心理学のそれが同じであるように、共同幻想の崩壊時にそのカウンターとなる進歩的発想は対象となる共同幻想のコア(保守的原理)が表現されないし哲学的論証も曖昧であるため(だから保守なので→継続保守することで維持されるロジックであるため”説明を省略できる合理性”が集団化のインセンティブになっているワケで)、これを批判する形の進歩的発想は常にカウンターとしてアンバランスで(対象が曖昧な分表面的には”相当インチキ臭くても”批判するだけは有効だったりする)、内容もグズグズである場合が多くてこれが保守派の反動意欲に火に油を注ぐ結果となるケースも多い。
個人心理学においては、事実関係の確認を精神分析で行い(無意識化されている原理を証明する)、実際テーマが論理矛盾を抱えるケースとなるため(なので強迫なのだし)、カウンターの設置における自我バランスを確保することにおいて、偏向が発生することは論理的に発生しない(分析がトンチンカンだとアレだけれど)、
これは対象の明解化と、実証(カウンター)の意図に利害関係が無いため(第三者性の担保)で、社会心理における「共同幻想の賞味期限切れ」の方がよっぽど不安定になったり一時的な悪循環(火に油)が発生するのは予測の範囲内と言ってもいい。
それぐらい社会心理はやっかいなもので、
批判勢力もインサイダーとして(自らの利害関係から批判を構築するので、利害に関係ない側から見れば単なる利己的ポピュリズムに見えやすい)発言していくためその反動も目にみえて敵対的になったり、昭和の時代であればナチスに代表される『ファシズムの台頭』を招いてしまうなど大失敗を幾度も経験してきた。
フランス革命であるとか日本の戦国時代であるとか、暗黒時代とも呼ばれる混沌は近代以前であれば100年オーダーの時間的猶予もあったけれど、情報化社会の現代においてはこの現象が10年オーダーで起きる。
うっかりしていると知らない間に論議がエスカレートすることもある、
この情報化はインターネットそのものがグローバルであったために、先進国だろうと発展途上国だろうとリアルタイムで拡大し「各国の共同幻想のファンダメンタル」の置かれた環境は極めて不安定化していると言ってもいい。
先進国で高ロジカル化(社会に第三者であるジャーナリズムが確立)していれば、ここにくさびを打つ事が可能なのだけれど(よって軍事クーデターは常に放送局と新聞を抑える)、日本においては現在「ジャーナリズムがグダグダ」な状況で、辛うじてインターネット世論がこのカウンターになっている(ここはあくまでも”グダグダなマスメディア”に対するカウンターでネット世論が第三者的なジャーナリズムの中核を構成するほどの成果があがっているのじゃない)、
綱引きは始まっているのだけれど、社会システムにおける認知として
「コアとなるジャーナリズムが後退したまんま」な状況が解決したワケじゃない。
この状況で北朝鮮の核暴走が始まったものだから堪らない。
米国ですら”あの時”イラク戦争的な保守反動的世論を公然と掲げる事を否定しないように世界的に起きている共同幻想の瓦解はやっかいなのであって(本来であれば米国のスーパーパワーとしての権威は潜在的に後退していることは誰もが薄々わかっていたのだけれど、現実のテロ事件が一気にこの瓦解を”象徴化”してしまった)、それは”当事”ソ連で起きたゴルバチョフのペレストロイカ以降ワルシャワパクトの崩壊が拡張EU(内部はNATO)によって”象徴化”されてしまい「現実には回復する筈の無いスーパーパワーとしてのソ連」をプーチンによってロシア帝国再考(民主化されたソ連幻想が=新生ロシア帝国って解釈になってしまった)に置き換えらてしまうように、ある程度の反動はこれ必ず起きる。
日本で言えば憲法改正論議(憲法改正論議自体が反動なのではなくて、そこに”くっついてくる右派の思惑”が反動→ここにマスコミが加担する実体がそもそも歪)、
北朝鮮の現状は既に個人心理学における強迫認知の抵抗が時として現実認知すら偏向させてしまうように(北朝鮮の場合そもそも保守すべき共同幻想に論理矛盾がある→限りなく強迫的幻想と考えるのが筋:共産主義国家における世襲帝政だから致命的な論理矛盾になってしまう)これひょっとすると、北朝鮮における意思決定は「現実認知を喪失した可能性」を折り込んでおかないと国際社会はとんでもない判断ミスをしてしまう可能性だってある。
北朝鮮軍部が見る”世界のイメージ”
北朝鮮指導部が見る”世界のイメージ”
北朝鮮金家が見る”世界のイメージ”
ここを合理的に判断したり推定することにはほとんど意味が無い。
むしろ現象から分析する方が実体に近いと考える。
そしてやっかいなのは、この核暴走に対峙する国際社会の側も少なからず反動とリベラルの間を微妙に不安定に走行中であることで、
「果たして大丈夫か国際社会」と本気で心配になる。
タイミングとしてラッキーだったのは、石油等エネルギー相場の暴落で新生ロシア帝国が意識的に少し「幻想から醒め始めた」ところと、中国北京政府が「醒めるどころか内部の危機感はマジに大変」であるどころでしょう(中国の場合反日教育などナショナリズムを煽った当事が反動のピーク)、オバマ政権に過剰な象徴化が見られる米国はまだまだ心配なのだけれど、米国の救いは「金融危機発の国内経済でマジに大変(醒めるどころじゃない)」、
つまり”ギラギラと現実直視中”であるところ。
不安定要因はあるにせよ各政権が「自意識立ち上げモード」にあるのは間違いない。
にしてもだ、
人類にとって忌むべき存在の核兵器ってものは、先進国がよってたかって考えてもどうにもならない脅威なのであって(逆説的にだけれどケネディ・フルシチョフ時代なら本気でソ連米国共同の核攻撃が検討されたかもしれない)、
国際社会はただひたすら「金政権の世代交代をじっと待つ以外選択肢が無い」のだとしたらそれは=無策って事だろうし、
そこに今度はICBM発射だという話
北朝鮮にICBMはあるのか?
この現象も個人自我精神分析的心理学に当てはめて再考すると、
やはり「事実関係の確認」であり、
社会的には「ジャーナリズム」が重要になる、
極端な話、世論が「どうせ本物は撃てっこない、撃てるものなら撃ってみろ」ぐらいの勢いで(事実関係としては正しい)、
そもそも被爆国相手にそういう恫喝は許しがたいのように、核実験を非難するってよりそのプロパガンダでありデマゴーグって政治手法を批判するのがやはり筋論ではないかと思う。
核にばかり目を奪われるとそれこそ”象徴化の偏向”に足元すくわれる事もあるのだから、
政治手法を「激しい言論で非難し」
物理的な対抗策としては「明解に(本気で直接攻撃あるときにには)米国の核による報復がある」事を”なんちゃら会議”でも開いて宣言するのが効果的なのじゃないかと思う。
拉致被害者問題にしても、返還要求という形でなはなく「情報の公開と査察の要求」に徹底することで(どれぐらいのレベルまで直接情報を査察できるかをテーマにすればよい)方向性も変わるのじゃないか(調査官を外務省の官僚・及び警察官とすれば幾分先方も飲みやすいだろうし)、
正面からこういう恫喝に振り回されて自意識の立場を失うような格好になる愚行は避けたいところだ。
タグ:共同幻想
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