■まず子供に特徴的なのは
「その多くが家族で暮らしている」ってことです(多数が同一条件を共有)
次に、
「家族形態や属性(父親や母親や兄弟など関係の俗称もほ共通)」など多くの共通点がある。
更に、
「前述の属性にあるように、親世代も多くが”その時代の家族制度”に準拠しており(世帯共通)」親世代はステレオタイプな「親っぽい立ち振る舞い」を意識するなど(少なくとも20代の若夫婦に自分なりの家族制度などを考える知的個性化は難しい《だから晩婚化してんだけどさ》:なので近代は祖父母がお目付け役や後見人となった)、多数が類似した社会性で運営されることになる(学校制度などと置き換えて考えるとわかりやすい《同じ校風みたいなものだ》)
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●そして重要なことは、性的能力発現前の子供は”快感代謝”の多くを「親子関係や子供社会に依存することが多く」(多数が同一条件を共有)、欲求総量的にも「潜伏期」なのだから(ドスグロの性欲発現前)、お仕着せのイベントでも十分満足することができる(子供がしょうもないことで笑ったり泣いたりすることで連想してくれたまへ)。
※また、親世代がこれまた親世代で、前述のようにステレオタイプな「親っぽい立ち振る舞い」を意識するなど→結果として「子供があろうことかサンタクロースを信じるなど現実から乖離した妄想(ファンタジー)を真に受ける発育を促してしまう(これが『反抗期』でブ―メランになるのだが)」ケースも少なくない。=子供の主体的な現実認知の関心が斜め上になる。
結果として、子供達の個性や素養に関係なく、
「いかにも子供っぽい共通人格がインストールされるケースが多く」
最初から共有人格なのだから、子供社会は容易に(遊び友達)『共同幻想』を構築することが多い。
■【近代から軍国主義時代そして戦後の文科省】が『共同幻想』社会運営が義務教育やるのに合理的だろうと思った理由でもあり、子供のクラス(階級)でまとめるって編成は古くから世界的にも定番だった(おかげで日本では『共同幻想』崩壊少子化後もこれをズルズル続けてしまう)。←先進国ではもう無理(クラス編成は個性化と矛盾するから)。そこで日本は”ゆとり教育”を実施、批判も多かったがインパクトは大きく、現在も試行錯誤が続いてる。
●勿論現代社会は(晩婚世帯ほどこの傾向は強いと思われるが)幼児期から各種習い事など、個性化を引き出す教育も目立つので、近代から昭和ほど子供達の『共同幻想』適応率は高くは無いが、あまりにも「結婚制度」の共通項がデカイので(同じ学校通うようなことだから)、子供世代が「子供社会の適応率の高さ」を見せる傾向があるのは事実。
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結果として(それに釣られるように)”ファミリーの行動形態も類型化しやすい”
【単純に”個性的家族”って言葉を滅多に聞かないだろ?】
文科省じゃ無いけど、現代の家族組織運営の在り方も(晩婚化することで事前にあれこれ考えはあるのだろうが)、市井において試行錯誤が続いているのだと思う(プライバシー重視の家族組織運営ってのもこれまた論理的に矛盾するとこあるからな)。
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タグ:『共同幻想』