2004年06月06日

躾(しつけ)について、「親子関係」

事件は風化していくのだろうけれど、なんとなく事実関係が見えてきたような気がします。
やはり殺害された少女は中傷などしていませんでした
そして殺害に及んだ少女は「何であんなことしたのか」と話したそうです

これをアニメファンだった事でくくる論評もあるでしょうが、それは一面に過ぎず、取り違えると全く話が逸れていってしまいます。
大事な事は、何が彼女を空想の世界に追いやっていて、彼女がその「救い」としてアニメだったのか、であってアニメが趣味であった事自体は、何処にでもいる普通の少女と同じです。

厳しい家庭だったようです。

「躾」って何でしょうか、そして誰のためでしょうか、
「〜家として」や「地域の伝統」「人としての信念」そんな自覚のある『望』を親が子供に伝える事でしょう。それを完全に取り違えて「体面」や、単にイライラする態度に腹が立って「〜しなさい」となったら、これは只の「暴力」です。

「躾」が本物であるのか否かの境目は
「それは違うんじゃないのか」と『反抗し甲斐のある』中味のしっかりした(根拠の明解な)ものであるのか、に尽きます。

子供には「親が好き好んで暴力を振るう」なんて解釈は出来る筈ありませんから、「なんか大事な事だとか言ってうるさい」としか理解できません、これは一見反抗しいるようで違うんです。
「大事な事」自体を否定していないからです。
『従わない自分』が自分のセルフイメージになってしまい、「自立的に何かしてみよう」という気持ちを持てなくなります。
それは『大事な事に従わない人間が何を』とのやり場の無い気持ちに支配されてしまうからです。

ただ行き場の無い「怒り」の渦がこころを満たします。

恐ろしい事ですが、「無作為の無責任な言動(偽の躾)が人を殺してしまう事がある」とも言えます。

自己表現が苦手な子だった。
そうさせたのは誰なのか、それは法廷ですら明らかにはならないでしょう。殺害に及んだ少女の今後は?担当する医療関係者の腕に委ねられるのでしょう、
とにかく、この家庭には「他人の介入」が必要です。誰かがインナーワールドと社会を繋がなければ、「現実の回復すら、そこには無い」と言えると思います。
posted by kagewari at 21:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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