2004年06月15日

いろんな意味で、「逆転」即ち『被る』

いくら自己嫌悪で、不快感の謎を封じ込めても「不快感自体は消えません」、前回話したとおり、ここでエゴはようやく次の手段を取ります。
魚のグッピー(求愛行動で戦う魚です、、確か)でさえ、行き過ぎた攻撃衝動を『他に逸らします』

『他に逸らす』
これはわかりやすいですね、『八つ当たり』と呼びます。
アメリカ映画で御馴染みの、夫婦喧嘩でお皿を割るシーン、これも『他に逸らす』の一種です。「殴ったろか」「こりゃマズイ」「バリーン!」「もう一枚!」、この行動はエゴが自分の感情を斜めから見てて「そりゃ行き過ぎでしょう」と行う『総合的には自己防衛』な行為で、極めて有効な危険回避です。

何が言いたいのか?

つまり、『攻撃衝動は、その対象が変わっても有効』って事。

八つ当たりが問題なのではありません、この『逸らす』という動機形成の機能を『無意識に使ってしまったら』、これが問題なのです。

不快感の記憶は消えません。そしてその具体的な記憶は抑圧されています。
この状態を自覚できたと仮定すると、言葉にするとこうなります。
「なんだかしらないが、無性にひどい目にあってる気がする」
『強い被害感知』です。
そして強い攻撃衝動は代謝されていない。
そして原因不明(抑圧で)
なんとなく「自分だからか」(自己嫌悪の自覚)と思っている。

このアンバランスな状態が、いくつかの流れをうみます。
■「な に か が間違ってる、平気そうな人達にイライラする」
■「すごく酷い目にあってる。『理由は自分だから(しか思いつかない、抑圧された部分を知覚できないので)』これじゃ、どこにも逃げ場(「自分の居場所」とも良く呼ばれる)が無い」
■「ほんとに嫌な感じの人が多い、どうかしてる。何で自分ばっかりこんなにイロイロ押し付けられるのか」
■「みんな私を嫌ってる、何故ってこんなに酷い目にあっている」
■「嫌な事をされたくないので、好かれるためには無理をしないと」
■「目に見える(=ステレオタイプ=みんなにわからないと意味がない)、成功をしないと全く意味がない感じがする(酷い目にあいたくないので)。なので何もしたくない」
■「誰かに思われていないと、とても不安だ。」

その全てに流れている共通するキーワードは
『被る』です。
posted by kagewari at 01:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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