ザックリ心理学的に説明すれば「アンチ『共同幻想』なのに文化的自立完結性のある示唆や作品やその階層群などなど」となるでしょうかね。
わかりやすい表現で言えば「仮に昭和ならPTAや教育委員会が俗悪と評する文化の総称」みたいなもの。(勿論欧米では宗教的道徳に反るなどという枕詞も付くのでゲイ系文化もサブカルとなる)
日本は旧来から「世界的にも異例な規模のサブカル国家」でありまして、
特異な身分制度がこれを促進した部分もあるでしょう。
明治維新でお馴染みのように、当時貧しい武士階級は町民や農家より貧しく米国文化で言えば南部における”プアホワイト”かって勢いでありながら、自分より豊かな農家や町民を弾圧しようとかそういう発想の無い国。
権威と経済がはなから言語的意味として分離していて、こういう表現は適当でも無いし矛盾もしているのだけれど「『共同幻想』権威が完璧に政教分離しているので(宗教的バックグラウンドが無い)、字にかいたような名誉職としてそのまんまである特徴を持つ」のですよ。
(岸田が言うところの「世間様」という権威が俗世界の権威序列と全く無関係に「公平に」「1対1で成立する」特徴を持つため、構造的に権威的序列に道徳的公正さのような宗教的権威が全く無関係であり最初から結合していない。)
「将軍が天皇に承認される儀式すらはるか昔から形骸化してたんですから」
曰く、明治維新のインチキのネタバレがここになるんですよ→天皇の(欧米的)神聖化政治利用
戦後だからとか関係無く、このデッチアゲは天皇に対する礼を失した暴挙なワケでありまして、
(江戸時代やそれ以前の民衆はその時の天皇の名前だとか、歴史的バックグラウンドなどもあまり知らなかったとされていて、現代に置き換えれば「歌舞伎などの梨園で何か儀式的なナントカがあり、襲名時にとても偉い○○様を呼ぶ」のような認識の中における「○○様」って人がいるんだって、のようなレベルの知見だったと言われてます。)
とかなんとか明治維新から戦後民主主義までの話がむしろインチキでありまして、
古来日本は「権威と道徳(宗教)は分離しており、権威と経済(現世利益)も分離している」という異例な国で、
「世間様」という伝統『共同幻想』も、その背景は当時の民度(学校制度が無いなど)を発端とするもなので、ここは先進国における教育により(文部省が個性化と言った瞬間壊れた)、その背景は崩壊してているので、例外的な『地方特有の地域保守』を除けば「『共同幻想』絶賛崩壊中であるだけでなく、昔から”緩さが特徴”」な国家であり、江戸時代における吉原遊郭(現代で言えばアイドル文化)や歌舞伎だけでなく落書(らくしょ:現代の2ch)であるとか、浮世絵(グラビア)などなど世界的サブカル国家なワケでございます。性的倫理観などもラテン系真っ青な緩いものであり、寿命的にも短かったのだから「健康で長寿だとか結婚だなんて事より”粋”の方が大事」なんであり(養生なる文化が流行するのは江戸後期から)、
国会議員が地元で頭下げてなんとやらって世界はある意味「日本らしい姿」なんですわね、
■構造論的に
サブカルチャーの組成がそうなんだから、サブカルチャーなんぞは著作権的縛りも緩く(互いにパクリ上等な寛容さもある:パロディやオマージュなどの表現がアリアリなので純粋なパクリ認定が難しいって側面もある)、その表現形式は自由です。
猥褻・暴力・残虐・倫理の逸脱などは勿論その代表的なものであり「そうでなきゃサブカルらしくない」とさえ言えるでしょう。
昨今の日本サブカルの場合「アダルトゲームの作者」などが相当この分野で貢献大だったりして(なんといってもなにやかにや食える業界が存在する事が棲み分け的に特異種を増殖させますから)、間接的に権威性文化の方にも影響及ぼしていると言えるでしょう。
(ジブリのおかげで最近では偉そうにしてますが、アニメなんて昭和であればガチのサブカルでしたから。←「当時はアニメもマンガ(漫画)と呼んでましたし」昭和の語彙として「漫画みたい」というのは現在で言うところの「漫才やコントのようだ」的ナンセンスを指すものだった。)
■言うならばベーシックインカムなどでその活動の所得を一定の割合で保障すると、
先ほどのゲーム業界の構造論が拡大する事になり、「更にサブカルの花が開く」って寸法です。
(文化人類学的な証明はどこにもありませんが、欧米においても英国のサッチャー登場以前の「若者が失業保険で暮らす時代:英国病」←ここが音楽など英国サブカルの基底だったのではないかとも考えたりします。)
昭和の時代であれば「やれ英国病」などと揶揄されたれ忌避されたりしますが、現在社会日本におけるニコ動の製作活動であるとか、PC分野におけるフリーソフトの有用性など考えれば(フリーメディアを含む)、社会的有用性は既存メディアを凌駕しようかって勢いにあります。
(テキスト総量で言えば2chはとっくの昔にマスメディアの発信量を圧倒的に超えている)
■これは経済学的に言えば「先進国特有の経済のソフト化(第三次産業化)」の延長にあるもので、
つまり、
文化の民主化(保守系市場経済学で言えば自由化)が自動的に『共同幻想(保守系市場経済学で言えば非関税障壁)』の崩壊であるのと同時に、フリーエコノミーの台頭は『新貨幣経済学』の到来を意味しており(所得が市場におけるゲームの論理やインセンティブとして機能しない)、
俺は数年間から「これは確定事項だろう」と腹くくりましたが、
社会は『単独者化』と『確信犯的保守系共同幻想』の時代に舵を切っており、
『確信犯的保守系共同幻想』も個性化の中少数派としてエスニックグループのように実存する時代になるだろう。と、予測します。
つまるところ「サブカルこそが本質的文化」となり(この時点で言語的に矛盾してしまいますが)、残存する「マスメディア的文化或いは権威的文化」は『伝統芸能ジャンル』に落ち着いていくだろうって事ですよ。
(※思うにこの関係性は大企業と中小企業の在り様としても顕現されていくと思う。実際社会的既得権益比較として大企業のそれは公務員のそれと同格になっており、皮肉な事に大企業的資本主義を主力に考えるとあたかも共産主義権威性社会と何ら違わないおかしな経済になる。←経営における財務派の台頭も霞ヶ関における財務省の地位の関係性と似たようなものだ。)
そんな事を言うと、やれ「これからの時代は『猥褻・暴力・残虐・倫理の逸脱』文化がメインになってしまうのか」と思われるかもしれませんが、
この文言つーか批判的文言になってしまう見方そのものが『共同幻想権威的主観』になっており、
人間の本質として、何かタブーを設けてあたかも聖人ぶった形骸だけを整えるような根拠も不鮮明なお上品ぶった世界こそ「随分都合のいい妄想」に過ぎないのですから、新しいルネッサンスだとか言うつもりはありませんが、民主主義であるとか『共同幻想』と文明化の相克ってものはそっに流れるのが自明だろうってそれだけの事です。
(※この背景に「戦争なんてものは最強に最悪のナントカだ」が並行するワケだからそこんところを忘れてもらっては困る。)
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