英グラクソ:抗鬱剤「パクシル」訴訟、10億ドルで和解
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920012&sid=alIkuT.iZNig
7月20日(ブルームバーグ):英医薬品最最大グラクソ・スミスクラインは抗うつ剤「パクシル」が利用者の子供に先天性の異常をもたらすとして800件以上の訴訟を起こされている問題で、10億ドル(約870億円)以上を支払って和解することに合意した。事情に詳しい複数の関係者が明らかにした。
同関係者によると、グラクソは障害のある子供を持つ家庭に対し和解金として平均120万ドルを支払うが、その後もこの問題で係争中の訴訟は100件を超える。同社は今月15日、パクシルと糖尿病治療薬「アバンディア」の訴訟費用として24億ドルを計上することを明らかにした。
(2010/07/21 bloomberg.co.jp)
抗鬱剤「パクシル(Paxil)」は日本では『パキシル』の名前の方が一般的かもしれません。
このブログはあくまでも文系に属する心理学・精神分析系のものなので、専門外となる投薬や特に精神科医療関係への批判に関係する話は特に慎重にやってきました。
ほとんどノーコメントに近いぐらい慎重にやってきたつもりです、
ですが、ここを経済学や政治って世界から見る分には一定の範囲は踏み込んでも大丈夫だろうと考えるので、この報道をどう考えるかってところを今回のテーマとします。
医療全般にも関わる事なんですが、80年代以降から日本では「国際化」という名の下で実質「米国標準」を政治的に受容していく時代背景があったのであり、医療や年金に関してもそれは「外資薬剤メーカー」であるとか「外資系保険会社」の存在抜きには語れないのであって、実際の現場云々とは別に政治が優先して左右されてくる部分はあるワケです。
医療の現場についても当然医師はジャーナリストでもありませんし政治的な判断など大学で教わるものでもなく、そこに巻き込まれる当事者としての立ち位置もあります。性善説や性悪説的な一元論で語れない背景はそれはあるワケで、
その全ての責任を現場の医療当事者に求めるのも酷な話です。
(※インフォームドコンセントには利用者の自己責任を担保しこれを保障する的に、医療行為が恣意的に行われない形で結果当事者責任を片方だけに偏向させない狙いもあるでしょうから。)
根本は報道なんですよね、
情報開示なんですよ。
ジャーナリズムが機能しないと本当に困る話になるんであって(だからマスコミは”公器”なんですが)、一般庶民のメディアリテラシーってのだって限界がある。
(※ここは心理学やメンタルな問題への知見ってものが一般社会にも”民度”としていかほどに求められるのか的論議にも似ているけれど、)
現代社会ですから、そりゃ”手慣れたネット検索手”であれば情報取得に困る事も無いだろうし、アングラ情報の陰謀論もあれこれ考えて「ここまではアリか」的に多角的視点の一部に検証前提で取り込む事もできますから「相当のことはわかる」のは確かですが、毎日仕事に追われる一般社会においてどれだけ時間があるかって限界はありますし(腕がよければササっと情報見つけられるでしょうがその腕前に到達するまでの時間的投資も必要なワケで)、『幾分かの見方』ってところだけは押さえておきたい。
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