2020年02月08日

『欲望』「これが欲しい」の「”これ”はいつ決まる?」

「欲望」と「欲求」の違い
●言語学がアレなのでそれほど確たる根拠の話では無いが、
ここの論議では便宜的に以下に分類してみる

「欲求」は食欲のような対象は未確定なまま(”何か”が食べたい)
「欲望」は”これ”が食べたいと本指名がある(どうしてもマンゴーが食べたい)
 ↓これには更なる活用があって
「渇望、羨望、、、」後ろに”望”つくと何やらめんどくさくなるのがわかりますね。
 ↓
最後は「どうしてもマンゴーでなきゃ嫌」となる(この段階になると一種の病理的心理ですわな)

※間違っちゃいけないのは「フェチシズムとの混同です」
フェチってのは『歩留まり』に似て「何々に弱いと自覚されている性癖」ですから、
結論、「何々でなければならない」って言葉を吐いてるのは『自意識』共犯だったりします。
故にフェチシズムの場合趣味性も相まって、この「何々」は変遷する事もあるワケです。


●これに対して「欲望、、、渇望、羨望」活用ってのは、
しょっぱな活用前の「欲望」が「強迫心理」系(無意識的と言ったのがいいかな)であることに、自覚が無い。→本当に「具体的に何何でなくちゃ嫌って感情があるんですー!」と、当人思い込んでるのが特徴で(言い換えれば「強迫心理」ののまれている・洗脳されている)。

すっごく観測しやすいのが?
●【ガキの発狂】です
「プリンはプリンでしょう、食べてごらんおいしいから」
「マンゴープリンじゃなきゃ嫌だ」
「たいして違わないから、裏の成分表見てみなさい」
「マンゴーじゃ無きゃ嫌だもん!ギャー!!!」(犬発狂《誤変換では無くあえてイヌにしてみました》)
 ↑
このクソガキの自我では何が起きているんだろうか?

前述のとおり、説明するまでも無くフェチじゃありません。
象徴化や投影の可能性はありますが、
過去記事に書いた「『興奮』と結合」が最有力候補でしょう。
(原型となる体験が事実に存在せず、想像世界の場合いは象徴化と言えるのかも)
『興奮』と結合(フェチシズムも説明できるかな)
http://kagewari.seesaa.net/article/472538055.html

 ↑
で、今回は更にそこからフェチシズムを分離しているワケですが、
前述のとおりフェチは関連性の自覚アリ(フェチをフェチとして認識できる)、
「欲望、、、渇望、羨望」活用は、関連性に無自覚(”喜ばしいPTSDがあったら”みたいなもん)

いずれにしても原理原則は
「『興奮』と関連事象が結合し、快のエピソード記憶みたいなんが形成されている」ってこと、
これが”喜ばしいPTSD”のように、時々(脳がその再現を求め)「フラッシュバック」する。

えー先ほどの犬発狂したクソガキの脳内で起きていたことは?
「マンゴープリンで(うふふ)別の意味でも嬉しい(脳内フラュシュバック)」
 ↑
例えばさ、いつぞやの誕生日に好きな男の子の贈り物だったとかさ、
「オフレコじゃなくちゃ話せない嬉しい過去」があったとして、
あまりにもオフレコ(羞恥心により抑圧とか)だったので、関連先は無意識下に沈み、
「マンゴープリンってさ。すっごーくおいしいよねっ」って言葉に置き換わった場合。

それは起きる(笑

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posted by kagewari at 18:34 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月05日

「ええい、ままよだ『共同幻想』適応系の自我におけるリミッター解除の話もしておこう」


■あまりに頓珍漢な話が横行してるので裏取的解説置いとく
『共同幻想』論がよくわからない人はしっかり読んでおいてくれ

いずれにしても「仮想化された”普通の人”自我」の被り物を強要(類は自ら被って適応)された自我の構造を『共同幻想』適応系と呼ぶワケだが、
それが象徴的に目でも確認できるのが、
「軍人や体育会」であり
●ユニフォームと丸刈りにより、私服や髪形などの個性を否定し画一化する
(私服のセンスや髪形などの美意識は抑圧され、能力にリミッターがかけられる)
加えて、先輩の許可なく私語も禁止なので、好き勝手な個人的意見の表明も禁止
返事は?「yes sir!」

言うまでも無くサムライのフォーマルな時の裃(かみしも)
その後、
「サラリーマンのガッデムスーツや、昭和の七三分けヘアースタイル」もひとつの均一化であり(=狙いは没個性)、古くはそれが「民族衣装だったり、キテレツな入れ墨やアクセサリーだった」

(※話の真偽は定かじゃ無いが、欧州あたりには「ネクタイの起源は奴隷の首輪」なんて話があるぐらい)


で、そんな『共同幻想』適応自我の抑圧・認知リミッターが限定的に解除されることがある
●「飲み会の無礼講(ぶれいこう)だ」
で、
飲み会の余興でかくし芸大会なんてなると、
凄く歌の上手い奴がいたりして「へーそんなとこがある人(本当はそういう能力者)なんだね」と素性が(抑圧された個性が)披露されたりする。


<<<<ここからだお立合い>>>>>
●「飲み会の無礼講」をお題に考えると『共同幻想』崩壊プロセスがもっとよくわかる
(現代の若手は飲み会にも参加しないので、あくまでも例示的な”お話”になるけど)


昭和のかくし芸なら「歌の上手い奴にやんややんやの大歓声」で終わるんだが、
(かわいいものだよね)
 ↓
●これが現代社会、或いは近未来になるとどうなる?
飲み会の余興でかくし芸大会なんてなると、
「チェロやら持ち込んで室内楽始める4人組」が出てきたり「あの人音大だって、、」
「Eスポーツプロ級で、スクリーンで挌闘ゲームの凄技見せる奴」「あの人国際大会出たことあるって」
「独学で経済学を社会人になっても勉強しており、クルーグマンの金融政策について講義始める派遣社員」「あの人youtuberで万単位の会員いるらしいよ」
「モノホンの日本刀持ち込んで居合抜き披露する奴」「師範代なんだって」
「さあみなさん宴もたけなわなところで、デザートはいかがですか?パティシエ顔負けのマロングラッセ振舞う奴」「web出版だけど料理の本出してるんだって」
「亀甲縛りの縄取り出して、全力で同僚から羽交い絞めと止められる奴」「SMの世界じゃちょっとした有名人らしいよ、、」
「今後の会社の方向性に関してバランスシート片手に説明始める奴」「あの人昔デイトレーダーやってたらしいよ、、今はFXだって、、」

(※普段羊の仮面被ってる『歩留まり』の連中なんてここぞとばかりガンガンいくと思うぞ)


気持ちよく上座に座っていた上司の立場がだんだんヤバくなるよね(笑
「なんか、なんとか君って実は凄いとこあるんだね、、」

「どっちが本当で、どっちが芝居がかったインチキなのか?」


『共同幻想』社会の(シナリオ)設定が構造的にもたないワケだよ。
どうしたって、(デッチアゲられた権威と上下関係は)崩壊する。

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posted by kagewari at 15:25 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月29日

リアリズムと説得力(或いはその限界)


話の趣旨的には「先入観と現実の関係」ってことになるのかな、

■先入観に限らず、願望でも既成概念でもいんだけれど、
「もう現実超えちゃってるよね」
この時、いかにリアリズムで「いやいや、こうなんじゃないの?」鉄板の論証しても(裁判で言えば状況証拠って事に過ぎないからさ)願望や既成概念が覆る事は滅多に”無い”。
※事実精神分析の現場ではほんのちょっとした事項の事実関係説明を何度も何度も執拗に繰り返し説明しやっと一定程度理解されるというような状況は珍しくない。

リアリズムではなく”リアルそのもの”「物的証拠」ならどうなんだい?って事になれば、
そらー破壊力もあるだろうけれど、
言った言わないみたいな論議において「物的証拠」もねぇ(笑
 ↑
ただしこれに破壊力があるのは事実、
プライバシーに関わることなので、具体的には言えないけれど、
「自分にはとにかく大きく能力的に問題があってまったく何もできないため、酷い扱いを受ける」みたいな論議があった時に(その説明が2000文字以上で饒舌に語られているものだから)、
「文章化する能力は、そこいら辺の素人が逃げ出すほど凄いことなってますよ(あなたの依頼文がその証拠です)」みたいに投げかけた時、かなり「強迫心理」を揺すれたのは事実。

相談文そのものに『自意識』共犯の足跡を見つけて、
「それは本音じゃないでしょ、言わされているんでしょ」のような展開が綺麗に決まれば(それこそ依頼者の利益であり)、状況を変化させる可能性も大きいんだけれど、
容易なこっちゃない。
(まだまだ自分のネゴシエーターとしての能力に関しては物足りなさも感じる)


■言うまでも無く「強迫心理」とは願望であったり先入観であったり既成概念でもあるワケで、
この状況に対応する上で、
(そういう意味でヤクルト監督時代から野村ファンになったんだけど←ある意味ノムさんも一部大物選手から「野村野球はズルイとか汚い手を使うとか、スポーツじゃ無い」よく言われたもので、そら彼は道徳の彼岸に生きてるワケだからww)
 ↓
「手品みたいに便利な方法は”無い”」

どれほど緻密に説明しても、
説明の完成度が高ければ物事動いてくれるワケでも無く
(営業の説明が本当で、矛盾なくの購入利益を証明しているからと言って「売れるか売れなのかは別の話だ」←でしょww)

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タグ:強迫心理
posted by kagewari at 16:46 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月27日

タイトル脇の注記に書いてあるにも関わらず”いい悪い”論持ち出す例が後を絶たない


ので、
■『道徳』の構造を(過去に何回も書いているんだが)しつこく説明してみる

そら言語だから、性能が”イイ”とか、このオーディオは音が”悪い”ってのは単なる修飾語だから勿論この話には無関係。
ここで言っている「”いい悪い”論」ってのは、
「誰々さんはあんなことして悪いと思います」みたいなさ、『共同幻想』適応に自信あるタイプの小学生が得意とする台詞に登場する『道徳』判断のことです。
(要約すれば”道徳的にいい・悪い論”)

で、どうして『道徳』が=権威性認知で、『共同幻想』社会の専売特許なのかと言えばだ、

そもそも”いい悪い”ってのは子供時代「自分の行動を規制する概念」として刷り込まれる、
子供が自分の創意工夫で『道徳』編み出したとか”無い”ワケです。
つーか、仮にそんな事あれば「神の啓示を聞いた預言者ムハンマド」と同じ構造になる。
 ↓
●でーそれが(フロイトで言えば超自我に相当する)『自意識』の上位概念となるんだけど
(自己を規制だから=抑圧と構造は同じ)

同時に、周囲に(『共同幻想』論で言えば共有多数派の形成が必要だから)適応し「(事実所属社会の構成員がそうだと言っているのだから)誰それはいいとか悪い」って言葉になる(多数派をバックにしているから”同一社会内部”に限り有効な概念となる)。
「だよねそうだよね」の票を集めたり、親や教師から「そのとおり」の承認を受けると、権威的裏付けの確認が取れ「絶対こうだから」などの揺るぎない概念となる。

※軍隊のような規律にシンパシーあるような『確信犯的保守選択者』系の自我は(多数派認定や権威者にお伺いを立てるのでは無く)、文化伝統を自ら学び「歴史的集合知」的に「なるほどこれかっ!」のように揺るぎない自己を形成する人で(ぶっちゃけ”サムライ”)、中身は全然別物となり、むしろ自我の建付けは後述の『単独者』に似てる。


●逆説的に言えば「個人の自由主義」(政治的にはリバタリアンみたいなもんだよ)を旨とする『単独者』の場合、そもそもが「アンチ権威主義」なので、『道徳』の概念は自我にインストール”されない”。
加えて、『単独者』にとっての超自我ってのは「自分を俯瞰で見るジャーナリズム(客観的現実認知そのものが合理的判断を考える根拠となる)」みたいなものなので、個人的美意識がそこに座る。
(簡単に言っちまえば”いい悪い”では無く”好きか嫌いか”だけになるってこと)

故に『単独者』が、他者を”いいだの悪いだの”言うことは無い。
(そもそも『単独者』が多数派コンセンサスを得るため認定や承認を得ようとする筈も無い)


<<<<ことほど左様に>>>>

”いい悪い論”ってのはガチ『共同幻想』系の概念であり(権威的上下関係無しに成立しない)、
仮に当事者が”非社会適応”の場合(権威的裏付け無くもっぱら自己を抑圧する概念となるため)、自動的に「強迫心理」となる。
加えて、”非社会適応”なので「だよね、そうだよね」通信によるアップデートも行われないため、その成立時の(子供時代の概念)ままであるケースが大半なので、
 ↓
「誰々は悪いと思います」みたいな知恵の付きだした小学生が言うような台詞が多くなるんです。
(暗韻として発音されていないが、その語尾は「ですよね先生」だとか「だよねお父さん」)

だ か ら 自分の自我にメンタル上の問題意識のある場合(メンタル問題)、

ほぼほぼ確実に「強迫心理」が関与しているので、
「”いい悪い論”をひとまず強制的にNGにして」って説明してんです。
(それのが早道だから)

そうしないとどうなるかって、
権威の裏付け無しに権威的認知である”道徳的にいいだの悪いだの”の話に終始することになるので、「その発言そのものが対立の発端になる」ワケだよ、
●周囲は発言の中身では無く「信者でも無いものが特定宗教の戒律を我が事のように語る様」にまず違和感を感じる、
「誰に断ってその概念を自分のものとして語れてんの?」って話です
 ↑
仮にそれが「親に教わった、先生に教わった」と言う場合、現在所属の社会に対し”それらの人物”が更に上位権威として成立し得る証明が必要になる(『共同幻想』適応し現在メンバーに予め認定得ていないので権威性の証明のためには更に上位階級の話でなければ説得力を欠く)。
仮にその証明に成功したとしてだ(実は父親が所属社会《会社》のトップ《社長》だとか)、
起きる現象は、
「違和感を感じていた周囲が、ははーおっしゃるとおりです」とひれ伏すってことでさ、
 ↑
逆説的に言えば(そんなつもりが無くても論理構造上)、自分が(バックにしている何らかの権威で)彼ら全員に対し最上位の位置にいる事を認めさせようとしているようなもの。

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posted by kagewari at 07:50 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

ちょっとだけ前回の続き『社会的密室』、閉鎖空間の攻撃側心理

『社会的密室』状態は関係者相互に影響与えるのでたちが悪い
(※前回のおさらいでこの話のキモをおさえておきますが、本能レベルで一撃必殺の牙や爪の無い動物には自らの攻撃衝動を一発沈下させる”機能が無い”っちゅう話。→致命傷攻撃能力が無いので、相手が逃げる結果自分の攻撃がやり過ぎになるとかこの世に起きない前提で本能設計されているため。)

そら攻撃の初期的動機って何よと聞かれれば
「自分の生存権(縄張りの主導権)確保」ですわな、
●攻撃側の心理を絵にしてみれば、
なんつーか、脳内に自分の耕す畑があって大事にレタスでも育てているとする、
そこに”
その場所で何をしているのかも全く無自覚な(何を考えてるのかわからない)異邦人”
あるいは
”そのレタス畑を奪う目的にやってきた侵略者”
はたまた
”そのレタス畑の管理をめぐる内部的競争者”
 ↑
これらを感知した時(一歩間違えば自分の畑を失い死亡するのですから)
【攻撃開始】となります

「いやいや攻撃の主体は性欲、繁殖期でしょ?」なご意見もあるでしょうが、
攻撃モデルとしては構造全く同じです(畑が自分が囲っている異性に代わるだけ)、


■考えるまでも無く(喧嘩の推移がわかりやすいライオンなどの事例でも)
攻撃対象が視界から消えれば完了・終了なんです。
「ほ ん ら い は」
(前述畑のモデルで言えば、更に顕著な話。自分の畑に立ち入る奴がいなければいいのだから。)


しかし?その空間が『社会的密室』だったら?
どれほど攻撃しても、対象は一向にその場を離れず”抗議の座り込みを始めた”みたいなことになるんだよ(動物の本能的には十分合理的に通常相手が逃走する・乃至同様レベルで反撃されたら自分が逃げる可能性も含む水準で攻撃が実行されたのに、【全く効果が無い】)
パニックになりますよね?
こうなったらタガの外れた攻撃せざるを得ないでしょ。
(冷静さも喪失し)アドレナリンON(繁殖期モード)
 ↑
●困ったことにここに二次的利得(副産物的快感代謝)が発生しちゃうのよ、
快感代謝としての『興奮』体験(脳はこれを一度覚えると反射的に再現を試みる→度が過ぎれば中毒化もある)

変な事を覚えて「攻撃『興奮』を味わうための難癖攻撃(パワハラって奴さ)」なんてのにも及びます。


こういうワケで『社会的密室』状況ってのは人類ヒト科全員にとって
「百害あって一利無し」なのです(だから『共同幻想』ですら昔から「逃げるが勝ち」と言った)
 ↑
※『共同幻想』社会はそうならないように「風通しのいい社会を」なんて寝言みたいな事言ってますが、社会心理的には「最低限逃げ道残しておけ(攻撃される側の意識としても”逃げるが勝ち”の徹底教育含めて)」など構造論見据えたガバナンスっちゅうか”ダメダメ組織論の定番”みたいな論議が必要でしょう。

<オマケ>

そら相性問題としてさ、
攻撃される側に「強迫心理」でフラフラと『共同幻想』に近づく承認欲求偏向心理状態の人がいたとしたら?→悪循環MAXになることは誰でも予測つくよね





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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 22:25 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

イジメ論の補完「所属している錯覚」による弊害:『社会的密室』

動物行動学における(ローレンツ)「一撃必殺の瓜や牙を持つ動物には(非生産的な同種殺しが起きないように)本能レベルで攻撃衝動をストップさせる機能がビルドインされるが、鳩のように攻撃されればとっとと飛んで逃げられるのが自然界のデフォな生き物にはそういうストッパーが無いので、鳩小屋の中で争いが起きると鳩は相手を殺すまで攻撃を止めない」てな〜話と、

人間に一番近いかも知れない霊長類チンパンジーの大好物は「サルを殺して食うこと」
(これから狩りに行くぞーって時に上げる奇声とその時の表情が人間の”笑顔”の原型であるという説もある。)

この辺を組み合わせて考えると、
・赤軍の総括連続殺人やオウム
・あさま山荘もそうだけれど勝手に追い詰められていく集団心理
などなどの人間特有のヤバさってのがわかると思う
(尼崎だかの監禁事件もそうだよね)

■公式に存在する閉鎖的社会の代表は「刑務所」だけれど、
事実上24時間監視で、強権に相当する上位権威が秩序を維持しているからなんとか成立しているようなもので、管理が緩ければいつ組織内で殺し合いになってもおかしくはない。
(心理学的にはそこで厚生なんかちょっと考えられない話で、近代前後の発想は軍隊以上の『共同幻想』強制参加体験させれば適応の何たるかだとか忍耐を学ぶだろうみたいな、投げっぱなしな発想に始まっていると想像される上に、それを刑罰の一環だってんだから、見方変えれば自分達所属の『共同幻想』適応自虐史観みたいな謎の発想でもある。)

(ちなみに心理学的に刑務所をどう考えるのか?ってご意見あるかもだけれど、刑務所の存在は社会契約説的延長の法治国家のすることなので《民主主義的帰結みたいなもの》、心理学が横からコメントするような事では無いことを前提に、あくまで横から何か言うならって水準になるが、団体行動訓練みたいな事しても意味無いので《強迫性が悪循環する可能性もある》、少々の自由時間と”強制的な教育”ってのが一番効くのじゃないかと思う《何か罰的教育では無くってそのまんま放送大学の講義聞かせるみたいなユニバーサルな教育な》。加えて模範囚の早期保釈にはむしろ反対かな。つーか少なくとも犯罪に関する論文書かせてその評価とかのプロセス抜きに釈放してどうすんだいと思うわな。)

■■■<さて、話は戻って>■■■

問題はさ、そっくりな矯正施設みたいな運営なのが
「クラス《階級》編成の義務教育」ですよ、
これ確実に『社会的密室』だから、
それと忘れちゃいかんのが「家庭空間」ですよ、
(逃げ場が無いからな。「家庭空間」なんか一歩間違えば”速攻ワンマンオーナーのブラック企業”だから)

この双方に「クラス《階級》幻想」「家幻想」なるやっかいな問題認識が起きがちで、
登場人物や環境の問題は別途あるとして(そこの個別各論始めたら収集つかないから)

俯瞰で見ればどうなるのかって考えるのが早い、
”心理的に追い込まれる可能性は構成員全てにかかる”←ここがキモだよ、
虐待含めての攻撃側にも、被害側にも”その双方に”この心理状態が発生するため面倒な事になるワケだよ(攻撃側もエスカレート、被害認知もエスカレートする)、

今回は攻撃側の心理ではないので(●だったら次回攻撃側にしましょうか)
被害側の心理について話しますが、
つまりこういうこと
 ↓
「被害実態は全く同じでも、酔っ払い運転の車にひかれて骨折したのと、組織内部上位権力者からの暴力で骨折したのとでは心理的受け取りが大違いだ」って話さ。
 ↑
このブログで個別各論や被害実態がどうやらって具体論に全く意味が無いって説明しているポイントはここ。「何をしたとか、何をされたとか(やれどうしたらいいのとか、その派生全部)」←ここ全く意味無いから(仮に加害原因が酔っ払い運転の赤の他人なら何ら心理的ナントカ起きないので)。

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posted by kagewari at 03:41 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月21日

時には『共同幻想』思想を代弁してみる


えーーちょっとパスカル的にいってみようかww
(これ半分冗談だからな、一種のレトリックであってそこ勘違いしないように)
得意の別人格をシミュレートしてガチ近代の『共同幻想』適応保守系人格になったつもりでお送りします(さてどうなることやら)、狙いは”崩れる前”の『共同幻想』社会を回顧してみようというものです。

タイトル
「プロ野球選手引退時の振舞いに宗教的『共同幻想』道徳と天国と地獄の実存を証明する」
 ↑
めんどくさい話に見えるでしょww
実際はごくごく簡単な話ですのでご安心を

■人間の自我は言うほど(件の臨床ナントカが言うほど)統合して”いません”
火事場のクソ力状態を記憶していないとか(無我夢中で覚えていない)、
犯罪者を担保してみたら「会社ではとっても温厚ないいひとで」だとか
悪辣なイジメっ子が自宅ではいい子だったり、
腰の低い営業さんが自宅では亭主関白だったり
 ↑
完全に自我統合してっか?
俺はそう”思わない”のですよ
(特にそれぞれ所属先で俗称《役名》を持つ、『共同幻想』では更に顕著となる→同時に彼らはコスプレイヤーでもあって→「ネクタイ巻くとスイッチ入る」みたいな)

そうそうその典型例に”女装趣味の人の変身願望”ってのがあるでしょ
これ自我が統合していたら楽しめませんよね?
別人になるから面白いのだろうから。

●ことほど左様に人間の自我が言うほど統合しておらず(記憶の継承も案外ずぼらだったりする)、あるキャラクターの再上映が無い事は「事実上の臨死体験に相当する」と考えらるんです。
(ウルトラマンに返信できないハヤタ隊員の姿は、ウルトラマンの死を暗韻として踏んでいる)

もうわかりました?
わかったでしょ
「退職鬱に代表される自分の一部が死に直面する事案」
劇場的にそれが極端に観察できるのが「プロ野球選手の引退」です。
●引退を前にやたらバタバタしたり、絶望的に思いつめたりする選手ってどういう人格なのか?←仮にその場に聖職者がいて、なるほどこれが死かと観察しているとする。
「(やけ酒飲んだり)バタバタする選手は死後《引退後》きっと地獄がまっているのだろう《現役選手を辞めたら何をしたらいいかすらわからない:無間地獄だ》」
これに対して、
いさぎよくという意味ではないが(ギリギリまで現役にこだわることもするが)、いざ引退を前に泰然自若な選手を観察して、
「引退を前にしてもおだやかに普通にしているということは、死後《引退後》きっと天国にゆかれるのだろう《引退後も野球に関われたらボール拾いでもうれしい他、引退で何かが終わる感覚は無い》」 ↑
違いは何よ?
「普段の行いや考え方《お金の使い方含めて》」だよね(笑
 ↓
これが『共同幻想』論における道徳倫理の論理だと思うのだよ。
「宗教道徳的にちゃんとしている人は天国に行けるが、ダメダメな奴は《どれほど現世での経歴や所得が立派でも》地獄行きだ」

はたしてこれ理論的根拠はしっかりしているんだよね(笑
(※想定に登場する普遍的道徳や倫理の概念が《幻想にすぎず》存在しない点を除けば)

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posted by kagewari at 13:38 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月13日

『幻想世界』の猿芝居と「ヘアースタイル」


これって次に書くテーマと被る話なので、
是非次回予定の「未完の心理と伝染」も読んでおいてください。

「本題と違う話をする」てな現象があります、
これが無意識だと投影や移動とかの話になりますが、ほぼほぼ自覚があっての話が今回のテーマです(次回は半分だけ自覚のある話)。
■人間生きているといろいろあります、
プライバシー保護も大事ですから何から何まで表沙汰にはできません。
ぐっと自分だけの中に収めるなんて誰にでもあることです。
(恋愛用語には「秘めたる思い」なんてあるじゃないですか)

さて、それじゃ欲求不満になりますね。
同じ欲求不満でも仕事など諦めというか(『歩留まり』適応じゃないですが)その不満を自ら合意している場合は、欲求不満解消は「完全に切り替えて」やけ酒であるとか、趣味のスポーツであるとか、ペットに癒されるだとか”切り分けられた話”になります。

しかし、そもそもが(やっぱり認知としては『被(こうむる)』が多いと思うんだけど)
一見周囲にも何かあったかわからないような不満ってあるじゃないですか。
たとえば、「誰それにちょっと言われたことが(自分にしかわからない事情で別の意味で逆の”ツボ”ってか)すごくカチンときているんだけれど、表情には出さなかった」とかね。


●こんな時に人間は”暗号ゲーム”のようなことをします
(これもまた言語学的にはメタファーどうしたって関連あると思われ)
ふと「なんかさヘアースタイル変えようと思うんだけど、どう思うコレとかどうかなぁ」と振られたとする。
これだいたいのケースで、話の本質は(言えないだけで)
「ヘアースタイルではなかったりする」のですよ(笑
 ↑
なんかそんな話で、何かをどうにか、そこそこに、ちょっとだけ、ちょっと楽しくなれるかなっていうか、
『共同幻想』バリバリの空気を読むプロは「ピーンとこる」ことでしょう。
(本題では無いけど、このネタできっと少しだけ楽しくなりたいのかな?と)
「えーー!ヘアースタイル変えちゃうの〜ヲ!!見せて見せてどんなのにするの」
即興猿芝居の始まりです
中には逆に空気を読んで
「金髪、絶対金髪にするべき、モヒカンもいいねぇ!」という悪乗りする奴も現れたりしつつ
宴もたけなわ舞台は踊る、、

第三者『単独者』から見れば、
「(髪型どうした関係ないんだよね)何かあったの?」なんだけれど、
それを言っちゃ〜おしまいよみたいな世界があるのも事実、
(そしてこの手の技は『共同幻想』上級者《ハイレベル:俗称”いい人”》が得意としており、場合によれば猿芝居を忘れて大いに盛り上がったりする。)

さて、考えてみれば
『共同幻想』が関与する世界って”過半がこの猿芝居なのでは無いか”
(てかSNSにおける論議の過半がそれ系なのではなかろうか)
本音を持つことは建前上禁じられており(共有自我を前に本音は風呂とトイレの中だけってことになっており)、それでも尚(隠れキリシタンのように)持ってきてしまっている本音がらみの事件を(もうこの段階で公開できない)、放置すれば欲求不満で別の病気にもなり兼ねない、
「何かするしかない」のであり、
話題として「ヘアースタイル(もうこの段階で何やら怪しげな概念)」なる『幻想世界』が何かの代用物として必要になる。

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posted by kagewari at 19:37 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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