2018年02月19日

小説やドラマなどでよく聞く「自分の居場所」話のダメダメさ

時々映画やドラマのシナリオなどでよく聞く台詞です
●「自分の居場所」
出たか『承認欲求』じゃあるまいし、、、
この台詞を聞くと、若干腹立たしくなったり落胆したりするものですが

それって何?って言うとですね、
「自分の居場所」なる台詞が意図しているものは、
予定調和の『共同幻想』群像劇”配役名”の事です。
(或は演劇や群舞などにおける「舞台の上に指定された”立ち位置”」の事)
所謂「何々役」みたいな、
劇団風景でみればわかりやすいでしょう。
「通行人Aとかじゃなくて、ちゃんとの名前のある役がもらえたよ」←これですこれ

説明するまでも無く、
ブラスバンドや交響楽団のような『共同幻想』社会と比べて、
ソロ活動で即興演奏しかやらない『単独者』の場合「役って何?」なワケですが…。

所謂(現代的意味で”真”を意味する)「確信犯的『共同幻想』再選択」の場合、自らその文化なりを再選択した”何々愛”なるものが全てであって、そこにどういう形であれ参画していれば居場所どうこうに興味が無いって事にならんと本物じゃありません。
 ↑
時にこのスタンスはやれ向上心が無いだとかですね、、
『共同幻想』勧誘のインセンティブである”金や名誉”が効いてないということで、、
いやいやいやいや、違うだろって、
インセンティブが必要なのは、勧誘の誘い文句というか、客引きのお兄さんのアレみたいな意味なのであって、確信犯的に自ら”なんとか愛”による参画者(再選択者)には、全く関係の無い事なのです。
(クーポン目当てにきてんじゃネーよ、勘違いすんな的な)

■思うにドラマ性ってものを、安直に求めると、
感情表現爆発するようなシーンを欲しがるじゃないですか、
時間に余裕が無いとか、とても疲れている作者にとって(或は作者からして『共同幻想』リミッターにかかってしまっているのやら)
「ついうっかり手を伸ばしてしまう台詞」となっています。
(強迫面であっちの方にいっているシーンを闇落ち解釈で使うならまだしも、主人公の純真さだとかナイーブさ表現に使っちゃうから困ってしまうのです。)

確かに一般の(オンザレールな)『共同幻想』持ちにとって、
「タイトルなどを確定させ落ち着きたい(安心したい)」という欲求は誰にでもあるものですが、
それこそ、
「強迫面ストレスから逃れたいから」なのですからね。
本気で抽象概念としての”謎の居場所”を追い求めているものじゃ〜ありませんって。

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posted by kagewari at 06:18 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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