これって、「タイムマシンのパラドックス(抑止力が働いて決して未来は変わらない現象)」の反対で、タイムマシンが登場するドラマや映画で頻繁に使用されるモンタージュ「過去に行って何一つ動かしてはならない(未来が改変して帰れなくなる)忠告」に使用されるものですが、
元は気象観測における誰だったか博士が、南米の蝶の羽ばたきひとつでエルニーニョ級の気候変動起きる場合もあるって、寓話的なシミュレーションの事です。
だとしたら、自分の振る舞いなどその後の展開が
【予見できないのだから、話の中身に意味は無いのではないか?】←という考えあると思うが
実存主義哲学的には”そうならないのだよ”
前述の発想は功利主義ってのかな、合理主義でもいいかもしんないけど
自分の振る舞いの何が未来に関係しているのかわからないのだから(蝶は気候に対する思惑があって羽ばたいているのではない)、「何をしても無駄だ」って発想になるんだが、
”あれれ?おかしくないか”→その発想は「バタフライエフェクト」に矛盾する。
「バタフライエフェクト」の概念使って、「バタフライエフェクト否定」してたらそれ以上の論理矛盾があるのかね?
■予見できないなら(予見できないからこそ)、自分に最大限できる関りが何かと考える場合(心理学的には”結果論には意味が無い”なのだから余計に)、自己認識として知り得る力で選択を続けることが自らの実存証明になる(たとえそれで世界が滅びても自我論的にはOK《だって結果論には意味が無いのだから》)。←単純な話「他にやりようがない」=それがベストと言う他ない
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なので、何がどう転ぶかわからないのだとしても、
何も変わらないのだから僕は何もしなくてもいいって話にはならない(論理矛盾になる)
筋の悪い話は乗らずに(バカか俺で切り返して)言うべきことは言えって話さ。
心理学的に重要なのは、「実行や結果では無く動機形成のプロセスである」
(※逆説的に、動機形成のプロセスに悪手がある場合、《世界がどうなるのか知らないが》自分にとってトンデモ悪循環のトリガーとなる場合も少なくない→「ほんの一瞬の気の迷いで始めたギャンブルが」「今だけなら大丈夫と思った速度制限違反が」)
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前回の話と矛盾してると思うかも知れないけど(ちょっとした噂話で世界が滅びたらどうする)
「いやいや違うんだなそれが」
エヴァンゲリオンのシンジ君じゃないけどさ(或いはパスカルの賭け)、予見できない以上(自分に何ができるか=自己の実存)自己認識として知り得る力で選択を続ける他あるまいて(なんか円環構造《ループ》みたいになっとるけどもw)。←つまりさ、その円環は自分以外にはなれない不条理のことだろ?=自己の実存証明そのものやんけ、
別になんら難しい話ではなくて
それが普通(ノーマル)で自然(ワイルド)じゃん(野性)
だからどうしたって、他に何ができるって話さ(生き物なんだからさw)