす目的でも同じって言えば同じ)他国を侵略するオプションを持つことは国際政治においては”当たり前”の話です。
●日本の憲法9条が異例なのは、前述の国際法規定を自国憲法により上位概念と規定しているみたいなアレで、他国を攻撃する云々の「自主的な選択オプションを放棄する」ものです。
 ↑
隣にISみたいな国が唐突に登場したとして、盛んにテロリストを養成し送り込んでいるのがバレバレな場合でも日本から自主的判断によって攻撃することは原則不可能です。

可能性としてありそうな話と言えば「(オウム真理教のような)過激派が隣国の保護の元でIS並みの軍事力を備え、テロリストも養成している(十分に軍事力を整備した後にその隣国でクーデターを起こし宣戦布告の準備中)。」なんてことになっても、現行憲法だと可能な対応はとても限られています(自衛官の武器の使用はほとんど警察官のそれと法的規制が同じ)。
極論そんなテロ国家が近所に存在しても、じっくり時間をかけて戦力を整えるまで(後に100%宣戦布告してくることが確実でも)経済制裁以外に有力な対抗策はありません。
第三世界の部族間紛争などに実際よくある話かと思います。


■確かに、市場原理で(所謂お金の問題として割に合わないという意味で)先進国は国家規模の大戦争をおっぱじめる可能性は限りなく”0”です(それは先進国となった結果その平和の配当も検討もつかないほど莫大な金額になるため)。考えられる軍事紛争は「自衛権の範囲」に限定されてきます。
(※私は憲法改正賛成ですが、9条の大筋はそのままにしとくのもアリだと思っている根拠です。)

たとえ自衛権に限定される話であっても、どんな権力者も政治家のみなさんも人間です。「預言者やら超能力者やら千里眼の持ち主じゃない」のですから容易な事で非武装中立みたいなトンデモはできません。
自衛隊規模の戦力を整えるのに一から始めたら何年かかると思ってるんですか?←これが理由。
未来の安全保障上のリスクを「その時の権力者の権限で(いつ総辞職やら政権交代するのかもわからないのに)」廃止など含む大きな判断はまず不可能です。その判断が国の運命を20年30年と拘束してしまいますから。

■ある意味将来のことはわからないのだから、”時の権力者”には安全保障は半ば聖域として(未来にも続く平和を願いつつ)適正規模で(所謂先進国GDP比平均的なアバウトな幅で)保持運用する責任があります。日本共産党ですら表向きはそうなってます。
(小沢氏のプランも国連常備軍としてある意味正規軍を再編成するって話です。)
わかりやすい事例としてですが、
戦闘機の開発から配備までって昨今10年20年かかりますから、時の政権で右や左って事になれば事実上開発そのものが不可能になります。


理想論を語りたい真情はわかりますが、安全保障は自分以外の命に関わる事ですから、
政治判断として安易な判断が不可能なものは不可能なのでありまして(F22が購入できると思い込んでF2の生産ラインを閉じた石破氏は未だに国防関心層に叩かれて続けてます)、細かい話になっちゃいますが、
日米安保が容易に解消できない理由も(私は自主防衛派ですから原則日米安保は無くてもよいと思っていますが)、米軍との連携抜きに自衛隊の本格的な作戦行動が不可能になっているからです。

■自主防衛派のみなさんも日米安保見直しの前に何らかの憲法判断か改正を前提としなければ、(釣り人オザーさんの国連軍構想みたいなアクロバットでもない限り)前述の政治的判断の限界に突き当たります(自衛隊も好き好んで米軍との連携を前提とした部隊編成をしているわけでは無い)。
そこの論議をすっ飛ばして現行のままでも自主防衛が可能であるかのような前提で論議を進めるのも安易に過ぎます(元日本のCIAであり評論家孫先さんの「中共には絶対負けるから」の前提は前提条件として破綻していますよ)。

ありがたいことに日本は戦後平和でした。
だからといって国際政治のワイルドな部分まで(過去自分のやってきたことを無い事のように忘れて)存在しないもののように扱うのは無理筋が過ぎるってもです。
それは日本の戦前を「いい悪い論」で誤魔化してしまうだけなく(いい悪い論は本質的には過去の隠蔽であり別の意味のナルチシズムを刺激するだけです→被害者気取りの”戦後自虐史観”)、
「いい子になったらライオンは動物を殺さない」みたいなお花畑思想は自然界に対する冒涜であるってことがピンときていない傲慢な発想です。

逆説的に考える方がわかりやすい。
高い文化レベルを持っている国なら、インフラとしていかような安全保障体制があっても「戦わず、平和を継続できる」筈なんですから。
軍事力の保持そのものを否定するってアイデアは「”基地ガイ”に刃物」だと思っているって意味になりますからね(反動ナルチシズムの自虐史観な方がいかにもやりそうな勘違いです)、自分を含む自国民を”キチ外”扱いして感極まっている方がどうかしてますぜ。

(※NRAの主張の一部は理解しますが絶賛支持しているワケではありません。仮に米国でガンコントロールやるにもATFの強制力があってこそだと言っておるのです。)


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posted by kagewari at 05:05 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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