2021年05月25日

『共同幻想』崩壊プロセスにおける「親の責任のド・勘違い」(2)

それからこの論考は「親の責任の免責」だとか「子供時代の生育環境問題」を否定するものでは”全く無い”ので誤解のないように。「それでもそれを回避するスタンスは無いのか?」あるのなら選択肢として心理学的に確認しておくべきだって部分がテーマとなる。
<末尾に追記>


 <ハイ、話は戻って>
だったら何故「何々な時にさ、親にこんなこと言われたんだって!考えられないよね」←こんなしょっぱい話で子供のメンタルに影響が及ぶのか?
■ここから本題です
前回記事の『共同幻想』崩壊プロセス読んでいただけたでしょうか、
以下ログ最大の問題は
 ↓
「何々な時にさ、親にこんなこと言われたんだって!考えられないよね」
→ココ【考えられないよね】、ハイこう展開して→「他の親と同じじゃない」
それから当事者僕ちゃんの誤解1→「ウチの親もごく普通の人だ(同じはず)」←ハイ、実は間違いww
(それは置いておいて)
「他の親と同じじゃないことを、特別に僕にだけ言ったんだね」←勘違いその2
(いやいや、口に出していないだけであちこちに似たような文句ある人なんだけど、、)
 ↓
「ア”−−−−僕が何々だから特別に、あんなことを言ったんだね!!!」←ハイ全部嘘です

●こんなこと言うと批判殺到だと思いますが、
子供の側が
「えっウチの親?これがトンデモのロクデナシでさ〜ww(そりゃ人間だもの)、学歴だけあっても学は無し(俺もうまいこというよね)、ちょっと人格破綻もあるんじゃないかと思うんだよね〜、親切で人当たりのいい心療内科の先生いたら教えてよっ」
 ↑
子供に上記の理解がある場合、メンタルにはなーーにも起きません
(※しかも【重要なこと】ですが、上記詳細な理解あるからこその”愛”を感じませんか?ドキュメンタリーな実像を知ってこその”愛”だと思うんですけどね。)
 ↓
「(誰それの葬式時)あーなんてこと、お前が死ねばよかったのに」
「何言ってんのさ、そりゃお互い様だ」
「誰それが好きだったのに」「そうだな」



つーまーりー
(エディプス・コンプレックスの原理原則思い出してください:親を過剰に持ち上げる
■「自分の親も、みんなといっしょ普通のおんなじ立派な人だ」←【最強の勘違い】
上記を梃にするから、
 ↓
「何々な時にさ、親にこんなこと言われたんだって!考えられないよね」
 ↓
→「他の親と同じじゃない」
→「他の親と同じじゃないことを、特別に僕にだけ言ったんだね」
「ア”−−−−僕が何々だから特別に、あんなことを言ったんだね!!!」
(で、お互いに「何言ってんの?」な行き違いの中でメンタルに影響が及ぶんです)


<<<<<でーーーー>>>>>
話を『共同幻想』崩壊に戻しますが、
社会「歩留まり」個性化は横に置いておくとして、
『共同幻想』世帯においては、「言うことバラケル社会現象」が始まりますよね?
(劣化コピー、伝言ゲーム20代目現象、)
 ↓
●「なんかウチの親だけ違うこと言う」←この頻度がめっちゃ増えるの
(大事な事なので念押ししますが、言っている内容がどれだけトンデモでも無関係です《首狩り族の『共同幻想』なんて大概ですから》親の発言内容に依存するのでは”ありません”《極論親が極道でもOK》、自分の親の発言が《『共同幻想』的に》子供考えで”同じじゃない”と《驚いたり不安を想起させる方向で》認知されることがメンタル・リスクになるワケ←【言うまでも無く大概の場合子供特有の錯覚や誤解です】)

説明しなくても、みなさなんら一般社会にメンタル問題があふれるのわかりますよね?
(根本的には、”ア”にやってんのって話なんです、)
親世代としても、
時に「親が離婚したのが原因でー」とか言われた日ニャあーた、
「ゴメン、人間だから離婚するぐらい普通にあるから(アタシも成人君主じゃないからね)、そういう悪い冗談はやめて(あなたも自分がチワワ犬だとか言わないでしょ)。お母さん働きに出ているからって、いない時にエロ動画観てるのも知ってるからね(言いたくもなりますよそりゃ)」

仮に心理学の相談などで事の経緯を
「何々な時に、親にこんなこと言われたんです」と説明された場合、
最初の返しは「へっ(何か問題が?)、それがどうしたんです?」になります
←ショックを和らげるために、この表現をギリ薄める感じかな、、
(流石に言い過ぎておかしなことになってもいけませんが、より効果を高めるならば→「あなたのクソ親なんでしょ、だったらトンデモな人物に違いない。その程度ならかなりマイルドな時のことじゃないかしらん《アラ、普段はもっと凄いと思うわよ》、なんというか日常風景のことだと思うけど」←こういう事ですわ、【エディプスの腰を折ってナンボ】の心理学です)
(エディプス・コンプレックスの原理原則思い出してください:「親を過剰に持ち上げる」《子供心理特有現象でハードルが上がる》←この腰を折りにいかないと現実が回復しない)

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posted by kagewari at 01:36 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月24日

『共同幻想』崩壊プロセスにおける「親の責任のド・勘違い」(1)

<自分で書いてて「人類ヒト科なんだから」←ここの説明別に必要とわかったので今度書く>

多分相当数の人がこの原稿を誤読すると思うので、
断っておきますが、この原稿趣旨は幼児虐待他パワハラ・モラハラまで「刑事事件に相当するような行い」を肯定するつもりは全く無く、親の責任なるものを放免しているのでもありません。
※そもそも「親の責任論」なんてものは、道徳家やら哲学やってる奴に聞いてくれ。

※それからこの論考は「親の責任の免責」だとか「子供時代の生育環境問題」を否定するものでは”全く無い”ので誤解のないように。「それでもそれを回避するスタンスは無いのか?」あるのなら選択肢として心理学的に確認しておくべきだって部分がテーマとなる。
(余裕あったらシリーズ終わりにでも追記しておく)

ということで、
■あくまでここでの論議は「心理学的・社会学的な現象分析です」
時に以下のようなナイーブな発言、みなさんどこかで必ず耳にしたことあるでしょう
 ↓
「何々な時にさ、親にこんなこと言われたんだって!考えられないよね」

ハイ、このお題、素で考えれば誰しも「親としてなんということか」のような道徳的批判で留飲下げるみたいな展開になると思います。
しかし、問題の核心はそこでは【ありません】
あたかもこの現象(それが原因で子供にPTSDを発症したとしても)その原因を「親の責任」みたいな追及で終わるのであれば、ド・勘違いもいいことこな中途半端な話になります。

●過去ログで何度も論じたことですが、
(刑事事件に及ぶような)親の言動の過剰・過小な個別各論に比例して子供のメンタルに影響与えるなど【ありません】←そんな比例の法則があるのなら兄弟はみな類似した人格になります。
トンデモ暴力団の家に生まれ、暴力の限りを尽くされてもメンタルへのダメージ皆無で大人になる個体は存在するワケで、
 ↑
これ聞くとね「そんな極端な」「平気な人がいるなら連れてきてください!」なんて話出ると思うんだわ
そんな人は、こう考えてみてください
 ↓
『古代スパルタ帝国に生まれていたら』(確か成人の条件は、単独での盗みと奴隷の殺害ではなかったかしら?、だいたいそんな感じの研修があります)
『日本でも、戦国から江戸時代などの農村に生まれていたら』
仮に運よく親同士の縁談で嫁ぎ先があっても、一面識も無い男にいきなり処女で凌辱されることが「幸福な結婚」なんて世界ですので(笑、親の方も不作や飢饉で生活に困窮して娘を女郎屋に売り飛ばしても(なんかあんまり違いが無いねって)それで世界が回っていた訳で(男の子は丁稚奉公です)、
存外に「ついこないだまでの話」ですぜ(2.26事件で若手将校達決起の理由のひとつは、田舎の農村が困窮し姉妹などが女郎屋に売り飛ばされるなどが相次いだため。当時の日本政府は満州や朝鮮へのインフラ投資で大変で国内への経済対策が疎かになっていた)


■しかし、心理学的には所謂そういう旧時代には「やれメンタル問題」などが一般化していない見解です(生きるか死ぬかでそれどころではないという説もありますが)、
このような時代に観測されるメンタル事案は「皇帝病」や「貴族階級の憂鬱」など、所得に余裕のある特権階級の話になります
(→故に先進国となり国民総中産階級化によりメンタル問題も一般化した)

何故豊かになることが条件となるのか?
これは前記事読んでください。
(時系列で追う『共同幻想』崩壊論)
近代までは強烈な”自我コピー”が行われ、社会の同一性も強固なので、
社会不安の発生要因が無いのです。
(社会心理も極めて安定:異端者は村総出でもれなく殺害)

『共同幻想』権威による強権支配から→社会契約説的「法による支配」へ、
(「村の掟」から→義務教育へ→高学歴化→教育の無償化)

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posted by kagewari at 04:12 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月23日

『共同幻想』崩壊プロセスをわかりやすく説明してみる

■歴史的にも『共同幻想』崩壊は説明のしやすい話で
古代文明の栄枯盛衰にも関係していると思われる。
そもそも”何々王時代”だとか”何々家による統治”など、栄華を誇る文明には必ず『共同幻想』社会が形成されます(これないと”何々人”だとか”何々族”などとして語られるキャラクターが無いことになりますから)。

何故って『共同幻想』の始まりは”安全保障”であるとか”豊かな土地や港湾の覇権”にあるのであって、軍隊を組織する上でも旗頭となる『共同幻想』無しにまとまりようがありません。
古代から近代において(現代的な民主制や代議員制が発見されるまで)『共同幻想』抜きに社会などというものは成立しません(そもそも公用語が定まらないと言葉が通じないww)。

<見方を変えれば、現代の民主政治とは「歩留まり」合理性を担保とする「時限的『共同幻想』を”政治と呼んでいる”(最初から時限性なので幻想性は無く、自分で”今はそういう都合だから”とネタバレした上で)社会契約的なもの」:そういう意味では社会契約説も『共同幻想』が一部崩壊したことによる世俗化(歩留まり化)した状態と言うこともできるでしょう。>

●勿論、大帝国や王国とまでいかずに、衛星国や植民地として独自性を残す集落もあったでしょう(前人未踏のへき地の少数民族がその典型)、この場合は宗族的な『共同幻想』になります(このたとえはどうかと思うけど、昔のヤクザの”ナントカ一家”の『共同幻想』みたいなもの)。

そんなこんなで「偉大ななんとか王」やら「宗教指導者」やらこれを周知徹底する階級制度から、職業事のギルドまで、様々な方法で「質的にも権威正統性敵にも」オリジナルが最強となる。
第二世代、第三世代、、、代20世代、
●どこの小学生が考えても威光も話の筋立ても「コピーを繰り返し続けて画像劣化を始めるように」劣化するよね?
(初代なんてさ、アレキサンダー大王イスカンダルとか、織田信長とか、イエス・キリストとかブッダや日蓮とかモノホン見てんだぜ?←この意味で劣化を防ぐため生まれ変われを選ぶチベット仏教のダライ・ラマはアイデアだよね。)

ルターの宗教改革の時初めて出版された『新約聖書』読んだ人とさ、
どこぞのホテルに据え置きされてる聖書を手に取る現代人の心境が”同じとかあり得るか?”

■同時に、この『共同幻想』伝言ゲームは主として各世帯家父長の中間管理職により相伝されることになるが、オリジナルの時代は「12使徒」のようにかなり均一というか(解釈の違いこそあれ)雰囲気の”共同性・共通性”は高いレベルを維持している。
これがさ、十何代目とかになって(当初12単位が)何万、何十万世帯となり、
かつ、そこで伝言ゲームが十何代目だよ、
「答え合わせしたら、バラバラになるに決まってんじゃん」(笑
 ↑
こういうのを『共同幻想』”崩れ”って呼ぶわけさ


■この、社会適応のルートを使い”共同の自我を上書きコピーする仕組み”は(『共同幻想』適応社会)、必ず劣化する。
古代においては、文明の衰退などにも影響していると思う。
時に、反動勢力が台頭し(時代のネジを巻きもどそうと)「共産主義を全体主義で”均一”に半ば強制的にオリジナル第一世代化しようみたいなさ(文化大革命)」、
ある意味、時代の捏造でもあった明治の富国強兵、天皇陛下を独裁者かのように利用して(日本の歴史とは著しく違う)、数世代で「敗戦革命」みたいなことになった国もある。

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posted by kagewari at 15:15 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月22日

先読みシミュレーションと(事象の広義化拡張機能)「幸福論」

<中段折り返しにちょっとだけ追記補足>

楽観主義ってあるよね《終わり》

しかし楽観主義にもさ、バカじゃね扱いされる願望のような楽観主義ってか”希望的観測?”
これに対して「既に勝ったのは俺だ」と確信される”読み切った”戦略的思考はだいぶ違う、
困ったことにそれを明快に分ける言葉もあるのかないのか、ちょっとピンとこない。

「聴く人を選ぶ音楽」ってものが無いでは無いことを皆さんご存じだと思う。
「へっ?そんな曲聴くの?」とかさ、
(ちょい前に音楽の趣向で『共同幻想』適応系やら「歩留まり」やら人格志向もわかるみたいなん書いたとこだけど、)

別にクラシックが音楽として絶対高尚とかそういう意図は無いんだが、
交響楽なり聴く人は、かなり広いシミュレーショ領域持つことになるよね。
(最初から最後までいちおう頭に入っていて、サビがくるの40分後とかなんだから)
トータルで言えば、それだけ我慢できるからこそドカーンとスペクタクルな『興奮』ゲットして悦に入るわけでさ、
しかるにその「幸福(或いは至福)」って、シミュレーション領域の尺に比例とまで言わないが、関連していることになる。
●なんか学の無いがらっぱちを馬鹿にしとんのかいって誤解されそうなので補足しますが、
学歴はどうか知らないスポーツ好きなプロ野球ファンのオッサンだってたいしたもんなんだよ、
序盤の展開から、今日の継投がどうなるのか先読みし、
どこでクローザーが出てきて「最高球速見るのは何時ぐらいかな」とかわかってんじゃん、
そして、ちんたら続く代打攻勢なんかで気持ち切らすことも無く、
1時間半後に「おーしまってました」と、”幸福のピーク”がくると、
(大変広いシミュレーション領域持ってます)
サスペンス劇場好きな昭和のオバチャンだって、冒頭15分で結末まで読んでるのにw
退屈なCMにも気持ち切らすことなく、45分後の犯人逮捕に涙するんです。

<この流れでつらつら考えてみよう>
するってぇとさ、こういうことにならネーか?

「幸福にもビギナーズラックみたいな外形的事実に依存するハプニング的なもの」と、
「(自己完結型で)獲りにいく蓋然的幸福」←種類が違う「幸福」があるんでしょうよ。
(ここは冒頭説明の”楽観主義にも種類の違うものがある”って話と同じ)
スポーツ好きのオッサン事例にあるように、
これは『共同幻想』や「歩留まり」など人格タイプに依存しない。
(そら個性差とか趣味性ってのは違うんだろうけど。またそのコンテンツの選択は人格タイプに依存する部分はあると思う。)


随分昔(どうだろ20年ばかし前の話)に考えたネタにこんなんがあるんだけど
 ↓
●「幸せの近い人と、遠い人の違いは何か?」
(引き寄せのなんとかみたいなふざけたオカルト話じゃないからねww)
やっぱどれだけ「自覚的に動機形成が行われるのか」だと思うんだよね、
”先読みシミュレーション領域”を意識的に使って「エンタメとして大スペクタクルなどのスケールのデカイ(盛られた)幸福を日常習慣の中に織り込んでいる人」って、
人類ヒト科特有の”無限の欲求”ってのを、「文化として消化・実生活で消化」みたいに意識的に分けることで”安定化”させられるでしょ。
 ↓
「ホニャララしてみたい」→「それは”わかるけど”、漫画の世界だな」
(※マッドサイエンティストは上記を”切り分けない人”なので、「強迫上等系人格」となります)

一見すると、
時代遅れで豪邸不動産を紹介するプロパガンダ番組見て
「あら素敵なお家ねぇ」に対し(昭和だとそのまま”欲望無限大に点火した”)
「TV向けのバカ素材ってことでしょ。あんな家、落ち着いて暮らせないよww」←この人物を”夢を諦めている”なんて誤解する人いるかもですが、
この人物は、既に脳内シミュレーションでVR体験的に同規模の住居を自由に展開可能で、実際に自分が暮らしてみたイメージを元にこたえているので、本音なんです。
そして、同時に、同様エンタメは「脳内シミュレーションでVR体験」で、5秒後いはいつでもどこでも実行可能(住んでいると同等の”快感代謝は既に自由自在”『夢は夢として』既に手にしてるんです)。

まんまと煽りに乗せられて”欲望無限大に点火しちゃった”『被る(こうむる)』人ほど、
「身の丈に合った」なんて言葉を、「夢が無い」みたいに言っちゃうのかもしれないけれど、
「カレーライス作る時に牛肉10キロ買ってくるとか、お前は自衛隊の炊き出し部隊かっ」
 ↑
(極端に言えばの話ね。適量を「夢が無い」とか言っても始まらないだろって、「よく知っているカレーライスの肉」だから気が付くが、対象が「よく知らない事象《不安定要素=不安》」である場合、煽らればどこまでも行ってしまうワケさ、「よく知らないから」)

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posted by kagewari at 03:14 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月21日

なんてことでしょうか『ベルセルク』未完(三浦健太郎先生死去)

不謹慎ながら、その後の展開をあえて(推測的分析で)書いてみます、
(何故って理由は特に無いけど)
登場人物達のその後を付けないと三浦先生も心残りだと思ってさ、
追悼として
(※「ベルセルク」読者以外の方、またはあえて続きとか考えたくない方もご退場ください)

意図的に行間空けます





■妖精島でガイゼリック王の秘密を知ったガッツ(ベルセルクの鎧の使い方を知る)
(グリフィスがその後大天使になる儀式を行うことを知る「昔の王都が滅んだ理由」)
キャスカとシールケを残し花吹雪く王ダナンに託し、島を出る(髑髏の騎士が空間を切り裂く)
後を追うとするファルネーゼだが、ロデリック達が足手まといになるだけであることを説得、
ガッツの向かった理由から考えて、国に戻って大戦力を整えてから援軍に向かう事にする。
生意気な魔女モルダとイシドロ、パックは、ガッツの後を追う(人魚族が送ってくれる)、

大陸に戻ったガッツが目にしたものは、
戦魔兵の大遠征の様子、
向かった先に「リッケルト率いる反乱軍」があると聞く、
(リッケルトは、新たに開発した戦車の他、シラット《だっけ?》他中東トルコ・インド系軍団と戦う準備を整えている「難民の話だと王都ファルコニアでは行方不明となる人間が増えているとのこと」)
ガッツはリッケルトの援軍に向かう

■その時王都ファルコニアでは
王となったグリフィスが、全ての人間も魔物とし魔都の完成を進めていた、
(ベヘリットによらず、謎の儀式で一度殺害し魔物として復活させる儀式)
ボイドの話だと、魔都完成の時に奇跡が起きるとの話、
腕組みをして何かを考えるゾッド
(あの世の渦が現世に顕現)
よからぬ噂も飛ぶが、占い師のソーニャは「何がいけないの?」
元ミッドランドの貴族ミュールは「大量の避難民脱走を試みる」
脱走する避難民のしんがりにはゾッドが、

リッケルト反乱軍は無名の戦魔兵は倒せるレベルになっているが、
グンベルト、アーヴァインには敵わず追い詰められる、
そこに登場するガッツ、
(ようやくモルダ魔女の箒に乗ったイシドロ、パックがそこに到着)
【大変な騒ぎになるww】(グンベルト、アーヴァイン撤退)

ゾッドは言う「グリフィスの儀式が行われれば俺はもう戦えない」
ロクス率いるファルコニア騎兵団に追い詰められる中、
髑髏の騎士登場、ゾッドと並び戦う。(ロクス撤退)
ミュールは「どこぞの森にリッケルト反乱軍”鷹の団”がある、そこに合流する」と語る

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posted by kagewari at 02:00 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月20日

『不安心理の構造』(まとめ)

■「不安心理」とはある意味「反動形成」に呼応する(によって顕在化する)
ひとつの結果であり、能動的・主体的心理では無い、
極論すれば『被る(こうむる)』認知によりパッシブに「生成された感情」である。
この話を考える重要な鍵は(物理学でテーマとなる時間の概念と類似した)
【脳内では結果と因果関係の時系列が同時に存在してるだろうって推定が鍵】←ココです

過去の記憶とは、「何に始まり結果こうなった」というパラパラ漫画のような仕組みに”なっておらず”、発端から結果まで同時にそこにあるかのように認識される(すべての行為は過去用例として完結とまで言わないが、タラレバ論が入りこめない)。あたかも「なになにだから、絶対こうなる」かのような強調が結果論だが2次派生するのが”記憶”の特徴だ。
 ↓
たとえばさ、
「一味を入れ過ぎた原因は、そもそも味が薄かったから(実は塩が足りない)」なのにも関わらず、
「一味を入れ過ぎ辛かった事件」の記憶では、
「あの時兄ちゃんが一味を入れ過ぎたからあんなことになったんでしょ!!!」←みたいな(偏向とまで言わないが)強調認知が起きるワケさ(お兄ちゃんの印象が凄く悪くなっている)。
 ↑
で、「一味事件の顛末を”どこからどこのシーンで切っているのか”」にも大きく依存するよね、
メディアの切り取り偏向報道を思い出して欲しい。
(※その記憶の少し前の時間に、実は「あーなんか味うす〜い」とか当人が発言しており、兄の行動はそれに応じたものだが、「一味事件」の記憶として、その部分が《印象に残っていなかったため》編集で落とされていたら?←記憶に残っていないの意)

【脳内では結果と因果関係の時系列が同時に存在してるだろうって推定が鍵】←すごく重要

さて、
●単純な「不安心理を煽る構造」のモデルは「ガスの元栓煽り」である
・もう駅の直前まできているのに「あっ、ガスの元栓閉め忘れたかも」←誰も抵抗できない
(勿論、不安心理に強い人《=安定的な人》は、ままよで動じないこともあるけどさ)
その理由は簡単です、
個人的に”小脳化”とも呼んでいる、無意識的なオートマチック行為だからです、
家を出る時のルーチンであり、ガスの元栓閉める一連の行動にいちいち『自意識』出てきませんから。
車の運転で右折するときにいちいちウインカー出すのにガチの『自意識』マター発動する人いません。
=「ぼけっとしててもできること」
=100%「確実にガスの元栓閉めたなんて記憶ある人はいない」
 ↑
で〜、不安をいじりたい「強迫心理」なぞがだね(だいたいその外出目的がめんどくさい時などに)
「あら、ガスの元栓閉めたかしら」言うワケだよ(笑

※故に、JRやLALや原発職員は「声出し指差し安全確認」するんです。
いちいち記憶に残すように『自意識』立ち上げて(ハイ、覚えておけよと)確認を行う。


つまり
■『自意識』マター寝ているときの行為は
「あいまいで、よく知らず、覚えてもいない、未知の、おぼろげな」←事象そのものも”不安定”
こういうジャンルの行為は、煽ろうと思えば全部「不安」のネタになります。
(※論理構造上、知らないこと未知の体験が多い子供ほど”煽られやすい”=「強迫心理」下にある場合、強烈に煽られます)
(※ひょっとしてだけど『夢』では《曖昧世界なので》物語が”煽られまくって展開しているのかも”しれない)
 ↓
「オイッ!お前、帰る時お客さんに挨拶してなかったぞ!!」→「えっ!!(本当ですか?!)」

さて、この原理原則から考えた場合
普段の動機形成において、『自意識』がよく出張る人と、抑制・抑圧無意識オートモード系な人において「不安ネタの総量が大きく変化する」ことになりますね?
言うまでも無く、
「『自意識』がよく出張る(『抗う(あらがう)』認知系)=『単独者』や「歩留まり」な人」
「抑制・抑圧無意識オートモード系な人(『被る(こうむる)』認知系)=『共同幻想』や「強迫心理」系」
 ↑
上記の違いは、不安ネタの総量だけでは無く、不安のレスポンスにも同じ傾向を持ちます
 ↓
「『単独者』や「歩留まり」な人は【不安レスポンスが小さい】」
「『共同幻想』や「強迫心理」系の人は【不安レスポンスが大きい】」
何故なら、
不安総量も少ない=常日頃から『自意識』マターが”先読みシミュレーション”として起動している
不安総量が多い=常日頃から”先読みシミュレーション”すら滅多に起動しない

●たとえば前述の「挨拶したか?」の行為も、前者は「一連の行動を戦術的に考えている」ので、「僕が忘れるとかあり得ない」などの検証ができる(忘れる場合の特定条件があれば別)。後者は一連の行動を社会適応の範囲(無意識的オートモード)で行っているので、自立的な検証ができない。

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posted by kagewari at 16:52 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月19日

第4ラウンド(Make America Great Again)「ソ連と比べて中国は豊かだろ」の無理筋

中国の発展は基本パクリだからね、
海外の投資と、海外の需要で伸びたワケで、AI開発など今は国内でも最先端だろって話はあるが、そんなことが可能なら、日本の経産省や文科省の大学研究費の配分でこんな揉め事起きてないわけで(役に立つ研究を研究段階で予言できる役人が要る筈も無く:ブレイクスルーな研究は自由な環境でしか発現しない)、
中国の話は「大本営発表でしかない」
ごり押しで米国を共産主義にしようとしてみたり(そんなことすれば米国経済が終わるだけで)、
■そもそも米ソ冷戦時代以来の西側諸国は数十年に渡って自由で民主的な世界で成功した実績がある。←よっぽどこちらの方が(論議の必要も無く)歴史的な証明

元をただせば中国の経済成長は戦後日本をモデルにしているのだから、
当時の日本が米国依存だった点は現在の中国においてなにも変わらない。
(現在の中国は、当時の日本で言えば「ジャパン・アズ・No1時代」)
2024年にはまたトランプ政権が登場しそうな雲行きを「今度はどんな不正で止めるのさ?」
(どっから見ても袋小路じゃん)


■過去記事で「多分習近平も中国経済が既に破綻しており、強気に出られるのもあと数年とわかっているだろう」と書いたけど、
そこに2024年の米大統領選を合わせると、
「やるなら今しかしない」ってタイミングも自ずとわかるだろう。
(北京五輪までは大人しくしているとして、)
中間選挙の2022〜2024大統領選の間が危ない、
 ↑
この時までに自衛隊にF35が何機配備できているのかわからないけど、
急ぎたいところだよね(その頃はギリF35Bも何機かきてるかな)
【重要な事だけどこれは中国のためでもある←バカな行為を思い留まらせるため】
F15の近代化は予算で揉めていてさ、
「その予算ならF35買おうかってぐらいの話」
かといってF3にはまだ早いし、
●防衛省は何か中間的な措置を考えると思うよ
(今、日本が自由にいじれるのはF2ぐらいだから)



posted by kagewari at 12:43 | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月18日

小さな欲求不満を端緒とするワケのわからない欲求の拡大

原則としては「反動形成」なんですよ、
(「反動形成」と言えば「冷蔵庫のプリンを食べられた時の賠償は10場返し」の法則)
最近連載した『不安心理の法則』も関係していなくもない、
(「あれのことじゃない?」と不安定・未確定な欲求を煽られると「なぜかそうかと思い込む」)
言うまでも無く、その大前代は人類ヒト科特有の「退屈したら死ぬ病」という、
哺乳類としては特殊な欲求爆発が派生する繁殖期が年中無休という異例の進化を遂げた”過剰リビドー”とでもいうべき特性である(代謝の遅滞により〇狂する場合もある)、
※だいたいこの辺までの論議は読者の方もささっと理解されてるでしょう

■しかし、この現象を
「人類ヒト科の種としての合理性で考えるとどうなるか」
何か別の側面を発見できるかもしれないって企画です

事の始まりは「通常の類人猿の規模を超える食料獲得などをしなければ(異常に未熟児として生まれ成長が圧倒的に遅い進化を対価にド・デカイ脳をゲットし”過剰リビドーの器”として進化した)」、種として滅んでしまいます。
(ブッダはこれを煩悩だとかカルマと呼び、アブラハムの宗教だと原罪とか言われ、ブッダあたりが「煩悩もカルマも落としたろって」「いえいえ、そうなると人では無くなりますがな」→「じゃ仏ってことで」みたいなこと考えた奴もいる。)
 ↑
よくあるダーウィニズム的思考としては、
滅ぶことを自覚できたとかでは無く、滅ばない行動を選択した種だけ生き残ったって考え方ね。
(現世で、次から次と仏になると種として滅びますがなってww)

●自分ひとりの、今食うものだけって話では済まない訳で(これ必ず子供の分って意味では無い、食い物の貯蔵庫でもあった森を追われ2足歩行することになった=何らかの方法で備蓄が必要なのであり)モチベーションは過剰なぐらいで丁度いい。
この状況は、ネコがライオン級の獲物を追うようになったと考えればわかりやすい。
”サル食い”で有名なチンパンジーに近い霊長類である人類が、バッファロー級を追うようになった。

(人類ヒト科の場合)
元々「今現在の欲求×数倍が=生物として必要な実欲求」なワケだ、
時に、「金、金、金」って強欲も人類ヒト科としては「ま〜そういうのあるよね」って話で、
(ひとつの原理で言えば、ちょっとした金銭欲が→実行レベルで数倍になるみたいな)
文明を手にして、社会システムとして強大な金融資産を背景に福祉や労働法制などで
「今現在の欲求だけで大丈夫でーす」という環境の変化は→【も、一段進化しろ】級かもしんない


<<<厳密に言うと違うんだろけど、実に韻が踏まれている的な話になれば>>>
 ↓
「草食男子」(ブッダが現世にいたら「いんじゃね」言うかもしんないw)
「欧米におけるヴィーガン」(これは何か間違ってる気がする、、)
「現代、ミニマリスト」(気持ちはわからんでも無い)

厳密に言えば違うんだろうけど、無意識に韻を踏もうとしているんじゃなかろうかって気もするんだよね。流石にSDGsは”違うだろ”と思うんだけど、
無意識に「欲求を1倍に還元してみたらどうなるのか?」ってことの興味はあるのじゃないだろうか。
(※別に上記に登場する話を支持しているワケじゃないので勘違いしないでくれたまえ、勿論ブッダの支持者でもありません。《面白い奴だなとは思うけどさ》)
 ↑
あーもちろん結果はNGですよ(1倍では足りない:後半参照)
但し、現代社会には”エンタメ”がありますでしょ、他趣味のスポーツとかも、
1日に必須の快感代謝は「全てが実際の行為である必要性【ありません】」
極論”面白いこと思いつくの得意な人は”それだけでも十分な快感代謝を達成します。
(代謝が十分か不足なのかの差はどこに出るかって、一概には言えませんが「寝つきの良さ」でしょうか。或いは「今日のコーヒーやビールが”やたらと美味い”」みたいなことです。)

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posted by kagewari at 00:24 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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