2020年03月03日

確かに生物学もわかっていないこと多いんだよね(本能とかさ)

何故生まれて速攻(誰に教わることもなく)仕組まれたプログラムでもあるかのように本能は起動できるのか?
まさかDNAに記憶領域のようなモジュールがある筈も無く”謎のまま”と言えば謎のまま、
あえて言うならば、脳のレスポンス(快感物質と受容体の関係)により、事象が劇場的に過剰演出され(脳内でBGM流れてるみたいに)、一発で”本能キタコレ”の解釈に至っているのかなと、
事がアリの社会史性なんて事に及ぶとテレパシーでもあるんじゃないかと(群体並列接続DATAベースの存在すたら疑ってしまう)、それはまた不思議な世界です。

■人間の場合と言えば
(各所で書いてますが動物行動学ローレンツの言うところの「本能の壊れたサル」)
知的認識領域の拡大に伴い(そもそも”お腹見せる””降参”のような認識される事象の単純化が無い)「認知の収拾付かなくなったため、やむを得ず(抽象概念の必要から)言語が発生した可能性すらある」のであって、勿論性的モチベーションが一般の哺乳類の(通常の繁殖期を1ヶ月と見做せば)12倍に至る「リビドーの登場」トンデモ進化に限らない謎もある。

仮に本能が「二項対立以外の選択肢をもたない(二択構造)」のだとすると、
人類は「複数の抽象的選択肢が重層化する(ロジカル構造)」に至り、
もう動物から見たら「何やってんのかわからない」生き物に進化している。

●しかしネコ飼い(羊飼いと同じイントネーションで)から言わせてもらうと、
良好な関係で、長く暮らしたネコには「間違いなく自我が顕現している」、
(抽象的選択肢の存在が観測できる)
生物学的には、二足歩行の結果異様に肥大化した脳の結果みたいに語られること少なくないんだけれど、

だけれどもですよ、
「後発的可能性、食うに困らないイエネコの事例、古代からの伝説の数々」
などから考えると、
一派の頂点に君臨する”トロフィー級の個体”にはひょっとして「自立的に獲得された『自我』があったのではなかろうか」と思ったりする。
(人類を「狂ったサル」と定義するのも分かりやすいけども、この状況は「種の頂点《主とか呼ばれる個体》同等の環境が種全般に発生した生き物」と言えるのかも知れない。)

ちょっと話逸れるけど、
ネコ飼いの間では有名なコンテンツ「岩合光昭の世界ネコ歩き」でどこの回だったか忘れたが、
広大な農園で飼われているネコが、明らかに豚に挨拶に行き、豚が柵から顔出して「なんだい?」みたいな様子にしか解釈できない絵があった。
(勿論農園だから登場メンバー全員が食うに困らない状況にある)

時に例のトンデモ系の武田教授が(捕鯨なんとかの論で)「なんだかんだと欧米では野生を殺して食べる(ジビエ)という習慣が減少して畜産などの肉を」って発言してますが、
●仮に食うに困らずが自我発現の条件なら「もっとヤバい(残酷)だろ」って話ですよ

→続きを読む

タグ:心理学
posted by kagewari at 14:39 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月02日

痛ましい虐待事件の裁判の報道に思う

■過去記事で「犯罪のボーダーライン」について書いているので、
一部重複にになるけれど、
暴力行為(サディズム)は能動的行為であり(退行的行動ではあるが)、記憶にないとか心神耗弱状態などを主張する事に意味は無く(他多数刑法39条には否定記事書いている)、
殺人などの場合、結果が=犯人の動機の存在を証明しており、
裁判などで時に、意味の分からない精神鑑定からの減刑や場合によっては無罪もあり得るなど、心理学的には到底理解できないって事をまず書いておく。

※上記は心理学に知見の無い検事や裁判官の怠慢だと思っている

●また家庭内暴力についても、荒れている状況とDVや刑事事件に至るような虐待事件は「全く別の事象」であり(万引きと強盗が同じ事情である筈が無い)、
殺人に至るような事件はよっぽど意欲的な動機形成無しにあり得ない
→通り魔事件というのは存在しても、「うっかり人を意識的に殺した」などの事例は存在しないし、そもそも文法的にあり得ない(=存在しない)必ず動機の立証が可能である。

当該事件の詳細を知っているワケでは無いので、それほど踏み込んだ事は言えないが、
”家幻想”論的に動機形成におけるひとつの見立てを述べるとするなら、
「家庭」というのは、とりわけ核家族以降の世代において、法人起業で考えれば「ほぼワンマン社長創業主系企業と同じ」構造になる。
女性の側の権利意識が強ければ(場合によっては妻がオーナーになる場合もあるだろうし)、一定の牽制にはなるが(一般的には外部取締役的な干渉が期待される)、

【ここが重要】→核家族化=『共同幻想』崩壊プロセスであるにもあ関わらず、家父長(前述のとおり必ずしも父親と断定はできないが)独裁的な運用をイメージしている人物が運用すれば、
この段階で”パワハラ体質法人”って意味になります。
 ↑
大事なところなので、もう一回説明しますが、
核家族化(祖父祖母などの同居や他近親者の監督・観察が無い)=近代前後の『共同幻想』崩壊プロセスに入っているワケで、「家父長による独裁的運営」は(近代であればその上に権威上位者があることになるため一定の安全装置がある)”自動的にパワハラ体質って事になる”んです。

しかも未だに警察や児相は「家庭に深入りせず」のスタンスから抜けだせていないので、
この「パワハラ体質のほぼワンマン社長創業主系企業(=ブラック企業)」に対して、法による支配すら保証されていない。
●労働法も刑法も及ばない「ブラック企業」なんですよ。
つまり、近代『共同幻想』自体の常套句である「躾なので厳しくした」などの発言は、現代の家庭では社会学的にもう許されないワケ。
(会社の上司が部下に体罰して、指導の一環でやった←これ許されると思う?)

※「核家族以降の現代の家庭の在り方」ってのは当然別個に語られるべきで、これって労働法含む法人に対する各種法令条例と同じ事ですから。
「コンプライアンスは大丈夫ですか?ガバナンスがありますか?」
 ↑
意味わかります?


私は近代前後のガチ『共同幻想』時代における体罰体質を否定するものではありません。
(当時の『共同幻想』の思惑からして現代と違うものですから)
ですから、「体罰」だけを抜き出して(時代背景も抜きに)その是非を論議すれば、正当化できる一面もそりゃ存在します。→【当時と同じ背景ならね】
 ↑
ここは敗戦直後の会社法人においても、現代のブラック企業の何倍もトンデモ企業が山ほどあって、猛烈体質で高度経済成長に乗って今や大企業なんて会社もあるでしょう。
「そんな過去があるから、(現在は一部上場でも)倒産させろ」なんて論議はありません。
(だいたいそういうイメージ)
しかし、現代社会で同じことやったらどうなります?
社長が辞任するだけじゃすまないかも知れないレベルの社会的制裁が待ってます。

→続きを読む

posted by kagewari at 19:33 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新型コロナウイルス検査の件が簡潔にまとめられている動画です


地上波報道が現在犯罪レベルにあります
地上波のウイルス報道が”なんでもアリ”になっている件(住まいの心理学記事)
http://kagewari-retour.seesaa.net/article/473787183.html
また、SNSを中心に悪質なデマも拡大しており、
可能な方は以下動画の拡散宜しくお願いします

人の命がかかっています

(※拡散のため、管理している全てのブログに同記事をアップしています)


右派系メディア動画のため倦厭される方いるかもしれませんが、
確かなエビデンスある解説です

こういう時に右派も左派も無いと思います、動画をご覧になっていただき、
ご自身で判断ください


■また、国立感染症研究所が正式にマスコミ報道に抗議しています
(普通無い事です、よっぽどなんだと思います)

新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査に関する報道の事実誤認について
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9441-covid14-15.html

(是非こちらも併読ください)




posted by kagewari at 11:40 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

「人にどう思われているのか」ド・ナンセンス論

この話は”有料相談”の現場では頻繁に飛び交っているのですが、
考えてみれば、心理学テキスト的にどこいらへんまで書いてきたのか、ちょっと疑問なとこあるので、今回じっくり考えてみようと思ったところです。
加えて、メンタル問題に悩んでいる自我に関わらす「うっかりすると誰にでも起きる」勘違いです。


■ズバリ「承認欲求」の話になります
(「適応強迫」もその一環で派生する)

ひとつの典型例が、
全くの赤の他人に対する激怒などです。
「どこだったかの見ず知らずの人が、私のことをこんな風にバカにしているんです」
 ↑
ハイ、みなさん「何言ってるのかわかりませんよね?」
でもね、類する話は「すごーく多い」のですよ。

※勿論見ず知らずの人と不意に争いごとが起きることが無いとはいいません(ちょっとしたことでいさかいなど)、しかしその紛争を”個人を特定した嫌がらせ”であるとか、”瞬間で怨恨騒ぎ”のように発展することは無く(怒りのボルテージのエスカレーション具合により現実との乖離が確認できる)、
「何より、不良、DQN、暴力団、暴走族など承認欲求コンプレックスを抱える階層で典型的な心理現象である」ことが、その証明です。→「何見てんだコラ!」ってなるヤツですよ。


<だいたいこれ系の話に及んだ時の定番の説明は>

1)全くの赤の他人の時点で「お前誰だよ」ってことですから、
悪評も何も「特定の個人に感情リソース割くほどの”関心”が無いから」
(そんなめんどくさいことしても得することが何も無い)

2)『共同幻想』の安全保障として、
(『共同幻想』それ以外の人は全員彼らにとって”不審者”なので)
警戒感や、不安感を払しょくするため笑いもの扱いにするなどの例はあるかも知れませんが、
それは行為として、先方の事情によるもので、
個人の事情を特定したものでは【無い】
(てかお前が誰だかすら知らないから)
「あなたを悪く言ったのでは無く、あなたが(彼らの事情だと)”不審者”なので(自動的に)安全保障が発動した(故にあなた個人を対象に何らかの評価をしているのでは【無い】)」

3)そもそも対人関係のイロハ的に(ネコでもやることですが)、
赤の他人の様子を(相手が何を言っただどう思っただのと)後からコメントできるほど観察すること自体がご法度で、
「いえ私はじろじろなんて見てません!!」とかも言われちゃうんんですが、

そうじゃなくて、、、
それを認識しても目を逸らすじゃないけど(見て見ぬふり的に)”まー無かったことでいいな”みたいに(そもそも赤の他人なのだから)こちらも【無関心を保持】するのがクレバーな判断で、
後からそれを殊更に持ち出してコメントすることは得策では無い、
(クレバーの反対だから、愚かな行為を意図的にやらかしていることになる)

4)「人が自分のことをどう思っているか気になるとか」、
ドが過ぎたら、そのまんま「ナルチシストじゃん(お前芸能人とかじゃないから)」


<ざっとこんな感じになるのですが、、>
ほぼ100回説明して、100回大反論されますね(笑
「違いますっ!全部私が悪いって言うんですか!!」みたいに、

  いやいや、、どこもそんな事言ってないから、、、


●言うまでも無く「承認欲求」の元ネタは”家幻想”です
米国の保守系世帯においては今でもそうだと思いますが、
家父長中心に食卓囲んで。上位権威に対する「お祈り」の音頭の後、
「よし」の合図があるまで食べてはいけません。
(逆らえば死ぬからってことで、、)
(イマイチぴんとこない人は、極端な事例で置き換えるけど→ワケワカメなキチ〇イ上司に叱責されて《自分にはパワハラなどの知識も無く》連日クビをチラつかされてる中で連日出社している状況を当て込んでみてくれ。←もう円圏脱毛症になってるとかさ、、)

一歩間違えば自分の命に係わるのでございます。
(近代には、現代の児相のような組織もありませんから)

『共同幻想』に仲間であると認められることは子供の生存においてマストであると、
不安どころか、リアルな恐怖として実存します。

※言っとくけど、”家幻想”の本家は『共同幻想』で、『共同幻想』バリバリの近代前後は先代の姑や近所の介入によって親世代も監視されていたワケ(おかしなこともできない:欧米の場合はそれを教会が監視していた←故の問題も起きてるけどさ、、)、
本質的には「核家族」以降は(あれだけ未認可保育園などを問題にしていながら)育児の研修もしてないド・素人(親)に投げっぱなしで子供の人権管理任せてる事自体を「オカシイ」と気づけよ、、いい加減(自宅が全世帯的に未認可なっとるじゃネーか)、
俺は『共同幻想』過渡期のリスクを抱えてる事に気づけよって言ってんだわ(全親世代に育児資格を取らせようなんだ言ってんじゃないからな)←このリスクをどう考えてんのってこと

→続きを読む

タグ:承認欲求
posted by kagewari at 18:41 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(あさこさん”親の愛情とは何か”)


あさこさん
>親に愛されなかったり、虐待を受けたりした子は傷に残ったり、親の愛情を求めたり、心理的に影響が出ることがありますよね。ふと思ったのですが、子供は何故親の愛情を求めるのでしょうか?今のような家族制度でなければ親を求めるということもなかったのでしょうか?

■流石に幼児の心理の詳細は(言語能力的に)
聞き取りができないため情報的に限られるのですが、
あさこさんが記載した状況ってのは子供にとって”一種の悪循環禍”となるのです

『共同幻想』論に限らず、フロイトの基礎エディプスコンプレックスでもいいのですが、
子供は親の愛情を求めているというよりその前に「死の不安」に直面します。
(原始歩行しようと思ったらさつぱり立てない、周囲の様子を見ようと見まわすがまだ十分に見えない。なんじゃこりゃって話です。←人類ヒト科は直立歩行の影響で骨盤が変形し未熟児状態でしか出産できなくなったという仮説があります。→これが転じて異常に発育の遅いサルへ進化したのでは無いか)

ヤバいですよね(サルの家に生まれていたらほぼ全員死亡です)
鳥の例に限らず、身近な大人を親と認識する本能レベルの刷り込みは人類にも及んでいるでしょうから、こりゃいかんと(握力だけは猿並なのかな)捕まって保護を求めます。
世話されて、「なんとか生き延びる」→不安の解消と安心感の快感(脳内物質がドバー!)

つまり親に対する性愛的固着に「生存の不安」が大きく関わっていることがわかります。
(愛情の元ネタは命の恩人に対する感謝と置き換えられなくも無い”この人は神かっ”)
 ↑
なんとなく想像つきませんか?
「ガキ殺すほど邪険な親の場合、しょっちゅう生命の危機に直面しますよね?」
もっとヤバい状況が日常茶飯事
●そして問題行動起こす親ってのは(即効殺してたら後遺症もクソも生きてませんから)
気分に応じて、可愛がるシーンもどこかにある筈で、
(ここで猛烈に感謝せざるを得ないですよね)

「ストックホルム症候群」ご存じですよね、
ハイジャック事件の時に、何故か人質が犯人に協力的になったり感情移入して親和観すら感じてしまう現象です。
「閉鎖空間・絶対的生殺与奪の権威者・運命共同体・自らの死の危険」などなど、
「尼崎監禁殺人事件」などにも似たような極度の精神状態の様子あ伺えます、


■みなさんは「愛情」って言葉のレトリックを意識し”無さ過ぎ”なんですよ
(しかも妙な幻想の刷り込みで、それを普遍的なものだと宗教のように信じてる人もいますよね?)
この言葉も抽象概念であり、具体的にそれって何?って答えの無いものです。
オキシトシンのなんとやらのことなのか、ドーパミンのなんとやらなのか、
いずれにしても、子供が親に依存する様子や、親が子供に愛着する(長い時間濃密な関係が続くと愛用品と同様に何にでも愛着は発生する)様子なのか、はたまた性愛的な体験なのか(育児関係で必ず生殖器の関わる日常ありますので)、
 ↑
これね、みなさん百人いれば百通りなんだと思うんですよ。
これって具体的な定義は【無い】

●そもそも初対面で発生する恋愛感情は「確実に一方的誤解」ですよね、
(そいつが誰なのか、どんな奴なのかも知らないってんですから)
元ネタは性的興奮なのだろうか?はたまたフェチシズム投影なのだろうか?
 ↑
しかし「一目ぼれ」なんて言葉にすると、
あたかもそんな現象が本当にあるのかなと思っちゃうじゃないですか(笑
(そういうバカなところが人間の特徴でもあるんですが)

→続きを読む

posted by kagewari at 18:31 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月29日

『単独者』の雑感「人を殺してはいけない」概念が成立している”感じ”って何か


※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


人類ヒト科の世界における常識としちゃ〜”嘘”ですよ”嘘”
過去記事で紹介した「ウエストファリア条約」の話にあるように、
http://kagewari.seesaa.net/article/471325816.html
近代までの血塗られた歴史を思えば、
「ご冗談をww」って話だから

現代においても死刑やら終身刑やらテロとの戦いやら、
正当化される殺人(乃至殺人っぽい強制力)は存在しており、
(ハイ、あなたもその片棒担ぐひとりです)

●皮肉な事に
「人を殺してはいけない」概念がなんとなく成立させている背景には、
皆殺しの論理の『共同幻想』が貢献しているのです。
 ↑
ちょっとこの構造を解説しますが、
先進国における民度(権威性認知を必要としていない知的水準として)として、広範に認識されている「人を殺してはいけない」のような(人権意識や人道主義なども含め)公衆道徳(文字通り権威性では無いの意)とでも言うような概念は、
権威性を後ろ盾に(或いは神話性)それを権力として行使した『共同幻想』をフランス革命的に(王権やカソリックの神父は皆殺しだ!)打倒して獲得されたものですが(思い切り殺してるやんww)

そもそも、
まーまー生き残った人類は「ほとんど人を殺さないよね」って現状に至る合理性の背景を成立させたのは、かくいう『共同幻想』社会だったりするのです(三度の飯より拷問と処刑が大好きみたいな)。


■どういう流れかおさらいしてみると、、

みなさんもぱっと思いつくと思いますが、
生意気で賢しい小学生の得意とするパラドックスですよ。
 ↓
「どうして人を殺してはいけないんですかー」


<答えは簡単です>

「俺達、お前のような殺人を肯定しかねない連中を片っ端から殺してきたからね。生き残った人類は、そうだね〜まーまー人を殺してはいけないって考えの人になったのさ=殺人を肯定するような奴は”人に非ず(故に処刑すべし)”ってことだよ。」
「おーい、そこで偉そうな事言ったクソガキ連れてこい、血祭りにあげようぜ!!」
 ↑
上記のような荒事を(無数の間違いや勘違いを織り込みつつ)盛んに『共同幻想』が繰り広げてきた、めんどくさい事言ったら何されるかわからないって、DNAに記述されてんのかってぐらいにうん千年なのか、うん万年継続してきたって事です。

その後、『共同幻想』のやらかしが(無数の間違いや勘違い)あまりにも酷いものだから(植民地時代にはいわれなき理由から現地の民族がほぼ絶滅に追いやられるなんて騒ぎもあり)、
「俺達罪深すぎるぜ、その罪滅ぼしに首謀者(その時の『共同幻想』権力)を絞首刑にしようぜ」って、(理由はそういうこっちゃなかったんだが)革命が起きまして、
人間の英知「法による支配」で”そこをナントカ”みたいな?
戒律やドグマじゃなくて、人殺しの禁止なんて民度の問題でしょうよって(無数にギロチンで『共同幻想』権威者を殺戮しながら)現代になりましたとさ。
 ↑
現代人はそんなに酷くないっておっしゃる’方いるかもですが、
「独裁政権が倒れた後(リビアやイラク)どうなりました?」
(いまも人のすることなんざ似たりよったりですよww)


●臭いものには蓋じゃないけれど、
『共同幻想』特有の「”それ以外”は全員滅ぼすべき敵」という仕組みが(野球部ってのは野球部以外を排除するから野球部足り得るワケで)、なんとなく諸般の事情と経緯で、「人を殺してはいけない」概念が(きれいごとだけ残しておこうねと)なんとなく成立している”感じ”に貢献しているワケで、
 ↑
社会的ダーウィニズムじゃないが「生物学的にも淘汰は自然現象」と言えるのかもですが、、
(あまりに残酷な話で)
「人を殺してはいけない」概念は、無数の社会的殺戮の果てに成立したようなものである。

→続きを読む

posted by kagewari at 20:07 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月28日

「仕事のできる人」も補完しておこう

ここも前回の「教育」と被るんですが、
「仕事ができる」=(近代以降の産業革命踏まえれば)「生産性の向上」です。
皮肉な事に、ミクロな現場では「失業者を発生させること」だったりします。
(※なんとか工場で生産性が向上したので、そこの労働者半数が失業したが、そのおかげで新ビジネスにおいてその労働者が活躍し、世界は二倍豊になったとかさ、)

●勿論「生産性向上」で、生産量が倍になるってわかりやすい話だとありがたいっちゃありがたいですが、マル経じゃないけれど、市場経済最も恐れるのは「過剰在庫」ですからね。
「スマホの値段が半分になったので、普及率も倍に」ってわかりやすい場面ばかりじゃないでしょう。
(だって外食産業なんてことになると、人口×食事の回数で上限決まってますから)

てなワケでミクロで言えば(生産性の向上なんて話は)「いかにして同僚をクビにできるのか?」みたいな事になりがちなんですよ。
=誰も喜ばない
なんらかのインセンティブでも付与しなければ、生産性の向上は自然発生するとか【無い】
 ↓
これが、結論として『共同幻想』保守世界においては「仕事ができない奴でいることが正義」になる背景です。『共同幻想』は基本”円滑な再生産”が最優先で、
「変に仕事できる奴がいて、秩序乱されるのは迷惑」


でもね、そのまま放置すると(目の端に”幻滅”見えてんだから)「退屈」でしょ?
(それこそ人類ヒト科にとって忌むべき災厄)
「仕事ができない奴でいること」のままでも『興奮』がそれなりに味わえるエンタメの仕掛けが必要になります。

それが「罰ゲームの論理」みたいなものかな?と、
なんてかさ、
不条理なぐらい意味無くハードルを設置するんスよ、
「営業目標10万件!」とかね
(よーく考えたら、本当に必要なものは決まっているワケで、それ以上に売れたら”押し売り”だよね?→確かに説明不足で”必要性をご存じ無い”方への説明を営業と捉えることもできるけど、営業の現場で飛び交っている”ノルマ”ってそんな以上品なものじゃないですよねww)

「すべてのお客様を笑顔に」とかね、
「うちの役所には、待合席が無いことが自慢です。すべての事務処理を30秒以内に。」
「送りバントの成功率は最低でも9割以上に」
「いつまでかかってんだ!塗装は明日までって言っただろ!」
「ただ清掃すればいいってことじゃないよ、ピッカピカにすんの」とかさ、
或いは「稟議書にはハンコが必要です、」や「この書類30人分用意して、」などなど、
 ↑
●まーまー(落ち着いて)、
やってるやってる感エンタメのためご苦労さんではありますが、
「それって、本当はどうでもいいとこも結構含まれちゃってますよねww」
ゲームの難易度上げて(ハードからプロモードまで)エンタメ性を保持する設定ですね?
(調子こいてこんなネタバレすると、即効解雇ですからやってはいけませんよっ)


※だいたいが江戸時代に6時間も働かず、時間の約束も守らないラテン系気質みたいだったものが、何故近代化以降の方が”あくせくしとるんだね?”時代まで『退行化』させとんスか。
『共同幻想』も過ぎれば(退屈の)耐用年数迎えるので、(罰ゲームとか)趣向を凝らすのはわかるけれど、面白さのレベル低下が補えずに「労働時間延長で誤魔化す」ってのも随分な話で、、
 ↑
「皮肉な事に『共同幻想』適応社会こそ(無意識に)シューシュポスの神話になってる」
(案外この不条理が無常観として『共同幻想』論の底を支えているのかもね)

そんなこんなで、
構造的に「仕事のできるやつ」ってのが、『歩留まり』や『単独者』や「確信犯的再選択者」に限られてくるのは、「面白いと感じるポイントの差」で←ほとんど行きがかり上の話
(※間違っても人類ヒト科の組成的に『共同幻想』適応タイプより能力が高いなんてことでは
あ り ま せ ん】)
ネタバレしちゃって「罰ゲームエンタメ」をちーとも面白く感じない場合、
「逆にオマエラ何やってんの?」に転じるから、
俄然(そこにイラっときて)「生産性向上」ネタに走ってしまうってだけの話です。
(衣食住問題超えちゃっているから、その生産性がいかほどの役に立つって事も無いしww)
 ↑
確かに「その様子は仕事はできる人」なのかも知れませんが、
うーん果たして(罰)ゲームチェンジャーであることが、社会的に好ましいのか、、
単に迷惑な人なのか、、そこの評価は置いとくとして

→続きを読む

posted by kagewari at 15:46 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月27日

前の話を引き継いで「教育の意味」を考える

教育なんざ後発的に獲得されるものだから、何を選んでって偶然だったりいきがかりみたいなものだけれど(ある意味全ては腐れ縁)、『自意識』が仕事するための道具仕立てとか(文系なら理論武装でもいいのかもだけど)まじないの装飾みたいなものかなと思う。

番頭さんにはソロバン、サムライには刀、兵士に銃、サラリーマンにPC、文系学生には辞書、理系学生には方程式、野球部員のバット、などなど”それが’無い事には”始まらないワケですが、
「何が始まらないのか」って、人類ヒト科も動物ですから「生存」ってことですわね。
●そりゃあ本来は、原始時代のこん棒だとか矢じりだとか、農業の鍬でもいいですが、本能にも近いところで誰にも「そうだよね」と(ナチュラルな共同幻想つーか)わかりやすかったのだろうと思いますが、
 ↓
そもそも衣食住なる生存権をとっくの昔に踏破してしまった先進国住民の場合、
「退屈したら死ぬ病」の克服ってのは(その先進国になった梃子でもある文明の)その先の意味など考えない探求なり思索なり「見えていないだけでまだまだ面白いものがあるだろう」って関心になります。
(だいたいが、何もかも面白くなくなったら発狂しちゃうんですからww意地でも面白くなくちゃいけない)
否が応でも無理難題でも押し通るために(それぞれの分岐先で壁になってるものがござんしょ?)
ピッチャーやるならボールが必要だし、キャッチャーやるならミットがいり様でしょ?
(もう衣食住から随分遠くにきちゃっているけれどww)
■多分、「教育」ってのは
今更見つけても発見でも無いものを知識として「もうあるからね」って、後から失望しないように知った上で(何も知らないで3.14発見して、後から何百年も前からわかってっからなんて事になるとさ、せっかく獲得した興奮が冷めるどころか一発で鬱になるほどトラウマになるかもしんないじゃん)

「そこから先が現代の面白い事になってるから」と、親心と言いましょうか、
道案内ですよ。
映画や小説で言えば、これまでの経緯”あらすじ”を教えて「ハイここからプレイ開始です」のポイントに連れてくるって事かなと。

結局後年になればなるほど知らなくちゃいけない事が多くなるって絶望的なとこはありますが、
(※仮に歴史家志望の場合、そらね1千年前に生まれた方が覚える事も少ないからww)
”いっちょあがりなことはまとめっちゃって”まーなんとか直近の出来事ぐらいは知っておこうか的な要約技術もあるのでしょう。
(近代の拷問残酷物語とか知らなくてもいいことになってちゃったりもしますが、、)

→続きを読む

posted by kagewari at 16:51 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




comments他

・コメント欄は『公開掲示板』同様に原則削除禁止です
(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

・SPAM対策として一部キャリアからの投稿がIP規制の対象となってます
(同規制キャリアから登録抜けによる投稿がある場合、投稿は自動削除されると同時に規制IPに追加登録されます)



現在コメント欄閉鎖中 (2014.7.26〜)



LINK
□ダークサイドオブkagewari(ミラー)
■retour&Retour
□etc;;Blog

kagewari01
Amazon












































タグクラウド
RDF Site Summary
RSS 2.0