2022年07月26日

「(所謂『共同幻想』系の)友人などいなくてもいい」という論調の真意

これね、簡単な話
 ↓
昔はね「友達が塾に行くから僕もいきたい」だった(同一性)

現代は「量子論の話が通じる奴がクラスにひとりもいネ」←さて、どうするか?
(昔なら話の通じないことで自分の興味に自信が無くなって辞めていたんだが)
「ネットで検索したら量子論語ってる人がゴマンといるんだな、二重スリット実験youtube解説動画もゾロゾロどころか凄い視聴数になってる」←”これだな”
するとどうなる?
話の通じないクラスの誰かと仮に”付き合いで友人になって”全く興味の無いゲームの話に合わせることが(合わせるために同じゲームまで買って)、何か意味のある事に思えるのか?

※わかりやすくする上で量子論とかあげたけど、そらマニアックな民族音楽でも、羊毛からセーターを編むとかの話でも、特殊メイクでもよけりゃ、世界一辛い食べ物でも、ホンダのカブを全部バラすでも、レバレッジ無しに1万円から始めるデイトレでも、脂ぎってる菜食主義の研究でも、現実を意図的に錯覚させるVRでも、「ソーラー発電より光合成」インチキ農業で自給自足でも、ポーカーゲームの数学的なんとかでもいいし、winXPマシンの現代的使用法の研究でもいい、ネコの神秘的能力の研究でもいい、、、町で他に誰もやってなさそうなら何でもこの例示に当てはまる。
(これはレア度推奨話では無くてさ、その主体性が”俗に言う友人関係”に阻害される代表例としての話なので誤解の無いように。「”俗に言う友人関係”に主体性が阻害される状況があるからね」って話《しかもその個性の先は未知数なので全てにあてはまる可能性の論議になるじゃん》)

<えーと、話は戻って>

そら、SNSは推奨しないがどこぞのネットで量子論詳しい人と話してるのが(快感代謝の点で)10倍楽しいよね。
これね、別に直接話ができてなくてもいいのだよ、
その人物のコンテンツ視聴して、時々コメント残すとかでも”交流”だし、その人物に対する親和性というか親近感は通俗的意味の友人を超える。
(でさ、その関係は昔ながらの”付き合いで友人になった人”では無いだろ、というか通俗的にその親しい人物を友人と認識しない可能性もある。)

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posted by kagewari at 18:18 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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