2019年05月11日

「『自意識』マター全開」の可能性


過去記事で、マキシマムザホルモンのドラム叩いてみた女子高生動画でも触れましたが、
「『自意識』マター全開」時特有の”ギラギラした目”というか、
それは、マラソン選手などにおけるランナーズハイなんかもそうなのか、
脳が主として快感代謝の判断基準にしている、脳内『興奮』物質の種類が通常と違うものあるような気がするんですよね、「『自意識』マター全開」状態。

時にそれは、スポーツ選手などにおける「迷いの無い状態」なのかもしれないし、
時にそれは、(昭和だけの話だけれど)権利モノ台における最後の判定チャッカ―に玉が落ちる瞬間に向ける視線なのかもしれないし、

●強い『自意識』関心事項に対する度を越した集中力見せる瞬間の話
かな?

個人的にはフロイト心理学における昇華論はまゆつばなとこあると思っていて、
(ニーチェみたいな話だとは言わないけどさ)
そのアイデア元になっているのは、誰でにでもある「『自意識』マター」の事なのじゃなかろうかと思っているのです。

脳内経済をあたかも貨幣経済学的に見ればさ、
無意識や強迫性なんかもあり得る「脳内『興奮』値による快感代謝判断」レベルで言えば、
ひょっとして『自意識』って量的評価でワンランク下なのかも知れないんだけれど、
 ↓↓↓
”ここ”と対象関係にあるのかもしれない
 ↑↑↑
無意識的だったり強迫的(場合によっては不快手段も含む)興奮快感代謝って、強欲と言ってもはずれと言えない欲求ありきの話でさ(それだけ強く希求されている)。
たとえ悪いけどドラック中毒みたいな様相になっていたりする。


●これに比べて「『自意識』マター」における快感原則って
そこから先はしんどいとか、ちょっと無理みたいな印象ある中で、
敢然と「これは『自意識』オーダーだから」とそこを突っ走るというか、(そのエキセントリックな行為を相当する欲求に応じて行うのでは”無い”)、欲得関係無くそう決めたという意思の表現でもあるよね。
「未体験ゾーンへ自らの意思で突入することを目的としている」のだから。
確かに快感代謝の量的数値は「強欲に呼応するエキセントリックな行為」に負けるのかもだけど、
『抗(あらがう)』意思で、壁をぶち破る(自由の獲得)行為は、それとは比較にならんものでしょ。

興奮ともなう脳的快感をゲットするのでは無く、
自らが興奮を体現する状態に突入するのだから、
(※根本的に違うだろうと)

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posted by kagewari at 23:19 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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