2019年11月01日

リクエスト関連(その続き、まず青猫さんから)


青猫さん
>青猫です。私はプライベート的な意味ではどちらかというと不道徳者だと思います。母親が感情的に突然キレる人間だったので(機嫌がいい時は怒らない)その名残りかもしれないのですが、不真面目な子供だったので過度に褒められたいとかは無かった気がします。今もふいに母親のキレ方を思い出すと嫌悪感が涌きます。自営業ではないので社会常識的に道徳無視というわけにはいきませんが、子供相手にキレる母親と比較して、社会に出て上手く立ち回っている自分、という理想はあるかもしれません。実際は上手くなくしどろもどろなわけですがw


■確実に母親との関係が「強迫心理」の原因です
お気づきになっていないと思うのですが、
青猫さんのロジックは『道徳的判断』を根拠にしているのです←ここで下手踏んでる
 ↓
>今もふいに母親のキレ方を思い出すと嫌悪感が涌きます。
 ↑
「自分は悪くないのに、母親が切れるとか不当だ」←これ道徳的判断なんですよ

●じゃあ不道徳判断の場合は?
「またキチ○イが暴れてやんの、お薬足りてますか?」
(嫌悪感など沸きません)
自分に被害があったじゃないか?→「台風に嫌悪感わきますか?」

(自然災害に怒りや憤りって場合なら→抗(あらがう)に転じて→土木業者になるってルートもありますが、だとするなら同じ線でいけゃあ「高齢者のメンタルをなんだかんだする臨床なんとかになりました」みたいな、或はそれに類するオチが必要となる。)

■うっかりやらかしているんでしょうけど、
「自分は悪くないのに、母親が切れるとか不当だ」=「あなたは悪くないよね、ごめんさなさい」←どうしてこうならないんだよって。
(ひとるの論理が成り立てば、その裏も連想で同時形成されたも同じですから)

この体験をベースにするとこうなるんです
 ↓
「間違った事をしてなくてもアレなのに、本当に間違った事でもしようものなら、、あー嫌だ嫌だ、そういうのは御免だ、慎重にしなくては。」←現状のビクビクしている様そのままです。

■注:論議のテーマは(無意識下の)「強迫心理」ですから
(個人的美意識では”無い”ので自らの行動が道徳的であると自覚されていない方がむしろ自然)
●結果的に自らの行動が『道徳的論理性』に”無意識に拘束されていること”が問題なのです。
 ↑
抑圧されている側の『自意識』にはそんなつもり無いののね。


■■■<ちょっと自我構造の説明しましょう>■■■

のべつ幕なし『自意識』フル稼働とかすると(確かに猛烈に”快感代謝”しますが:『単独者』モデル)、それだけグイグイ『自意識』起動するモチベーション(及び動機形成ネタ)なかなか保持できるものではありません(ぶっちゃけ疲れる=『単独者』が日常生活だけで大きな”快感代謝”が可能な理由でもありますが)。

生物としての合理性から(そら原始時代は個人的自由より集落の安全や経済的利益が優先されますから=自分の命の存続)、
『自意識』(武士で言えば日本差しの刀みたいなもの)温存ってほどじゃありませんが、
その発動決定権を”何かに預けて”、
考える前に機械的に動ける合理的ロジックがあった方が都合がいいですよね。
(ウィンドウズのバックグラウンドで動いている基幹的動作まで都度DOSコマンドで打ちこむ人とかめったにいない)

この基幹システムをフロイトは『超自我』と定義してます
(この概念は説明もめんどくさいので私も滅多に使わない言葉ですが)
生物学のローレンツ教授的に言えば「動物にとって鉄の掟である”本能”の代替物(似非本能)」
※補足的になっちゃうんですが、脳にはそういう機能があって(自律神経系もそう)自転車の乗り方もそうですが「パッケージ化されたモジュールとしてのシステム」が構築されていると?
こいつが動いている感『自意識』は稼働しなくても自動人形のように動けます(つかシステムの方がリソース持って行っちゃう)。
 ↑
この関係性を覚えておいてください。
「合理的システム稼働中」(極端な事例だとウインドウズアップデート中)=「『自意識』停止中」←これが抑圧構造の基本原則です

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posted by kagewari at 16:43 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(連続で、次のリクエストは青猫さんから)


青猫さん
>本業や副業などで性格的・業務的に苦情を受けたことはないのに(←第三者的に問題はないという証明)、おかしな相手に理不尽な文句を言われると自分が悪いのでは?と焦って下手に出てしまいます。冷静になると自分悪くないじゃん、相手がおかしいだろと反論が涌きます。そんな自分が悔しいです。自分の所作にもっと自信を持ちたいです。言葉の受け渡しや怒りの表明(言語化)をスムーズにするために有効な訓練方法はありますでしょうか?(それ系の本などは読んでるのですが…)


■シンプルに言えば、ポイントはここでしょう
 ↓
>自分が悪いのでは?
「いい悪い」=道徳=『共同幻想』=下手したら「強迫心理」
(※ちなみに『単独者』には個人的美意識はあっても”道徳心はありません”←もの事をいい悪いで判断しない。所詮世の中は相対的なものですから。)

自身の行いに「道徳的正統性を必要なのだと”錯覚している”」って事です
或はその道徳的正統性を認められたないのか?(承認欲求)
 ↑
だから自信が無い、
何が俺のやるべきことで、何かが俺が忌み嫌う事なのか?
自分独りで決めちゃいけないことになっとるんですよ。

ええ「道徳的正統性をどこやらに認めてもらおうと思っている」のですから。
だったら、
今自分がこうだと思っていることは(まだ未承認なので)暫定って事になっちまいます。

●仮にあなたがオンザレールな『共同幻想』適応人格なら?
迷わず(心理学などに相談することも無く)
群れの仲間に
「なになにだと思わない?」「だよね、そうだよね」の韻を踏んで(勇気百倍)
「今度いちゃもん言ってきたらさ、”皆で”袋にしようぜ!」「おーっ」
ってな事になっていた筈です。

で は な い のですから
青猫さんは、少なくとも現代的『歩留り』層か、それ以上(『単独者』志望など)なのでしょう。

だったら?『共同幻想』は問答無用で敵ですから、
自らの行いに道徳的正統性など(イヌも食わないくっだらない事を)求めないことです。

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posted by kagewari at 03:36 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(悪夢のykkさんより再び)


ykkさん
>幼少期の頃はバブル絶頂期で、ディスコやアイドルなどのギラギラした世界が楽しそうで、私も早く大人になってあの中で遊びたいって気持ちや憧れがあり、それが「人と遊ぶのが楽しい」という気持ちに繋がってるように思います。でも現実では母がいじめられてるのを見て辛かった気持ちや母が共同幻想に加わりたい気持ちも加えて取り込んで(母になりきってる?)ように思います。根本の親や特定の異性(恋愛感情ではない)への執着が抜けきれないのは何故ですか?バカか私と腹筋や散歩などをしても消えないのでどうしたら消えますか?


■それは”無い”ですね
エピソード記憶ってのは(一種のトラウマ論)ですが、
極論PTSDに及ぶほどの衝撃無しに発生しません
(自己の体験でも無くクラブシーンに詳しいワケでも無く)
「楽しそうだから」←あり得ないです

もしそうならあなたは当時隆盛を極めたJリーグの大ファンで、
(スポーツ体験者でも無く、世界のサッカープロリーグに詳しいワケでも無く)
悪夢にうなされるほど日本代表の夢を見ている筈です


■悪夢やトラウマ級の記憶や思い込みに達するためには
それだけ「大きな”快感代謝”快・不快に関わらず『興奮』との直接の関連体験との連想や投影」が成立していなければならず(実体験ではありませんから)
見ていて楽しそうでは不十分どころか「とってつけた思いつき」程度でしかありません。
※加えて
始末に負えないことに、バブルの時代の習俗は崩壊とともにネタバレし、
(現代では当時のジュリアナ東京的アレは恥ずかしいネタと化しており→そのパロディの『BABYMETAL』の楽曲DA DA DANCEが論議になったほど)

既に存在しないものを象徴に、現在進行形で悪夢と関連するなどあり得ません。
(仮に何か関連フラグが別途あるなら、たとえば「ジュリアナ東京の再興のため命をかける」だとかそんな活動家として”バブル連合結成”とかそっちのアレな展開になっていなければ”快感代謝”が成立しない。)


■つまり分析の順序は「(投影の)元ネタとなる(快・不快含む)実体験としての大興奮は何か」を見つけることで、
「暴力的な父・哀れな母親の共依存ドラマと私(舞台は”家幻想社会”ですから『共同幻想』です)」
男の事違い、女子の場合だと、
もっぱら育児担当だったりするのが同棲の母親ですから、
エディプスの寵愛を受ける母親を間接的に経由することでコンプレックスが成立するケースが多くなります(誰もが幼児期普遍的に獲得する体験として)。

それがママゴトやリカちゃん人形ごっこ、後の結婚願望や、メイクやファッションなどへの強い傾斜や、母親との身体的違いからの体型に関するコンプレックスなどに繋がるものです。
結婚願望のある女性の期待年収などにエスカレーションがあるのも、エディプス体験(子供時代はやたらと両親が特別な人物であるかのように肥大・誇大化すする)の残滓のようなものです。
(普遍的女性的イメージへの間接的コンプレックスみたいなルートですね)

つまりママゴトに代表されるように、
ほとんどの女子は幼児期「母親との同一化」プロセスを経由します、
これらは思春期『反抗期』により木端微塵に破壊されるのですが、
(そら素で考えても思春期の自分は、オバハン化している母親より性的魅力の点からも圧倒することは誰でも”避けようなく”気が付いてしましますからね。→子供時代の肥大・誇大化イメージはネタバレ崩壊する。)

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posted by kagewari at 03:18 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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