2022年04月14日

”現実認知”(事実認定)の実存性(”意味ある場合”と”意味無い場合”)

時に”説得力”だとか、映画評論で言えば”リアリティー”、
反対に「それは無いから」だとか、「いや無理あるでしょ」となる場合。
 ↑
これ言論というか話しの内容に「質量差がある」ことになりますね、
■裁判で言えば「どう証明すれば勝訴するのか」です、

現実認知や事実認定というものは、本人は勝手にそれを燃料に『興奮』するにしても(実はこの段階でアレなんだけどね《『自意識』とは醒めた目の中の人だから》)、
周囲は「正直、何言ってんのかわからない」←この状況が「コミュニケーションナントカ」だとか誤解されることもしばしば(事実認定の乖離がコミュニケーションの障害となっているのは事実ですが、コミュニケーション能力は問題無く機能しているんです”ネタとなる事象が現実から乖離している”だけなんです→そこを皮肉で「コミュニケーション障害」言う場合もありますけどね《病気とかの意味では無く》)

勿論「強迫心理」がらみでアレになっちゃうんですが、
(「強迫心理」とは、無意識下に無理な設定があるという意味でもあるのだから”必然として”)
「ディベートで、 無理筋側を任され、 仕方がないのデ、」
力技や感情にまかせる他無く→「こうだからーー!」と主張してしまうこともしばしばですが、
それでも”強迫設定”が事実になることはありません。
(てか論争に勝てません→スピーチライターなら失格です)
てか、むしろ立証”が”現実から乖離”するばかり。→どんどん意味のわからない話になってしまう、

なんでこんなことになるのか?
■事実関係がネタバレしたら「強迫設定(フェイクニュースファンタジー)が失効しちゃうじゃん」
※私は「不快事案が存在しないとは言ってません」←これを元にした”筋読み”が(決して解決策の無い)政治的プロパガンダのようなものに変遷していると分析しているんです。
 ↓
「無意識に、 『自意識』を、 抑圧してるのですから、」
事実関係の認定が、矛盾してるわ、筋立てもグダグダだわ、根拠は知人だ(あらNGダ)、
「そら、そうなりますがな、、」
(「強迫心理」のシナリオ設定書いたのは子供だもの《と、『自意識』共犯によるその派生》)

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posted by kagewari at 23:12 | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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