2021年05月13日

かなりの意欲作だったと思う「不安心理の構造」、追記

脳内では「どういうことなってんのか」
全部が全部連想だとか弁証法的ロジックとは限らないんだけど、
【脳内では結果と因果関係の時系列が同時に存在してるだろうって推定が鍵】
ポイントは以下

・未経験(或いは未獲得)の行為は”何が楽しいのかも”未確定である
(先読みシミュレーションが得意な場合は例外←「面白いと思いつける仕組み」)
・未経験(或いは未獲得)なのだから、他人が楽し気にしている様を認知するだけで十分に「楽しいことだと証明された」心理が発生する
(実は何の保証にもなっておらず”噂話程度のエビデンス”に過ぎない部分は無意識的)
・人類ヒト科は「退屈したら死ぬ病」であり、日課の”快感代謝”を怠ると大変なことになる(コイツは感覚的にわかる希求性のある”確定事項”だ)
・自立的”快感代謝”獲得構造が不安定な場合(得意のカードを複数持つなどの状況に無いなど)、まず”人がやっているもの”と→自分も”同じに”することで安定を図ろうとする
(この状況が「人の持ち物が欲しくなる」心理だ)
(また、自立的”快感代謝”獲得構造が不安定な状況の心理を→「不安」と言う)

■ちなみに「不安心理の構造」は誰にでも起こるもので、
殊更「強迫」系マターだとか、神経症マターでは”無い”から、
(それぞれに「この場合は」って推定は成り立つけれど、)
母数から言えば、『共同幻想』適応系に多いって言えなくもない。
故に、元ネタが『共同幻想』となる「強迫心理」影響下の場合にも類似する傾向がある

・またこれは
「嫉妬の錯覚(人の持ち物)」だとか
「欲望の錯覚(人の持ち物)」だとか
「喪失の錯覚(人の持ち物)」という、
「不安の錯覚(発端となる不安すら錯覚)」の2次派生的な
(劇画エンタメ調で言えば)”仕向けられた感情”と理解しても間違いでは無い。

・人類ヒト科の原理原則から言えば(退屈したら死ぬ病)
(人の持ってる)”その快感代謝がありそうな行為”に、
”自分も同じようにすることができないなら”(何がいいのか知らないんだけど)、
あたかも(快感獲得の不安定に起因する絶望に至るほどの欲求不満:鬱フラグが刺激)
”自分を同じにできないなら私は不幸のズンドコなのだ”という感情だけは”マジもの”である
(マジものだが根拠は捏造:快感獲得の不安定さってのは人類ヒト科の種としての特徴が発端)

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posted by kagewari at 16:56 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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