2021年04月29日

リクエスト関連(ももちさん”一拍置いて”《即レスはNGです》)

ももちさん
(一拍置けば必ず自分でも”あれか”と考えることもあるので、即聞き返すのは得策ではありません。基本的に同日連発はNGです)
>自他の区別が曖昧になるのは(一緒にいるのが自然)「共同幻想」の場合ですか?「歩留まり」の場合ですか?見てると大抵は「適応層」同士で友人関係となり、コミュ障の人は一人あぶれるか同じ者同士で固まってます。よく「一人で良いやと思って群れから離れたら別に気が合う人ができた」と歩留まりらしき人からの話を聞きますが、そこでも同じ現象が起きてます。同じ趣味の集まりでも適応層とコミュ障層とが友人になってるのは数えるくらいです。歩留まりが大半だといっても結局は適応層とコミュ障層は最初の時点で分かれちゃうんだなと。

基本的に友人関係とは『共同幻想』社会構成員のことであり、
(友人ではなく”組員”に置き換えればわかりやすい)
【極論】ですが、『単独者』には”そもそも友人の概念がありません”
(正確な表現ではありませんが『共同幻想』系の人からは「一匹狼」と呼ばれますから)
 ↓
さて、「歩留まり」達は(現代特有の欺瞞的合理主義者)アリバイとして友人的なるものの関係性も大事にしてますが、(以下が常に親友を意味するわけではありませんが)所謂通俗的な意味の友人と(実はその関係は口には出さないが”付き合いであり嫌々”)、パーソナルな友人(多くても2人前後)をかなり明快に分けていると考えていいでしょう。
この場合のパーソナルな友人ってのは、『共同幻想』保守論でお馴染みの「盃交わした義兄弟」のことであり、実は内面個性化している「歩留まり」の場合、よっぽど最初から合う人じゃないと「大幅に自分の個性を捨てなければならない」ため、義兄弟にはなりません。
実は個性化している=可能な限り(隠し持っている)自分の個性は温存したい。

他記事でも書いていることですが、
昨今の大学生は6割程度に恋人関係は無く、4割が恋愛体験も無いと言われています。
現代「歩留まり」達にとって、「実は付き合い程度の嫌々通俗的友人しかいない」というケースはかなり多いだろうと(晩婚・非婚率を当て込むとそのまま4割〜5割がそうかなと)、
 ↓
外から見れば「仲のいい友人同士」に見えますが、内面は嫌々です。

ですから「歩留まり」系の人が
>「一人で良いやと思って群れから離れたら別に気が合う人ができた」
というのは”当たり前”の話で、
「普段隠している個性を一部開放した」=類は類を呼ぶで(なんだお前そういう奴だったのかと発見され)、パーソナルな友人を発見しやすくなるワケです。←つまりこれって【瞬間『単独者』作戦】ですからw
(「歩留まり」達にとって、『共同幻想』適応偽装スキルは”諸刃の刃”であり、上手過ぎると『共同幻想』に取り込まれてしまい、想定超えるストレスでヤバいことになりますので、なんていうかほどほどに偽装がへたくそな方が《普段から付き合い悪いとこあるなど》当人は楽な筈です。)

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posted by kagewari at 19:13 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(ももちさん”それは友人か?”)

ももちさん
>>少数精鋭じゃないですが、「気の合う仲間」のような言葉に代表される関係を前提とします
ゲームや趣味を通じて友人ができた人達などは「同じ趣味通じて知り合ったけど自然と気が合う者同士で交流するようになった。長い付き合いだから気心も知れてる(おかしな人は自然と遠のく)」と言ってましたが、それが「気が合う仲間」だということなんですか?
>強迫では無く、切迫したガチ欲求なら」現在まっしぐらに突撃中の筈なんです
だから色々行動してたのですが友達できません。他の人はガチ欲求だから友人ができるんですか?


「、、それが気の合う仲間なんですか?」のところからいきますか、
気が合う=自他の区別が曖昧になる(一緒にいるのがむしろ自然)
逆に言えば、特別に他者がいる感じもしない。
 ↑
ま、こういうことでしょうか。
この場合ある意味「他人ではない、この人は友人」みたいな属性が違ってくるのであり、
「友人がいるのでは無く、他人ではない」←このニュアンスわかりますかね、
=殊更に他者として友人がいる感覚では無い
(いることも特別ではない)

前述の”できた人達”のセリフってのは
「おかしな人は」←ココ
個性化していて、自分と一歩間違えたら同一人物では無い=他人って意味です
 ↑
●つまり『共同幻想』の結成(2人3人あつまりゃもう『共同幻想』です)ってのは、
自分という個性を捨てることでもあります(口語の主語が一人称から複数形に変わる)。
個性を捨てて、winっていう汎用OSをインストールする、
すると?ご近所は勝手にホームネットワークにPC名が表示されるでしょ。
(OS違うと、表示されないこともあるし、ファイル形式からして違う←これを”きた人達”は”おかしなシステム”と呼んでるワケ)

ですから「お前は何者なんだ」の前提をクリアしないとどうにもならんのです、
(家幻想汎用機端末から、システムの上書きしないといけないんですが、オープンソースのフリーOSにするのか、win入れるのか、意識高い系「歩留まり」ですからってマックにするのか、時代はクロームブックって廉価にするとか、、【そもそも自分をどこまで上書きして捨ててもいいのか】)

外で起きてる現象をあれこれ尋ねてもほとんど意味ありません

■それから
「だから色々行動してたのですが友達できません。」←これはあり得ないんだよ、
(切迫したガチ欲求があるなら=飛び込み営業の熱血セールスマン)
よくいるでしょ、
第三者から見たらどうにも言うほど親しそうに無いのに、
「何々と俺はマブダチだから」
あるいは
(お前ストーカーじゃねと勘違いされることもしばしばながら)
「彼とはラブラブだから」(え?一発やっただけじゃね?)
 ↑
なんて言えばいいかな、(切迫したガチ欲求があるなら)あなたは「誰それが友達なんでスゥ〜」って(たいして親しくない関係性でも)自慢げに浮かれている筈なんです。
(いろいろ行動してるんでしょ?少なくとも声かけたって事ですよね→その人は堂々友人ですよ)

だからー、自信満々に「友達がいます」って”盛り上がらない”のは、
あなた自身が自分が個性化していて、「そういうノリじゃない」からなんですってば。
この人は友達じゃないですとか、お前が言うかって話さ



posted by kagewari at 14:35 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(うみなみさん「健常者とか」)

<末尾に追記、また(いつものことですが、、)後から思いつきました>
<ゴメンなさい中段にもいっこ追記>

うみなみさん
>こだわりが強い人や自己中な発達障害者もいる。でも健常者だって間違ってることもあるし、自分の非を認めないことも多いわけです。それを数の力で発達障害が間違ってるとしてることもあるんです。発達障害だって人の痛みが分かる人だって多い。何か腑に落ちない。そして健常者の夫から私は何回も同じ失敗を繰り返して分かるまで説明しなきゃならなくて疲れる、察しろ、何でこんなこともわからないのかと言われます。理解に時間がかかったり、できるように頑張ってもできないのはどうしたら良いの…。健常者の基準が正しいわけじゃない。

まず心理学には『健常者』なんてカテゴリありません、
人類ヒト科は(原則として)「退屈したら死ぬ病の狂ったサルである」という位置づけにあります。
ですから、臨床みたいに「ナントカ障害」とか言われても(厳密に言えば)病気と捉えません。
(この場合、あらゆる症例において悪性良性を決定付けるのは自覚的にそれを認識した時の話だとか、そもそも両方腫瘍でしょとか、若干哲学的意味もありますが)

臨床系が自慢げに分類する「ナントカ障害」は、
心理学が”彼らの概念”をそのまま援用すると「ナントカ障害とか意味不明な診断されている人格のすべては(ジャンルとしては)全員『健常者』です」
むしろ、人類ヒト科の原則から言えば、
”あなたの言う”(それこそ俗に言う)『健常者』の方が重度の病気ということになります。
確か、アスペルガーの学会が(まあ彼らの意図はヒューマニズムなんだと思いますが)自分達のことを「健常者という病人」と呼んだりしますが、
心理学的には、そういう冗談抜きで『健常者』はかなり重度の病気です。
(勿論この話は冒頭の哲学的病気とは何かなどの命題にかかっている意味でもありますが)
 ↓
うみなみさんがあげた症例は全て「集団心理に自我が乗っ取られる、あるいは自己暗示状態に誘導される」症状ですよね?
(※そうですね、流行歌を間違えて国家だと思い込んでしまう狂人に近い状態→というか”本当の国家はどれか?”を個々人の判断で認識することができない《集団心理抜きに事象の認識ができない》のですから、かなり重度です。)

<中段追記>
これも臨床系の用語ですが『サイコパス』
ここの説明に「政治家や社長、医師や弁護士にも多い」なんてのがあります。
心理学的に皮肉で言えば「いやいや、サイコパスだから政治家や社長とかなってんでしょ」のような意味ね
(前述の『健常者』は病気だからって話の補足)

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posted by kagewari at 12:03 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(うみなみさん「カサンドラとか」)

うみなみさん
>アスペルガーと一緒に暮らしてカサンドラになる?【ASD】【発達障害・結婚生活】というyoutube動画で、当事者の方が自分の間違った考えで離婚し、反省なさってるのですが、コメント欄にはカサンドラの人の書き込みで一杯です。別のブログでもカサンドラの人達が「(健常者)がまとも」「発達障害は人のしての心や優しさに欠けてる」「自分の非を認めない」と非難し合ってるのを見ます。健常者の言うことが全て正しくて、発達障害は人としての心に欠けてて間違ってる(そのくせ自分が正しいと言い張る)のでしょうか?

まず心理学と臨床系は全く別の学問で、
心理学サイドから言わせてもらうと「臨床はなんでも名前つけるの好きなんだね」って感じで
メサイヤなんとかの話の方がまだわかるかな、
しかし確かカサンドラとかは、臨床系でも一部学派は認めてないとこもあった気がする
(臨床系は専門外なんで間違えたらゴメンですけど)

■基本的にこれ「共依存で」、心理的問題は最初から双方に同程度の水準で存在しており、

暴論で言えば「”どっちもどっち”」
双方同じぐらい最初から「強迫系」の問題を抱えていた」ってこと
カサンドラとか言われてる方が(彼らの分類根拠はよくわかんないんだが)より重度のアスペルガーであっても驚きません。

●でね(笑っちゃいけないんだけどさ)双方言い合いの喧嘩になるのは自明、
だって、自分の「強迫心理」のネタバレしたくないんだもの(平たく言えば自己分析ってこと)
ネタバレすれば「もうナントカガーって『興奮』できなくなるから」、
自我防衛で(このブログでも再三登場する「無限反論」と同じ
「 問 題 が 外 部 の 個別 各論 なんです 」←双方自我防衛上このデマ(或いはプロパガンダ)をとにかく飛ばさないといかんワケ
(間違っても「ひょっとしてバカか俺じゃね?」なんてことに気が付くと、ネタバレ崩壊で「強迫心理」は討伐されてしまうからね。←なぜこんなものに防衛反応が出るのかってさ、エピソード記憶だから、構造上は”大事な思ひで”みたたいなノスタルジーのフラグ立ってるので、「強迫心理」ってのは意識的に捕まえないと自動的に保守項目になるのさ)

で、この話がナンセンスなのは、
双方そもそも人間関係とか続ける必要無いんで、
(町内会の役員とか興味無いでしょ?まさか60年代でもあるまいし「自宅が歌声喫茶でどうしようもないんです」ってこともないだろうさ)、
(結婚してるなら、とっとと離婚して、家族なら各人独立するべし)
「お前ら、まずひとりになれ」ってこと、
『共依存』ってのはさ、結果として双方が双方を”取り巻き”として利用してるワケ、
(”取り巻き”の事わかんない時にはサイドバーの専門用語のとこに記事ある筈)
しかも強烈に自我防衛がかかってる同士なので、
炎上に利用するにも最強なんだわ。
(そう狙ってスカウティングしてんだもの)

これを関係性の話だと思うと「強迫心理の思うつぼ」だから間違っちゃいけない、
(強迫心理は「そう思わせたいの」)

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posted by kagewari at 06:22 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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