2017年09月23日

『結果論』(基本用語のまとめでは無いのですがそれ系で)

心理学の原則論として時折取り上げている「結果論には関係が無い」ってのがあります。
(少々文法的に怪しい部分もありますがww)
その意味はかなり深いので別項で説明しておこうと、このような趣旨です。

●用語集リンクにもオマケ的に追加しておこうと思います。

話の始まりは「パスカルの賭け+人生は賭けである+賭け事の結果になんだかんだ言うものじゃない」あたりになります。

心理学というより生物学的な始まりは、人類ヒト科特有の過剰なまでの動機形成は(年中繁殖可能とすることにより繁殖期における過剰な動機形成を常態化し進化した)、
勿論その進化の意図は生存するためですが、文明化を得て先進国化に至る現代社会では全くその意味を喪失し、趣味や実益と言ってしまうとアレですが当初目的にあった方向にその動機形成を発揮する必要性は無くなりました。

経済学によれば、高度経済成長期を経て過剰な資産状況となった時点で(需要不足となり)、公的な所得分配による”金を回す”ことが求められ、所謂GDPで言う生産に従事する事が国家の生存に関わる状況では”ありません”。むしろ生産能力は需要に対し過剰であって、労働では無く消費こそが求められる時代です。

社会学的に言うと、前述までの背景事情は、勿論の事組織的安全保障・生存手段としての『共同幻想』の必要性と深く関係しているため、極論『共同幻想』の幻想性から言えば、それ以前から「本筋結果論に関係無い法則は成立している」んですが、、
ま、そこは話の筋として外堀埋めておくほうがわかりやすいだろうと。

■そして心理学です、
とりわけ実存主義哲学にも関係性のあるフロイト心理学の場合、
経済学同様に「この欲求をどうすんだよ」という循環する代謝の仕組みを注視しており、「その欲求に基づく動機形成により、その先何をしたのか」の部分には全く関心がありません。
実存主義的に言えば『シューシュポスの神話(神に命じられて意味の無い岩転がしを一生続ける男の話)』で何ら問題無いのであり、人類ヒト科が各人「どんなによかれと思ったとしても所詮それは主観であって(『共同幻想』を幻想だと論じている時点で道徳も倫理も”幻想”なのですから)、仏教哲学ではありませんが、何をやったとしても所詮煩悩の振る舞いを超えない」っつー判断です。

米国大統領になろうが、ホームレスであろうが、殺人犯だろうが、聖職者だろうが、その結末には何の意味も無い(所詮普遍性をどこにも担保できない幻想ですから)。
重要なポイントは「お前はその欲求をどーやってんだよ」って話なワケで、

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posted by kagewari at 22:48 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

現実問題「左翼『共同幻想』思想」そのものは終わっているので

「どうしてもタイムラグがある」
歴史において避けられない話だけれど、社会学的に完全に終わった概念も(やれ反動やらも起こすのであり)引き際にひと騒ぎ起こしてなどという誰のためにもならない状況になったりする。

代表例のひとつに成人式なんてものもありますが
(不良が暴れるぐらいならとっとと辞めちまえってのバカらしい、今何年だっての)
●「意地でも消えない左翼政治思想」ってのがなんといっても社会的影響も大きく、大変困りものの代表格です。

実際活動家の諸君もマルクスの資本論そのまんまなんて思っている人いないだろうし、間違っても毛沢東思想で造反有理!みたいな輩など探さないと見つからないでしょう。
そもそもが日本の共産党ですら「そのまんまの共産革命?」みたいなスローガンをほぼ取り下げているし、国際的には勿論ソ連の崩壊により「もう結論は出ている話」です。

ところが、
『共同幻想』なんてものは、一歩間違わなくても「強迫と依存」により成立しているのであって、権威の実態が壊れてしまっても、末端の構成員のメンタルまでガラガラポンでアップデートされるワケも無く、「宗教教義やその権威を失った信徒の群れだけが彷徨う」ような”過渡期”が必ず発生します。
「何を求め、何を理想としているのかすら全く謎の集団」
ただひたすら当時のプロパガンダやスローガンのキャッチコピーを連呼し「私達がいる限り決して消えることは無い」みたいな、『共同幻想』論的には到底あり得ない論理の中で(困った事に一定の組織票としての実力を残しつつ)「行く先の無い闘争」が繰り広げられます。

■日本の政治状況から言えば、
「どちらか言えば新保守系であった大阪維新」がみんなの党やらを糾合しつつ民主と合体し、場合によれば自民党よりリアルな憲法改正をかかげた政党ができていても”おかしくなった”。
(現在の維新と民進党の不毛な対立は一部の政治お宅の感心こそ引いてますが、ほとんど報道される事も無く、税金の無駄でしか無い状況に陥ってます。)
何がどう転ぶと(てか釣り人オザーさんが仕掛けてるんだけど)「民進党と共産党でネオ左翼」みたいな事になってしまうのかと。
「シナリオ真逆じゃネーか(笑」
(釣り人的には新進党の時の社会党みたいに「それから共産党に左翼思想を捨ててもらぅてリベラル・リアリズムに転換し」という事なんだろうけど、、流石に難しいところあるでしょう。)

結果として、野党保守派議員は小池知事率いる日本ファーストに期待しているのかもしれませんが、有権者の反応は「東京ファーストの国政進出は期待しない」のが数字的に大きくてですね(そこは大阪維新と同じなんだわ)、野党保守派議員はジリ貧と、

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posted by kagewari at 20:18 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月08日

不謹慎な発言だが「大ススペクタクル」が待っているかもしれない

俺らの世代には確率論的に戦前世代よりレアな事が連発している気がしている。
何分歴史ってものの確率論は個別事例なので統計しようが無いと思われるので、果たしてその認識が正しいのは俺にもわからないのだが、
がしかしだ、
阪神大震災やら湾岸戦争や民主政権交代や9.11、そして東北震災と原発の爆発、
これだけでも相当のものだと思う(ゴジラのヒットもそこに含めていいかも)。
転換点なのか否かさっぱりだが「そして北朝鮮の核だ」、
否が応でも、ただごとじゃ済まないと思っても仕方が無いでしょうに。

さて、シナリオはいくつかあるんだが、
(有力どころとして半島情勢において最も信頼できる評論家の鈴置氏曰く「中国は半島統一を望んでいない」点を米国が”内諾している”ってところが鍵かも知れない。)
ロシアとしても、武装解除後且つ統一されていない北朝鮮が存続さえしてくれれば文句は無いだろう。ポイントになっているのは(制裁などに消極的な国は)「各国米国の軍事力行使により北朝鮮に親米国傀儡政権樹立されることに危機感感じている」だ。
しかして、
米国は北朝鮮に何らかの権益を望んでいるかと聞かれれば?
「全くその意思は無い」
(ここに猛烈に反対なのは韓国って事になるが、現在韓国は米国から全く信頼されておらず、米国は青瓦台の意思を忖度するつもりなど微塵も無い。)

状況を整理するまでも無く、
強硬な経済制裁にしても、軍事力行使にしても、北朝鮮に親米国政権が登場するとか統一朝鮮が成立するので”なければ”、各国何でもアリな訳で、
この点既に米国の意思は固まっていると思う(半島など好きにしてくれと)。
特に、安倍政権による各法制含めて日米同盟が深まっている現状は米国のリバランス政策としても好ましい事で(太平洋防衛ラインとしてグアムと日本があればよい)、朝鮮半島に基地を維持する必然性すら朝鮮戦争国連軍としてのメンツぐらいのもので、既に意味を失っている。

■話をややこやしくしている背景のひとつは
(どうしてそうなるのか、まいろいろ論議はあると思うが)朝鮮半島の各政権が半島の地政学的価値を過剰に認識していることで(現代社会のどの勢力が半島を足場に大陸進出の計略を持つと思っているのかさっぱりわからないのだが)、
韓国の見当違いな幻想も、北朝鮮の過剰な警戒感も「半島の地政学的価値から誰もがここを狙っている」という、あり得ない発想からきている。

だとすれば、
米国が「マジ、ほんと興味ないから」を鮮明にすれば(米韓同盟の解消)外交的解決もあり得るのかもしれないが、北朝鮮の軍事ドクトリン上「米軍が撤退すれば南進」って事になっている点と、
●なんだかんだ北朝鮮が核兵器を開発してしまった現状、
「外交もけっこうだが、どうすりゃいいのさ」後戻りできない構造にある。
「失敗して米国に核が落ちたら責任取れんのか?」に答えることのできる奴いないだろうし、
(韓国中立化による米韓同盟の解消を「朴槿恵政権時に中国の軍事パレード参加した時」にでも断行していれば違ったのかも知れないが)
既に「倒錯した論理で意味不明に喧嘩を売る北朝鮮と米国のタイマン」になっているからだ。
(意味不明な北朝鮮の動機は更に米国民を不安にさせるだろうし)

論理的に考えて、
「軍事オプション以外考えられない」
(反対する中露には別途仁義切れば済む話だし)
状況はマスメディアの報道以上に切迫している。



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posted by kagewari at 15:28 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月02日

用語解説『歩留り』選択の補完

(当該記事リンクは基本用語まとめ『歩留り』選択記事にも貼っておきました)

前回の引越し足枷論を考える中、発見したところあり、
『歩留り』選択を補完するテキストをアップする事にしました。
何に気が付いたのかって、あれこれ「抗い拘る『自意識』の視野から外れるどうでもいいこと」がその歩留り論の特徴で、頑なに抗い続け(音符まで否定する音楽論のように)そもそも概念として意味の無い領域までいっちゃうパラドックスとの比較です。

民族差別問題は例外事項なので横に置いておくとして、
●人種や生まれた土地にすら強硬に抗い?
こうなってる段階で「それは強迫的思考であり『歩留り』論にならない」ワケですが、
(『歩留り』論成立要件は、用語解説テキストにあるとおりで基本『単独者』的である事)
付け加えると「そのどうでもいいID帰属関連の事象に悪感情は無く、むしろ好意的に認識している」事になります。→それ故に「どうでもいい事」として『自意識』の関心事項から外れる。

そしてこの素朴な好感の延長にナショナリズムなどもあり得るのだと
元ネタを自己愛と定義する事もできると思いますが、
心理学的には「どうでもいいこと」「そこに興奮を伴わない」「悪い気はしない程度の好感水準」などから”自己愛とは違うだろ”と考えるワケです(あり得るとするなら広義の自己愛みたいな話でしょ)。

たとえば、
■海岸沿いの街に生まれ、ベタベタする潮風は慣れた環境の一部であり(セーフハウスのような概念を連想させるフラグ)、別に潮風が大好きとかそういうのは無いが(日常なので感嘆や勿論興奮することなどない)、「故郷と言えばあの潮風を思い出す。」
(なんだが言語学のメタファーがどうしたみたいな論になってますが)
 ↑↓
これに対して、潮風に何の因果も無いのに強硬に解消すべくまい進し、潮風の無い海岸に大規模公共工事を行った場合、その海岸を連想させる有為な個性は排斥され「ここはどこですか?」状態となってしまう。
「これは個性の否定であり、、、」

『歩留り』論における「静かな好感」はすべからく(自己愛では”無く”)、日常性(自己実存を成し得ている生存環境)に対する肯定感でしょう。遠回りしていますが自己実存の肯定感に通じる鍵です(故にあり得るとすれば”広義の自己愛”)。
自己の生存を肯定することは説明するまでもなく「至極自然な事」なので、『単独者』的に現実を自然に認知している場合、取り巻く環境に対する”静かな(『興奮』を伴わないの意)肯定感”として『歩留り』事項もそれなりの規模で発現する”筈”で、、、

●さてここで論理矛盾です
『単独者』の概念とは『自意識』による自由獲得のため現実に対し抗(あらがう)様ですが、
おのずと『歩留り』事項も発現する(敵と味方を分類しているワケじゃないけど)。
前者は自分の色が拡大しているのに対し、後者は自分の色が縮小してもいい枷(保守性)が拡大している。
『単独者』の概念として、この両者はどこで合理性が成立するのか?

政治意識における「保守リベラルなリアリスト」そのままですね(笑
「保守・革新どっちなんだ」みたいな、
そこはそれ、保守リベラルの政治意識として”リアリストである部分”が合理性の鍵なのだろうと。

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posted by kagewari at 18:34 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月28日

引越し騒ぎで大変な事に

様々な状況が重なりまして、引越し”騒動”と相成った次第です、
(不動産業もやってますが個人的には無精なので引越しは大嫌いです)
これがまた賃貸契約上ネガティブな部分もひとつやふたつでな無いので「条件合えば即決」な勢いで話を進め(そこはプロ同士なので「内見前の申込みで全然OKだから」的な)、
これがまたイロイロありまして、、過労で死にそうなんだと(笑

まー、そこは(ネガティブばかりでは無く)、嘘かホントか子供時代図画工作に突出した評価も得ていたという話もあり「頼まれてもいないのに必要以上の事やってんじゃネーよ!」な状況からくる自業自得な部分も多数なのですが(結局ネガティブになってんじゃネーか)、
こういう状況になると「縁」の”くびき”というか、なんだかんだ現代で生活していることの時制も含めてどうにも自由にならない(殊更そこ自由に選択で来てもたいした意味も無い)ID的な基礎的帰属が存在する事がわかります。

ここ無限に所得があっても変化ありません、
不動産に関して都市部の更地なんて極めて限定的数量しかなく(この段階でもう無限に選べるとかあり得ない)、「海における自由」も海流に抗(あらがう)みたいな闘争はあり得ても、行き先に存在する小島や大陸を破壊してでも直進するなんて概念になると「海の自由」を越えちゃっていて「自由な政治選択とアナーキズムの混沌は違う」的パラドックスに行きつくのであり、この限定性も又現実の存在証明となるのだから、”優柔不断な普遍性”みたいな類の話です(それ以上不自由探しをしても意味の無いボーダーライン)。←音楽の自由を求めて音符も楽器も捨てると音楽の概念を否定するのと同じで本末転倒になる話も同じ(フリーJAZZのパラドックス)。
「自由が自由として成立するための『歩留り』のようなもの」でもあるのでしょう。

この基礎的限定性は自己嫌悪でも無い限り(縁としか説明言しようがないため)当事者悪い気もしないものであり、延長としてナショナリズムなどの概念にも行きつきます。
基礎的『共同幻想』と呼ぶ場合もありますが、幻想でも無く概念でも無いので正確には『共同幻想』では無い。「どこからどこまで」って線は個々人によって違うので(そこから先は当事者『自意識』も気にしていないならそこが『歩留り』線となり)比較的どうでもいい個性差発生の一部でもある。

■ここからが心理学ですが
この『歩留り』線が”見えず”、
何か自由に変更可能であるかのように(挑みかかる余地が無限にあるかのように)妙に固執している場合(どこやらの住所のこういう建物の所有者でこの国籍の何時代の人間じゃなければ気が済まないとか)、それは現実が偏向しているのだから『偏執』となる。
ありますよね?基礎的帰属をやれあーだったらこーだったらと何かの言い訳にする人(才能がないからとかもこの仲間でしょう)、
皮肉な事に基礎的帰属にまで抗(あらがう)って言うか(本筋無意味になるボーダーラインを越えちゃって)話がパラドックスになっちゃっている場合、本来抗(あらがう)べきポイントがこの言い訳でやる事が無い話にまとめられてしまい強迫性の証明となる。

てことは?
『歩留り』論というのは存外に重要な話なのかも知れない。
但し、前段説明のとおりで通常ここは”優柔不断で比較的どうでもいい線引き”なので、殊更にその「無意味な帰属性」を深刻に考えても意味が無い。
ここって「メンタル問題などというものにも明解な基準など無い」(あくまでも当事者の”問題意識の有無”によって決まる)話に共通しているのかも知れない。
 ↑
ここの部分はトンでも無くめんどくさい話になるので、今回はここまで。



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2017年08月19日

雨が降る日はよく眠れる

いい加減な定型句みたいな言葉をなんとわなしに使っていたりするのですが、
「モノが壊れるといいことがある」に続き「雨が降る日はよく眠れる」ってのがあります。
どこから聞いたのかどこで読んだのか自分で思いついたのか覚えちゃいかませんが、雨風しのげる部屋があって、外は雨で面倒な事になっているのに室内で安穏と過ごしている状況が平和の有難味を感じると申しましょうか、睡眠にとって邪魔になる余計な思考や不安感を鎮静化させてくれるって筋立てです。

雨が降っているだけで何も現状に変化が無いワケですが(笑
既に手にあって見えなくなっているもののひとつに平和があります。なんだかんだと今日も雨風しのげるセーフハウスはあるんだなと、気づかせてくれる。
どうでもいい不安要因なんて、その気になればナンボでも思いつけるのも人間でありまして(不安症なんてのもその典型で)、自分でやらかす杞憂の反対に「雨が降ってしのげる住まいがクローズアップされる」状況は半ば強制的に「なんだかんだ安全確保されてますが」を証明してしまう。

アホみたいな話なのですが、人間の脳は『興奮』を伴わない常態を重要情報として挙げません。
不安で興奮状態にあれば(環境的にはかなり優位にあぅても)「大変な事になりますよ」って話に”なってしまう”のであり(そこが認知構造のやっかいなところで)、第三者が「相対的に言えば何不自由の無いかなり幸福な状態だと思いますが」と論じても全く意味を成さなかったり。
「そんなこと(余計な不安など)考えても意味ねーだろ」とか自分でもわかっているのに脳内興奮フラグに負けてしまうのがまた人間の自我であると。

自然の法則に(いいように)振り回されている感もありますが、、
似た事例に食欲関係の事象もあります。
脳は(苛烈な自然界で)生き残るため、高カロリーな食品を咀嚼すると興奮物質が出る仕組みになっておりまして(甘味や酒や肉など)、この興奮フラグで「美味い、またの機会があれば必ず」みたいな記憶付けを行います。
文明化以前であれば、ありがたい機能ですが(高カロリー機会を見逃すな)文明社会においては肥満フラグとなります。
「食うのに困っていなのだから、高カロリー食品は控えろよ」とわかっていても、興奮フラグを脳から追放する事はできません。
(そこはストイックに意思の力でって事になりますが)
 ↑
ちなみにメンタル問題における摂食障害関連に見られるアレコレは食事に関係して脳が興奮物質を出し入れしているからで(所謂欲求不満と興奮代謝のなんだかんだに関連しうる)、

そんなひと時に
「あー今日は雨が降っているのか」感じられる平和は(自然界の法則的にも)「こっちの刺激をもう少し増やしてくれよ」などと思ったりもしますが、
本来の弱肉強食の自然界においては(文明社会で暮らすのは人間とペットぐらいなものなので)そんなテンションじゃ生き残れんぞってなワケでして、
文明獲得常態化の進化レベル変化まで(これ数万年かかるかと)、人類は「ここは意志の力で」な『自意識』ご苦労様な場面が消える事はないでしょう。



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2017年08月12日

基本用語のまとめ(6)「強迫心理」

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
新規閲覧者の方にとっては「何のことですか」ともなり兼ねない頻繁に使用されるいくつかの用語を別カテゴリーでまとめておこうと考えたものです。
(重要項目なので予告なく編集される場合があります)

■フロイト心理学的には『抑圧』の方が重要なのかなと思いますが、
「”状態”か”構造”や”構成”か」と考えた場合(フロイト心理学からして構造主義って評価もあるぐらいですから)、図式として抑圧を行う対象である「強迫構造」をメインに据えた方がわかりやすいだろうと(敵が誰なのかはっきりします)、「強迫心理」を「ぐるっと回って『抑圧』を説明する意図」で使ってます。
説明するまでも無く強迫心理により『抑圧』されているのは”中の人”である『自意識』です。

「いやいや人の自我の中身はどうなっておるのかね「強迫心理」なる人物もいるって話は違うのじゃないか」なご意見あると思います。

その通りです。

「強迫心理」とは、固定観念などの言語で知られる”概念”であり、そういう”中の人”が共存しているのでは”ありません”。
たとえば「牡蠣にはレモンだろう」みたいな”定型”、
或は常識論として自我を拘束する(=『共同幻想』です)概念も同じ。
●ぶっちゃけ「強迫心理」の元ネタはズバリ『共同幻想』です。
『共同幻想』からして、組織運営維持のため個人を従属させる概念ですから、重要な機能として”強迫的強制力”を保有してなくちゃ話になりません。
それがダイレクトにメンタル問題とならないのは「その概念が(権威性や多数決や偏差値により)目的とする対象社会において合理性が”名目上”保たれている(”概ね”正解である)」からで、
そこに『抑圧』がかかっても約束されたインセンティブ(利益誘導)により帳尻が合うようになっとると、こういう仕組みです(昭和で言えば「炭鉱町には大規模な飲食店街も栄えていたり・ハードなサラリーマンには結婚相手の事実上の斡旋」があったり)。

●さて、上記の合理的強迫性と、メンタル問題に至る「強迫心理」の違いは何か?
子供時代に刷り込まれる『共同幻想』なんてものは誇大性や妄想性に満ち満ちてます。
「先生に言いつけてやる」だとか、
「それは法律に書いてあるんですかあ」だとか
「何時の話?何時何分何秒!何時何分何秒!」などなど、
強迫性をかさに着て(大人社会で言うならば権力をバックにいばりちらすように)子供特有の強弁ふるったりなど、無茶苦茶なワケです(強迫性の更にその根拠は権威性なのでそれを誇示すると”権力をバックにして”などの図式が成り立つ)。
勿論その方便の強制力は自身にも及んでおり、権威性証明のため過剰に友人関係に翻弄されるなどの問題を併発する(組織構成員の地位を失うことは”ケツ持ちを失う芸能人”同然ですから)。

当然の如く「ハンバーグって本当はお肉で作るんだね」と涙ぐむ姿にあるように、
大人社会に意図的に(便宜的に悪意では無く)騙されている事実関係もあるワケで、
(ここが反抗期における「クソババア」などの暴言に転じるのですが)
刷り込まれてきた様々の概念をガラガラポンでリストラしなければなりません。
サンタクロースの件もそうですが、思春期において決定的なのは、
「子供はSEXしたからできるんだね(両親SEXとかしてやがったのか、、)」
に代表される、子供故にタブーとして伏せられてきた事実の開示です。

子供時代の幻想は(ヒーローになる夢も)ガタガタと壊れ、
現実を前にして大人バージョンにアップデートされます。
■この時、
「ほんとうはかくかくしかじかなんだろう」と不良的アウトローな行き過ぎは厳しく叱責されもするのですがその程度の事は進行の障壁となりません(ぜいぜい青春の彩り程度で)。
この辺のやりとりが’”何らかの事情から回避されたり旧幻想がモデファイされるだけで”旧幻想のネタバレ崩壊を伴わない場合”、
引きずられるようにトンチンカンな子供概念もそのまま温存されます。
(その代表例がフロイト心理学を代表するエディプスコンプレックス「お父さんは絶対神でお母さんは女神なんだね」「僕の選択が認められない時には殺されちゃう《死ぬしかない》んだね」)

極論すれば、
「自分もいい歳なので、まさかサンタクロースがこの世にいると思っていないが(商業主義の捏造であったり『共同幻想』のインセンティブ演出であることもわかっているが)、クリスマスには凄くブルーになる」←これは間接的に”『自意識』ではいないとわかっているサンタクロースが、どうしても本当にいるんだと”思ってしまう構造”と言い換えることができる(素では思ってもいない事に振り回される)。

なんの事情があって云々は精神分析の出番となりますが、
今回のテーマは用語説明「強迫心理」です。
事情はともあれ、ここでは「どうして強迫性が『自意識』の上位概念のように振る舞うのか」を以降詳細パートで説明していきます。


<語彙的には>
”中の人”『自意識』が思う事をくじき「こうでなきゃいけない」と強制する概念の事。
重要なのは、そもそも『自意識』が思う事すらそれ自体を抑圧し(想像する事すら禁忌だみたいな嫌悪感のような要素も込みで)、実際自分の本音はどこにあったのか?すら経験・体験的にも蓄積されず『自意識』の交渉上の引き出しというか、経験値がまったくダメダメとなってしまう可能性で、「強迫心理」解体後も、自我が安定軌道に入るには(『自意識』体力回復のため)一定のリハビリ期間を必要とするところ。


<詳しい解説は以下>

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posted by kagewari at 09:43 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

先日の用語説明『抗(あらがう)』のちょっとした関連事項

前回投稿で「西洋は『共同幻想』カチッと入る事情もあって反抗する上で抗(あらがう)人が、何気にカッコよくなければいけない事情もある」みたいな話があります。
ここんところを補強しておこうと思います。

■岸田心理学最大の特徴が(神様では無く世間様=宗教権威では無く慣習法的巷の常識)『共同幻想』論にあるように、当該社会の権威性の質に応じて反抗期に意識されるハードルのイメージも随分違ってきます。
個人心理学においてはそれこそ「強迫心理」に至る場合も出てくるのですから、(本来は幻想に過ぎないのですが)初期認知される『共同幻想』のコアとなる「権威性」が各個人の自我に与える影響はとても大きいものです。

「よく似た人物だったのかも知れないのに大きくすれ違う事例」
●代表例は嫌煙の仲としても知られる「三島と太宰」でしょう。

説明するまでもなく「みたまんま」ですが(笑
どんな事情があったのかつまびらかに知りませんが、
三島には神々しく輝く権威が見えていた(或は知っていた)。
故に超人思想に辿りつくニーチェよろしく、そんな権威を前に自己の実存を確かめるためには(生きるために)、英雄でなければならく”なってしまった”。

これに対して、日本のサリンジャーとでも言うべき太宰が知る権威は、皮肉たっぷりに批判もできるどこにでもあるベタなおどろおどろしい世間様であり、
太宰にはどこにも英雄志向みたいなものは無かったし、大槻ケンジ君ばりの「ダメ人間の発見」あたりは当然視野に入っていたと思う。
しかして、この時代は『共同幻想』も黄金期です。
(黄金期の『共同幻想』時代は、そのなんとも甘美なインセンティブと夢のような幸福に彩られ、これに対峙しようとするなんてね「考えるだけで死にたくなってしまう」のでしたww)

喧嘩していたぐらいですから、
■互いに腹の底が見える(気脈の通じる)仲でもあったのでしょう。
現代社会から見れば実に残念な話でもあるのですが、
どちらも「バカ」なのであり(笑
「もうちょっとどうにかならなかったのかね」と言いたくもなるのですが、
激動の時代、市井の民の人生などちっぽけなものでもあったのです(人では”無く”『共同幻想』こそが主役の時代ですから)。

●思うに、戦後のハイジャック事件における「人の命は地球より重い」発言以降、庶民の間でも「プライベートだとかプライバシーってもっと堂々と(なんとやら)」みたいな時代の転換期となり、
かといって、フランス革命のなんとかのように、ニーチェじゃありませんが旧時代の貴族の真似事などに興じたり鶴田浩二先生などが嘆き悲しむ事に至る訳ですが(進歩派パンクの人気バンドの歌詞も「二人のSEXサイコー」みたいな体たらくで)、
なんか特別な趣味人みたいにならないと”カッコ悪いのだ”のように意識してしまうと(この段階で強迫性にあてられて足元救われているんですが)、どんどんよれちゃったりします。

バカはバカなりにバカでいんですが(権威に対峙する個人なんですから賢人風なのもむずがゆいでしょうに)、
なんでしょう、この「裸一貫バカ勝負」みたいな人生も案外ハードルの高いものでww
(照れくさいので)カッコいいスタイルで身を守りつつってスタンスも(『歩留り』的なら)OKなのです。「60年代からバブルの時代まで『単独者』の半数以上がサングラス愛好者だった」なんてある筈もありませんが、まーねそんなイメージでしたよ(座頭市シリーズもそこ暗韻踏んでるのじゃないかしらね)。

現代社会は、ラノベ世代のように「プライバシー空間が異世界モノまで拡大」しちゃっても全然アリなのであり「身近な現実に右往左往するのもなんだか粘着質だな〜」なんてカッコの付け方もあるのでしょうね。

随分ひどい事が起こって激しく落ち込み涙が止まらない状況においても「ほんと全然大丈夫だから、大丈夫な(設定な)んだって」とワケがわからない笑顔を作るのも人間であります。
何でしょうね、
肉体であるご本人はサングラスで武装できても、中の人には身を守る衣装みたいな筋立てが無いのかも知れません。「自我には自我なりに辛い(ウエットな)ところもあるんだぜ」って話でしょうか。



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posted by kagewari at 08:21 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

基本用語のまとめ(5)『抗(あらがう)』

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
新規閲覧者の方にとっては「何のことですか」ともなり兼ねない頻繁に使用されるいくつかの用語を別カテゴリーでまとめておこうと考えたものです。
(重要項目なので予告なく編集される場合があります)

■そもそもの始まりは実存主義哲学だったりします。
「反抗的に生きる」でしたっけ(笑
元ネタとなる実存主義がどーしたこうしたって考えていたのもかれこれ30年以上前なので、記憶も定かじゃありませんが、不条理(現実)を前に実存する事は即ち反抗であり、すべからく能動的に生きる様というのは反抗する姿にあるのではなかろうか的なね、
まーそんなところからきておるのかなと(実存主義が盛んだった時代はベトナム反戦などもあり知らない間に左翼リベラルのなんとやらに化してしまうアレもあったワケだが)。
そんな訳で出典は実存主義哲学ですが、
心理学で使用している『単独者』に哲学的意味はありません。岸田心理学における『共同幻想』と思想家吉本隆明氏の「思想としての共同幻想」に直接の関係が無いのと同じです。

心理学的に反抗と言えば『反抗期』です。
この時に何が行われているのかといえば”既成概念”であるとか”鵜呑みにしてきた権威性認知”であるとか、子供特有の”現実との乖離(ヒーロー幻想やヒロイン幻想)”などなどの解体と再構成です(現実アップデート)。
この姿は「あるべき自分を模索し続ける様」そのものであり、
『単独者』の概念も実存主義からきてますが、
受ける圧力や不条理に対して(被害認知と真逆で)『抗(あらがう)』ってスタンスです。
勿論この姿は『自意識』がギラギラとなんとやらしているのであり、そこに実存があるのだと。

人間に関わらず全ての生物は、海流や自然現象や飢えや疫病や縄張り争いや水を巡る争いから空気を吸うことから寿命が迫ることなど何からなんでも「迫りくるものに対し抗(あらがう)こと」で、自由(生存や実存)を獲得し確認もする。
●極論、生きる(自然・ナチュラル・生物のデフォルトな状態)とは現実を前にして『抗(あらがう)』様である。

<語彙的には>
反抗的な様って事だけでなく、ニュアンス的には戦うだとか屈っせずだとか自ら川上へ風上へみたいな挑みかかる様子でもあるのですが、実存主義的に最も重要なのは「理由も無く」でなけばならないところです(単にそれが自然なことなんだと)。
金のためでも地位のためでも無く、風が吹いてくれば風上へ、波に押し戻されそうになればさらに沖へ、そこに山があれば山頂へ、
 ↑
そこまでやると「自然じゃネーだろ」と思う方多数でしょう。
「それは人類ヒト科だからら」なのです(以降詳細へ)。

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posted by kagewari at 23:54 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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