2022年11月14日

DQNとかヤンキーとかの保守的人格について(揶揄する意図は無い)(3)

■勿論、誰しもが所謂一般教養的な科目に興味がある訳でも無く(少なくとも理系・文系の分岐はかなり早期からある)、体育スポーツも知的教育ジャンルです。極端な画一性には意味ありませんから中学校から「一般教養枠と選択枠」を切り分ける手もあるでしょう。
「教師の負担が大変?」→だから大学のような講義のオープン化とクラス(階級)編成の廃止をやれと言っとんのです(担任教師制も自動的に廃止《代わりにカウンセラーを集中配置せよ》)。
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「ひとりも子供が学校こなくなったらどうする?」→なら地域社会にも開放しなさいよ(学区の大人は全年齢参加可能《警備会社でもいいが、変態の侵入を抑止するため警察の巡回を条件にせよ》)
「子供の教育の権利が云々?」→「人を年齢で差別するなよ、それから子供時代行かずに失敗したと思えばその子も、大人になってから社会人枠で参加できるだろが」
※単位制にして10年かけて3年課程卒業なんてコースがあってもいい

●点差が無くて優秀な人材をどう判断するのか?
これはさ、前述の「関心がどこまであるのか」で判別つくじゃん。
(最先端まで行きたい奴はいかせたらいい《本当に能力無ければついていけず辞めるでしょ》)
「暗記能力だけは凄いが、専門性に関心があるワケではない」←これをエリートと定義するのも同じぐらい危険だと思うぞ(今、霞が関界隈ではそうなってる)。

以前にも書いたけどさ(これ道庁の話な)、
人事課ではキャリア官僚の4分の1は使えない人材だと割り切ってる(予め飛ばし先の枠を用意するほど)正直なところ「通常の職員より意味の分からない人材が多い」と困惑するのにも”もう慣れた”ってな具合で(その筋からの直接の情報)、戦力化率的には現状でも相当にヤバイことになってるのは事実だ。


■個人的意見ですが「DQN階層への(”できない子”の捏造や)追い込みは、
地方経済のなんとやら」とかに及ぶほどの大問題だと思ってます。
※《一部推論ですが》地域に対するアイデンティティーを持つことはおかしくないどころか、”再選択保守”なんて話になれば根幹となる伝統文化の鍵で(リベラル保守でもまず日本語日本人とかって動かないところだし)、なんとなく保守であれば地方に残ることは合理的であって(有力大学人材を背景とする都市と違う)特有の個性を発揮する可能性がある。

DQNだから地方がダメなのでは無くて、「都市文明を優先させる中”地方を置き去りに”する流れで、”できない子”のレッテルを貼って地方全体をDQN化に追い込んだ」ようにも見える(高度成長期、都市建設の多くが地方の出稼ぎによるものだったのにだ)。
(最後はメディアの思惑どおりKポップや韓流ファンにされちゃってさ、、《こっちが憂鬱になるが、このモデルは「GHQとジャニーズと芸能界と広告会社とメディア」プロパガンダ戦術だから、昔からやってんだよね「韓国はそれを模倣し得意の整形しただけで」》)

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posted by kagewari at 17:05 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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