2022年07月21日

現代社会における、たぶん「恋愛幻想」の終焉

そんな深刻な話ではなくて、
「恋愛リアリティーショー」やら「恋愛バラエティ」だの、数々知られる「あーいう設定のRPGがネタとして終わってる」って話です(過去記事的に「誰でもOKを前提とするゲーム性」みたいなので書いたアレ《なのでお断りする時の台詞が「ゴメンなさい」》)。
 ↑
ま、出来レースだよね
「性的欲求盛んな若者を”適応者”に育てて、バスケットに放り込むと自然現象でそうなる」
やっつけ仕事みたいな設定がネタバレした。

●まずもってゆとり教育以来の”個性化”の模索ってのは、
『共同幻想』”適応者”に育てることが教育的に間違っているという方針転換であり、
もうこの段階で「誰でもOKを前提とするゲーム性は壊れる」

交際を前提することにも違和感アリアリだし(どこぞの合同結婚式と変わらんっての)
個性化=仮にそういうことがあるのだとするなら「誰でもOKでは無く、(自分がこのように個性化しているのだから)誰でなければならない」という物語に時代は変化した。
●昭和の『共同幻想』のように「盛んな若い人を一箇所に集めれば、勝手に恋愛ゲームが始まる」みたいな話は(混ぜるな危険じゃあるまいし)、見ようによっては人権侵害だ。

『晩婚・非婚』(実は婚活も)って話は、昭和の「恋愛幻想」に対するアンチテーゼとして進行しており(何故なら20代ごときに自分の個性が確立したと思う奴は滅多にいないからだ《30代にして迷わずとか言ってたが、現代の中堅は40代50代だろ》)、
同時並行で、個性化による「人類ヒト科固有の過剰性欲におけるサブカル・オルタナ広義展開」は、「狭義の性欲を相対的に低下したように見える」こととなる(異性との交際という文言だけで異様に『興奮』した昭和世代みたいな奴は現代の若者の世界にはもういないワケです《地方の”崩れ”DQN適応を例外に》)。

→続きを読む

posted by kagewari at 22:19 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月20日

時々保守派言論の言う「日本は和をなんとかだから」の話

語源は孔子先生の
「和をもって貴しとなす」あたりらしいのだが(この辺民間ブログで様々な解説出てます)
同じにしろとか慣れ合えとか、同調圧力かませとかそういう【意味ではありません】
考えや利害の違うものが何らかの目的のために協調する知恵みたいな話。

つまり『単独者』は言うほど特別なことをしないだとか、
(そもそもゲーム性インセンティブ競争やらに無関心であり)
古くはギリシャ哲学の理想郷アルカディアが単なる牧歌的イメージであるように、
はたまた、江戸・上方文化ってのもは「世界でも稀に見るサブカル・オルタナ文化」であることなど、
日本の伝統文化なるものが個性化を否定するものではありません。
(※浮世絵グラビアや戯画屏風などの分化がそのまま漫画アニメに直結しており《これAVもだな》、落書が2chなどのネット世論に結びついている。)

たとえばよ、
名も知らぬ、普段交流も無い個性化した住民が、災害などがあった時になんらの合意もなく協調し秩序をもってことにあたる文化が「和をもってナンチャラ」の本質で、
普段から同調圧力的にベタベタすることでは無い(てか真逆じゃないのかしら)


そらどこの世界にも民度の下がるところでは(これ悪意で言って無いから近代なんてことなれば、地方には学問ってものが情報伝達できない距離的事情があってだな)『共同幻想』の度が過ぎる運用なり、今やそれが明治維新の曲解だったのか不明な部分を残す意味不明なケースもあっただろうが、そっちがメインでは無い。
●そもそもが皇室権威を持ちながら実質的権力は武士によるって体制が何年よ、、
もうこの時点で、日本の国体は「本質的にサブカル・オルタナ系」であってだな、
(絶対的権威が存在する場合、合理的に考えりゃそれが=絶対権力になるだろけど【そうなってないのが伝統文化なんだからさ】)←それこそここも明治維新から昭和軍国主義時代の勘違いが影響を残している《これは日本の近現代史限定の度が過ぎた時代だから》。

→続きを読む

posted by kagewari at 22:35 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月19日

保守界隈があーでもないこーでもないとざわついてるとこあるようだけど、

その界隈の論議は「BABYMETALが本物のヘビーメタルなのか」みたいな(いい意味での)どうだったいいことでさ、当人達にとってはその個性化の鍵となる分岐だろうから喧々囂々にもなるんだろうけど、神経質になるほどの話では無い(案外健全なのではなかろうか)、
大前提として「保守は金にならない」ため(食えないとも言う)、限られた食い扶持を争うようなとこもあんだろうけど、
●時代の変遷として「世論調査によると【外交安全保障が票になる】時代」に突入してますから、
心配しなくても、裾野は広がっており、
左翼の話の『共同幻想』っぽさ(見たことないタレントを今大人気と押し込まれる時のような同調圧力を感じている)それ自体に違和感ある有権者が増えており、
「本当に中身のある話なら、政策レベルの各論に落とし込んで(右派の悪口とか言わなくていいから)堂々と主張したらいいのに」←こんな感じの捉え方になってきてる

つまり左翼っぽい”同調圧力話法”が、
「あーもう聞いた感じでプロパガンダっぽい」と中身以前に拒否され始めている。
●逆に言えば保守系言論は、一部を例外に「リアリズムとして今こうだから」を起点に各論まで詰めて話を展開しているので(その政策への賛否はともかく)「話として聞ける」ってこと。
 ↑
これを原因に、世界的に”再選択系保守”が票を伸ばしている。

言っちまえば”同調圧力話法”への拒否感だよ

■近代リベラリズムの始まりはそら啓蒙とかいうスタンスだったので、
保守思想を批判してナンボなんだけど(自称改革勢力ならさ)、それが喧嘩腰の悪口になってしまったら筋悪過ぎて通用しない(小学生のイジメじゃあるまいし)。←これもコピーを繰り返したことの”劣化・崩れ”ってことなんでしょう(マルクス先生も「そんなこと言ってネーよ」とお嘆きの、、)。

なので、この辺に心配することはないと思うのね
そら保守系同士で言い争いもあるだろうさ、人が100人いれば考えかたも100とおりだ、
「伝統保守とは何か」ってテーマでその結論も100種類ぐらいあるだろうさ、
喧嘩でも言い争いでもどんどんやったらいいのさ(その数だけ考えるネタや分岐のポイントが増えるからね)。
少なからずというか、「憲法改正」は一致しているでしょ(防衛力強化も)
 ↑
十分だよ、そんぐらいでいんです。

→続きを読む

posted by kagewari at 15:11 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月18日

記憶はどこまで正確なのか?

一個前あたりの記事かしら
「現実認知なるものも、一度脳内で再構成されているVRと違わない代物じゃないか?」って話
更に言えば、
ジェットコースター『興奮』を伴うエピソード記憶の場合、BGMがついていたり脚色されていたり劇画調に編集されていることになる。
(どういうことかって、地上波のキモチワルイ報道などの演出を違和感なく視聴しているケースが存在するだけでなく、普通に映画を観る時にBGMに違和感あって観てられないなんて話は無い《普通に映画音楽賞なんてのあるんだから》)
”だから”絵日記なるコンテンツが昔成立したワケだ。

他人の脳にダイブすることは誰にもできないが、
たとえば「ひとつの事象がどう見えたのか」って話を考える時、
当事者全員の見え方ってのも違うだろうし、
それがエピソードとならず、淡々とした”忘れてもいい記憶”の人の場合だとひと際見え方が違っていることになる。
(JAZZファンじゃない人が、マイルス聴いても特別何も残らないし印象も語れない)

■「記憶を作文だとは言わないけれど」
たとえばさ、左翼界隈にある「アベガー」ってあるじゃない。
(左翼の目には安倍首相がどう見えていたのだろうか的に)
先入観や余談がある時、視覚情報すら正確性が疑われるのであって(いきなり怒り出すことを周囲が不安げに見てる対象者がいるとしてさ、この人物は別に怒っていやしないのに、周囲が「怒ってるんでしょ」とか見えたりすることもあるでしょ《星野監督伝説とかさ》)、


それはさ、結果として「体験している事象そのものが別のことになることもある」ってことだよね、
●さて、心理学ブログだからさ、
ここはエディプスコンプレックスに関連させて考えてみようか。
「ある意味エディプスは(子供事情の)錯覚である」って話を過去にもしてきた。
たとえば、
人類ヒト科が本能壊れたか?ってレベルに異常に発育が遅くなったり、
未熟児かって出産に至った結果(サルの本能では歩ける設定なので)原始歩行してみるけど、歩けないことを知りショックを受けるように、
「ダメじゃんこのままでは死ぬ」って状況で、(目もよく見えていないので)後に神のイメージに錯覚するような親と対面することになる。
 ↑
これってさ、さっきの「いきなり怒り出すことを周囲が不安げに見てる対象者が、別に怒っていやしないのに「怒ってるんでしょ」とか見えたりすることもある」って話そのまんまだと思うんだよね。

フロイトはそんな話していないから、これは俺の私見なんだが、
「ほとんどのエディプス・コンプレックスは幼児事情の錯覚」だと考えてる。
(だから、特別心理学の知見が無くても通常営業思春期『反抗期』であらかたネタバレ可能なのだと《自分自身が子供では無く大人になったというだけの転換で『抗う(あらがう)』ことができる》→本質的には”幼児期錯覚のネタバレ”だからね)

→続きを読む

タグ:強迫心理
posted by kagewari at 17:06 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月17日

清和会(安倍派)がバラバラになるなら、それはそれでいんじゃないかと思う

バラバラになったとして言うほど問題か?
時にさ、「保守派議員というけれど、決して数は多くない」と聞きます。
しかし選挙では高市政調なりがまとめた公約主張してるんだし、
問題あるとすれば選挙詐欺で実はリベラル親中なのに選挙で嘘ついたみたいな話でしょ。
でもさ、それ堂々と嘘つき続けられないよね?
米『共和党』のRINO(名ばかりのリパブリカンで嘘つきの意)じゃないけどさ、
【バレたら落選しちゃうじゃん】

俺思うんだけど、
逆にバラバラになる方が、実はリベラル親中議員は困るのではないかと思うんだよね。
まさか速攻で宏池会と連携するのも変だしさ、
むしろ実質の後継者が河野太郎なのに保守派として認知されている麻生さんのが凄いと思うわ。
(※あー見えて岸田首相も相当憲法改正相当意識しているでしょ)

●あの河野太郎氏ですら「日本端子」やらの親族企業が中国でビジネスしていることを「親中利権じゃありません」と必死になって反論してたじゃん。
つまり、清和会の隠れリベラル親中派がいたとしても、バラバラになった後に「親中派ですが何か」みたいに開き直ることはできない(親中林外相ですらしょっちゅう釈明に追われてる)。
堂々「中国との関係も大事だ」公言できるのは良くも悪くも二階さんぐらいだよ(だから俺は二階さんって利権と商売のこと言ってるだけで陰謀論的意味の親中左派ってワケでは無いと思ってる)、

ひょっとしてだけど、
政策グループをつくることになってる高市早苗氏などの周辺と連携など、(もし清和会が割れるなら)保守派議員は動きやすくなるし、何かある度に「安倍首相の意向と違うだろ」の決め台詞も使える。
清和会が結束を優先して、中途半端な後継選ぶ方がむしろ悩ましいことになる気がするよ。



posted by kagewari at 22:35 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月16日

しつこつ説明「エピソード記憶」と『興奮』

『興奮』を伴わない「エピソード記憶」は存在しないし、
「エピソード記憶」を思い出す時、『興奮』も追体験される。

それが快なら感動かもしれないし、思い出かもしれないが、
それが不快なら教訓かもしれないし、ルサンチマンかもしれない。
 ↑
無意識状態の脳にとってその区別は意味を成さず(『自意識』の判定が必要)
「エピソード記憶なのか否かに過ぎない」
=『興奮』を伴う記憶か、否かに過ぎない

■事実快感代謝を巡る「エピソード記憶」には、『自意識』が関与しても、快なのか不快なのか判然としないものも多く(激辛、わさび、珍味、ジェットコースター、甲子園の勝利と敗戦、性行為、出産、博打における勝利と敗戦《負けても又次やりたくなる》)、無意識下の脳にそれが主体的に判別できたらむしろ異常現象である。

更に言えば、PTSDやトラウマ現象或いはスポーツにおけるイップスのように、
「エピソード記憶」は、『自意識』に対して上位であり(何故なら『興奮』は脳内物質の分泌を伴うものなのだから言葉にするなら「我を忘れて」など”本能の残滓”にダイレクトに影響し《典型例、体罰や躾「俗に言う身体で覚える」》)、フロイト自我論で言えば”超自我”を構成するからだ。
また、「エピソード記憶」は非論理的な情報では無く、概念(それはどういうことか)と結合する。
(概念の結合することで記憶として意味を成す)
一見それは『自意識』の関与にも思えるが、
その場合の関与とは『被る(こうむる)』認知の従属的なものであり(ショックが先だから)、
 ↓
「エピソード記憶」の解除は、
後から「それは過去である」認識のもとで、”ネタバレ”(実際それはどういうことだったのか)によって『興奮』の”幻滅”によって行われる(申し送り事項や但し書きが付く)。
「歴史的解釈」みたいなことだ。
しかし解除のためには、その記憶と向き合うことが必要なので(デバッグ)、
PTSDは容易に解決しない。

→続きを読む

posted by kagewari at 01:24 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月15日

歯科医(医学博士)から興味深い話を聞く

<仮説も込みのかなりディープな話なので、学問として心理学に興味無い方はスルーでどうぞ>

かかりつけの歯科医が何の縁なのか友人っぽくなっており
(この人はリベラル系なのだと思うけど、話好きなのか診療時に1時間近くあれこれ話すことがある。俺は個人的に歯科に縁があるので《母方の家系》関係あるのやらそれは謎。)
先日興味深い話を聞いた。

■フロイトの夢判断を考える上でひとつの根拠になるだろうと思う。
テーマは歯ぎしりだ、
時に噛み合わせが狂うほど強い歯ぎしりってのがあるんだが、
医師の話だと「睡眠時には痛覚も落ちているため、ブレーキの壊れた自動車状態で通常は無い力で歯ぎしりを起こすことがある」って話から始まり、
そもそも幼児でも(歯が数本しかない時期にも)ナチュラルな歯ぎしりがあるんですよって話。
(ナチュラルな歯ぎしりとは、寝返りなどと同じ反射的動作として起きるのだとか)
それがどういう時に起きるのかと言えば、
「何か面白いことがあったとか、始めて何かをしただとか」そんな時である。

そうです、「エピソード記憶」
脳科学の分野で、就寝時にも昼活動するのと別の領域が活性化しているのが知られている。
これを研究者は俗称で”デフォルトネットワーク”と呼んでいるのだが、
何をしているのかと言えば、心理学で”昼の名残”と呼んでいる記憶の整理だ。
脳科学的にはあくまで概念としてではあるが、
「この時脳は、前頭葉近くのフラッシュメモリーから情報圧縮してハードドライブに相当する”過去野”とも言うべきところに記憶を整理していると考えている。」
【これが一夜漬けの試験勉強を本番で思い出せなくなる理由だ】
逆にサバン症候群として知られている”直観像記憶”は、このプロセスが何らかの事情で違う形になっているのだと考えられている(全てがエピソード記憶的に情報圧縮無しに記憶されているなど)。

※所謂記憶法にはデスクトップパーツと関連させるとかあるが(身体の部位に紐付けさせるなど)、
それは情報処理(圧縮)の逆説なんじゃないかしらね、


情報圧縮の意味を理解できない人に説明すると、
(これは覚醒時の話だが)
●典型例が「視覚情報の画像処理」
人の顔など情報量の多いものは、通常はザックリと〇△□などの(8ビットかって)簡略化された情報に分解圧縮されて記憶される。
これが絵の描けない人が、牛とかを「小学生の絵」みたいな情けない状態でしか描けない理由だ。
(脳内ではその「小学生の絵」みたいな二次元情報でしか記憶されていないため)
 ↑
同様の情報処理を、概念的記憶に関しても睡眠時のデフォルトネットワーク下で行われていると推定している(ここは各種情報突き合わせての俺の推定ね、)

この場合、何をしなければならないと思う?
「それはエピソード記憶として《デスクトップや前頭葉フラッシュメモリーに》残しておくべきか、圧縮処理して”まあ大概に忘れてもいい記憶”として格納処理するべき事案か、振り分けしないといけないよね」
 ↑
だとする場合、常に睡眠時に「エピソード記憶一覧を閲覧することになる(過去へと処理するべきか否か)」【この時、疑似的に追体験しているかのように観るのが”夢”だ】
■夢が時に、空想かってとっちらかっているのは(絵の描けない人の小学生並みの牛の絵のように)そものそも人の記憶ってのは「エピソード記憶であってもなんらかの一次処理(イメージ化)が行われており(時に”盛られていたり”時に簡略化していたり)」そのままじゃないからだろう。
「覚醒時思い出して語る」って時にはかなり正確に再構築できても(そんな時ってさ”うーん”とか”あー”とか言いながら何らかの処理するじゃん)、睡眠時には『自意識』がフラグを辿って再構築処理できていないのだから、「エピソード記憶ですらもちょっとカオス」なのだろう。

→続きを読む

タグ:強迫心理
posted by kagewari at 00:45 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月13日

”地上波時代終焉”とは、集約性とか流行が終わることであってSNSが代替するのでは”無い”

トランプも自前のSNSを持つことでTwitterに復帰しないと言ってるように(ホントかどうか様子見だと思うが)、ビッグテックみたいな寡占・集約(マスメディアの”マス”)そのものがリスクなのであって(独占禁止法違反だし)、同じく独禁法違が疑われる反寡占状態の地上波が終焉することは、「大規模な情報拡散と共有そのもの」が終わったのだということです。
だから、大手SNSがそれに代替するとかいうのは時代に逆行しておりそうはならない。
(※そもそもSNSの機能性というのはRSSチェッカーのような情報検索の一種)

検索の機能の一部をSNSが代替することはあるだろうけど、
現在存在しているSNSの情報拡散と共有ってのは一過性のものだと思う。
ある意味、米国でのトランプアカウントのBANがその限界を露呈させた。
●もっと話を単純化するとわかりやすい
Amazonでもどこでもいいけれど、ECサイトで取り扱い商材に政治的偏りがあったり、商材があったり無かったしたらどうなる?→総合ECサイトとしての信用を失うことになる。
(言えばTwitterの見解は、Amazonが某国の詐欺的商材を取り扱い停止したなどの判断と同じだよって”つもり”なんだと思うが、、いやいやいやいや自国大統領を中国のパチもの扱いって、、。)

通販では無いが、ヤフオクやメルカリが非公式通販サイトとして存在しているように、
SNSも複数のポータルが併存することになるだろう。
(※ブログが運営各社に分散しているのと同じ状態)
実際のところ、これらはgoogleやらDuckDuck goやら探せば検索結果に出てくるのであり、アプリケーションに依存するって方があり得ない。
(※昔Twitterがブラウザでは表示させないみたいなこと試したらしいが、すぐに撤回している。そもそもフリーウェアの黎明期の代表は複数のブラウザが乱立することだったのだし、アプリケーション縛りは自殺行為に他ならない。)

■社会現象として起きていることは『共同幻想』の崩壊であり
エンタメで言えば(『進撃の巨人』のような突出した異形の個性を例外に)「昭和の大歌手」のような概念そのものが消滅したのであり、
個性化限界の先”その筋では凄く有名”のような「棲み分け型拡散」に変わる。
(一部では外国も含めて再評価されているロックバンドの『人間椅子』が、当事国の日本でどれだけ有名かと言えば自ずと知れることだ。←このレベルで『人間椅子』は十二分に成功しているワケです《大手レーベルなどから”万人向け”の劣化を求められることは無い》:そもそも今でも『人間椅子』が活動していることを知ったのは、英国の民間音楽評論家の動画だからね、、)

→続きを読む

posted by kagewari at 16:55 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




comments他

・コメント欄は『公開掲示板』同様に原則削除禁止です
(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

・SPAM対策として一部キャリアからの投稿がIP規制の対象となってます
(同規制キャリアから登録抜けによる投稿がある場合、投稿は自動削除されると同時に規制IPに追加登録されます)



現在コメント欄閉鎖中 (2014.7.26〜)



LINK
□ダークサイドオブkagewari(ミラー)
■retour&Retour
□etc;;Blog

kagewari01
タグクラウド
RDF Site Summary
RSS 2.0