2022年05月02日

「結婚制度」と”恋愛幻想”→ほぼほぼ『晩婚化』が正解である件(1)

「結婚制度」の根本は近代の宗教系『共同幻想』なのは明らかで
(だから欧米では”教会”で宗教儀式としてやる”ワケ”だ)
=何々信徒として”家幻想”を保守しますも誓う

■そこにはやむにやまれぬ時代的背景もあった
(ここから成人指定だからR-18 、よい子は退場してください:行間空けます)




下手したら寿命が40代だった古代から近代において、
哺乳類が繁殖して子孫を残すには、生物学的な成人(生殖能力の獲得)速攻ことに及ばなければならない(自分の子供が成人するまで自分が生きている保証がないからだ)。
元服が日本や中東で15歳前後だったり(精通)、中東諸国の女子の結婚可能が12歳(初潮)だったりした背景は「そういうこと」。
●勿論社会的にはまだ子供であり(当時はマジ子供同士の結婚とかあったからね)、この婚姻を親とは言えまだ子供の自由にしていい筈が無い
だから、近代の結婚とは「両親や仲人立ち合いの元の縁談」であり、自由恋愛などを前提にすることは構造的にも論理的に不可能だった。
大家族主義を保持し、夫婦の親等もその世帯の管理職として機能することも求められる。
言うなら当時の夫婦は『共同幻想』とその下部組織”家幻想”ヒエラルキーの中で最下層の組織であり、「性交というトンデモができるんだから相手は任せてもらえるわね」って世界なのさ。
同時に、「異教徒は殺せ」のハードな同調性があるので、親なり縁談持ってくる筋の紹介=誰でもOKの図となる(仲間は”全員が”共通の共同人格モデルをインストールしている金太郎飴みたいな人物なんだから)←繰り返すけど、当時の結婚とは「性行為の許可をインセンティブに大『共同幻想』社会いの下部組織に認められることを意味していた」。

※これに対して近代にテイクオフできない(原始時代ままの)古代の生活をそのまま営むアマゾン奥地の未開民族なんかだと、”家幻想”も無く(これを原始共産制とか言うけど)子供は集落の子供みたいな大民族主義みたいなことにもなる(そもそもプライバシーを確保できるような文明すらない)。


■この図式からさ、
最近のとち狂った左翼が「子供にも性教育で性行為を推奨するべきだ」みたいなイカレっぷりしている理由がわかる筈だ。
下部組織に組み入れるなど「人権ナントカだ」と左翼には見えるんだわ。
”恋愛幻想”の自由恋愛を法律に書くのであれば、その権利は子供にもあるって考え方。
 ↑
そら、保守派は猛反発するんだけど(これまた伝統的家族主義を壊すものだとか、歩留まりには通じない特殊言語使うからすれ違いまくる)、
保守派の反発も根拠不十分になる(そもそも保守系は『共同幻想』ネタバレできない人なので、自分んのとこの論理を説明できない《聖域:タブー:禁忌》)。

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posted by kagewari at 17:46 | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『単独者』の雑感「記事リク”補足”じゃないけど、いい歳こいた大人が”遊び”って何よ」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


時に俺がやれ現存する『共同幻想』適応性世界を、”地方の”だとか”ド田舎の”とか、DQNだ崩れだソフトヤンキーだと評していることを「自称”適応者”を揶揄している」と思ってる人いるかもだけどさ(他にもベビーカートで独女に幅寄せガーン!の元レディース”ママ友”ってのもある)、そら強調表現で(ここのブログではわかりやすくする意味で意図的に暴論で書くみたいな場合が頻繁にあることご存じだと思うけど)意識してそう書いてるのも事実だが、
ひとつ参考となってるのは、
●「地方の成人式に改造車で現れるバカのこと」です(友達ガー心理の典型)。
 ↑
この現象が地方に行くほど劣化していることは世間的にも知られてる話でしょ?

■実は、ここには深い意味があって、
異能のシンガーソングライターに「吉幾三」さんがいます(日本最初のラッパーとも呼ばれる《ここ重要》)、彼は意図して地方の訛りを強調し、場合によっては地方を馬鹿にするジョークを交えて「地元愛を歌う」(俺はなんとかプレスリーだったかな)楽曲で有名になりました。
実際の彼は大御所演歌歌手に格調高い作曲を行うインテリであり、
この地方愛の着想は、的を射たものだった(古くは武田鉄也もやったらり、憂歌団に知られる大坂ブルースは全般にその傾向がある)。

海外反響動画解説の時にも、黒人社会が「意識してバカなふりしないと、ブラザーとして認められない圧力」があり(オバマみたいにインテリぶってカッコつけると悪評で炎上する)、リアクション動画作成時に自ら極端にバカな振る舞いしたり、バカ要員を(漫才のボケのように)意識的に配置する。
彼らは仲間を「マイニガー」なる差別愛称表現を意識的に使い、
ロック系女子も「マイビッチ」を”愛称”として使う。
(※特にロック系はスラングとして《日本で言えば”ヤバい”の意》悪評を”誉め言葉”に使う慣習がある)
 ↑
この意味はだな、、
●現代社会の「郷土愛や同胞愛的な認識の背景に」→自らが適応(所属)している『共同幻想』社会ヒエラルキーにおいて、一般庶民が最下層であることを嫌というほど理解しており。
その適応(所属)における悲哀が隠れてるワケ、
特に前述の、インテリであることを隠さないといけない黒人社会の縛りなんて、
田舎の成人式のDQNの決まり事そのものやんか、
(大人しい優等生なフリをするとイジメの対象となる←何故か?→適応(抑圧)しなければ生きていけない末端の俺達の根源的ストレスを馬鹿にしているように感じるからだ《どうせ「一生末端の奴隷階級なんだから大人しくしておけ」と彼らには聞こえる》)
 ↓
そこにはさ、
暴走族だDQNだヤンキーだと『下層適応者の人生バカにすんな』という反動からくる威嚇的なとこあるワケ、
それはネイティブ・ブルースなワケだよ、
(それを人に揶揄されれば彼ら激怒するのもわかってるけど、強調表現で”あえてその地雷踏んで”説明してんのさ《俺なりのリスペクト込みで》)

■何故”崩れ”というのかってのは各所に説明書いてるのでそっち読んでくれ(『共同幻想』崩壊論)
今回の話で言えば、
近代は地方のヤクザが祭りで大暴れして目立つことが、「世界最高にカッコいいことだった」
しかし現代社会において、そんな地方の風物は「田舎者の恥ずかしい大暴れ」みたいな話になり(全国キー局で「うわぁ何これ面白い」とか笑い者で報道されるなど)、
文明の進歩に応じて、インセンティブやエンタメとしての相対的存在意義が劣化・崩壊するワケ、
これを”崩れ”と呼ぶ。

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posted by kagewari at 14:06 | TrackBack(0) | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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