2022年01月07日

経済格差論のナンセンス”再び”

前に一本書いているんだけど、この話は先進国の経済考える上でのキモだと思うので(経済学ってんだから心理学にも関係する話)、再び整理してみたいと思う。
「嫌で嫌で皇室を辞めたい人もいるんだから」《終わり》
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だいたいこういう話になるんだけれど、
一番やっていけないのは、共産主義が得意にしている「二項対立構造(階級闘争論)」的な見方でさ、【そういうこっちゃ無いから】
二項対立なんてのは、『共同幻想』のインセンティブが生きてた時の話で(誰しも猛烈に出生願望を持ち誰しも結婚願望を持っていた時代)、そもそもが家を10件も20件も持って何か便利なことがあるんかいって話で(米を一度に2トン食うとかできない)、
 ↑
近代『共同幻想』がインセンティブとして効果があったのは(経済学の限界効用論)、
「当時は食うのにやっとだったから」です(だからそれを「ハングリー精神」って呼んだんだもの)


■つまり、時代が先進国になって以降、前述のインセンティブは「もう終わった」
(効き目が無くなったの意)
故に、旧時代的なコンプレックスを持つ人ほど(これ退行化による時代《後退》錯誤ね)、現代においても世界の所得の半分がやれ数%のナントカに〜とかの話も、角度が違うんだわ。
「もう終わったインセンティブがナンセンスな領域に」が正解
 ↑
極々単純な話(何もアブラハムの宗教の言うように労働が人類の原罪懲役とは言わないが)、近代インセンティブが食えない時代の競争原理(狙いは生産性の向上=人類が余裕で食えるようになること)だとした場合、既に食えるようになった段階でインセンティブは方向性を変えなアカンわけ。
●ここで冒頭の話に被るでしょ
「数兆円とか自分どんだけ大食いやねん」ってコントになってるワケで、その数兆円にはクソの意味も無いの(言い出しっぺが設定した報酬の上限は「何でも好きなものが食い放題の所得」を意図したものだったから)。

説明するまでも無く、所得インセンティブが上限に達した場合(限界効用)
次のターゲットは「労働時間の短縮(言うならばマイナス所得)」しかあるまいよ。

「僕は部長になったので、週休4日だ」←とかの自慢になっていなけりゃオカシイのだよ。
(※するってーと、”ニート生活”ってものが模索した「何か変」にも意味があったのではないかと思えませんかしらん。)
●これさ、何も新しい話では無い
マルクス絶好調時代から言われた話だよ「不労所得」
これはケインズですら憂慮しており(何故って当時は人が食えるようになるまで生産性向上のインセンティブが消えては困るから)”マネーそれ自体に対する需要になると困る、或いは誰もが地主の不労所得云々、、、”(それも現在の内部留保とあんまし違わない気もするが)なんて話あったぐらいに、
当時から「不労」は特権として認識されていた←【何故この認識が無くなったのかね】

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posted by kagewari at 15:56 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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