kakoさん
<米国のソフトオンクライム《米『民主党』がやらかしてる”犯罪者は病気無罪”という病んでる思想》みたいな話だと勘違いせずに、冷静に後述読んで欲しいのですが>
>返信ありがとうございました。第三者の立場というのは個人情報で書けない部分があるのですが、kagewariさんの分析で当たっています。ストーカー心理と対応について、ありがとうございました。現状、1も2もハードルが高いです。できない自分が不甲斐ないです。人を傷つけておいて本人が何故まだ普通に生活できるのかとか、別の人に繰り返すのではないかとか、モヤモヤが残っています。もう少し詳しく相談に乗ってもらいたいのですが、公に書けない部分があります。有料相談にしたほうがよいでしょうか?
■そこのモヤモヤってのは、微妙にエスカレーションしたものがあるんだわ
「ガザで亡くなるパレスチナ人の子供はいいのか?」
第三者としての立ち位置が同じなら、同じ筈なんだわ。
つまり答えはここだよ→(前回の話でわかると思うけれど、「第三者じゃない身内の不始末」などという感情が否定できていないのだから)「第三者として」は本音なんだが、
あなたの悩みは「第三者になりきれていないことさ」。
↑
ここにどういうケジメを付けるのかってのがさ、
場合によると以下の供述
>人を傷つけておいて本人が何故まだ普通に生活できるのか
↑
思うにこの感情のモチーフは、別のところにある(あなたの内面に《場合によっちゃ誰か別人に対して》”過干渉な人”だとか)
あなた自身の「人を傷つけておいて本人が何故まだ普通に生活できるのか」がさ→お前(ストーカー人)見てると、この感情が抑えられなくなるだろが←みたいな構造で、
(ま、たとえばそれがあなたの直系血縁者の誰かだったりとかな《似てるとは言わないがあなたが「人を傷つけておいて本人が何故まだ普通に生活できるのか」と思う文節が共通している誰かとかさ》)
「このストーカー人の話が、私が奥にしまってる感情をフラッシュバックさせる」みたいな現象だ。
●さてこの場合、事実認識が(盛られるという表現はアレなんだけれど)エスカレーションしてんのな。サンプルにひとつ例をあげるとさ、
「人を傷つけておいて本人が何故まだ普通に生活できるのか」←ココ
【できネーから】
犯罪のボーダー越える人ってのは、自分が非合理なことをどうしてもやらかしてることは重々わかっている(自分の『興奮』に見合う極端なインパクトが必要なんだって感じに《そうしないと欲求と行動が釣り合わない=水圧と零れ落ちる水量の関係と同じ:代謝として均衡しない》)←何故って「囂々とした欲求が普通じゃないこと」は誰よりも自分でわかるからだよ(俺は普通の人より『賢者モード』が足りない気がする=「そうか、これが愚か者って奴か」おーろーかーものよ〜♪《実際、昭和にそんな歌がありました》)。
■常識的には(犯罪のボーダー越えても何も得しないので)「自分から誰かに相談しろよ」ってことなんだけどさ(能力的に対処してそれ理解できる奴は限られてるんだが)、これに対峙せず「いいよもう犯罪のボーダー超えるしかない」って判断してしまう『自意識』の責任は免れない。
(※相談する相手を間違えて《相談相手ではなく、”やっちまえ”とささやく者であった時》「そうか犯罪者になればいいのか」に即座に落ちるバランスにあることもわかっていただけるだろうか?《俗に言う悪い友達論》「ダヨネ〜」:”ささやく者”が自問自答する自分自身な時もあるだろね←でもさ、こういう中の人は「当人が困って無いと出てこない」ものだろ?《動機は相談と同じだからだ》)
↓
と は い え ですよ、「好きでこんなストーカ人になってないんだ」って意識はあるんだわ(前述括弧)。
(事情はどうあれ、クソめんどくさい大騒ぎしなければ収まらないんだから《そこは犯罪者だから、その自覚は「あの女が悪い」になってちゃうんだけどさ←”あら不思議”文章読むとわかると思うけど”そこには強い被害感情があるのさ”:勿論トンデモ見当違いな話だけどね》【ガチで加害者の犯行動機が”強い被害感情である”】という強烈なトンデモ見当違いな話だったりする。=「話の矛盾を解きほぐして《分析して》辻褄合わせれば状況が変わる」と思わない?)
↑
この状態は「普通の生活ではないの」
(物理的な状態にたとえると、「沸騰したヤカンにバケツで水をかけてるんだけど、火元を消すことはできない状態が延々と続いている」ような感じ。)
常に何かに追いつめられているような、切迫感の中でイライラしてる筈なんだわ。
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