2022年08月03日

「それは病気では無いが社会的にはその認識でよい」の意味(法関連の一部続き)

ナントカ障害は心理学的には病気では無いし障害ですら無い可能性すらある、
しかし医療機関などで障害を認定された場合、社会的には病気認定でよい。
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ここの意味を少し整理してみようと思う【広範に誤解があると思うから】
●箇条書きでまとめてみよう

1)本人が社会関係で何らかの不都合を訴え医師などに通院している段階で「本人がその状況に困っており、自立的に解決する方向をもっていない」ことがわかる。
(強迫性のレベルどうこうとここは関係が無く《フロイトの力動論も未完》、当人の自覚)
(偶然と言っては何ですが、ここで医療関係は『共同幻想』社会における権威性そのものなので、その機関が認定することの意味は大きい《トラブルは事実であり社会的な事案である》)

2)社会は文明の進歩に応じてその構造を変えるが、そこには必ずタイムラグがある
(昭和の体育会系における体罰問題は、当初喧々囂々の論議になったが《過渡期は騒ぎになる》、現代では体罰禁止が常識《それを理解できていないとちょっと別の意味の問題になるほど》)

3)法整備が十分に行われるのは、社会情勢の変化と要請に応じてなので(民主主義ですから)、前述2のタイムラグから更にもう一段タイムラグがある

4)心理学的には「強迫心理」があればどうこうという断定は無いが(プロスポーツ選手や経営者から弁護士官僚や政治家から芸能人まで強迫性がそのままモチベーションに転じる事案もあるため)、
現代人の自我構成(それに対応する社会構成)が時代の変化に対応するまでの間、
社会問題として様々な事案や摩擦が発生するのは間違いない。
(前述タイムラグ同様に、セクハラ事件などは世代間ギャップにおいて構造的に確実に起きるケースを否定できない《体罰も現高齢者の若い時代では常識的にOKだったワケで》)

5)「強迫心理」などが関係する二次派生的な社会的な悩み等は、心理学的に「法と社会と個人それぞれの変遷とタイムラグに起因する問題」と捉えることができる。
(※論理的にも、セクハラをめぐるコンプライアンスの地域差など考えれば論議となる社会的前提は多数ある)
※現代で起きている心因性社会問題は『共同幻想』崩壊プロセス過渡期であるのが原因
(逆説的にフロイト時代を言えば、当時の心因性社会問題は中世から近代への過渡期における王権や教会権力など権威性の交替の中で起きている)

6)通俗的にナントカ障害などと知られる社会問題は、「法を含めた人種偏見や身分制度への対応が遅れた状況に近いもの」があり、その中で不都合を訴える事案がある場合、
(そもそも法整備からして対応が遅れているのだから《プライバシー保護法の制定は最近》)
現行制度などの応用や援用で行政対応するのが好ましく、
生活保護や障害者関係法での対応は適宜行われるべきだし合理的解釈である。

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posted by kagewari at 02:23 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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