2021年08月30日

これも暴論覚悟で書いておくかな「強迫心理」が類型的である理由

いきなり結論から
「だから臨床系は(勘違いして)名称で分けられる”いくつかの症例”が個別にあると思った」
 ↑
何のことって?本来自我心理学ってことになると、
100人いれば100通りになるところだが、
●非常に類似したいくつかのパターンに集約される傾向がある
(やろうと思えば類型化も可能→これを臨床系は”いくつかの症例が個別にあるんだ”と思ってしまったワケです)

構造も決してひとつではないけれど、
おおざっぱに言えば、
自我構造の無為意識領域(自律的に何かを考えたり想像するのでは無く”ニュース番組”やドキュメンタリーのネタ倉庫のように現実認知する時に参照される過去用例の集積や、カオス化された記憶の断片の座る場所:中間テストの時に追い出せない回答などが貯留されている)
この無意識領域に、認知された現実に対しフラグなりインデックスなりで「ハイこんなんあったね(むかしその食材でゲー吐いたぞなど)」と毎日集めている新聞の切り抜きスクラップブックを提示するような(パッシブに反応する)脳の機能がある(主として圧縮や暗号化された記憶領域、脳医学の世界では昨今デフォルトネットワークとも呼ばれる領域)。

そこに”不安を煽る偏向ニュース番組”や「フェイクニュース」や、根拠は無いが近しいところで拡散した”噂話”があった場合、
自動的に(パッシブに、反射的に)照合が行われ、
●『自意識』のテーブルには、それらが(命題的に)今収拾された一次情報と比較された形のセットとして情報提供が行われる
 ↑↓
<人種偏見などもこの典型>
街になになに人が多く歩いているのを見た、(ハイこの瞬間用例ととの照合起動)スクラップから「なになに人なんとか事件、かんとかスレッド」が提示、
「えっ、トンデモだぞオイ、どうなってんだよ!なになにジンは帰れ!!」
”なんとか事件や、かんとかスレッドで論議されてる問題が頻発するに決まっている”

<人種偏見の解消ってのはこちら>
街になになに人が多く歩いているのを見た、(ハイこの瞬間用例ととの照合起動)自分なりにいろいろ調べた、詳しい人にも意見を聞いた。スクラップの「なんとか事件やかんとかスレッド」だが、一部に事実誤認があり、”なになに人だから”では語れないものだ、
一概になになに人が多く歩いているからどうだってことなど無い

<国際間をめぐる政治的見解はこちら>
街になになに人が多く歩いているのを見た、(ハイこの瞬間用例ととの照合起動)自分なりにいろいろ調べた、詳しい人にも意見を聞いた。スクラップの「なんとか事件やかんとかスレッド」だが、この背景には母国の特異な『共同幻想』やその成り立ちが関わっており、個別になになに人だからと言うものでは無いが、なになに人の人生にはその特異な『共同幻想』が広範に影響を与えている、
なになに人だからというものでは無いが、なに国との関係を慎重に考え、現在街に多くなになに人が闊歩していることをいかにあるべきか考えなければならないだろう。


■ちょい前に書いた原稿の試論から補足していくと、
ここね、
 ↓(過去記事から引用)
フロイトは自我を拘束する上部構造を”超自我”と定義しているけれど、
ざっくり言っちまえば、「道徳・倫理野・」のことさ、
(三つ子の魂のしつけの話じゃないけどさ)
主としてそこには道徳・倫理的見解や教訓などが保管され、常時『自意識』を縛るんだが(「抑圧」権を持っている)
《以下は、心理学で定説化しているものでは無く、俺の私見を含む理解なのだが》
 ↓
「エピソード記憶は”超自我”(道徳・倫理野)領域に格納されるのではないか?」
(だからPTSDという現象が起きる)


カラー画像付きA4サイズのスクラップは「エピソード記憶」として『自意識』を超越する(倫理・道徳野が鎮座する)神棚”超自我フォルダ”に格納されている(『自意識』の介入を許さない超越的教訓として)。
●ここにさ、「なんとか事件、かんとかスレッド」みたいなものが保存されてしまい、
あろうことか(コンプレックスとして)自分自身を差別する偏見が形成されると?
「鬱構造」となる

<<<しかも『自意識』大人の検証ネタバレを通過していないってことは?>>>
・PTSDのような、戦争や災害に相当するトンデモ事例か
・食中毒などの無条件な教訓か
・思春期『反抗期』のネタバレをスルーした”子供時代の絵日記”だ
(それがエピソード記憶となり、超自我領域に置きっぱなしになっている)

→続きを読む

タグ:強迫心理
posted by kagewari at 16:09 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月29日

「実はなんだかんだ『自意識』が切り替えてんじゃないか」という推論

前回に引き続きだが、
緊迫した状況で(DEFCON1:緊急事態第一次戦闘態勢)考えてみよう
パチ屋で1万5千突っ込んで引いたラッキーナンバーだがドル箱飲まれそうな時、
「ここで引くのか、いや空になっても更に突っ込むか?」
 ↑
引くタイミングは実際ある、
そして決定は『自意識』に任されてる。

■この時の、撤退に成功する時と、失敗して一敗地にまみれる時の心理を比較してみよう
多分『自意識』が評価する上で重視せざるを得ないのは
当初あたりを引くまで突っ込んだ1万5千円の投資額だ、
早期に撤退すれば、いくらか残った球だめ換金し1万前後の負けが確定することになる。
自分にとってパンチンコの負けをどう考えるのかとした場合、

・いやいやこれは表向き有料のゲームであり(ゲーセンの料金みたいな)、
 勝つこと自体が稀であり
 「遊んだ代金なのであり負けとか、そんな極端な、、、」
(この人は余裕の撤退戦ができる)

・俺はプロ級のパンチンカーであり、負けは許されない、
 この台の確率とその収束率、それから現在の抽選コスト(回り方)、そして残り時間から
 「やるならここまで」
(この人は結果負けるかもしれないが、翌日含めて収束するまで《回転数から計算できる勝率まで》判断を留保するので、当日負けてもあまり気にしない)

・根拠は無いが勝っていい気持ちになるまで許さない
 とにかく連チャンで大勝ちするまで帰らない、いくら投資してもいい
(勿論確率だが、一番大負けする確率が高いのはこの人)

■判断しているのは、今引くか続けるかという単純なことで別れるのでは無く、
「前段の評価だよね」
つまり自分にとって、パチンコというギャンブルをどういうものだと思っているのか?
ここに『自意識』が介入していれば(仮に負けても)メンタル病むほどの痛手とかまずあり得ない。

やっかいなのは、最後の人が、
(勝っていい気持ちになるまで許さない)
無為意識下にいて、何らかのトリガーで発動し、
やおら『自意識』を抑圧し暴走する場合だ。
(この現象を「人が変わったように」とかも言う)
「強迫心理」発生のプロセス詳細とかは次回にやるのでそっち読んでもらうとして、

だ、か、ら、
その時に救世主よろしく”バツ悪そうに”『自意識』が横目で帰還すると、
暴走をストップできることができる
この様子を俺は→「バカか俺」と呼んでいる
(※端的に言いえば、魔法の一言「バカか俺」で嫌がってる『自意識』を引っ張り出せる)
(※類似した言葉に「ちょっと待てよ」もある)

→続きを読む

posted by kagewari at 17:43 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月28日

「快感代謝」とカロリーの関係をあれこれ考えてみる

脳科学でも”快感代謝”の明快なプロセスは解明していないと思う。
鬱関連では、(冷静さなどに関わる)セロトニンの分泌に変調があるという説があり、
『興奮』に関わるアドレナリンやドーパミンと、セロトニン(これを代用するのはニコチン)などへの「切り替えや受け渡しのトリガーとなるポイント」が(欲求の満足という表現はアレかもしれないが)”快感代謝”としての一単位の完了を意味しているのではないかと考える。

それは疲労感なのか(睡眠物質含む)、糖分他燃やすエネルギー(リビドーでもいいけど)の枯渇なのか、カタルシス効果的”減衰感”なのか、はっきりしたことはわからない。

フロイド心理学力動論は、ケインズ経済学で別角度で論証される形になっているけれど、
(フロイドは自我均衡論を物理学などで説明しようと無理しすぎたように思う)
経済学が、結果として力動論をわかりやすく説明することになった。
<てことは>
『限界効用論』(端的に言えばどれだけ食べれば牛肉に飽きるか:飢えた時の食欲と、おやつも食べて腹3分目みたいな時の食欲の差)も、心理学に援用できるってことかなと思う。
 ↑
セロトニンへの切り替えポイントの考察において
(「もういいかな」がどういうプロセスで発生するのか?って話→端的に言えば「お腹いっぱいもう十分」:それを筋トレなどの「今日はもう十分やった」認知で考えてみるってことさ)


■ニコチンが『興奮』を鎮静化させるのは周知の事実だけど、
(昭和の刑事ドラマ、取り調べシーンでは容疑者へ「一服どうだ」と勧めるシーンが定番だった)
 ↑
ほら、どんな状況でもこの投げかけがシーンとしてリアリティあるとか”無い”だろ?
容疑者の心理状態がどうなっている時に、刑事の「一服どうだ」が最大の切り替えポイントになるのだろか?
●ドラマなどにおける口論シーンで第三者が「まあまあ」と切り出すポイントも同じ
(時々報道される事件にあるように、タイミングの悪い仲裁者が逆に殴られるとかもあるじゃん)
●パーティーや食事会で言えば「ではそろそろお開きで」と言ってもいいタイミングのこと
 ↑
なんとなくどこかに”飽き”とか”ネタ切れ”の観察があるような気がする
(疲労も一種の”飽き”や”慣れ”ではないだろうか)
 ↓
●喧嘩のシーンで言えば主人公が馬乗りなってる時に
「もう十分だろ」と肩を叩いてもいいタイミング
●ドラマにおける感動の対面シーンで「ハグに移る」タイミング
●子供の大泣きシーンで「痛かったねぇ、もう痛くない痛くない」言ってもいいタイミング

(※ちなみに「行動療法」の効能は、上記に出てくる”もういいですか?”タイミングの到来を早めているのだと考えている。)

いやちょっと待て、一番わかりやすいのはこれか?
■【子供の大泣きシーンで「痛かったねぇ、もう痛くない痛くない」言ってもいいタイミング】■
典型的な『被る(こうむる)』認知パターンだが、
 ↓
そもそも『興奮』のトリガーは何だ?
・驚くことやパニック
 |
何のために泣くのだと思う?
・パニックの鎮静化(あるいは状況の現象化)
 |
どこで飽きる(或いは疲れる、慣れる)?
・驚いた部分の誇大性や瞬間デフォルメがリアリズムを回復した時
(わかりやすくいうと「すわゴキ〇リ!」と思ったら「なんだネコのウンコじゃん」とわかる時)
 |
何の信号が観察されてる?
・「呼吸」(「ふぅ〜」って奴だ、”最初のひと息”)
(自律神経《交感神経と副交感神経》のアイドリング状態)
(タバコが有効なのはニコチンだけでは無く「プハーっ」があるからだろ)
(ちなみにこの辺はヒトに限らず哺乳類全般に普遍でペットに対する接し方も同じじゃないかしら:動物行動学的に説明可能なものではないか?)
(同時に、合気道や柔道で「一発で技が決まるタイミング」=”隙《スキ》あり!”)

■『被る(こうむる)』パターンだと偏るから、
『抗う(あらがう)』ケースで、考えてみようか?
典型は「ゲーム中にどこでセーブするか」←このタイミングだと思う

(だいたい「そして珈琲ブレイクとなる」)

→続きを読む

posted by kagewari at 16:37 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月27日

リクエスト関連(菜の花さん「選択的誤読(読解偏向のデマゴーグ)」)

菜の花さん
・大々的に告知はしてませんが各所で予告していたように規約変更されてます
120円は缶コーヒーとかだと思うんだが、、、
告知を怠けた私の瑕疵ってことで、ままよで返信記事書くとしましょうか
■目安【ドトールコーヒーのメニューにありそうな金額から】受付します
>無駄にした過去について自己責任との一言で切るんですね。でもなおさんとのやり取りで無駄になった過去は変えられないから無念さごと受け入れるしかないのだと改めて思い知らされました。残り少ない人生を彼や友達と楽しく過ごそうと思うけど辛いです。でも自分を変えられないと一生つまらないぼっち人生だった。今の幸せに感謝しないといけないのかもですね。あとアンケートも30代は交際経験ある人が高いし、20代でも高年収の人は交際経験ある人の方が多いですよね。年収が恋愛にも影響してると(今の時代は年収400万も難しい)。

■まず、書いていないことが「強迫心理」と合理性を取る形に変更誤読されてます
(そもそも「言って無いことなんで」→チゲーだろ調で説明しますが、、)

1)現代社会比較多数の「最低でも歩留まり以上階層」にとって、日常的に友人などと遊びまわる・異性関係(なんちゃって恋愛)が盛んだなどの(電通が考えそうな)慣習は”そんな慣習無い”
人によっては罰ゲームである(特に”日常的”という部分が)
 ↑
つまり、事前の能な設定が現代比較多数階層の発想と同じであれば、
そもそも「菜の花さんの昔話は、屈辱にならない」

※これは、「菜食主義者やビーガンにとって肉を食べてしまったことはトラウマにもなる由々しき事態だが、一般的日本人にとっておかずに肉が含まれているのは驚くことではない」←これと同じ
(勿論、重ねているのは「菜の花さんを菜食主義者やビーガンになぞらえているんだが」)

2)しかも菜の花さんさんは(現実認知を取り違えてる関係者意見に同意しており)
友人などと遊ぶ云々が日常的慣習であることが”殆どだ”という事実誤認に基づいており
(自分の発想が、菜食主義なり特有の個性派であるという認識が無い=というか事実誤認)
菜食主義者(ここで言う”滅びゆく『共同幻想』社会適応”の少数派で言えばなどの枕詞が無い)のような少数派の意見である自覚がないので、

まず「違うでしょ」と、事実誤認を訂正しているワケ

3)更に、1)に被りますが
現代男女関係の主流派は
「考えてもいるし、恋人関係などあったらいいなと思う事もあるが、今でなくてもいい」
だいたい上記に要約されます(今でなくてもいい→もっと先でもいい『晩婚化』志向)

で、菜の花さんは(なんとかトレーナーと出会い)今現在は、友人などと遊ぶ云々が日常的慣習化していると自称されてますから、1)多数派の動向を完璧に体現していることになり、
極論「問うべき過去など一切存在しない」ことになります

4)とはいえ
何らかの事情で、前述の誤解・誤認・錯覚を変えられない個人的事情があるとしましょう
それでも、所謂「屈辱ネタ」の記憶は、
現在は解消したというのが事実であれば、
「屈辱の現在進行形”昔から”」→「屈辱の過去”昔はそうだったが”」←【確実に変化します】

「当時の屈辱が消えません」←この心理が継続するためには、
(なんだかんだ外形的には「友人などと遊ぶ云々が日常的慣習化を獲得したが」、それでは根本的課題が解決しなかったことを意味します。→今でも「あたかも現在進行形のような心情である」)
前述の「屈辱の現在進行形”昔から”」に類似した状況にあることになります。
・ありそうな推論をあげれば「友人などと遊ぶ云々が日常的慣習化を獲得したが”まだ足りない”」←こういうパターンもあり得ますが、記事リスエストの趣旨はそういうものではありません

5)何故屈辱の過去ネタが(現在外形的には解決しているのに)昔話化しないのか?がリクエストのテーマになりますが
(何らかの事情で)「現在進行形も同様」であり
=友人などと遊ぶ云々が日常的慣習化の獲得では解決しなかった
=「屈辱感の本質はそこじゃない」→【そもそも設定がオカシイ】
(てか現状も、少数派の”現代的にちょっとどうかな”って行動様式に適応したとのことなので、期待した《多数派『共同幻想』社会への適応》達成感は得られません)

●きっとまだ基本的なことを理解されてないと思うので繰り返し説明しますけど、、

バイクが好きでツーリングが趣味な場合、
仲間との走行を否定はしませんが、(そもそも単車だし)
一人旅的に峠越えをしたり、ハードロックバンド『人間椅子』ギターのワジーみたいにアウトドア用品もってキャンプをする趣味の人もいるぐらいです。

日常的に仲間で群れを形成して走行しないと屈辱的だ(ひとりで走行するのは”ぼっちだ”)、
 ↑
いやいやいやいや、ツーリングは暴走族じゃないから、、、
(私が、関連返信でメタファーとして「ド・田舎のDQN」と発言したのはそういう意味です:注)現代暴走族は、田舎地域やド・田舎にか生息していない「千代田・文京・港・新宿・渋谷・目黒区などでは存在すら限りなく0」→たまに渋谷でブォーと聞こえても「あれ?神奈川県からきたのかしら」感覚である。)

※私は、ローカル『共同幻想』否定派でもありませんので誤解の無いように
文化人類学的に、暴走族のあの慣習の原型は”だんじり祭りではないか”と思っているぐらいです
「これが土地っ子誇りの文化ジャー」という認知は”郷土愛”そのもので(権威性の焦点も揺らぐことなく)、確信犯的再選択もあり得る概念だと思っています。
(なので過去記事に「大阪でうまれた女」などの楽曲も紹介してます)
しかし、反動化し暴走族ブーン!は違うよねって言ってるワケ。


6)その証拠に最後の誤読がある
(ある意味ここ食いつくかな〜と、予見してました)
>あとアンケートも30代は交際経験ある人が高いし、20代でも高年収の人は交際経験ある人の方が多いですよね。年収が恋愛にも影響してると(今の時代は年収400万も難しい)
・0代は交際経験、、、の読み方は「その傾向が絶賛拡大中」にあるように(過去リクエスト記事飲酒のDATA参照)若い世代ほど「友人などと遊ぶ云々が日常的慣習では無い」ことを意味しており、
この調査を50代60代で行えば(婚姻率や晩婚率同様に)「私の世代では友人などと遊ぶ云々が日常的慣習などのイメージが一般的であった」の率はより高まります
 ↑
【ハイ、ここはこういうことね】(この辺はどってことないのでここまで)

さて上記引用の本論「経済格差」ですが、
●アベノミクスにより日本の経済は回復基調に乗りましたが
所得や雇用という点では(デフレ不況からの回復ですから)
・失業者が大幅に減った(無所得から新入社員やフリーターなので初任給は安い)
・パートなど主として女性の雇用に昇給や回復基調がある(元が安いので平均給与を押し上げるほどでは無い)
 ↑
上記現象から「平均実質所得は増えていないレトリック」により、あたかも所得拡大していないように(無理くりこじつけようと思えば《野党やメディアは意図的にこれやってます》できますが)見えなくもありませんが、「それか完全な偏向認知」です。

「いやいやそれでは400万越さないだろう?」←釣り針ですか?

→続きを読む

posted by kagewari at 18:05 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タブーに挑戦(ジェンダーなんとかにあえて突っ込む「女性心理論」)

民間素人サッカー解説者として名を馳せ(特に欧州サッカーリーグ解説)、現在は書籍も多数、個人スクールの運営から社会人チームかな?監督まで努めるまで”言論だけで”のしあがった男がいます。
■知る人ぞ知る「Leo the football
https://www.youtube.com/channel/UCmsfo6_GmedEhParaNa3r9A/videos

(今や、代表選手との討論が企画されるほどの評論家である)
アンチも多いようですが、極めて論理的な戦術分析で有名

ここで(限定公開のライブのトークだったのかな?)、珍しく彼が女子サッカー(なでしこ)について語っている動画があります、
閲覧できるのが以下の切り抜き動画しか発見できなかったのですが、
なでしこジャパンがヤバすぎる件について語るレオザ
https://youtu.be/74x1o10zudY

 ↑
フェミニストの耳にでも入ったら大変なことになるヤバいとこに言及してますww
(ちなみに同様の批判が2chなどで女子バレー日本代表に対しても散見された)


●昭和の暴言で言えばさ「学校の科目で女子に社会の時間が好きとかいないから」
(こんなん最近のPCではとても言えない→他にも「女子には方向音痴が多い」ってもあります)
昭和の暴言の暗喩には「だから女子は4大行かなくてもいい」って意味があったワケさ、
当時は「玉の輿に乗るなら、女子短大最強説」もあったからね。

現代社会では随分失礼な話ではあるんだが、
 あ る ん だ が
フロイト時代にも「女子特有のヒステリー」ってな見方があったように(エディプスに対して女子にはエクストラコンプレックスを唱える学派もいる)、人格タイプとして(実際のジェンダーとは別に)「女子型、男子型」があるのは事実で(性衝動の原理が違うため)、
性差と人格に関係性は無いのか?と問われれば(個人は横に置いておいて)
「関係性はある(そこに各人がどう対応するのかは別論議)」

暴論覚悟でレオザの発言を心理学に引用すればさ、
「女子サッカーには戦術論が通用しない」→「女性人格には構造論が通用しない」
(みたいなことになるのかな?)
理詰めで説明しても(論議の中身関係無く)嫌われたら終わりってことになるのかしら
(個人的には、そんなこと無いと思っているんだけど、、、)

→続きを読む

posted by kagewari at 04:52 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月26日

リクエスト関連(なおさん「別にその傾向のあるDATA探しているワケじゃないので」15円)

なおさん
(「別にその傾向のあるDATAを狙って探しているワケじゃないので」、他の世代の統計欲しければgoogle1ページ目でヒットします)
>中高生対象のアンケートで言われてもね(笑)20代にもなれば普通は色んな経験も出てくるもんだよ。昔の男尊女卑が問題だから今の形に変わってきたんだし。何か色々と難しい理論を持ち出して話をややこしくしてるけど恋愛とか友達との時間ってすごく貴重で軽く考えてるわけじゃないし、決して幻想では片付けられないってこと。現実受け入れられないぼっち層は支持するんだろうけどねw出てくるなってことだからこれまでにしとくけどまあぼっちを慰めるために頑張ってくださいなwこれ見せたらみんな私と同じ意見だったよ。

類似の調査は(そら統計学的にも十分なサンプル数なので)現代日本の現状を表すものなので、他年齢階層のものも苦も無くザックザックと出てきます。
(※『共同幻想』の崩壊はブログ解説以前《それこそ20年以上前》から論説していたことなので、私は「予想通りというか、わかっていたことなので」何も驚きませんが)


ほらよっ
 ↓
20代男性の53.3%が「交際経験なし」 恋愛・結婚意識に「年収」は影響大[ITmedia]
(2016年06月21日)←現在は更に同傾向が拡大していると推定される
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1606/21/news136.html
<一部引用>
明治安田生活福祉研究所は6月20日、20〜40代の恋愛と結婚に関する調査結果を発表した。同研究所は2005年から結婚や出産に関する意識調査を継続的に実施しており、今回で9回目。結婚願望や交際経験の有無は男女ともに低下しており、特に男性は年収が低いほど結婚や恋愛に対して消極的な傾向があるのだという。

20〜40代の未婚男女の結婚願望(「できるだけ早く結婚したい」「いずれ結婚したい」)は、男女ともに減少傾向。もともと年齢が上がるほど結婚願望が低くなる傾向があるが、もっとも結婚願望が高くなる20代でも、男性38.7%/女性59.0%。14年に実施された第8回調査の男性57.5%/女性76.9%から20ポイント近く下がる結果となった。

「恋人がいない」「交際経験なし」増加傾向
 恋愛についての調査結果もまとまっている。現在恋人がいる人をみると、20代男性は22.3%で5人に1人。20代女性は33.7%で3人に1人だった。男女ともに低下傾向があるが、男性は08年度の第4回調査結果と比較すると半減している。

 また、異性との交際経験は、20代男性の53.3%、30代の38.0%が「交際経験なし」という結果に。一方女性の交際未経験者は20代が34.0%、30代が25.7%で、女性の方が交際経験がある人が多いことが分かった。

 ↑
(次回記事になるのかな?ジェンダーをめぐるタブーにも言及しますが、再三このブログでしているように、女性に広範に存在してきた『結婚願望』強迫《女性差別》の残滓と見られ《多数の調査で女性は男性より10%からそれ以上結婚や恋愛意識や経験値が高い》、また調査記事に記載があるとおり「昨今急速にこの傾向が拡大した」ことに注目。前回記事の”学生等の”より若い階層での”調査”に見られる極端な数値と比較すると、若い世代ほどこの傾向が顕著に表れることを予見している。)


>現実受け入れられないぼっち層は支持するんだろうけどねw
【現実受け入れらえずに顔真っ赤なのはお前だろうが】
しっかし笑わせてくれるぜ
(こういう無駄な反論があることも「心理学テキスト」各所で昔から論じていることで”そのまんま”です←「どうしてそうなるのか」興味がある人は、《流石に疲れてるので》各人過去ログ当たってくれたまへ)

→続きを読む

posted by kagewari at 20:55 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気になる(番外編:ロシア)

東京地方局的にちょっと異才な存在であるTV東京
ネットニュース動画の紹介です
(報道関係動画なのでアーカイブに入ると削除されるかもしれません、悪しからず)

ロシア・カラシニコフ社 新型サブマシンガン(2021年8月23日)
https://youtu.be/qtk4PnycDuM



「アフガンがあったから?w」
何をもってテレ東が、カラシニコフのプロモーションを報道したのかわかりませんが、
(まさか販促?ww)

”気になります”

いずれにしてもAKフレームのサブマシンガンってのは驚きました
(いかんせん旧ワルシャワパクトの銃弾には詳しく無いので口径はわかりませんが)
コンセプト的にはMP5のようなショートリコイルのSMGだと思います、
考えてみれば、今まで特殊部隊のテロ鎮圧用SMGが無かった方が不思議。
知らないだけで、何らかの機種はあったのかな?


posted by kagewari at 20:01 | 「気になる」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(なおさん「あのね『共同幻想』の適応に命かけるの」)

なおさん
>恋愛ごっこなら相手の為に時間割いて尽さない!!友達恋人なしのぼっちで若い時に遊んでないから一人に劣等感を感じるんでしょうw困った時に誰も聞いてくれない助けてくれないと寂しいよねw何も残らないつまらない人生!殆どの人は若い頃に遊んだり恋愛経験ある。若い頃の楽しい思い出もある。その上で一人の時間も過ごしてるから充実してるわけ(例の晩婚者も同じこと言ってる)。助け合える人もいる。BBQ文化とか難しいことより大切な人と楽しい時間を過ごせることが一番重要。記者の最後の一文が一番大事なこと言ってると思うよ。

WW2の戦争を描いたアニメ映画『この世界の片隅に』にもあるように(その時代の世相そのままだから)、相手が誰とも知らない先にも嫁いで命かけて家庭を守るワケ。
阪神淡路震災の時には(あの時庶民の街が燃えたからさ)
夫を亡くした婆ちゃんが「暴力振るう人やったけど、亡くなったら寂しい」とか言うんですよ。
■その時代は、嫁ぐという行為に半ば殉教するような腹固めて行く世界だから

見合い結婚も全然アリだったわけで(恋愛シミュレーション以下だぜ?)
画像だけ見てわかるワケないでしょ、、、
でも縁談を取り持つ人や、親の持ち込む縁談でも
私達と同じ『共同幻想』適応の人やからで「ひとつ返事でわかりました」って世界なの、
(※だから会社のために命捧げるなんて猛烈サラリーマンもゴロゴロいた)

だから「恋愛ごっこ」だと言ってんです。
本来の伝統保守的(崩れる前の)『共同幻想』における結婚や嫁入りに、西欧的なイメージの恋愛的なる幻想は、必要が無いのであり、
(女性差別が横行していたのは事実だが)その時代の夫婦や人々がやたら声高に人権侵害を訴えていたことは【無い】。
(※女性解放闘争は、経済発展で社会が豊かになり伝統的『共同幻想』合理性が壊れて以降の話)
現代崩れ行く『共同幻想』世界の「恋愛幻想」は、近代の縁談や見合いに相当する出会いであれば十分だという期待値にあり、紫式部の本格「恋愛劇大立ち回り」を予定しているでは無い。
だいたいがさ「マッチングアプリ」とか聞いて”ふざけてるのか?”と思わない人いないだろ。


また、晩婚非婚化が続伸しえている背景には、
「歩留まり」達の、所謂巷の(時代感覚とズレた)恋愛幻想にピンとこない部分があるのであって、
(なんか軽薄だ、なんかやらせっぽい的な)
幻想では無く、実存を求めてるワケだよ。

●「最低でも歩留まり以上の階層は、”休日に友人”などという生活様式を何とも思っていないし(思う理由が無い)」、オンザレールの『共同幻想』適応者でも無いので、そこで劣等感を感じる理由も無い。
それから、大人になるってことの基本は
「自分ひとりで完結できる能力を獲得し自立すること」なので(その象徴化されたものが”バックパッカー世界一人旅”だ)、
困った時に相談する相手を予定するような発想は無い(自立の反対”依存的と考える”
「まずは自分で対処する」

→続きを読む

posted by kagewari at 12:33 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




comments他

・コメント欄は『公開掲示板』同様に原則削除禁止です
(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

・SPAM対策として一部キャリアからの投稿がIP規制の対象となってます
(同規制キャリアから登録抜けによる投稿がある場合、投稿は自動削除されると同時に規制IPに追加登録されます)



現在コメント欄閉鎖中 (2014.7.26〜)



LINK
□ダークサイドオブkagewari(ミラー)
■retour&Retour
□etc;;Blog

kagewari01
タグクラウド
RDF Site Summary
RSS 2.0