2022年05月21日

「道徳心の罠」→看板にある規約の「道徳的反射はNG」補完

過去記事になるけど記事リクのこれ
https://kagewari.seesaa.net/article/488045139.html
悪口が場合にとっては性善説の褒め言葉になるからイカンって話
(道徳的批判は、《むしろ肯定的な》性善説になるので”批判にならず”「甘えの構造」である件←てことで”道徳的反射”と呼んでるんだけどね)

子供達でよくある会話に
「あー悪いんだ、悪いだ、悪い事したからお前叱られるぞ!」ってあるでしょ
これは、相手も悪いと思うことが前提であり(故に性善説)
つまり、同じ仲間(『共同幻想』適応)であることが前提なワケだ。
(※厳しく叱られた後は、「どうしてそんなことするんだよ」と許してやろうって話)
 ↑
意味わからない?
(前述引用記事に書いたように「関係の継続」も前提なの)

たとえばだよ
■イスラム教徒が、キリスト教徒に
「あー悪いんだ、悪いだ、お前ヴェール被ってないから鞭打ちだぞ!」←これ有効?
(とち狂った原理主義のISの場合、本当にレイプするけど)
 ↑
少なくとも相手が「ゴメン、すいませんでした」と言うには、
同じ宗派で、女性が外出でヴェール被らないとダメだと思っている信者同士じゃないと意味が無い。


■言ってる本人は、相手も話の通じる(同じ道徳心を共有している)相手だと錯覚しているのかもしれないが(ある意味その時点でアレなんだけどさ、、「仲間扱いしている段階で本気で悪く言うつもりないじゃんよ」)、
その時に感じている”懲罰感”の『興奮』は、
誰か偉い人が自分の味方になって、罰を与えてくれるって期待だよね。
つまり事に対峙して、依存的なワケですよ(自分だけで解決しようってアプローチでは無い)
 ↑
ここが決定的な矛盾なんです、
同じ人間なんだから、いい歳こいた大人なら「自分だけで堂々と相手をコテンパンに悪く言えます(=道徳的反射は必要が無い)」(力量は同じなんだから)、
かつ大人同士の場合、赤の他人のままであることが前提であり、殊更の関係の継続はおろか関係の成立すら個別判断でしょうに。
(※あれだよ、『共同幻想』を構成する《たとえば体育会のノリの》「ブラック企業」の同僚社員なら別化もしれないけどさ《先輩に報告するぞ的な》)
「歩留り」が相対多数の現代で、人に頼って(頼んで)どうするよ、、、(道徳的反射とか)
※重要なことなので更に補足しますが、『民主主義』の現代で投票先がわからずどこに投票するべきか他人に頼ってたらイカンでしょ。現代『民主主義』社会の大人は、自立的に(論議や相談ぐらいならいいだろけど投票先を依存したらイカンでしょ)投票先を選択する判断と責任があるんだからさ。

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posted by kagewari at 06:27 | TrackBack(0) | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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