2014年08月14日

『共同幻想論』会話編part2

難しい話でもあるので、
前回の続きと補足です。
追記的に『共同幻想論』会話編
http://kagewari.seesaa.net/article/402635704.html

まず大枠をドーンとわかりやすくしてしまいましょうか。
近代以降それが一般庶民に降りてくる訳ですが、その大元の原型って何か?
「中世貴族社交界の会話です」こいつがニーチェも嘆く庶民化商業化大衆化し現代社会の『共同幻想』の会話ってものに変遷してきているのです(現代社会で似たもの探すと「集団お見合い会」だとか)。
原型で考えるとわかりやすい。
「なんらの共有化された社会幻想が舞台化・台本通りの進行化されている空間」において、素の個人が「俺ってさ〜」とかもうご法度な訳です。そういう舞台においても幾分かの本音が交わされるのは化粧室だとかですね(ここでも「風呂とトイレの中だけかよ」って話ですが)、或いはその場で「この後非公式に一杯どう?(オフレコで)」みたいな事になって初めて「1段階ぐらいプライベートな会話になる(それでも『共同幻想』的にはまだ本当の本音では無い)」ってぐらいの話です。
(※更に現代社会におけるオフレコポイントは「喫煙室」でしょうね。)

多かれ少なかれその傾向が「職場」や「学校」や「井戸場会議」や「奥様会(このくだけたバージョンがガールズトーク)」古くは「社員旅行の無礼講バージョン(これでも1段階プライベートになった程度)」、「夫婦の会話(夫婦の会話はガチで『共同幻想』の会話です←ゆえに『単独者』系の個人は非婚系となる)」などなど様々に分化して存在するのですが、
■ここを『思春期・反抗期』の少年少女の典型的な台詞で表すとわかりやすい。
 ↓
「そんな事聞いていない!自分の言葉で話せよ!!」
ことほど左様にですね、『共同幻想』の会話ってのは私語禁止なんです(個人的意見を言う場では無い)。その原型はフォーマルだって事です。ですからそのまんま話をしだすとそれは私語じゃないのだから反抗期の少年少女にとっては国会で官僚の書いた原稿読んで答弁しているのと同じに聞こえます。
いやいや、聞こえるのではなくって、そのとおりなんです。
『共同幻想』社会の会話ってのは私語や私見であってはならず、公式的に情報共有された「その場の論理」を彼らなりに解説するような振る舞いを超える事ができないからです。

■ですからその場で交わされている言葉や認識には「その場を保守する上でのルール」も派生するため(さっきの思春期少年少女の台詞の”逆”なんだから)、「誰一人個人的意見を述べていない」のです。でー
こっからややこやしい話になるんですが、
『共同幻想』の会話の中で「私個人に対してこんな事を言われた」とかの認知も同時に「あ り え な い」のです。
(それを個人的意見として発言した人物が存在しないのですから。)
言うならばその発言ってのは(まーねなんらかの悪態や叱責に類するなんとやらがあったとしましょうか)『共同幻想』全体がですね「この社交場ではこのルールでお願いします、あなた個人に個人的心情や意見としてそれに同意を求めているのではありません。形式的にこういう事にしてください。」みたいなニュアンスが大半な訳。
そんな情報の共有を求められているんだわ。
(まさかその場で個人的見解を発言されるとか誰も想定していないし『共同幻想』的には有り得ない。←この辺を端的に言うと「まさか主語が”私は”で始まる返事とかを誰も想定していない」という以前のエントリーの話に繋がる。)

少々話を有り得ないぐらい極端に誇張してみましょうか。
○「司令部より伝令、明日20時○○部隊は任意に敵潜伏地帯へ前進、○○丘付近に橋頭保を築け」
○「ご苦労、伝令了解した、○○部隊は明日20時より任意に前進を始める。伝令は十分休養を取ってくれ。」
○「有難う御座います。」
△「少尉殿昨日こんな事があったんですよ、私は思うのですが。」
○「、、へ?、、誰なんだ、、おい。」
 ↑
『共同幻想』社会の空間ってのはコスプレ趣味の同好会における決まり事のやりとりのようなもので、個人の実存を捨てて共有化された属性に成り切ってるのであって(職場なら労働者だとか)、更に誇張して言えば『共同幻想』社会適応ってのは「多重人格使い分けるようなもの」なんですよ。
(そんぐらい「風呂とトイレの中だけの私見と『共同幻想』空間で交わされる”台詞”には乖離が大きい」)


話を戻しますか、
■「そんな情報の共有を求められているんだわ。」
 ↑
ここに重大な意味があるのわかります?
基本的に予定調和ストーリーが原則なので「同意以外の選択肢が用意されていない」のです。
簡単に言うとですね、『町内会の回覧板』みたいな情報伝達なんですよ。
予め『共同幻想』への所属と同意が既成概念として織り込まれてるワケ。
回覧板回してる最中に何番目かの人が「これはどういうことなのか」と始まっちゃうとこれ回覧板制度が壊れちゃうんです。
「次の順番の人に回す事が織り込まれていて、それ以外の選択肢は無い」のですよ。

■更に米国社会やらの例で考えてみましょうか。
昭和の日本人が欧米を『個人主義』と勘違いしたポイントがこちらで、特に米国社会では会社でもラストネームで呼び合うなど(日本では名前が”課長”だったり軍隊のように属性名称が個人名化する)一見すると個人主義に見えるんですが(you know文化に見られるだけでなく)彼らはその会話に対してワザワザくだけたとかリラックスしたとやらの意味で「frank(語源的には自由な)」とういう表現使ってますがそれは正に「1段階プライベートになった」オフレコ程度の意味であって、見ようによっちゃ理想主義の押しつけ的な要素も無きにしも非ずで、「全然frankじゃないじゃん」だったりするワケです。
(※口語において、日本人でもちょっとあり得ないぐらいのスラング(slang)がありますが、これは貴族のフォーマルに対して”俗な”という意味だと解すると、それでも決して本音とは言えない(階層的な意味に過ぎない)と考える事もできる。)

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posted by kagewari at 17:19 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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