2022年11月06日

「歩留り」適応専門用語→「自分の時間」、つー概念とは何か考えてみる

「歩留り」さん特有の表現だと思います→「自分の時間を大事にしたい」
はい、ここで言う「自分の時間」ってのは、
ベタで言えば「自分ひとりの自由時間」の省略形です、
何故省略されているのかと言えば、「ひとりでいる時間」を言いたいワケでは無いからでしょう。
スキマに何でも都合よく入れられるとこがミソかな、
 ↓
「自分が好きに使える時間」
「自分が好きなことしてる時間」
「自分が勉強する時間」
「自分が研究する時間」
「自分がゆったり昼寝する時間」
「自分がエロ動画観てる時間」
「youtubeで量子論の動画観てる時間」
 ↑
いろいろあると思うんですが、「ひとりでいる時間」が抜けているワケではありません。
(そこじゃないけど、そこなんです鍵は)
■自分の個性、アイデンティティーとして「それをその時選択する」のだから(同一人物でもない限り)時間の共有者は存在しません(無理に合わされても困るってか「なになにゴメンネとか言わないといけないの」って話になる)。
【誰に断ることなく、”勝手に”自分の時間を過ごしたい】という話です。

※重要なことだけど、「歩留り」達ってのは”偽装適応”してるから、削られてるんだよ(社会に偽装して合わせる時間が)→そこには「僅かしかない”自分だけの時間”を大事にしたい」という思いがある。


そらね、昭和ならいざ知らず「実存主義哲学」なんて最近の学生さん知らないと思うし、元からして文学から派生したとこもあるから、『単独者』に類似する概念がラノベやら漫画やら小説やらで試行錯誤されているのでは無いかと思う。
「人の考えることにも”人類ヒト科限界”があるからさ」枠組みや方向性同じなら(言葉は違うかもしれないけど)現代人も『単独者』っぽい概念に到達することになる(仕事関係で言えば”フリーランス”に少し特段の意味があったりするでしょ、同じですよ)。

いやいや独創性のある発想で「ツーマンセルの二人主義(漫才コンビの研究)」なんて謎の概念も登場するかもしれないがw、方向性は”社会性を有する群れ”から→「社会とネットワーク接続する個人」への変遷になるので、末端数のカウントバリエーションはともあれさ、最後は個々人の1になる。

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タグ:歩留り
posted by kagewari at 17:21 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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