2020年12月03日

『被(こうむる)』と『抗(あらがう)』の確率論

ここんとこ続いてるシリーズを引き続き、

強迫系というのが「過去用例の再現」にあるというのはご理解いただけているかと、
(その典型がエピソード記憶であり、トラウマ論である、PTSDにおけるフラッシュバックであり)
その確率的根拠は「二度あることは三度ある」って心理です
(文法で言えば過去形:英語の場合主張のニュアンスが”推定調”で弱くなる←政治家の演説では《へなちょこな印象になるため》用いられない)

これに対し”自由意志”と実存系となる『抗(あらがう)』の場合、
(文法で言えば、現在形、現在進行形、未来形→或いはポジティブ断定言い切り)
”そのまんまギャンブル”なので、
一見すると、過去用例の二度ある三度ある心理に”確率論的に負けます”
しかし、パスカルの賭け的な証明により「結果論には意味は無く、自由選択の真骨頂はプロセスです」←動機形成と戦略や戦術そのものに意味があり、
結果の勝ち負けは【極論等価値である=”どうでもいい”】
「結果を問わず”やるかやらないかの話”であり、実は確率上のリスクは皆無に等しい」

■ところが

脳の快感原則は『興奮』獲得期待値で決まります、
そして、
『被(こうむる)』のが『抗(あらがう)』より”思考の仕事量は楽”なんです。
(ぶっちゃけ低コストで誰でもいつでもできる)

しかし、
困ったことに”快感代謝”(快感獲得の確認メッセージ)としては、仕事量も多く”やった感””疲労感”がある方が優れており、実はこの点で脳は矛盾する選択をしているとも言えます。

●さて上記をぼーっと眺めていると「鬱構造の道理」に気が付きませんか?
 ↓
ベタな事例としてパチンコで考えてみましょうか

<<まず大前提を確認しておきますゲームのルールみたいなものです>>
1)結果論には意味が無く、快でも不快でも、勝ちでも負けでも脳が『興奮』を獲得できればよい
2)快感代謝の証明(やった感、達成感、疲労感)が無いと、欲求不満は解消できない

<『被(こうむる)』パターンのシナリオ>
「昔この台で連チャンしたので、またきっと大当たりするかもしれない」
(戦術も戦略も無く、その『興奮』期待値だけで選択:実に簡単)
打てども打てども当たらず、大負けしたとする、
しかし、この選択には戦略も戦術も無いのですから、反省も修正の余地もありません
 ↓
そして再び
「昔この台で連チャンしたので、またきっと大当たりするかもしれない」を繰り返す


<『抗(あらがう)』パターンのシナリオ>
「パチンコ台は概ね200分の1程度の確率で設計されている、回転数から確率の収束を意識するべきか、ホールの出玉設定を読むかの選択になる」
(手帳を取り出して小一時間の作戦会議の後)
「よし、今日はどこそこシマの〇番台で行く、1クールはいつもの6000円」
まずは打てども打てども当たらず止まり、だったとする、
(手帳を取り出して再び小一時間の作戦会議の後)
「いや待てよ、回転数からこの台の収束は明日でもできそうなので、新台を試してみるか」
結局こちらも最後は大負けしたとする、
手帳を取り出し何やら再び小一時間
「うーん明日は、〇番台の確率回収からだな」

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posted by kagewari at 19:44 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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