2021年12月04日

岸田政権云々より、国民民主党が今後の鍵を握るかも

甘利さんがあんなことなってしまったので(これ落選運動やった郷原氏の影響もあるんだろうけど、、)麻生派の今後は不透明なままです、麻生氏はまだ元気とは言え高齢ですからね。
河野太郎氏が独自にグループ結成の動きを見せることは”いい話”ですが(だとするなら事実上大宏池会後継からは外れる)林外相が後継になるのもまた困る(笑
※個人的には大宏池会結成となった方が求心力は下がると見てます。政策的なコアが定まっていないからです(そもそもがあの麻生さんが河野洋平氏を支持していたことからワカラナイ話)。
 ↑
この点で、河野太郎氏がやれ親中とか批判され「どうしてなのか」と思う気持ちもわからんでも無い(派として河野洋平氏に対する総括とかありませんから)

昔の派閥は”政策では無く人”でしたが、
そりゃあね、現代でそれは無理筋です(野党連合を批判できない)
現代自民党の派閥には政策的コア無しに求心力を維持することはできません。
(その典型が平成研かもしれない)

きっちり派としての政策を語れるのが安倍派だけですから、自ずと他の派も(ここ岸田さんは気が付いていた《な、中身はともかく、、》)標ぼうする政策の明確化が求められます。
だものだから、麻生派の甘利氏失脚は痛かった。
高市早苗氏が安倍派に復帰するのかわかりませんが、安倍首相には派閥横断的な(その政策への)支持者が存在するのは事実。←下手な派閥より求心力がある。

■現自公政権を語る時に、公明党の影響力って話になりますが、
それをけん制する意味で、菅元官房長官と維新の関係が重要になってもいました。
(大阪における維新と公明の協力関係にも影響しているかもしれません)
ところが維新がまた、微妙な政党でして(笑
馬場幹事長は信用できるにしても(憲法改正は是非協力していただきたい)、橋下氏の影響力がね〜、、河野太郎氏と似た者同士かな、、(私は決して河野太郎氏の評価低くありませんが)
 ↑
まだ政策的方向性が定まっていないのです

でー、今後の展望として
国民民主党が連合の支持を背景に維新との連携を模索しています。
全国での党勢拡大を目論む維新には、地域の選挙運動員確保という意味で有力な選択肢で(足立議員などが玉木党首にアプローチしていたのは随分昔からです)、自公政権の公明党・野党連合における共産党じゃないですが、協力関係構築すれば国民民主党の発言力は増します。

国民民主党は、昭和の民社党(民間労組中心の右派)を模索しているところがあり、
政策的にもアベノミクスを否定していません。
党首の玉木氏も財務省出身ながら、リフレ派である高橋洋一氏と対談するなど意欲的で、
そこに政策的コアが確立してくれれば、
●仮の話、将来の高市早苗政権なりの時に公明党へのけん制に威力を発揮します
国民民主はまだまだ少ない人数ですが、今後の政局の鍵ともなっており、
(立憲民主から再び離脱する議員にも難しいこと言わず合流させてあげたらいい)
個人的には、自民党内派閥勢力図なんかよりその動向は重要な気がしますね。

※そこで立憲民主の党首が(国民民主出身の)泉健太氏ですよ、
この人前原派と言ってもいい人物じゃなかったかな。
(それが今後どういう動きになるのかわかりませんが、、)

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posted by kagewari at 00:14 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(紗〇子さんへ「生まれたワケじゃない的なとこだけ補足」)

これさ真子様が「好きで皇室に生まれたワケじゃない」と同じことなワケ、
更に言えば(人格構造としてあなたとほぼ同じである→)所謂オンザレールな『共同幻想』適応人格もそう(共有人格を外部からインストールされた人生は決して幸福ではないからね)、
だったら近代オーストラリアのアボリジニに生まれた方がよかったのか?って、

てか、どんな人物とか選んで生まれることとか不可能だから
【必ず、現世の『自意識』なりの関与がある(無意識的選択だとしても)】
そのほとんどが生後、選択されてんだから
(或いは環境的同調圧力という強制《矯正》による一般人化も同じ)

後発的である証明として、そこから抜け出すこともできる
謎解き役の『心理学』が存在しているワケでさ、
(やろうと思えば人は自らの意思で人格を《本音寄りにだけ》変化《回復》させることができます)

●皇室の話じゃありませんが
好きでここに生まれたなんだかんだって話は(じゃあ何時代のどの階級がお望みですかって)「何か意味ありげなことを自分で言っているつもりで、何も言ってないのです(論旨が無い)」
 ↑
別で生まれたら(その能書き言っている自分も後発的なのだから)
→その場所でまた同じこと言うだけです
(どこにだって”不快代謝”を煽るネタはある「皇室でさえも」)

名前忘れましたけどね、
重度の自閉症で(もうキテレツな異常行動もしちゃうんだけど)「中の人が健在で、筆談等はバリバリできる」という稀有な人物がいるんですよ。
彼を頼りに多数の重度自閉症の子供を持つ親が(海外からも)話を聞きにくる。
彼は言うんですよ(おかしな行動になる時も中の人は素で状況を理解しており)「あちゃ〜また始まってしまった」など思っていると、
そこで取材記者が「なんとか君、もしこの障害の無い人物に生まれ変われたらとか考えますか?」と、問うとさ、彼は言うんだよ。
「この障害があるから、多分僕は今現在の人格を形成しており、この障害が無ければきっと僕は今の僕では無い人物になってしまうだろう」と(勿論「だからこの障害も肯定しているのだ」と)、

■心理学テキストで再三以下の命題を書いてますけどね
「さて、俺はどうすっかな」
『自意識』が本気出すってのは=『抗う(あらがう)』であり=自由度の拡大です
これが逆転すれば
無意識に環境に依存・従属し=『被る(こうむる)』=抑圧・拘束の拡大です
(後者の場合、たとえ大企業の社長令嬢に生まれても「好きでこんなとこに」が可能であり)

結論そういうこっちゃないってことです
対戦投手が日本一の山本由伸でも「だったら俺はどうする」ってスタンスは無限に存在し、
(この場合対戦相手が楽勝のヘボピッチャーになることがテーマの解決にならない、それは単にゲームの設定をイージーモードに変更しただけだからだ。《誰でも打てるヘボポピッチャーを打ったことに何の意味があるのか》)
同時に”不快代謝”を煽り「どうしてこんな目にあう不遇なのか」と煽ることも無限に可能。
【個別各論に意味はない(環境等)】

自らの実存は、結果論から無関係だからです
(現実に挑む構えそれ自体が実存の全てですから《その後の顛末はサイドストーリーに過ぎない》)
「ドン・キホーテ」は無謀に挑むことの記号である
(「水車で事故を起こした認知症ネタ」では無い←この部分は彼を語る時”そこじゃない”とあえて添えられるサイドストーリーだ:ところが後半部分の個別各論にコンプレックスを結合させると、話のテーマは逆転し無限に”不快代謝”を煽ることとなる。←それは一見現実的なことのように思えるが《違う:実存しているのは挑むものとしてのドン・キホーテであり》、後者の顛末にやたら拘り”不快代謝”を拗らせることは”脚色”である。)


posted by kagewari at 00:07 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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