2022年06月22日

ある意味音楽が人類ヒト科の過剰性をいい感じに償却している

シンプルなパターンだと、
王侯貴族などエディプスがバリバリの中世欧州などにおいて、壮大なクラシックが役割を果たすじゃん。作曲家のスポンサーしかりね、
(実際に壮大なことを成し遂げなくても、壮大な音楽はやった感だけをシミュレーションみたいに体験できる。脳を騙すほどではないだろうけれど、脳は快感物質をゲットできればいいのであり、それが現実だろうとエンタメだろうと”どっちだっていんだから”。)
なんつーか現実世界を”ほどほど”に収めるにも役に立つってことで(勿論カタルシス効果で)
【カタルシスの語源からしても古代の演劇などからでしょ、】←そのまんまだよ

逆に言えば、音楽の存在が「カオス化しているリビドーの流れが、人類ヒト科に共通して存在している証明」でもあるんだけどさ(BGM流れている映像などがリアリズムを担保しちゃうんだから、脳内で現実認知がどれほど”現実離れしているのか”がわかる)。
そのまた逆で言えば、これを活用することで「行動療法的な効果が期待できる」ことになるんだが。
(※男子にはあまり無い習慣だが、音楽かけてダンス踊るとかが「行動療法」的に高い効果をもっているだろうことは明らかだ《オーディオマニア的には”いい音源と忠実再生”でやれば更に効果は高まると思うんだけどね》)
 ↓
【ハイ、ここで一つ問題があるんです】
典型例が「モダンJAZZを理解できる人とできない人」
(JAZZの部分を”ピカソ”に置き換えてもいい)

普遍的に質のいい芸術なんて概念は”存在しない”けどさ、
なんてかな、償却量のデカイ芸術が存在するのは確かだろう。
(見る人が見れば卒倒するほどの”代謝量”を保有するなど)
 ↑
もっとわかりやすく言えば、
同じファッションでも「凄くいい気分になる人と、何とも思わない人がいるでしょ」
流石に多言語を理解するほどのハードルがあるとも思えない。
●説明するまでも無く、その多くは『共同幻想』認知リミッターが原因なんだが、
(アダルト向けに言えば”不感症とは何か”みたいなテーマ設定だよ)
食事でもそうで、
ケインズ経済学における限界効用にも関わる話だと思う

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posted by kagewari at 21:30 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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