純粋に社会学や心理学から入る方がこの話は見え難くなる、
経済学から説明するのが話が早い。
■『共同幻想モデル』
4人が力を合わせて100キロの荷物を各人分4回に分けて運んだ。
4人に合意性や合理性が担保されるので”それぞれおおよそ似たようなものを運ぶ”事でさらに継続性も向上する。
よって
↓
この経済モデルは熟練性やら、経験則から「全く同じタイプの品物の方が効率が高くなり」
→4人が力を合わせて全く同じ米俵を150キロを4回運べるようになった。
「生産性の向上」と考えてもいいし「その企画に投資効果があった」でも可、
※この共通性は貧困モデルというか、必要度の普遍性が高ければ高いほど『品物が共通になる可能性』が高くなる。
貧しい時にはまず食品のように特別政治的な”取り纏め役”がいなくても集団心理の合理性を担保しやすい→極端な事例は米国のTVドラマシリーズじゃないけれど「離れ小島における遭難」時等、『緊急事態』や『困窮事態』など誰しもが”そうだ”と合意できるコアとなる事情があると、仮想上の普遍性が構成されるので→ロジカルに連想性や関係性の点で合意の容易な順位から共同幻想構造は自然派生する。
(「連想性や関係性の点で合意の容易な順位」は各母集団の文化により差異がある)
↑
経済学やっている人なら説明の必要無いと思いますがマルクスの言うところの”原始共産制”って奴です。
■『単独者モデル』
独りなら少々変わった形で110キロ程度のものなら無理シャリでも引きずって運べる。
(前述共同幻想モデルの100キロより重いのは”集団で持った時の運びやすさ”ような標準化の概念が無いから:一人当たりの重量誤差で当然共同幻想モデルでも誰かは110キロ誰かが90キロとかになっている)
合意の必要も無いので「何の役に立つのかよくわからないもの」であっても、個人にとって「こりゃーいい」と思ったものは自由に運べる事になる。
※ここで踏まえておいて欲しいのが「希少性と価値の原則論」
基本的に市場におけるものの価値は希少性によって並ぶ。
(ところが”絶対的希少性”のような概念を持ってくると→誰にも知られていないので無価値となる:ここ希少性と価値論のパラドックス。『客観的価値』と言葉にした瞬間に複数の認知を前提とするためで、筋論的には『絶対的価値は証明の必要が無い』のが答え←客観的価値の認定は必要無く『証明できるのは希少性のみ』)
↓
話は戻って
「時にそれは一般他者標準から理解できないレベルになるほど”希少性”が高い証明となり」>合意の必要も無いので「何の役に立つのかよくわからないもの」であっても、個人にとって「こりゃーいい」と思ったものは自由に運べる事になる。
▲仮に運んでいる当事者だけに”高い価値意識”があるならその効用は相対的に米俵300キロ以上の交換価値となる(絶対的希少性=本人に交換の意思など無いので誰も300キロの米と交換しなくても自我にとって認識される交換価値は変化しない)
「これさ米俵300キロ級じゃん!」
と認知のある人物には、
↓
4人が力を合わせて100キロの荷物を各人分4回に分けて運んだ。
後に生産性が向上に150キロに到達しても
↑
この現象が「ただの馬鹿に見える」
(300キロ級がこの世にはあるのに、なんでまた集団の秩序ストレスまで乗り越えてたかだが150キロなのか?)
※現実「何だコレ?」を運んで食べている米が80キロで実態として貧しくても動機形成として上記が成立する場合「それは経済原則的にもアリ」になる。
(潜在的な投資効果が成立している)
↓
さらに逆さに言えば「何だコレ?」な希少性の中に様々な(レアな)価値を発見する才覚が実質的豊かさに比例する事になるので、こうなると実利的な運搬質量すら「さして重要ではない」。
※極端な事例が『芸術家』
当然この現象も相対的なものであって(笑
単独者が何の役に立つのかわかりもしない”高いレア度”のものを運べば運ぶほど『共同幻想モデル』の人から見れば「救いようの無い馬鹿」でしか無いし、それは『共同幻想モデル』から言えば客観的に証明可能(馬鹿度が)。
※極論「ピカソの絵画」ですら、、→説明必要無いですよね。
■この話は文化人類学的というか文明発展論的な話で見ると簡単に整合性がつく
最初に結論話してしまうと、『単独者モデル』の原型は『野生(ワイルド)』であって、生物学的に動物個体で考えると「希少性」の概念は無くて「それは本能で定義される」となるんだけれども、自然とのインターフェースに高度にロジカルな自我を間に挟む人類ヒト科の場合(本能が壊れていると表現してもいいのだけれど)、個人の尊厳を前提に置く場合どうしたってそれを事前に明示することは不可能なので(人類普遍の価値体系なんてものは神様じゃないとできない)、
その前提を与件化すると
↓
>合意の必要も無いので「何の役に立つのかよくわからないもの」であっても、個人にとって「こりゃーいい」と思ったものは自由に運べる事になる。
↑
こういう概念になるだけ。
(実存主義が「シューシュポスの神話」で言いたかったのはここを哲学的に掘り下げた場合の話)
そして、生物学的な構造論で言えば単独行動は「相対的に豊かな種」である捕食獣のみの原則になるんだけれど、これ誰が考えてもわかるとおりで、捕食獣が豊かなのでは無く(あくまで相対的な話)、捕食獣は豊かな縄張りが無ければ生きられないだけで(他の個体は生存できない)、ここを人類史観で逆説すると『経済のパイの大きさ(端的に言えばGNP)』となり、経済成長により「相対的に豊か」になると、行動様式は捕食獣の原則に近づくって話。
※ここで草食獣だってデフォになり得るのじゃないか?的勘違いする人いるかもなので説明しておくと、草食獣が群れを成すのは「捕食獣に対する防衛」のためで、好き好んで群れを成しているのではない(草食って言葉になっているだけで植物にとっては同じ捕食獣だから)。
仮に集団移動の必要も無く、無限に豊かな水と草原が確保されていて、捕食獣がいなければ群れの秩序は緩やかになり、群れの展開範囲も”拡散”するのは考えるまでも無い。
(というか生物学的に上記の環境だと、群れの人口密度は同じまま人口爆発が起きるので、実態として上記の話は仮想上)
↓
※自然界だと(まったく謎なんだけれども)ある一定の時期に自然後退する筈の『ボス猿の世代交代』(近親交配が起きそうな年次で引退する)が、動物園のような淘汰圧力の無い(既得権益)環境下だと『自然な世代交代が起きない事もある』等、
人類より遥かに普遍性の高い「自然界の掟のような共同幻想」でさえ(自然界の動物の場合本能により普遍性が担保されるので幻想と呼ぶのは正確じゃないので『摂理に基づく習性』になるけれど)、容易に壊れる。
↑
ここには時に”人為的”と呼ばれる環境が「本能→自我」を促す論理性が存在する証明でもある。
(この”人為的”環境の話は又別の論議になるのでここまで)
つまり、
■歴史的に社会のファンダメンタルが豊かになればなるほど後者(単独者)の選択性が高くなる。
フランス革命であるとか、様々の民主独立闘争みたいなものは皮肉な事に「食えない」だとか「外圧」など平時の普遍原則(緊急性やら困窮性)を超える刺激によって始まっているんだけれども、視野に入っているのは「もっと豊かな筈だ」というような文明化による配当欲求が背景にあるのは確かなので(そもそも知識人の台頭や社会の識字率等社会運動化するファンダメンタルが必要なワケだし)、文明論的に経済成長と共同幻想の崩壊は『反比例の関係』にあると言っていい。
※社会の伝統や文化など(それこそフロイド論的には『昇華』)、社会における普遍的レベルまで押し上げられた(合理性というより社会契約的な証明)保守的合意は『例外』として、厳密に言えば「共同幻想から離れる」。
(超自我ならぬ”超共同幻想”みたいな話)
しかしここも憲法論議と同じで上部構造として高度なレベルに押し上げられるだけで、聖域では無い(代議員の3分の2で改正など)。
個性化も単独者化もベンチャーも同じ目線の話って事です。
又地球規模で言えば、恐竜時代から哺乳類の時代じゃないけれども、多様化個性化ってベクトルは更に上部構造の枠の中に(哺乳類的選択多様性みたいに)存在するのであって、
■「少なからず社会は個性化(単独者化)する動的存在である」
↑
これは原則論なので、未開の民族のように「自然環境の豊かさと(地域性)限界」が仮想的に共同幻想の普遍性を『偶然担保すると』→『エデンの園現象』みたいな形で原始共産制が半ば普遍的に継続しても何ら疑問ではない。
その環境が”レアだわ”みたいに
(通常「豊かな土地」はその覇権をめぐり争奪戦が始まる場所になる)
ここでも「知られていないほどレアだと価値論に及ばない」って話。
(未開で誰も知らない豊かな土地は(知られないため市場価値的テーブルに乗らず)覇権であるとか争奪戦とかの話が及ばない→しかし当該民族には”神より与えられし聖地”であり証明されないから無価値だって話の方がナンセンスになる:ここは繰り返すけれど価値論のパラドックスね)
さて「まだまだ共同幻想時代である」や「このGNPなら十分単独者テイクオフである」などの判断はまさに『政治』であって、そこに外から定義するべき原理原則なんてものは無い。
(有権者として)個人で言えば「自分で好き勝手に選択するもの」になり、
(当然時代の変革期には革命当事者みたいな人物には「今がその時」だったんだから)
『自由気ままに選べばよい』となる。
※今回は経済モデルの話で過渡期の共同幻想がどうしてグズグズになるのかって話はメインじゃないからそっちの話はまた今度
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