2016年10月19日

リアル『単独者』の台頭

(※10/20あまりに校正ガタガタにつき再編集)

今となっては笑ってしまう話ですが、私の世代が思春期の頃「新人類」なんて呼ばれ方で(現代のゆとり的に)その異質性を旧世代から云々されたものですが(語源的にはガンダム世代ってことで「ニュータイプ」とやらも関係していたのかも知れません)、もう旧世代もいいところです(笑

ゆとり世代の進化に関して、半ば俺は過去記事でも予測として書いてきたところなのだけれど、ついに『ナチュボーンの単独者』が台頭してきたかと思うワケです。
全く角度の違う話から展開してみようと思うのですが、
ロシアのスポーツ界には「性的関連事項をパフォーマンスのために制限する場合もある」なんて話があるそうで(あまり根拠のある話だと思いませんが着想はわからないでもない)、その意図は仏教における「煩悩払い目的の粗食」逆張りですわね、
成功していたのかは置いておくとして、心理学における「広義の性欲論・狭義の性欲論」でお馴染みのように、総括的な生物の繁殖欲求全体を見た場合「牡同士の闘争やボス争い」もそこに含まれるワケで、人類ヒト科における出世競争含む社会的競争は「広義の性欲(生物としての包括的生存欲求)」に含まれます(性行為を連想される”性欲”と表現するのは不適当なのかもしれない)。

「60年代安保の団塊から新人類程度の世代における『単独者』」ってな〜奴は、なんだかんだあからさまに性的欲求も各所にちりばめつつの世界観でした。
たえば、ウッドストック的平和運動にフリーSEX的乱交が暗示されていたり、どんな著名ロッカーでも思春期にバンドを始める動機は「カッコいいから」「もてたいから」だったり、それ以前の欧州における実存主義哲学始まりの頃って言えばやれ『第ニの性』だとか、哲学者自身梅毒で死んじゃうのが「わかるわかる」って話だったり、性的側面もそのまんま包含する世界でありました。
(※勿論その対抗面における保守系『共同幻想』社会の力の源泉は結婚制度と配偶者の斡旋権力やみだらな行為を権威性道徳で許認可制にするなど、こちらもあからさまだったのですが。←故にこれに反抗する60年代の運動はなにがしかフリーSEX的「ラブ&ピース」な着想に傾倒した。)

しかしフロイド心理学における『昇華』を考えた場合、
本筋『昇華』は偶然に「強迫心理的モチベーションがそのまんま投影できる芸術なりに出くわした人の話」であり、おおよそ褒められた状況では無いのですが、その意図は間違ってもカサノバ的な成功者をイメージしたものではありません。
人類には誰にでも「強迫心理」がありますから、梃の原理で言うところの圧倒的パフォーマンスを可能とするためには、何らかの反動形成を「待ってました」とばかりに実行できてしまった”偶然”が、トンでも芸術やトンでもスポーツ選手などの「あだ花」とでも言うべき結果を、社会が奇跡と認めざるを得ない場合の事例です。
(心理学的に言えば、反動形成に至らず平和裏にオルタナ選択を発見するのが賢い選択となる。)

ここまで書いてきた構図は「時代はなんだかんだ『共同幻想』優勢につき、『単独者』は反動込みの反抗者や反骨の闘志や戦うアウトサイダーみたいな事になりがちだったから」つー部分あるワケですよ。
しかし時代は文明化により勝手に『共同幻想』が崩壊する時代に突入し、
『単独者』もことさら『共同幻想』的世界を意識する蓋然性が大幅に後退しきました。
そしてゆとり教育の登場(事の是非はともかくAO入試なんてのもそこに含まれているんでしょう)、
様々批判があるとおりで、成功したとは言いません。
しかし「ナチュボーンな『単独者』台頭」を後押ししたのは事実だろうと思います。

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posted by kagewari at 05:15 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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