2021年10月15日

「欲求と満足(代謝完了)のサイクル」

腹いっぱい食べて→眠くなる
実際の現象は消化するため脳の血流が胃に取られて眠くなるんだが、
脳が血を胃に取られてもOKってとこからしても「動機形成完了でもうやることないから」って判断あると考えることもできる。
 ↑
快感代謝不全で睡眠障害になる件と対称性もある

全部が全部じゃないけれど、
考え事でえらいことになり脳全開な時には、糖分不足を感じることはあっても、運動の後のような空腹感は無かったりする。
ここも脳が血流を必要としているからだろうし(ちなみに脳バリバリ全開だとジョギング程度のカロリーを消費する)、
●複数回、あまりの睡眠不足で歩きながら気を失った経験のある私としてはww
考えるネタに尽きない場合(深海へのダイビングとかの時のように)脳の血流最優先で、寝るのと食うの忘れることがあるってのは”事実”だから、
 ↓
やっぱり
「腹いっぱい食べて→眠くなる」←この原則はあってると思うんだよね

欲求があり(エネルギー)→実行の企画して(動機形成)→事の顛末確認し《終わり》
法則性としては、
「高カロリーの食品を美味しいと錯覚させる脳内物質により、強いフラグ【また食べたい】が発生する」ように(甘いものや、酒、肉などがこれに相当する)、
快感代謝獲得期待値の高い動機形成は(事の顛末に関係無く:失敗例でも)
【またやりたい】フラグが付いて記憶される

なので「快と不快が混在しても、トータルの期待値を達成すればOK」で、
●「霜降り肉は美味かったけど(快6)、値段は高かったな〜(不快7)」←これに対し
●「霜降り肉を譲ってもらった美味かった(快6)」←これね、なんか前者に負けるワケ
もう少しあからさまにしてみますか、
●「国語は100点(快6)、物理は0点(不快6)」←これに対し
●「国語のテストだけでよかった100点(快6)」←エピソード記憶に残るのは前者なんだわ


■にわかに説明の難しいことなんだが
「PTSD級の不快経験が忘れられないのも同じ構造」で、
(流石に「またやりたい」とはならないが)
【きっとまた起きる】とフラッシュバックする”流れは(快の期待値フラグと)同じ”になる。
(ビギナーズラックにおける「あの成功体験が忘れられない」も同じである)

●いやいや「大事なことだから忘れられないんでしょ」というご意見はあると思うんだけど、
同じことなんだわ、
脳が何を大事なこととして判断しているのかと言えば(ホラー映画を怖がってるのか楽しんでいるのか自分でもわからないのに脳が快・不快を判断できる筈も無く)『興奮値』なワケで(これ表現変えると「快の場合感動値、不快の場合屈辱値」、アラモ砦《真珠湾》を忘れるなってね、)、
 ↑↓
それが当人にとってどうなのか?を決定付けるのは
「自分で企画して自分で選択したことならOK」(体感は結果が不快でも満足)
「無意識に、強迫的にやることに追い込まれた場合”最悪”」(体感も被害)
 ↑
これに尽きるんだわね、後者に付け加えると、
「無意識に、強迫的にやることに追い込まれた場合”最悪”」【体感は結果が快でも被害】
ここですここ→【体感は結果が快でも被害】になると思うのさ、
●たとえば
当人全くやる気はなかったのに、何かの事情で格闘技大会に出ることとなり、
優勝してしまった時、周囲が称賛する中でチャンピオンとして立ち振る舞うことになった。
この状況を『自意識』は「快と認定するだろうか?」

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posted by kagewari at 14:38 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月14日

リクエスト関連(Loloさん「COVID19のワクチンについて」)

Loloさん
>アラフォー女性です。来週コロナの予防接種受けようと思ったら服反応の問題が最近になって取り上げられるようになってやめた方が良いのか迷ってます。前はワクチンの服反応を取り上げる人がいると陰謀論だのなんだの一般人も含めて叩いてたのに、最近になって服反応の話が取り上げられると推奨していた人や行政を叩き始めるから、どちらの情報が正しいのか困惑しています。政府も今ごろになってファイザーを勧めるのにも困惑しています。心臓悪くしてからでは遅いし、ワクチン受けるべきなのか、やめるべきなのか?

背景となる基本的なことは以下記事で触れているので予め読んでおいてください
(世耕さんあなたもですか)保守系ワクチンパスポート論の【大間違い】
https://kagewari-retour.seesaa.net/article/483888269.html

まず、全てのワクチンには副作用があります
理由は簡単で「感染のシミュレーションにより抗体を獲得するもの」なので、
「ちょっと感染させる」のが基本的なワクチンの戦術です
●問題は何をもって「弱毒化させたのか」ってことなんですよ、

前述のとおりで、完全に弱毒化させたら「生理食塩水のプラシーボ効果狙い嘘ワクチン」でいいことになってしまいます(笑
というか「いい感じの弱毒があるからワクチンだ」と
 mRNAワクチンだからって論議はひとまず横においておきましょう
実は長い事風邪は万病のもとであり、心臓や糖尿や肥満や高齢の方の場合昔から風邪をこじらせて亡くなることはありました(ガン治療時の免疫抑制剤使用時含む)、
今回のCOVIDの重要化プロセスの研究で、旧来の風邪がどうして重症化したのかがよくやく現代になってわかったのです(風邪ごときに高額な予算を投入して研究する人がいなかったため)。

それがCIVID19で有名になった「ウイルス外壁のスパイクと呼ばれるたんぱく質が、細胞膜の受容体に取り付くときの損傷と、これを修復する血小板により”微細な血栓ができること”」でした、
(心臓や糖尿などで腎臓などが弱っているなどがあると、この血栓でも致命的にリスクになる場合があった、今回の肺炎もインフルのような気道から呼吸器系で増殖したためでは【無く】、肺に多数の血栓が流れてきて《これが薄い霧のような画像》炎症を起こすものです)
 ↑
御存知のように、モデルナにしてもファイザーにしても弱毒化しているって概念のメインは、
「外壁のスパイクを模倣するたんぱく質だけにしてるから」ってものです(中身は無いから)
●しかし、前述のように今回のCOVID19の重症化は「ぶっちゃけ中身関係無い」んですよw
(中身が無いのでそれ以上増殖しないってリスク管理はあると思います)
感染時重症化リスクの原因となっている外壁のスパイクを完全模倣しているワケで、
「健康な人がちょっと感染した時とほとんどリスクが同じ」
(リスク世帯60代以下にとっては、「効果が長持ちする自然免疫ワクチンを接種するために、ノーマスクでカラオケ宴会いってきます」←この選択と、ほとんど同じというか、、、)
※なので、副反応と呼ばれているものとCOVID19感染時の症状はほとんど同じ

<前述のように「mRNAワクチンだからって論議」には一部陰謀論も登場しますので、話がめんどくさくなるので、あえてそこは除外して考えた方が無難かなと思います。興味ある場合はご自身で「mRNAワクチン リスク」でググってみてください>

■逆説的に言うと、「若い人は感染しても99%以上死にませんから、ワクチンの安全性も同じレベル」という意味になります。
統計的に言うと「必ず感染する確率が何万文の1なのに、国民の80%とかワクチン接種していたら、」→自ら進んで滅多に無いCOVID19の中軽度の症状を体験しに行っていることになります。
(勿論、もしもの時の重症化リスクを回避できますが)
※基本的なこと言えば、特に日本の場合60代以下の階層には重症化すらほとんど事例がありませんのでワクチン接種の医学的必要性はありません。
冒頭の参考記事にあるように、重症化リスクのある人に二次感染させないためってのも意味がありません、ワクチンを接種しても(COVID19で言えば無症状感染程度の)普通に感染するからです。

<<<<家庭医学的にはそういうことなんですが>>>>

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posted by kagewari at 15:31 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月13日

社会適応と、現実世界での実存(家幻想について)

”家幻想”ってのは『共同幻想』の子会社みたいなもので、
家長はそのんま中間管理職の課長のような存在でした。
欧米や中東などアブラハムの宗教系社会がわかりいいかと、
(モスリムは若干違いますが)宗教施設を権威として家があり、課長は中間管理職である。
(なので食事の時にはお祈りをリードするなど役目があるワケで)

”家幻想”は本来民主主義社会の到来で崩壊していておかしくないもので、
(実際文明化の流れで「核家族化」が到来した、子会社のミニマル化です。)
●一番わかりやすい例だと、宗教原理主義系保守だと「離婚もNGだったでしょ」
うんで、権威である教会権力などは婚姻関係が禁止されており(出家で集まる)、”家幻想”の上部構造だよって位置づけなんだろうと思います(そこで同じ”家幻想”やると中間管理職の職責が発生して、堕とされるって言えばいいかしら)。

時々保守派のみなさんが”家族を守る”みたいな話してますけど、
いやいやその上部構造は近代まで家族を営んでおらず(教会権力側)、家族というのはその下部構造の位置づけだったわけで、(その形態を命じられていたとまで言いませんが)上部構造を支えるため求められた下部構造だったワケでね、

●例えば戦国武将においても、明治期の天皇家においても、所謂帝王学的な教育は(上部構造向け教育とでも言えばいいか)親子関係を疎遠にしますよね。
いいとこの子ほど小さい頃から全寮制の私立校に通ってみたり、高い独立心と自主性を伸ばすため(意図的に親子関係を疎遠として)専門の教育係の元で育てられたり(なので母子の会話でも互いに敬称をつけて呼び合っていたりね)、
その甲斐もあって、戦国では下剋上じゃないですが血縁同志で権力闘争から殺し合いまであったワケでして(保守系のみなさんの郷愁にある”家族のナントカ”と全くイメージ違います)、

「民主主義(血縁で投票行動において組織行動を取ってはいけない)と離婚の肯定」ってのは現代崩壊時代の家幻想にとってひとつの象徴です、
なので、俺は「シングルマザー」って記号がちょっと別の意味をもつのかなと思っているワケです。
(帝王学的な意味で言えば、←これって親権の制限に似ているでしょ)
(現代の親が競って保育園を求めるのも、無意識に「自分がそこまで育てたくない」って部分もあるだろうって、)

見ようによってはね、
政治家が少子化を問題にしている時点で、
”家幻想”マターでは無くて、それは社会問題だと言っているようなもので、
言外に、産んでくれたら社会が育てますってニュアンスにもなるんですよ。
(だから児童手当含めて、支えますからって話がセットになっている)
即ち家父長制を前提とした結婚制度は形骸化するだろうと、
(夫の側に強制的に育児休暇を取らせようととかってとこもその辺被ってる)

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posted by kagewari at 02:12 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月11日

社会適応と、自然界での実存

正確に言えてるのかわかりませんが、
タイトルのニュアンスは
「自然環境を社会環境に置き換える考えと、自然環境で生存することをそのまま考える場合の違い」かなと思います。
 ↓
●寒冷地なので動物の毛皮を着る文化が生まれた
(これは環境への”適応”でしょ)

●この辺には古くからの信仰があり、ホニャララの祭事がある。
私は集落との関係を重視し、奇異にも思えるこの祭事に参加するのであった
(これは社会”適応”)

前者を自然派というのもアレだけどw
『共同幻想』社会が構成されていると、生き残るために先に適応すべきは自然環境より社会環境になるだけなんですよ(所謂村の共同体意識である『共同幻想』は安全保障のため発生するので)、中世の魔女狩りじゃないですが、事情の説明も無く逆らえば殺害される場合もあるからです。

※半面、この『共同幻想』安全保障は、自然環境への適応でもある(村の共同体意識により農地への灌漑インフラが構築されている)三段論法みたいなものです→自然環境への適応も共同体として対処する方がはるかに有効である、自然環境への適応は組織的に行い、個々人は組織への適応を考えればよいことになる。

《なので先進国になると(インフラが整備され)『共同幻想』存在の合理性は失われるので崩壊が始まる:文化や情緒的な地域性のみが残っていく》
ゴリゴリ保守派のみなさんに言いたいのは「適応と、オマージュやリスペクトは違うけど、保守リベラル派は喧嘩を売ってるのでは無いので、そこを勘違いしないでいただきたい」ってことかな。


■話を単純化すれば
景色の美しいどこやらに行った時に”大自然に感動する”とかなんとか、
これに対し、その場でも人の顔色や慣習や手順のことばかり気にして景色どころでは無い、
 ↑
前者後者の対比で考えるとわかりいいでしょ
『共同幻想』以前というか、その始まる前の原始時代と思しき壁画が時々発見されるけど、
(ラスコー洞窟の動物壁画とか)
どっちがナチュラルかって、そら(言語があったか知らないけど)自然環境に触れて感動するなりって話だったであろうことは明白で、「空気読んでる(言葉選んでる)場合じゃないだろ」ってね(笑

本来あるべき人類ヒト科のなんてーかな〜
「生存が実存と同じだったころ」に回復しているだけで、
『共同幻想』崩壊を、地方のコミュニテイーの崩壊みたいに煽るのも大袈裟だと思うのさ。
保守派のみなさんも、「そういうことなので過剰に心配しなさんな」と、


<『家幻想』について、次回へつづく>


posted by kagewari at 17:47 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月10日

ものは考えようで、「日本は本当にスパイ天国なのだろうか」

妙に法律が厳しくて、警察が通信傍受を容易にできないため「オレオレ詐欺を一網打尽にできない」ってお笑いネタはあまりも有名だけれど、
それほど日本の治安がいいのは事実なんだよね。
そんなオレオレ詐欺関係業界は外国人も関係しているとされ(NTTも国際電話詐欺関連の案内しているほど)、その様子は暗躍するスパイの話にも似ている。

でね、オレオレ詐欺なんかの拠点が東南アジアなんかにあったりするんだよね。
●何故って、日本国内でそんなことすると目立つから。

たとえば中国国内におけるインテリジェンスの世界では、
暗殺含めて、突然消息不明になるとか、自宅監禁含め荒事も含まれる。
日本の警察も存外に「無理のある不審死も自殺でいっちょあがりにしちゃう」とこあるけれど、だいたいその背景は”事件性”で判断されている。
逆に言えば、事件性のあるような工作は表立ってやり難いワケですよ。
これに対して、米国では重要事件の捜査していた検察関係者の車が爆破されたり、関係者が続々謎の自殺を遂げていたり、荒事も相当行われるんだけど、
「よくあることなので目立たない」んだよねw

ちょっと待てよと、
「日本のガン・コントロール含め(暴力団組織ですら「公共の場ではチャカ持ち歩かないよう幹部からお達し出てるぐらい」)」、日本の治安の良さが工作活動のやり難さに繋がってないか?
政界にしても、モリカケみたいなケチなでっち上げでもガンガンやるわけで、
IR法案カジノ接待についてもそう、河野氏の日本端子の件もそう、カルロス・ゴーンもそう、
大規模な工作は非常にやり難い、
(できないとは言ってません、マスコミからめてやれば何でもできるだろうけどさ←もっと金かかるじゃん)
皮肉な話だけど、
日本最強の諜報機関が「週刊文集」(或いは2ch既女板)と言われる現代の日本、
事実さ、荒事が難しいのだから、ジャーナリストや経済人でも知ってる”半分公開情報”ってのが(治安がいい=本当に後ろ暗いことは少ない)「これが日本の国家機密です《終わり》」である場合、
案外スパイ工作が難しい社会なのかもしれない
(経済界におけるヘッドハンティングは別かもだけどさ、←これもジャーナリストでもやる気あれば余裕で調べられる”半分公開情報”でしょ)
コロナ分科会の尾身さんの利権みたいなのも(悪気があってやってるとは思えないけど)バレバレに報道されているワケでね、

●やたら平凡な方法だけれど、
地道な努力で治安の向上をはかり続けることが大事なんじゃないだろうか?
 「 あ え て、お花畑作戦」
民間警備会社の現金輸送やATMの保守で銃を携行しなくてもいい国って日本ぐらいでしょ。
(そんな日本も、明治維新で公的郵便事業始めた時には、警察官より早く郵便教員が銃を携行していたんですぜ?)
バカみたいに治安がいいって文化は、スパイを防止する意味で日本のソフトパワーなのでは?
高橋洋一氏の情報分析も、ネットジャーナリズムの篠原常一郎氏も”そこ踏まえて言えば”日本においては立派な”民間諜報機関”だと思う。

日本がスパイ天国って話も(そら事実なんだろうけど→「スパイ防止法にも賛成です」)
「目立った荒事が無い”(スパイ映画なサスペンスが無いという)”自虐史観なのかもしれない」
個人的には、案外やり難い国なのではないかと思っているのである。



posted by kagewari at 17:55 | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月08日

「強迫心理」構成のシンプルな解釈(なぜ無意識にそれができあがってしまうのか)

ここのとこ、フロイト心理学の”超自我”の話もするようになってきてるけど、
(本来は『共同幻想』論でここ包含しようと思ってはいるんだが)
単純に言えば”超自我”ってのは、幼児期に神格化されている親やそれに類する(昭和以前は長兄とかの場合もあった)保護者とのやりとりで発生する「エピソード記憶」が格納される記憶エリアのことで、中間テストの勉強が記憶される場所と”違い”
「エピソードフラグを解除しないと忘れられない領域」を指し、
主として宗教的戒律や、道徳や、厳しい躾(家訓)など、個人的利益代表である『自意識』より上位の(超越的な)admin権限を持つ領域であるため→”超自我”と呼んでるものです。

「豚肉が食べたい、しかし、、どうしても食べことができない!(by.イスラム教徒)」
 ↑
これのこと(極端に言えば”カタカタ震え出すほど食べたくでもできない”みたいな)


●はい、そういうワケで
幼児期に権威者(幼児期ならではのデフォルメで神格化されたり、ヒーローイメージ化されたり、聖母イメージ化されたりするため)との関係で獲得される”極端に目立つ記憶”は(驚いたとか『興奮』伴ったとか)、自動的に「エピソード記憶」として、”超自我”に格納されるので、
・たとえばね
「子供時代に権威者と訪れた地元で有名な観光地などの記憶は?」
ガチ、ノスタルジーのシーンで鮮明に思い出される郷愁の一枚になります

 ↑
大人になっても仕事関係で手ひどい失敗などして、『退行化』すると速攻イメージが再現され、
「田舎に帰ろうかな」なんて思ったりするわけ(笑

読者の方はもうわかると思いますが、
「田舎のローカル『共同幻想』保守志向」ってのはこのようなエピソード記憶の獲得と、半ばフラッシュバックするような”仕組み”(ノスタルジー)により構成されることがわかると思う。
∴故に、ガッツリとローカル『共同幻想』に適応した自我は、決して田舎を離れません
(BOROのヒット曲「大阪で生まれた女」)


<<<ちょっと小ネタですが>>>
社会適応の”適応”って何?って、配慮に欠く表現すると、、「洗脳」です。
(本人の間接的同意の元入れ替えるので、正式にはオマージュとか”認識に対する影響”
自 我 の 一 部 を 社会 に 適応 さ せ る
=「入れ替えるとか、接続させる」って意味ですから、
自我の社会化=個人としての一部を社会的自我という”テンプレート”に置き換える
置き換えるためには、個人としての一部を「上書きする」ことになるので、
=『抑圧』と構造は一緒です
 ↑
何も恐ろしい話ではありません、
・ボール遊びをしている少年がいるとします(蹴ろうが持って歩こうが投げようが自由)
・公園でサッカーで大興奮している子供達を見ました
(自分の遊びよりより高い値の興奮を獲得している:快感代謝)
・「僕もそれやりたい」
・「サッカーって言うんだよ、手を使っちゃダメ、それからオフサイドって言ってさ、、、」
(僕のボール遊びは、サッカーに上書きされそのルールを守ることにも同意)
・自由なボール遊びとか忘れ、ルール遵守に道徳的認識すらある→ズルする奴に激しく怒るなど
「サッカーやろうよ!」
(●重要なポイントは、以降僕は「サッカーを知らず、ボールでマヌケなひとり遊びする子供を見つけるとバカにしたり、軽蔑するようにすらなる」ところで、『共同幻想』論や、イジメの論理などにも繋がる話でしょ?)
 ↑
これがスポーツという社会的概念への”適応”ね、

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posted by kagewari at 12:52 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月06日

快・不快原則の「奇怪な図解」(長い補足)

その事案の快感値MAXがいくつなのかってのは”見えない”からアレなんだけど

参考となる指標は以下
<<お金を貸してもいい金額の上限(反対なら借りられる期待値)>>
「友人関係」「知人関係」「会社同僚」「大学時代動機」「血縁関係」「恋人関係」「親友同士」「遊び友達」「会社の付き合い」「取引相手」「恩人」「事前に貸し借りのある関係」「趣味の同志」、、
 ↑
個々人で違うと思うけど、個々人なりにさその金額上限の相場感ってあるでしょ、
これが「その快感代謝の上限値」ですよ。
(どういう規模感のゲーム性エンタメなのかという評価)
成功時に得られる快感値と、得られない時の残念値は一定である
■あくまで概念であって、脳科学的に計測や実験するような無粋なものだと思わないけど
考え方としては
「得られるアドレナリンやドーパミンの快感報酬値は、可の場合でも不可の場合でもほぼ同じになる」
=結果論には意味は無く、
甲子園決勝の、勝者も敗者も報酬は同じ=不快感『興奮』でも脳はOK

考えるまでもなくさ、
「面白そうなこと思いついた段階で勝ったも同然」なんですよ、
(キテレツな料理を思いつき、それがすげー美味くても、スゲーまずくても得られる『興奮』値は同じ)
全てを決するのは、結果では無く、
「快感代謝上限値の高いゲーム性エンタメそのものである」
 ↑
随分不謹慎に思われるかもだけど(自分で言っててそう思うけどw)
『共同幻想』論で言えばさ、
「結婚というイベントが快感代謝の本体」であり、
「それが成功しても、失敗に終わっても後悔しないように頑張れ」とか言うじゃん、
その真意は「成功しても失敗しても等価」だからだよ。
→だからコーチは「思い切っていけ!」と言うのさ(勝っても負けても同じなんですもの)、
●本体は「そのイベントの中に、どこまで高いレベルの快感代謝の期待を見いだせたのか?」
(簡単に言えば「これは凄いことだ」と思えたか、)

経済学で言うところの、貸し方借り方、投資と債務、←この辺の話と同じなんだと思う


<<<だんだん自分で書いてて、この話はヤバいよねww>>>
いいのかなと、思うところはあるんだが、、、心理学のサイトだから遠慮はいらんだろ、
ちょっと恐ろしくなってきましたが、、ままよで続けます、、

■前回記事で、「これが強迫心理で困ったことになる」っつーのを書いたけど、
ちょっと補足する、
まず原理原則は以下ね、
<食べた<「プリンの値1」>食べられなかった>
<食べた1「プリン」>=<「プリン」食べられなかった1>←脳はどちらでもよい
 ↑
注)「脳の言うどちらでもよい」とは、動機形成の興奮獲得成功を意味しているので、
「またやろうと思う」←これが等価で成功している証明なの
 ↓
「また食べたい」=「今度こそ食べたい」と、「プリンの値1」ってネタが期待値の興奮を”いずれかの結果により”獲得させ、→「もう一回」と反復しようってんだから、動機形成としては成功したってこと。

●さて、話を「強迫心理」に焦点あてると
「強迫心理」とは、複数のコンプレックスが連想する結果派生する「なになにだから、なになにで、だからなんとかになるに決まっている!!」という不快『興奮』を煽る(不安など)パッシブな論理構造でしょ。パッシブな=『被る(こうむる)』=事象に対する”リアクション”だよね。
 ↑
でーコンプレックスとは権威との関係性で発生するので=関連エピソード記憶は超自我(神棚)に道徳などと並ぶ位置に格納されるので、→頻繁にフラッシュバックもする。
=【重要事項】だ
 ↓
ハイ、この段階で自動的に以下となる
<可<<<<<<<<<<「”大事な”プリンの値10」>>>>>>>>>>不可>
「強迫心理」の目論見は?勿論以下↓
<「”大事な”プリン」>>>>>>>>>>食べられないに決まっている10
→「許せない→「あの大事なプリンこそがっ!」
 ↑
この循環を延々に繰り返すのが鬱構造
不快10を積み重ねて大獲得者になるみたいな、、、)

→続きを読む

posted by kagewari at 18:54 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月05日

ちょっとした総裁選話の続き<オマケ>

長い前回記事読んでいただけた政治論議好きな方はピンときていると思います。
 ↓
■記事読むと「菅首相の判断に間違いは無かったってこと?」<YESです>
・安倍・麻生が問題にしていたのは「中国へのウイグル非難決議潰し」二階さん
・菅おろしをしていたのはマスコミと党風3回生議員「解散すればいい」(反対しようが無い)
・安倍・麻生は選挙に弱い議員は(支持率ごときで騒ぎ出す)落選してもいの判断(次期選挙で自民は適当に負けるぐらいでちょうどいい)

実際に菅ちゃんが判断ミスしたのは(実はミスでは無い)
「解散に踏み切らなかったこと」に尽きます、
(ある意味解散しちゃいなよと言っていたのは安倍首相サイドではなかったか)

菅首相の思惑通りに進めば
・二階幹事長更迭(マスコミ批判を回避するため)岸田幹事長(これは本人に拒否されてからの→甘利幹事長)
・加藤官房長官の交代に関わる内閣改造(河野太郎官房長官)、玉突きでワクチン担当は菅首相が兼任か高市早苗に打診(本人に拒否された場合→やっぱり自分が兼任)
※理想はコロナ第二分科会(経済再生)を設立し、現在の尾身分科会と論議させる
・この体制で即時解散
(↑【ところが菅さんは解散の意志無かったの「せいぜい一か月の話でしょ」的に】)


●菅首相が解散しなかった理由は簡単
「ワクチン接種状況と、コロナ陽性者が500人以下になるのを見届けるまで、国民にも迷惑かかるので解散はできない」という判断があったから。
 ↓
・安倍首相サイドが解散しちゃえばと言っていたのは、ワクチンの件もそうだけどこのコロナ感染騒ぎが左翼の陰謀論であることを(日本の実態は例年のインフルエンザを超えるものでは無い)知っており、安倍首相自身退任前後で「感染症2類から5類へ切り替えの指示」を出していたぐらい。
 ↑
・菅首相が同じ判断できなかったのは、菅さんの政治信条がリベラル派で、感染症問題を必ずしも陰謀論的に考えておらず、まじめにワクチン接種率を上昇させようと必死に働いていたから。
※但し官邸には今回のコロナの実態や日本の場合それほど必死にワクチン接種しなくてもいい知見は(高齢者だけ考えればよい)周知されており、菅さんの判断が「マスコミ対策として」だった可能性はある。

●ある意味海部内閣と同じで、
菅政権は「解散権を放棄した瞬間崩壊したんです」


麻生・安倍サイドが「菅さんでも岸田さんでも同じ」と思っていたのは事実なので、
菅首相が解散打って2期を目指すのは支持していた。
しかし、解散せず総裁選になった場合(菅首相を推薦人などで支えるのは二階派だけとなるので、二階幹事長を切った菅さんは苦しい立場になる)、それをバックアップすることはできなかった。
立候補そのものが難しくなる可能性すらあったので(それは晩節を汚すと)、安倍首相は「立候補せずを勧めた」。

菅首相も、「そもそも首相になるのが政治目標の人では無く、世代交代論者なので」
自分が続けられなくても、河野太郎が首相になるならむしろモアベターだと思い、
「余裕の河野支持表明」をしたのだが、、
(↑ここだけ完全に読みが外れた)

安倍ちゃんとしては菅政権継続で全然よかったのだけど、
岸田さんへの友情も果たしたし、結果として(チンパンジーとは違う福田の首根っこを抑え)高市早苗という最強のカードを手にしたので(菅さんにとっての河野太郎)、「菅さん本当にお疲れさまでした(というか安倍首相は菅氏がどれだけ働き続けてきたのか知っており、少し休んだ方がいいですよも本音)」となったとさという話。
※一部にある菅首相と安倍首相の関係悪化報道は”完全なデマ”とされており
 ↓
だから、総裁選後の花束贈呈で菅首相は感無量で涙したのだと思う。
(河野も自分の足で歩かなければならないし、自分にできることも《NHK改革と厚労省分割改革以外は》やりつくしたと、)



posted by kagewari at 12:40 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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